社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

近昭夫「W.M.パーソンズとハーヴァード法」『統計的経済学研究-計量経済学の成立過程とその基本問題-』梓出版社,1987年4月

2016-10-17 20:11:24 | 4-3.統計学史(英米派)
近昭夫「W.M.パーソンズとハーヴァード法」『統計的経済学研究-計量経済学の成立過程とその基本問題-』梓出版社,1987年4月

本稿の課題は,筆者によれば,1917年の春,ハーヴァード大学の経済調査委員会に迎えられたパーソンズが作り上げた独特の景気研究法(ハーヴァード委員会方式の景気予測法)の問題点を考察することである。

 アメリカでは19世紀の中ごろから,金融・商業取引に関する刊行物が多数発行され,1900年頃から大都市での建設許可や粗鋼生産等の重要な経済指標に関する統計が急速に整備された。このような状況を社会背景に,景気予測を目的とする組織が次々に創設された。バブソン統計社,ブルックマイヤー社がその代表的なものである。前者は景気予測とその顧客へのサービスを行い,景気予測図表を1910年から公表している。ブルックマイヤー社も独自の景気指数を作成し,同種の調査・サービスの提供を行った。    

 パーソンズはこれらの景気バロメータの検討を行った後,彼自身の方法を1919年のIndices of Business Conditions で定式化した。その要点は,次のとおりである。
 (1)経済現象の広範囲にわたる良質の月次データの収集。(それらのデータは,①長期の趨勢傾向,②季節変動,③循環的変動,④不規則変動から成る)。
(2)趨勢変動を最小二乗法でもとめる。
(3)季節変動を連鎖比率法でもとめる。
(4)原型列からこれらの趨勢変動と季節変動を除去する。この操作によって上記の①と②を除去し,③と④とをあわせた循環変動をみる。
(5)このようにして得られた多数の循環的運動の系列が,(A)騰貴に関するグループ,(B)商業に関するグループ,(C)金融に関するグループに分かれることを確認する。
(6)各グループの曲線が類似した動きを示していることを確認する。しかし,各曲線には一定の時間的先行,遅れの関係がある。
(7)タイムラグの関係が明確な系列については,そのラグの期間の相関係数を算出する。

以上がパーソンズの方法であり,世界的な注目を集めた。反面,早くからアメリカ内外で批判の対象となった。その主要論点は,以下のようなものである。

第一は,K.カーステン,O.アンダーソンなどによる,統計加工あるいは予測方法に対する技術的観点からの批判である。カーステンはパーソンズが景気指数を作成し,その動向をみて景気を予測するという考え方を支持したが,上記(A)(B)(C)のバロメータ曲線の景気順序に異を唱えた。カーステンによれば(B)こそが景気変動の要である。また,アンダーソンは,時系列解析は確率論的シェーマに基づいて考えられるべきとの観点からハーヴァード法の全体を批判した。

 第二は,ハーヴァード法の予測が事実と合致しないという批判である。実際,ハーヴァード委員会の予測はあまり成功率が高くなかった。系統的にこの観点からの批判を行ったのはコックスである。

 第三は,ハーヴァード法が経済理論と切り離された経験的研究にすぎないとする批判である。論者によってニュアンスが異なる。E.ワーゲマンは,パーソンズ流のアメリカ型の景気変動観測の特質が「技術的原理」によりすぎるとし,これに対してコンドラチェフ,スルツキー型の「医学的原理ないし有機的原理」にもとづいた景気バロメータを主張した。また,E.アルトシュールに代表されるその没理論性への批判がある。彼はパーソンズなどの数学的・統計的方法を評価するが,統計的分析の理論的基礎(景気理論)を考慮していないことにクレームをつける(統計分析の理論的基礎であるべき景気理論を等閑視し,景気変動の諸過程を整理したにすぎないミッチェルの研究にのみ依拠していることを「歴史学派の不毛性への復帰」と指摘)。さらに,より厳しくパーソンズ流の没理論的な研究の意義そのものを「にせ科学的強がり」として一切認めないL.ロビンスの批判もある。

 日本では1920年代に入って,景気バロメータの紹介が始まった。後半には景気理論への関心が盛んになり,海外の研究の翻訳が刊行された。ハーディ,コックス『景気予測の方法』(田村市郎訳,1927年),ミルズ『統計法』(福本福三訳,1926年),ムーア『経済循環期の統計的研究』(蜷川虎三訳,1928年)などである。1930年代になると,統計的景気研究法は一般的に受け入れられるようになった。同時に,経験的な景気研究に対する批判が蜷川によって行われた(数理的方法の適用の根拠が不明確であることの指摘)。さらに,海外での批判的研究を射程に入れた統計的景気研究が展開された(豊崎稔,郡菊之助)。

 筆者は最後に,ハーヴァード法の基本的特徴と問題点を整理している。その基本的考え方は,バブソンやブルックマイヤーの景気指数の方法論の踏襲である。ハーヴァード法に特有なのは,数理統計学的方法を使用したことである。しかし,なぜ数理統計学的方法を用いるのか,それを使うことにどのような意味があるのかは,明確でない。数理的統計学的方法を利用することの意義や理由が明確でなくとも,利用の結果として得られた数値が実施の予測に役立つのであればよいということのようである。

 数理的方法を使っても,ハーヴァード法による予測は結局,過去の経験の外挿である。したがって,経済的条件が変化すれば予測があたらなくなるのは避けられない。1929年の大恐慌を,この方法によって,予測できなかったのも当然である。
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