社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

浦田昌計「政治算術と国富・所得統計」『現代の階級構成と所得分配(大橋隆憲先生追悼論文集)』有斐閣, 1984年,『初期社会統計思想研究(補章)』(御茶の水書房, 1987年)

2016-10-17 20:13:05 | 4-3.統計学史(英米派)
浦田昌計「政治算術と国富・所得統計」『現代の階級構成と所得分配(大橋隆憲先生追悼論文集)』有斐閣, 1984年,『初期社会統計思想研究(補章)』(御茶の水書房, 1987年)

 政治算術で有名なペティ, その経済学の内容がよくわかる論文。メインに取り上げられているペティの論文は, 国富・国民所得の推計がなされた「賢者には一言をもって足る」である(1665年頃)(以下, 『賢者に一言』と略)。この論文でペティは, 対オランダ戦争のための戦費調達の租税政策を展望し, 国民の富に対する公平な課税をもってすれば十分な財源があることを示した。いわば戦時財政のための租税論であった。ペティ推計では, この当時のイングランドの国富総額は250, 000千ポンド, 人民の支出年額は40, 000千ポンド, 人民の価値は417, 000千ポンドなどとなっている。この論文に先立って, ペティは『租税貢納論』(1662年)を著している。『租税貢納論』は, 地代, 利子についての理論的考察であり, 地価算定論が具体的に展開されている。『賢者に一言』は, この『租税貢納論』の応用版であるということらしい。

 ペティが意図したものは国富推計でありながら, それ以上に所得推計にあったのではないか, と筆者は推察している。ペティにあっては所得の(労働の所収[筆者がこの用語を使っている])大きさは, 消費支出の総額と等置した国民所得額から土地と資財の所収を控除したものであった。この消費支出は, 国民支出とイコールであり, 余剰所得である。ペティはこの部分に課税の可能性をもとめた。換言すれば, ペティは, 税源としての労働所得を明るみに出そうとした。『賢者に一言』の政策的結論は, 課税対象をすべての所得(ないし支出)に広げることであり, 公共的支出の基礎としての労働の増進という課題の提言であった。

 労働増進のこの提言に関しては, 『賢者に一言』では国富・国民所得推計を媒介として論じられていない(主たる議論は, 流通必要貨幣量の算定)。その推計が, 経済発展論, 労働増進論と結びつけられるようになったのは, 『政治算術』『アイァランドの政治的解剖』(いずれも1670年代の執筆)以降のことであるらしい。筆者はこの議論の内容を詳しくペティにそくして説明している。その結果, 明確になったのは, この時期, ペティの国富・国民所得推計の方式は, 必要貨幣量の計算とともに, 経済発展の基礎としての「遊休の人手」, 労働力の予備の存在を明らかにし, その潜在的な稼得力を示すことであった, と述べている。ペティが政治算術をとおして明らかにしようとしたのは, 一つには社会的労働力の適正な配置を念頭に, この「予備の人手」(国民の食糧を確保したうえでの人手[と土地]の余力, 生産力の予備)の算出にあった。

 次にペティによる国富・国民所得の推計は, 資本蓄積の問題とどうかかわっていたのだろか。この問題を考えるときに, キーとなるのが上記の余剰所得の概念である。余剰所得は, 基本的には, 資財および動産の増加とも解釈できる。ペティにあっては富の増加であるこの余剰所得は, 一見すると雇用を増加させる蓄積としてとらえられず, 資財および動産を増加させる要因としてしか理解されていないかのようにみえる(富に関する重商主義的観念)。そして, ペティの余剰所得概念は, 確かに, そのように解釈されても仕方のない側面をもっていたが, 部分的にはこの余剰を社会の冗員の雇用に充当すべきとの主張もある。筆者は, この点に注意を促している。

 筆者はさらに, 余剰所得概念とのかかわりで, そこに生産手段の蓄積部分を入れて考える視点が欠如していたこと, したがって生産手段の生産と蓄積についての分析と把握が欠けていたことを指摘している。また資本関係の定式化が明確になされておらず, 余剰所得が誰の所得に属するのかという点も曖昧であった, とも述べている。

 ペティの国富・国民所得の推計は, 現代の水準からみれば, きわめて大雑把であった。資料の制約があっただろうが(人口の半分を「就業者」とみたてるなど[p.182]), 概念規定があいまいであり, 基本的範疇が未熟で, 未分化であった。しかし, それは「政治問題を数・重量および尺度で述べまた還元する」こと, それらの問題に「算術を適用する」ことを意識的に追及した, 経済学の最初の一歩であった。

筆者は国富・国民所得推計においてペティが, 貨幣表現をとおして, 国民経済の統一的数量的把握を試みたこと, 同時にその背後にある実体的内容を問い続けたことを高く評価し, その功績をたたえつつ, 今日の推計においても継承しなければならない課題の痕跡をその業績に確認している。 
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