社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山本正『数量的経済分析の基本問題』産業統計研究社,1984年

2016-10-18 14:33:31 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
山本正『数量的経済分析の基本問題』産業統計研究社,1984年

本書の第2章はこの冊子の193頁に,第4章は306頁に,独立に収録されている。
(1)本書は「現代における数量的経済分析の樹立という課題」(p.3)に寄与することを目的に,そうした手法に直接関わる主要な経済学説を紹介し,検討した労作である。ここで言う数量的経済分析とは,次のような経済分析の諸領域におよぶ統計と数理的方法の利用諸形態である。すなわち,①法則の検証,発見のために現実を反映する材料としての統計利用,②「統計的法則」発見のための数理的統計解析法の適用,③経済理論の枠組みのもとでの諸統計の体系的利用(国民所得統計,国富統計,産業連関表,マネー・フロー表,国際収支表および国民経済計算体系,など),④計量経済学的手法による統計利用,⑤線形計画法やシステム論を用いた経済分析と国民経済管理体系による統計利用(ソ連の「最適機能社会主義経済理論」)である(pp.1-2)。そうした数理的経済分析の諸形態の意義と限界を具体的学説にそくして体系的に解明しようというのが筆者の意図である。

 問題領域が広範に及ぶので,筆者は取り扱われる主題の慎重な限定を行っている。経済時系列解析に関しては1930年代から40年代にかけてのシュンペーターとケンドールの議論が中心的に検討され,計量経済学に関しては1939-40年のケインズ,ティンバーゲン論争が吟味され,ソ連の数理派とくに最適機能社会主義に関してはフェドレンコ編『経済=数理モデル』(1969年)が素材に取り上げられている。

 全体を通読して感じられるのは,主題の限定にもかかわらず,本書が数理的経済分析の学説史にもなっているからである。それは本書で直接的に取り扱われた諸説がいずれもそれぞれの領域での中心的なものであり,またそれらのひとつ一つに丁寧な学説的位置づけが与えられているからである。筆者の道案内によって,諸学説がいかにそれぞれの時代的,社会的背景とそれ以前の理論的遺産の継承のうえに成り立っているかを知ることができる。「数理的経済分析が,その発展史上において,如何なる課題を設定し,それを如何に解こうとしたか,そして如何なる難問に逢着したか,それが如何に次代に持ちこされたか,を・・・分析技術を孤立的に取り上げずに,これを広く時代的環境,時代の要請,全理論との関連の下において考察する」(p.7)という本書の試みは,見事に成功している。

 (2)以上の点を編別構成とその内容の簡単な紹介で確認してみたい。
第1章「序論」では数量的分析を経済研究で行うことの意義,また経済学と統計学に数学を利用する際の問題点がペティに始まる数量的経済分析史の要約的回顧とあわせて整理されている。同時に経済分析における数学的方法は質的分析の裏付けがある場合にのみ有用であること,また質的経済分析は量的分析をともなって初めて完成されることが確認されている。

 第2章「経済時系列解析」では,この統計的手法が時系列データを趨勢運動,循環運動,不規則運動へ分解し,それら諸系列間の量的関係の把握と,それにもとづく経済変動の予測を課題とすることに意味を認め従来の経済時系列解析法に批判的姿勢をとったシュンペーターと,その限界を認めつつ伝統的時系列解析法を継承したケンドールの学説を検討している。シュンペーターの説は資本主義経済の発展要因を企業者の革新とみる景気循環論に立脚し,旧来の時系列解析を非科学的な常識的徴候学と批判し,これに「経済的意味の原理」を対置する。この「経済的意味の原理」とは確率の問題の枠外で,統計的方法が必ず経済理論から導出されなければならないという原理である。そして,シュンペーターは時系列分析の領域で,趨勢を正常点の方法で見出そうとするフリッシュの構想を評価した。ケンドールの時系列解析論は,時系列がトレンド,振動ないし循環的運動,不規則運動に分解されるとする伝統的時系列論に依拠し,時系列解析の有用性を擁護する。このうちトレンドの析出には移動平均法が用いられ,トレンドを除去した残余系列のうち系統的な震動運動とランダムなものとを判別する方法として系列相関法が,さらにランダムな不規則運動における偶然性の析出に定差法が適用される。筆者はケンドールの時系列論を検討する過程で,その統計的立場が自然現象と社会現象との同一視におちいっていること,種々の統計的方法を時系列解析に適用するにはその前提条件の吟味が不可欠であるとし,それがない彼の時系列論の危うさを指摘している。

 第3章「計量経済学の理論的基礎構造の検討」は,1939-40年の計量経済学をめぐるケインズとティンバーゲンの論争および日本の社会統計学派の計量経済学批判を中心的素材としてとりあげ,計量経済学の基本性格とその問題点を論じている。前者の論争の意義は,ケインズが計量経済学批判を次の諸論点,すなわちはたして経済理論を多元的相関分析法で検証し得るのか,その適用条件は何か,経済現象は適用の諸条件を備えているのかといった諸論点をとりあげて根源的に行ない,今日の計量経済学評価の原点を示したことにある。筆者は現実の経済過程には多元相関分析の条件が乏しいと説くケインズと確率論的手法の導入と数理形式的整合性とによって計量経済学の有用性を主張するティンバーゲンとの対立を,論争の現代的意義を際立たせる形で説明している。筆者は続いて,ケインズのティンバーゲン批判を受け入れ,経済データの独自性を承認しながら,これと調和可能な計量経済学的景気循環研究の理論を体系化したクープマンスの計量経済学を吟味し,計量経済学の展開が数理形式的方向をたどっていく過程を追及している。

 ケインズ以降も計量経済学批判の試みはなかったわけではない。しかし,筆者はそれら(レオンチェフ,ビーチ,ヴァラヴァニス)が計量経済学的手法の基本的枠組みを承認したうえでの個別的,技術的批判にとどまっているとして,むしろ広田純,山田耕之介による計量経済学批判を起点とした日本の社会統計学派の方法論的批判を重視する。筆者は経済学の発展と深化によって肝要なのは,対象の質的分析に関わる経済理論と結びついた,現実を正確に反映する統計数字の獲得と考え,そうした考え方が数量的分析方法の基礎に据えられなければならないと主張する。この主張は,統計学を社会統計学と規定し,統計的方法の基礎を認識論と社会科学の理論におく戦後社会統計学派の理論と軌を一にする。

 第4章「統計学の対象と方法」は,この社会統計学派の数量的経済分析を行う際の要となる統計および統計学の基本性格の解明にあてられている。この論点に必要な限りで,戦前,戦後の統計理論研究,ソヴェト統計学論争,レーニンの統計理論が紹介されている。行論のなかで,蓄積された社会統計学派の研究成果をふまえ,統計対象論,統計調査論,統計学の基本性格が当時係争中だった論点(とくに内海統計理論における統計対象の規定)を中心に詳述されている。

 第5章「社会主義経済における数理的方法の利用」では,ソ連数理派の理論が部門連関バランス論,最適価格論,最適機能社会主義経済論に焦点をしぼって紹介され,それら諸理論の意義と限界とが検討されている。部門連関バランス論については,議論の過程でその信頼性に対していくつかの難点の存在することが明らかになり,今後とも部門連関バランス分析が国民経済の計画化と管理の中心にすえられることはないだろうと予想している。価格論で考察されているのは,ペトラコフの所説である。ここでは双対価格,部門連関バランスの利用,需要の価格弾力性,生産関数などの広汎な諸問題がとりあげられ,社会主義経済論に対する新鮮な問題提起となっている。最適機能社会主義経済論ではスミルノフの国民経済最適機能システム論がとりあげられ,その「最適性基準」「不足性」「社会的有用性」といった諸概念に論究があり,モデル化と関わってその経済理論的。数学的内容の意義と限界の確認が与えられている。

(3)経済学説史としての本書の魅力もさることながら,重要なのは経済分析にとっての数理的手法の有用性の如何である。この問題がこれまでにもいろいろな形で考察されてきたのは,周知の事柄である。しかし,最近の数理的手法の有用性を唱える論調で注意しなければならないのは,数理的方法を純粋に技術的なものとみて,それを支える理論の存在に眼をむけない姿勢,また手法そのものには種々限界があるが他に方法がないので使ってみるという消極的な利用姿勢である。本書にはそうした姿勢の安易さを検討するうえで示唆的指摘が随所にみいだされる。まず筆者は一見,純粋に技術的に見えるいかなる諸手法もある一定の固有の考え方のもとに組み立てられていると指摘している。それはケンドールの時系列解析論にふれ,「(彼の)統計学の立場は,英米の伝統的な数理統計学の線に沿うものであり,それは社会現象と自然現象とを問わず,この両者を区別せず,とにかく集団現象より得られた数的資料を処理する数理的方法を研究することを内容としている」(p.47)と述べた箇所,あるいはティンバーゲンの計量経済学にコメントして「(彼が)基本的には経済的環境を時間的に同質なものとしてとらえ・・・社会経済現象が時間と場所に限定された存在であることを軽視し,あたかも自然現象と同じであるかの如く見ている・・・ため,構造的変化が生じたとしても・・・大部分の構造関係は回帰係数を含めて,そのまま妥当するとされる」(p.121)と述べた箇所で言わんとしていることである。数理的方法は純粋に技術的なものと把握されてはならず,その基礎にある世界観と結びつけて理解されなければならない。

 また筆者は数量的方法が経済理論主導のもとに構成されなければならず。諸手法の適用条件の吟味なしに形式的な展開が行われてはならない,としている。この点に関する筆者の立場は明確であり,「経済研究における歴史的接近の基本的重要性」(p.28)を強調しつつ,独自の景気循環論との関連で時系列分析論を展開し,「経済的意味の原理」にもとづいて「統計的方法は,確率図式の領域外で経済理論から導き出されなければならない」(p.45)としたシュンペーターに関心を寄せ,また自然科学のデータと異なる経済データの独自の歴史的,社会的性格を認め,経済現象の分析に回帰分析法を安易に適用することの問題点を根源的に批判したケインズの所説に現代的意義を見出している。

 この点に関して筆者は,シュンペーターにしたがって伝統的時系列分析法などの諸手法を理論的考察抜きで経済分析に適用することを批判し,そもそも経済「時系列は確率論的要求をみたさ」ず,「時間的順序に従って歴史的・理論的に相互関連しているもの」で(p.34),たとえば最小二乗法などの方法についても「これ等の方法は,確率図式の適用を正当化する性質-攪乱項の相関度ゼロ(時間的独立性)」,毎期の分布同一,正規分布・・-を必要条件とするが,経済時系列はこの性質を有していないから,厳密な論理からすれば,これ等の方法にはなんの基礎もない」(p.35)と指摘するのである。

 またケインズのティンバーゲン批判を要約して,「ケインズは経済過程には多元相関分析を適用する条件が備わっていないこと-要因相互間,説明される現象と要因間における相互依存性の存在,時間的同質性の欠如等-のために,経済現象に対する多元相関分析法の適用を批判する」とまとめ,この手法の経済データへの適用可能性を疑問視する。もっとも筆者は,シュンペーター,ケインズの経済理論に全面的に賛意を示しているわけではない。数量的経済分析方法の有用性の検討という課題を,現代的視点で考える際に,経済学と数量的方法との関連,後者による前者の検証可能性,手法の適用の如何といった問題をどう考えたらよいかについて,その一般的命題をひきだそうとするのである。

 さらにケインズとは異なった視点による社会統計学派の計量経済学批判の理論活動を「計量経済学の成立までさかのぼり,これを社会科学方法論の立場から根源的に批判し,・・・具体的な経済計画との関連においても批判」を行った「社会統計学の批判内容は,我々が計量経済学を考察する際の原点をなす」(p.154)と評価している。

 (4)それでは数理的方法が分析過程全体で技術的,形式的方向に流れることなく経済理論主導の下で展開される場合,具体的な経済現象の分析のなかにどのように位置づけられるべきなのであろうか。この問題を筆者は国民経済の計画化と管理という実践的課題に直面していた社会主義諸国で,数量的経済分析がいかなる形で展開され,実践的有用性をもつのかという問題として考察している。この問題についての筆者の見解を知るうえで必要なのは,筆者が数量的分析方法そのものの有用性をどのように把握しているかを整理することである。筆者は国民経済の数量的分析の方法が非数理的分析法と数理的分析法とに分かれるとしている。「非数理な数量分析法とは,・・・現実を正しく反映する統計数字そのものを・・・確率論に基づく数理的解析を経ずに,質的な経済理論と結合させて分析する方法」(p.193)である。「分析の対象である経済現象の特質よりして,この分析方法が経済の数量的分析方法として最も基本的なものであり,基礎的なものである」(p.194)。数理的な経済分析方法とは経済諸量の相互依存関係を数理統計学で言う相関関係,回帰関係としてとらえる方法であり,「この第2の方法である数理的分析方法は,第1の非数理的分析の基礎の上に展開されなければならない」(p.194)と説明される。そしてさらに数理的分析は「確率を重視するものと,そうでない数理的数量分析(例えばレオンチェフ等)に分けることができる」(p.198)とも述べている。

 このような分類を念頭に筆者は数理的数量分析のうちでも確率論に多くを依存しないソヴェト数理経済学派の所説(部門連関バランス論,最適価格論,最適機能社会主義経済論)の検討に向かうのである。このような議論の進行を予定し,筆者は第4章で数量的経済分析における連立方程式体系の利用の問題に触れ,留意すべき指摘を行っている。「我々は・・・方程式体系における表現の諸欠陥を十分自覚した上で,理論の近似として方程式体系を数量的経済分析に用いることが必要ではなかろうかと考える。というのは,諸要因の量的な関係をそのハネ返りをも含めて総体的にとらえようとすれば,連立方程式式体系を用いないと困難だと思われるからである」「経済関係に質的変化が生じた場合は,このことが理論的分析によって明らかにされ,その分析結果に基づいて数学模型が作り直されなければならない」「(このような)経済諸部門間,諸要因間の総体的な量的関係の把握の必要性は,社会主義経済において顕著である」「(そこでは)中央集権型であると地方分権型であるとを問わず,その経済の合理的な運営のためには,資源の有効な配分の決定のためには,その総体的な量的関係を,たんに近似的なものとしても・・・算定することが不可欠の条件と考えられる」。問題はパラメータ推定であるが,その方法としては非確率論的に行うものでその例としてはたとえばバランス分析の投入係数があり,問題点は種々ありつつも「一応理論的に首肯しうる」としている(pp.154-5)。別の方法は確率論を用いる方法であるが,これについては重大な疑問点があると述べている。

 筆者による数量的経済分析の意義づけのシェーマは,以上のように明確である。それではこの基準に照らして,先のソ連の数理派の部門連関バランス論などはどのように評価されるのであろうか。最もグローバルな国民経済機能システム論については「このモデルのもつ基本的な考え方(社会的需要の重視,最適価格の概念,現物的側面と価格的側面の統一的把握,中央の計画と地方の創意の結合・分権化の重視,など)は,現行様式の改善の方向を示すものとして,極めて重要な意義を有する」(p.303)という評価を前面に押し出しつつ,しかしモデル構築の起点をなす社会的有用性関数が主観的判断を免れえないのではないかという疑問とともに,現時点でのモデルの適用可能性に留保が付されている。

 最適価格論については「社会主義の特性を利用して,すなわち最適価格から流出する潜在価格を基礎として価格計画を行うことによって,資本主義における市場メカニズムの限界・・・から生ずる価格機構の失敗を排除しつつ,価格のもつ機能をフルに活用して,社会主義経済の効率を高め,住民の需要の最大限の充足を企図するもの」(p.273)と意義付けながらも,最適性基準に主観的ものが残らざるをえないゆえに理論的再検討の必要があることを,また社会主義のもとでの労働価値説について理論的に反省する余地があること示唆し,その検討を今後の課題としている。

 最後に部門連関バランス法は,当初「社会主義経済で決定的に重要な地位を占める国民経済計画編成において,従来ソヴェトで主要な地位を占めていた物財バランス方法の改善であり,計画編成の出発点において不可欠の用具となり,更にその最終段階に至るまで計画の整合的点検の用具となるという中枢的・総括的地位」(p.217)を期待されたのであるが,直接支出係数の信頼性,部門分類原則,マルクス再生産表式との関連などで改良の余地があり,「部門連関バランス法の発展の現段階においては,この方法を従来のバランス法に代わる国民経済編成上の主要な方法とすることには無理があると思われる」(p.238)と評価している。とくに部門連関バランスの価格分析への利用に関しては,それが「経済発展の可能的なヴァリアントや,生産の相互に関連する種々の技術的過程や,種々の生産要因の制約等々に関するデータを抱合」(p.255)しておらず,「最終生産物の生産が社会的需要に適合しているか否か,生産方法が効率的であるか否か,等の情報は部門連関バランスからは得られない」(p.260)ので,このバランスに全面的に依拠して価格計画は立てられないと結論づけている。

 筆者はソ連数理派の見解に対し,それがいまだ発展史上にあることからくる不十分性に配慮を示しながらも,それが社会主義経済の構造と経済政策の科学的基礎の研究を目的として,社会主義経済における最適機能のプロセスを研究対象とする構想力の大きな理論とみて期待をよせている。そして,中央における計画と地方の創意の結合・共存を可能にするモデルの構築に数学が巧みに用いられ」た好例であり,しかも「数学ではなくて経済理論が主導的地位を占めることが企図されている」(pp.302-3)と確認している。

 数量的経済分析の利用基準の定式化に基づいて行われている数理派の理論への筆者の接近方法と綿密な検討は,いずれも説得的である。数量的経済分析では近似的な数量的表現としてのモデル化が必要であるのか,経済構造を連立方程式の体系にまとめることはどの程度可能なのか,社会主義経済の生産関係分析を最適計画論はどのように具体的に転化するのかなど,議論を重ねていかなければならない問題点は多い。本書はそうした諸問題を今後も引き続き考えていく際の礎となるものである。
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