社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山本正「Wassily W. Lontief体系の一考察」『山梨大学学芸部研究報告』第6号,1955年11月

2016-11-15 22:14:29 | 8.産業連関分析とその応用
山本正「Wassily W. Lontief体系の一考察」『山梨大学学芸部研究報告』第6号,1955年11月

 筆者によれば,本稿の課題はLontiefの経済理論体系(産業連関論)の理論的性格を経済理論と統計との関係にポイントをおいて解明することである。この論文が書かれた頃は,Lontiefの経済理論体系が日本の経済学界に定着しはじめ,そのためか当該論文の内容はその理論体系の紹介的性格が色濃い。経済時系列解析論の批判的検討を行ってきた筆者は,検討の結果,経済時系列解析論が経済理論と深く結びついていること,経済の鳥瞰図を得るには経済理論と統計との結合の如何の検討が重要であることであったと言う。Lontiefの経済理論体系は,まさに統計を使って経済分析を行うために考案された用具であり,したがってその仮定,理論,機能の検討は,経済分析のための重要な試金石となる。筆者はLontiefの経済理論体系の検討の意義を以上の点に認めている。
構成は以下,「Lontief体系のモデル」「Lontief体系の機能」「Lontief体系の成立及びその特色」「Lontief体系の限界」「結語」となっている。

最初にLontief体系のモデルが,11本に要約される式にそくして,モデルの構成,closed model, open model という順で説明されている。ここでは体系が限界生産力論を拒絶していること,国民経済の産業分類へのブレイクダウンと硬直的な生産関数の創案による一般均衡理論の具体化がポイントである,との指摘がなされている。

 Lontief体系は,機能主義の代表的理論である。生産係数,資本係数の産出,これらの値をパラメータとした連立方程式の構成,それを解くことによってもとめられる相対価格,相対産出(産出高,雇用)の決定などが,Lontief体系の機能の本質である。それはまた経済の応用的諸問題,すなわち利潤,賃金,価格のそれぞれの変動による影響の計算,計画経済の立案,部門経済学の分析への適用を可能にする。

 レオンチェフ自身は,Lontief体系の意義を演繹的な経済学でも統計技術的な経済学でもなく,詳細な事実的データを使用することのできる経済理論であると自負していた。筆者の言を借りれば,「Lontief体系は,詳細な統計資料を広く利用するため,ケインズの如きaggregation概念をしりぞけ・・・国民経済を単一商品のみ生産し結合生産しないところの多数の産業部門に分け,統計資料より計算し得る為に…固定的生産係数を採用し,経済諸要素の相互依存関係性を把握するために連立方程式をとる」(p.84)のである。それはまた限界効用説や限界生産力説的分析を前面にだすことなく,価格と産出との同時決定のメカニズムをもたない。さらに,Lontief体系は多部門分割により具体的・現実的政策研究を,また同時に詳細な統計的データを図式のなかに組み入れることを,さらに生産係数,資本係数の活用によって不変資本を固定資本と流動資本とに分けた統計的研究を可能にした。

 レオンチェフは,従前の統計利用に批判的である。ひとつは徹底的な経験主義の立場をとる統計的研究家に対して,もうひとつは過度の統計的推測を用いる研究家に対してである。またレオンチェフは時系列解析に信頼をおいていない。なぜなら,その時系列批判の特徴は,長期時系列の場合に基礎構造が変化し同質のものとして扱いえないのに,そうしているからである。

 レオンチェフ自身による体系の特徴と意義が的確に整理されているが,彼はその限界をも認識している。それは企業家の判断決定の問題を体系のなかに入れていないこと,生産係数の固定性,全体系の基礎にある生産係数,資本係数,消費者係数を所与のものとして扱い,それらの原理的説明を怠っていること,などである。もっともそうならざるを得ないのは,この体系に統計利用を可能ならしめる定式化がもとめられたからである。生産係数からすべてを説明していくやり方は,生産力,使用価値の理論であり,技術的基礎という面からみれば強固な基盤を持つが,それは同時に資本主義社会の特有の経済法則の究明をしないということを意味する。

 筆者はLontief体系を有用な理論であるとみなしている。「技術水準を生産係数に於いてとらえ,この生産係数が真に現実の国民経済の技術的側面を把握しているならば各部門の産出高,価格の求められた均衡値はその限度に於ける意味をもつであろう。更に所謂input-output表に固定資本の動きを併記し,減価償却をのせ,賃銀・給料を価値を生産する労働によるものと然らざるものに分け,資本・企業家サーヴィスを利潤,利子,地代に分ける操作をなせば,経済法則探求の為の分析にも有用であろう」(p.86)。また経済理論と統計との関係について,筆者はLontief体系のなかに,基礎的経済理論の確立→統計利用のためのその理論の加工→統計的分析という関係の成立を読み取っている。

岩崎俊夫「産業連関分析の方法と課題」『統計学の思想と方法』北海道大学図書刊行会,2000年

2016-11-02 15:09:49 | 8.産業連関分析とその応用
岩崎俊夫「産業連関分析の方法と課題」『統計学の思想と方法』北海道大学図書刊行会,2000年(「産業連関分析の現在とその展開」(『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

筆者は1979年に「産業連関分析の有効性について」(『経済学研究』[北海道大学]第29巻第3号)を執筆し,この分野での批判的研究を始めたが,以後数本の関連論稿(「産業連関分析と経済予測-RAS方式による投入係数修正の妥当性について-」『経済学研究』[北海道大学]第30巻第1号,1980年;「産業連関論的価格論の批判」『経済分析と統計的方法』産業統計研究社,1982年;「産業連関分析の有効性に関する一考察-その具体的適用における問題点-」『研究所報』[法政大学日本統計研究所]第7号,1982年;「産業連関表の対象反映性」『経済論集』[北海学園大学]第30巻第4号,1983年など)を公にした。これ以降,産業連関分析についてのまとまった論文は書いていない。その意味で,本稿は,筆者によるこの分野の業績の集大成である。

 筆者は本稿の課題についてまず,次のように書いている。課題は,「経済分析の主要な道具に数えられる産業連関分析を方法論の視点から検討し,同時に連関表の利用の指針を検討することである」。この表明だけであれば,これまで言い尽くされてきたことである。筆者は,この叙述に続いて次のように述べる。「かつてこの分析手法に対して指摘された方法論的難点は,既に解消されたのでだろうか。あるいはまた,連関表のデータの蓄積が進み,種々の連関表の作成と分析が進行している現在,この課題の設定はどのような意義があるのだろうか。・・・こうした疑問に応えたい」と。

 構成は次のとおりである。
 「Ⅰ.産業連関分析利用の前提条件[1.産業連関分析の構成と前提:(1)産業連関分析の問題点,(2)産業連関分析の原理と諸仮定(3)仮想現実の産業連関分析][2.産業連関分析の展開とその特徴:(1)産業連関分析の定着と相対化,(2)ケインズ型産業連関分析の位置]」
 「Ⅱ.産業連関分析の特徴と問題点[1.産業連関分析の作成と利用:(1)産業連関表の作成,(2)産業連関表の利用方法][2.産業連関表の拡充と記述的利用:(1)産業連関表の拡充,(2)記述的利用例(スカイライン分析)]」
 「Ⅲ.産業連関分析の評価基準(方法と視座)[1.質的産業連関分析の意義と限界:(1)質的産業連関分析の内容,(2)方法論的検証の曖昧さ][2.産業連関分析の評価と「客観の視座」:(1)統計数理の社会事象化,(2)「客観の視座」による問題提起]」

 第Ⅰ節では,連関分析の方法論的批判の意義を確認し,連関分析の基本構造と問題点の整理についてまとめている。内容的には,連関分析がある種の仮想現実のもとで成立する分析方法であること,連関表の多様な記述的分析方法が進展している中でその意義が相対化されていることが指摘されている。また,ここでは従来のケインズ型連関分析をある特定の社会経済的背景のもとで妥当する方法であるという見解の紹介が行われている。

 第Ⅱ節の論点は,次の3点である。①連関表は現在そのようなものがどのように作成されているのか,その現状について,②連関表の利用はどのような方法で展開され,またされるべきなのか,③連関表の記述的利用はどのようなものがあるのかその確認,以上である。
 記述的利用例は多数あるが,ここではとくにスカイライン分析が紹介されている。スカイライン分析とは一国経済の対外依存度,あるいは国内自給率を産業別に測定し,経済発展の程度を各産業の最終需要に対する国内生産と輸入代替の関係から類型化する方法である。分析結果を示すスカイライン・チャートに描かれたものが林立するビルの形と相似するので,その名がある。

 第Ⅲ節では連関分析の評価基準について論じられている。あわせて連関表を利用した質的連関分析(連関表の内生部門に着目し,そこに形成される中間財のフローに依拠した産業相互間の客観的関係を抽出する記述統計的方法)の意義と限界とが検討されている。質的連関分析を引いたのは,その展開がこの論稿で方法論批判の見地からとりあげたケインズ型連関分析との対極でなされているからである。ケインズ型連関分析を絶対化せず,過大評価しない点で,質的連関分析を推奨する論者と筆者との間には共通項がある。しかし,評価の視点は異なり,ここではその点が明確にされている。

 論稿の末尾で筆者は7点にわたり,結論を与えているのでそのまま引用する。
 (1)産業連関表は政府が継続的系統的に作成し,データの蓄積は膨大である。連関表作成,公表の拡がりは,全国表だけでなく通産省などの国際産業連関表,各自治体の地域産業連関表,個別経済問題,とくに環境問題分析用産業連関表にも及んでいる。
 (2)連関表の推計的利用である標準的産業連関分析は,こうした連関表作成をベースに定着している。さまざまな連関分析が種々の経済問題領域で実施されている。パソコンの急速な普及がこれを支えている。
 (3)しかし,連関分析の方法論的反省はほとんどみられない。経済理論的な検討もないまま統計計算がスクラップ・アンド・ビルドの状態である。連関表の推計的利用方法の延長にある新型の連関分析は意匠をこらすが,標準型の連関分析に固有の方法論的難点を解消していない。むしろ,それを引き継ぎ,助長している。
 (4)連関分析の記述的利用の方法も,多面的に展開されている。データの宝庫である連関表からは部門別生産額,付加価値額などを知ることができる他,各種係数(影響力係数,感応度係数)を導出して実証分析に寄与できる。生産・貿易構造の国際比較分析に利用されるスカイライン分析も記述的利用の一形態である。
 (5)ドイツで展開された質的連関分析(産業部門間の関係の量的側面を捨象し,質的構造,産業部門間の質的構造のみに着目する分析方法)は,注目に値する。その支持者は一方で伝統的ケインズ型連関分析を特殊歴史的な分析方法と位置づけ,他方で独自の質的連関分析を提示する。伝統的ケインズ型連関分析を絶対視することなく,この方法を相対化してとらえる。
 (6)日本の質的連関分析の支持者によるケインズの支持者によるケインズ型産業連関分析の位置づけは評価に値するが,この分析手法の方法への言及,検討がない。この点に不満が残る。
 (7) 質的連関分析の支持者によるこうした評価が出てくる理由は,大屋統計学の「客観の視座」が下敷きにあるからである。社会科学の方法論的立場が十分に課題としてとらええなかった諸問題の指摘は傾聴できる。しかし,統計数理の社会事象化にかかわる論理の肯定的理解には納得できない。    

泉弘志「投下労働量計算と経済成長率の計測-日本 2000-05年の経済成長率計測を例に-」『大阪経大論集』(大阪経大学会)第63巻第2号, 2012年

2016-10-10 11:53:04 | 8.産業連関分析とその応用
泉弘志「投下労働量計算と経済成長率の計測-日本 2000-05年の経済成長率計測を例に-」『大阪経大論集』(大阪経大学会)第63巻第2号, 2012年(『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求(第4章)』大月書店, 2014年)

 経済成長率を通常行われている市場価格によるのではなく, 投下労働量で計算するにはどうしたらよいか, またその結果はどうなるかを論じた章である。筆者は当然, 投下労働量計算のほうが優れていると考える。その理由は, 「生産」「生産物」の本質に合致した方法だからである。すなわち, 「・・・物的性質がいかに異なっていても生産物には労働の成果であるという共通点がある。労働は, 対象に即していろいろな具体的有用形態で作動し, 物的性質の異なるいろいろな生産物をつくりだす。したがって, 物的性質の異なった生産量の合計という指標(概念)は, 物的性質の異なるものを生産する各部門への労働配分と, 各部門で生産された物量の合成として定義されるのがよい」(p.72)

 以上のように述べて, 筆者はその実際の計算に入る。まず, 投下労働量をもとめる連立方程式モデル, 計算に必要なデータ, その加工手続きが示される。データは産業連関表のなかの取引基本表, 輸入表, 雇用表, 固定資本マトリックスである。未知数と方程式がそれぞれ35個で, 表計算ソフトExcelで計算できる。投下労働量をもとめる連立方程式モデルは, 下記のとおりである。
  t=t(A+D)+y・m+r, y=t・e

 ここで, t:生産物単位量当たり投下労働量を示す行ベクトル, A:国産中間投入係数マトリックス, D: 国産固定資本減耗係数マトリックス, y:輸入品単位当たり投下労働量を示すスカラー, e:輸入品の産品構成比率を示す列ベクトル, m:産品別「輸入中間投入+輸入固定資本減耗」係数を示す行ベクトル, r:直接労働係数を示す行ベクトル
この式が意味することは, 投下労働量が直接労働量と間接労働量(国産中間投入を生産するのに必要な国内労働量と国産固定設備を生産するのに必要な国内労働量<のうちのその年に減耗した部分相当量>と輸入固定設備<のうちのその年に減耗した部分相当量>を得るために必要な国内労働量)の合計である。(pp.76-7)

 計算結果は, 2000-05年で, 2000年固定価値価格表示による2005年最終生産物量(GDP)の年平均経済成長率(ラスパイレス型)0.62%, 同(パーシェ型)0.21%, 同(エッジワース型)0.42%となっている。この時期の市場価格表示GDP年平均経済成長率は, ラスパイレス型で0.74%, パーシェ型で0.64%であったから, 価値価格表示での経済成長率の値は低め(かなり大きな相違)に出ていることになる。

 本稿の内容は以上であるが, 筆者は「注」で, 生産量が労働量によって計られるとする大西広の労働価値説理解(p.87), また労働価値説と効用価値説を矛盾のないものとして橋渡しする考え方を批判している(p.89)。

泉弘志「現代日本の剰余価値率と利潤率-1980-1990-2000年の推計」『経済』第160号, 2009年

2016-10-10 11:52:00 | 8.産業連関分析とその応用
泉弘志「現代日本の剰余価値率と利潤率-1980-1990-2000年の推計」『経済』第160号, 2009年(「生産価格と均等利潤率の計算(第13章)」『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求』大月書店,2014年)

 資本制社会では, 利潤は資本の運動の規定的要因, 推進的動機である。資本の部門間競争は, 平均(均等)利潤率を形成する。部門間で利潤率が均等化するときに成立する価格は, 生産価格と言われる。もちろん, 現実には均等利潤率や生産価格の成立を妨げる要因があるので, それらがそのまま成立するわけではない。筆者は本稿で, その均等利潤率, 生産価格が所与の剰余価値率, 資本構成のもとで成立するとするならば, それはどのようなものになるかを, 統計的に推計しようと試みている。それが可能ならば, 推計結果を利用して, それぞれの国々の時系列的分析, 国際比較に道が開ける。計算された均等利潤率や生産価格は, 現実の利潤率や価格とは異なるかもしれないが, その相違の原因究明によって, 現実経済を分析できる。

 推計にあたって, いくつかの仮定をおいている。第一の仮定。筆者が推計しようとしているのは, マルクス『資本論』に書かれている均等利潤率, 生産価格であるが, 3巻4編で商業資本が剰余価値の分配にあずかるとしているので, 推計にその部分を組み込むとしている。利子生み資本, 地代については, これを捨象している。農業や鉱業の分野では, そこで使用されている労働生産物ストックだけを資本とみなし, その資本額に応じた利潤を考えて, 生産価格が計算される。第二の仮定は, 産業部門間で剰余価値率は均等という前提での推計であるというものである。第三の仮定は, 各産業には多くの自営業が存在するが, 自営業部門は存在せず, それらもすべて資本家的企業と想定して, 計算を行うというものである。それらの複雑な逐次計算は, 補論に書かれている。

 筆者は計算結果を, 価値利潤率(剰余価値/資本ストック[分母・分子は価値表示]), 均等利潤率(利潤/資本ストック[分母・分子は生産価格表示]), 現実利潤率(利潤/資本ストック[分母・分子は現実市場価格表示])で示し, 比較分析している。全体として「均等利潤率>価値平均利潤率>現実価格平均利潤率」となる。1980年, 1990年, 2000年についての推計結果が与えられているが, 1980年や1990年に比し, 2000年の利潤率が低い。利潤率の傾向的低下が作用しているのであろうか。

 生産価格に関しては, 日本の2000年のそれが示され, それと価値価格, 現実価格との比較が行われている。「価値価格>生産価格>現実価格」である代表的商品は, 農林水産品である。農林水産業部門の資本の有機的構成が低いこと, この部門の価格が国際価格の影響を受け低く抑えられていることなどが要因ではなかろうかと, 筆者は述べている。現実価格が価値価格・生産価格より最も大きい商品は, 石油・石炭製品である。現実価格が価値価格よりかなり大きい商品として, 不動産がある。この商品では生産価格は現実価格よりさらに大きい。筆者はこのような計算結果になった理由を, 帰属家賃がこの商品の大部分を占めていることにみている。

 3つの価格の相違の程度では, 現実価格と生産価格の相違が小さく, 価値と生産価格の相違が一番大きい。現実価格と価値価格の相違が, その中間ある。価値価格と現実価格の中間に生産価格が位置している産業(農林水産業, 繊維製品, 化学製品, 鉄鋼, 非鉄金属), 価値価格と生産価格の中間に現実価格が位置している産業(食料品, 金属製品, 精密機械, 建設, 電力・ガス・水道, 不動産, 運輸・通信業, サービス), 生産価格と現実価格の中間に価値価格がある産業(鉱業, 窯業・土石製品, 一般機械, 電気機械, 輸送機械, その他の製造工業製品)といった結果も示されている。


泉弘志「現代日本の剰余価値率と利潤率-1980-2000年の推計」『経済』第160号, 2009年

2016-10-10 11:50:57 | 8.産業連関分析とその応用
泉弘志「現代日本の剰余価値率と利潤率-1980-2000年の推計」『経済』第160号, 2009年(「剰余価値率の推計 日本1980-1990-2000年(第12章)」『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求』大月書店, 2014年)

 本稿は, 日本における物的生産部門を主とした直接的生産過程の労働者の搾取率である剰余価値率を1980-1990-2000年について推計したものである。この間の剰余価値率は, この泉推計によれば, 97.3%(1980年), 107.3%(1990年), 116.7%(2000年)となった。なお, 筆者は別の論文で(「剰余価値率の推計方法と現代日本の剰余価値率」『剰余価値率の実証研究』法律文化社, 1992年), 1951-59年までの8年間, また1960-85年までの25年間の剰余価値率の推移を, 前者では43%から113%へ, 後者では111%から243%へとなったと推計している。後者の1980年, 85年は本稿の推計と重なり, 推計値はかなり異なるが, 筆者はこの理由を, 価値形成労働の定義が異なるからとしている。

 上記の剰余価値率の計算は, 次の手続きで行われた。(1)労働者1人当たり年間労働時間の推計[時価](「労働力調査」の全産業雇用者の週間平均労働時間に年間週数をかける), (2)労働者1人当たり年間賃金(産業連関表の雇用者総所得を雇用者総数で除す), (3) 労働者1人当たり年間労働時間の推計[2000年固定価格](接続産業連関表に掲載されている家計消費支出デフレータをもとめ, これで労働者1人当たりの年間賃金[時価]を2000年固定価格に変換, (4) 賃金財2000年固定価格1万円当たり投下労働量((5)の必要労働を(3)で除す), (5)必要労働(労働者1人当たり産品別購入額[労働者1人当たり年間賃金×平均支出構成比率]×産品別価値), (6)剰余労働(労働者1人当たり年間労働時間の推計―必要労働), (7)序用価値率=剰余労働/必要労働。以上のなかで, (5)にある産品別価値は, 各産品量100万円当りを生産するのに直接・間接に必要な労働量(価値)であり, 産業連関分析の方法を援用してもとめられる。この部分の推計がもっとも煩瑣であると想像できる。

 以上が推計方法であるが, 剰余価値率の値を算出するプロセスの分析でも, 1980-1990-2000年に, 平均労働時間の減少, 平均賃金の上昇[名目, 実質](さらに固定価格賃金の上昇が時価賃金の上昇を上回る), 労働生産性の上昇(実質平均賃金上昇を上回る), 労働力価値の減少などがあったことがわかる。剰余価値率の上昇の背景に, これらの要因があった。