イラク人質事件に対する神浦さんのコメント

2004年10月28日 12時43分47秒 | Weblog
今回の人質事件について、軍事評論家の神浦元彰氏が、
自己のサイトで非常にまっとうなコメントを出されている。
(以下コメント)

[コメント]不思議なことに、今回は香田さんに自己責任を求める声が起きてこない。香田さんには政治性がなく、家族も政府に救出を強く要求しないから起きないのだろうか。それとも最悪の場合を想定し、そのような被害者をむち打つことをためらっているのだろうか。それは香田さんを日本人が突き放したことにならないのか。「バッシング」から「突き放し」に変化したと考えるべきなのか。

 そのような無感情な雰囲気は、世論を操作したい者にとって格好の社会状況なのである。とにかく何か発言し、行動しなければいけない。それは反対でも賛成でもいい。とにかく考え、発言し、行動しなければ、世論を意図的に誘導される危険が高まる。国民が無関心、無感情に陥ってはいけない。

 ちょっと整理しょう。香田さんは危険を認識することなく、自ら危険なイラクに飛び込んでしまった。これは香田さんの自己責任である。そこでアルカイダ系に拘束されて、日本政府を脅迫する材料に使われている。まさに生命の危機にあっている。しかし香田さんは自らを犠牲にして、自衛隊の撤退を訴えるという意志はなかった。これは「人間の楯」とは明らかに違う。

 冬山の怖さをしらず、軽装備で冬山に入った。そこで遭難した。彼の行動は責められて当然である。しかし遭難して助けを求める者に、自己責任を理由に救助を行わないことが許されるだろうか。政府は拘束した相手がアルカイダ系を理由に、救出交渉が極めて難しいと説明する。しかしそれで政府の責任は果たしたことになるのだろうか。そのようなイラクに、政府は安全と言って自衛隊を送り出したことを忘れたのか。香田さんは今年1月に日本を離れ、ニュージーランドに向かったと聞いた。ちょうどその頃は、自衛隊の先遣隊がサマワに出発した時である。そのころ政府はイラクは安全と国民に言い続けていた。政府がイラクは安全と言い続けたから、奥参事官と井ノ上書記官は武装した護衛が着けられないで殺された。私は今も奥参事官と井ノ上書記官は政府が殺したと思っている。

 外務省は「退避勧告」を出しているから、今回の拉致事件は責任がないと言うのだろうか。本人の問題で済むのだろうか。

 日本人は正常な感覚を取り戻して欲しい。何か最近は、日本人の気持ちの中に無関心、無感動が広がっていないか。私は香田さんを救出する難しさは認めるが、犯人の要求に屈しないといって、みすみす香田さんが殺されるのを見過ごすことはできない。日本人にテロと闘えということは、香田さんのような事件が次々に起きて、それでも犠牲者の数に動揺しないで済ますことではないはずだ。

 もし香田さんが殺害されれば、自衛隊の戦闘部隊イラク派遣が次のテーマになる可能性がある。軍事の世界では常に危機を求めているからだ。

引用元

J-RCOMより

講談社現代新書

2004年10月25日 14時41分55秒 | Weblog
昨日本屋に行って、講談社現代新書のデザインがリニューアルしているのを知った。
以前のは、表紙を見ただけで内容のイメージがわかったり、図画が入っていたりで良かったと思っている。
新書乱立の中にあって、「らしさ」が主張されていたと思うし。
なんで変えてしまったんでしょう?