社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

菊地進「計量経済モデル分析における時系列解析の復位」『立教経済学研究』第48巻第3号, 1995年

2016-10-18 14:37:18 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
菊地進「計量経済モデル分析における時系列解析の復位」『立教経済学研究』第48巻第3号, 1995年

 筆者の問題意識は,計量経済学が当初,時系列解析法に対して批判的であり(理論なき計測), その後同時方程式モデルが考案され確率的アプローチが導入され, 同じ批判的スタンスが維持されたにもかかわらず, 戦後,積極的に時系列解析の成果が許容されるにいたったのは何故なのか, その場合, 計量経済学の自己規定はどうなるのかを解明することである。本稿は, その予備的考察と位置づけられている。

 筆者は上記の問題意識のもとに, 計量経済モデル分析に時系列解析が復位するプロセスを,この分析手法が考案された時点にまで遡って整理している。具体的には, H.ムーア,H.シュルツによる需要曲線の計測に対するE.J.ワーキングの問題提起(不用意な統計的分析が理論的に無意味な計測をもたらすとする識別の問題), 同時方程式モデル確立の契機, このモデルにおけるパラメータ推定の経緯,ケインズ型マクロ計量モデルの定着, モデルの大型化に至る理由, マクロ計量モデルに対するその後の批判(M.フリードマン), 合理的期待仮説の登場とそれにもとづくモデルの作成,系列相関を重視したモデルがもとめられた根拠,計量経済モデル登場の当初に予想もされなかった時系列モデルとの良好な関係を,順次,計量経済モデル構築の種々の統計的手法の変遷に内在して追及している。中間的結論として, 計量経済学が自己回帰モデルを今日にいたって無視しえなくなったのは, モデル分析法を予測や政策シミュレーションといった実用目的に利用しようとしたことの必然的帰結である, としている。

 計量経済学はその出発の時点で, 理論的に導かれた経済関係式を統計的に確定することが最大の課題であった。単純回帰モデルの適合度の低さから多元回帰モデルの計測へと移行する際の説明変数の追加,それによって生ずる説明変数間の相関関係の強まりを反映した計測結果の不安定性(多重共線性), バンチマップ法(R.フリッシュ)による高相関を引き起こす説明変数の除去した多元回帰法の適用, T.ホーヴェルモの考案による最尤法(実際の統計値が実現値として最大確率をもつように未知のパラメータを推計する方法)を導入した同時方程式モデルの開発にいたるまで, モデルの理論的正しさは大前提とされ,前提された複数の関係式の同時推定によって統計技術的な難問(識別の問題,多重共線性など)をクリアしようとした。以上が1930‐40年代頃までの状況である。

 50年代後半になると事情が大きく変わってくる。モデルの正しさを前提とした上で計測可能となるモデルを拡張するのではなく, 予測結果からモデルの良否を問うことが一般的になる。同時方程式モデル考案以後, モデルが大規模になり計算が困難になるにともなって, それを解決するさまざまな実際的方法が作成されたが, 計測されたモデルをどのように活用するかという実際的問題が日程にのぼってきた。ホーヴェルモは, これを予測が問題であれば構造方程式を計測する必要はなく誘導方程式を利用すればよいとし, 構造パラメータの推定問題とモデルの実用主義的な利用の問題とを切り離して考えていた。しかし, モデルの構造に実用主義的な予測力がさらに一層もとめられると, そのような割り切りは通用しなくなり, また情報制限最尤法などの各種推定法が考案されにこともあって, 誘導方程式は構造パラメータの単なる推定手段でなく,モデルを実用的目的に活用する手段とみなされるようになる。以後, 当時支配的であったケインズ理論をベースにモデル・ビルディング競争が激化し, さらに予測成績向上のために,また一国経済モデルから世界経済モデルの要請のもとに, モデルは肥大化の一途をたどる。60年代の計量経済学は,その様な展開をみせた。

 しかし, 70年代に世界経済が激動期に入ると, マクロ計量モデルの予測力は従前以上に狂いがでてくる。モデルを用いたケインズ政策は,急速に信任を失うに至る。急先鋒にたったのが, フリードマンであった。ケインズ的マクロ計量モデルによる予測にとって決定的だったのは, それが前提としていたフィリップス曲線が現実的でなくなったことであった。フリードマンによれば, フィリップス曲線はケインジアンが考えたように固定的に存在するのではなく, 経済主体がインフレ率をどのように予想するかによってシフトする。現実のインフレ率と予想インフレ率とが一致したときに実現する失業率は自然失業率であり, 政策的に失業率を下げても一定期間後には自然失業率に戻るので,裁量政策が無効である。こうした議論はマクロ計量モデルの方法論に影響を及ぼし,モデルへの予測変数の導入が日程にのぼる。ミュースの合理的期待仮説, R.E.ルーカス・T.J.サージェントのモデルは, この流れのなかで理解できる。決定的な役割を果たしたのは, 経済主体が合理的な期待をもって予想形成をしているとの想定である。合理的期待仮説にもとづくモデルは,価格変化,政策変数の変化に対応した経済主体の反応プロセスを織り込んでいた。

 モデルの構造に即して言うと, 合理的期待仮説に立脚するモデルでは, 変動のプロセスは誤差項の動きで説明される。従来の同時方程式モデルでは, モデルの操作性を配慮して,誤差項の系列相関はゼロと仮定され,系列相関の存在が疑われると, モデルは再構成されるか, 廃棄された。しかし, 誤差項の系列相関をゼロとする仮定は,現実の変動のプロセスを捕捉できないので, きわめて都合が悪い。誤差項が系列相関をもつと仮定せざるをえない所以である。このように, 合理的期待仮説にもとづくモデルの定式化では, 過去の系列を説明変数とすることが重視され, それを含んだモデルの構築につながった。

 筆者は系列相関を含んだモデルがそれに固有の問題(同定の問題[ARIMAモデルにおける階差の次数確定], 単位根検定の問題)があることを指摘し, 時系列解析が計量経済モデル分析に復権した事情について, 次のように結論づけている。多変数自己回帰モデルは,系列相関を考慮しているので, 同時方程式モデルを包括する一般的なモデルであるが,本格的な展開にはいたっていない。そうなったのは計量経済モデルが変数を増やしたときに, 同定の問題を解決できないからである。そのため, 多変数自己回帰モデルを理想としながら, 限られた変数間で誤差項の系列相関を導入したモデル(時系列モデル)を作成するか, 系列相関が無いとして従来の大型モデルを作成するかに分かれてしまった, と(p.131)。
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