子ども達が、最近、「魔男」と呼んでいる男の人を見かけた。
子ども達に「おっぱい公園」と呼ばれている公園でだ。
この公園は、横に伸びをしている裸の女人の彫刻があるので、そう呼ばれているのだが、誰かがそのあられもない姿に目隠しをしたかったのか、赤いビキニ姿にスプレーで色付けされていて、真冬にビーチバレーをしているような、レーシングカーに水着の女性というような欲望のスピードと方向性がよく分からない組み合わせに見え、どこか暑苦しいようで寒々しいものがぶつかり合っているのである。
今日の天気も、そういう天気であった。
ぬうっと生温い風が足下を通り過ぎるかと思えば、空から冷たいオイルのような異臭の混じった冷たい雨が降って来た。
「魔男」は魔女のような格好をしていた。
黒いとんがった帽子に、オレンジ色のコートと黒っぽいスカートのようなものを着ていて、その姿がどこか禍々しさに魔を差し続けているもの狂おしさを感じさせるのである。
顏の細部はよく見えないのだが、濃いひげが生えていて、か細くない背中と歩く姿から、男のそれと判断が出来るのであった。
子ども達が、「魔男」の後ろをくっついて、つかず離れずの間合いを計っている。
何か話しかけると、「魔男」が振り向き、その顏が見れるのではないかと期待しているようであったが、端から見ていると、ただ単に笛吹き男にくっついて水に入っていく子ネヅミか子犬の群れか、永遠に鬼が変わることのない、「達磨さんが転んだ」の遊びをしているのようにも見えた。
そこには、欲望もスピードもなく、ただ、生温い無精髭を我慢するような笑いが、くすくすと音を立てて連なっていた。
「魔男」が不意に立ち止まって、こちらを見上げた。
私の眼差しが、その場にふさわしくないほど、異様な熱を放っていたかもしれなかった。
それほど,食い入るように、その場を見続けていたのに、初めて気づいた。
「魔男」の目がピース缶爆弾のように、こちらに飛ばされた。
日差しがあんまりにまぶしくてというよりも、「日蝕」の太陽と星の影がかさなるか、かさならないかの薄暗がりの中、空を見上げて、目のそこを低温で焦がされていくような鈍い痛みをどこかで感じながらも、赤黒い目のふちだけを見たような気もしたのだが、遠すぎて、近づくことは出来ないのだ。
「魔男」は、くすくすとなる人工の笛を従えた、祭りの司祭か、神主のように、そのまま古い団地の方に歩いていってしまった。
私は、生乾きの洗濯物を取り込まなくてはならなかった。
冷たい雨がぱらぱらと降り込んできたのだった。
その夜のことである。
おっぱい公園で、家族連れが季節外れの花火をしていた。
まだ夏になりきれていない、先走りにも程があるような季節であるが、妙に飽和された空気に触発されて、狂い咲きしている沈丁花のように見えた。
偶然、「魔男」を見かける前、PTAの講演会が終わって、その帰りに近所の奥さん達と食事をしている時のことを思い出していた。
最近、ここいらで不審者が出てるって話聴くじゃない。
北団地で、チェーンをこじ開けようとしている黒っぽい服をきた男の話よ。
あれ怖いわよね。がちゃがちゃやってるところを見られて、逃げてったんだって。
チェーンで繋がれていたから、助かったって訳ね。
もし、何も繋がれていなかったら、どうなっていたか、考えただけでもぞおっとするわ。
そうよね。
一階に住んでいる人なんか、鍵がかかってないのを外から見られてたりするらしいから、気をつけないとね。
この間なんか、自転車を持った若い男が家の前をのろのろ歩いていたのよ。
昼間に若い男がいるとちょっと警戒するわ。
この前、学校の帰りがけに突然下半身露出した男が出て来て、それ以来、小さな娘は男の人がいるとびくびくするようになったのよ。
今の自分だったら、けりでも入れて逃げ帰るかもしれないけど。
突然の、道端で出会ってしまった偶然は、小さな子には、「異物」にしか映らないからね。
それも、そこでしか見せない見たくもない「秘密」を見せつけられるのだから、性質が悪いわ。
ばちばちばち。
という音が鳴り響いた。
鼠花火というやつだろうか。
花火はなつ~ 花火はなつ~
と子どもの声が聞こえて来た。
あの季節外れの、家族連れの調子っぱずれの歌のようだった。
季節がだんだんと濁って、にこごっていくような夜、あるいは、「何か」が飽和して、今にも弾けてしまうような気配が、そこいら中に蔓延っているような気がしていた。
それから、しばらくして、救急車と消防車のサイレンが響き出した。
まさか、いまさっきの花火が何かに引火して、火事にでもなったのであろうかと、窓の外を覗くと、あの「魔男」が入っていった、黒い巣穴が幾つもあるように見える団地の方から、人がわらわらと出て来るのが見えた。
それを取り囲むように、救急車と消防車の赤いちかちかとした色とサイレンがいつまでも辺りを目まぐるしく照らし出していた。
なぜかしら、昼間偶然見た、あの赤黒い目の縁をした「魔男」がどこかで、くるくると回るあの光を、私と同じように、見ているような気がしていた。
どこかで破裂する音を聞いた。
子ども達に「おっぱい公園」と呼ばれている公園でだ。
この公園は、横に伸びをしている裸の女人の彫刻があるので、そう呼ばれているのだが、誰かがそのあられもない姿に目隠しをしたかったのか、赤いビキニ姿にスプレーで色付けされていて、真冬にビーチバレーをしているような、レーシングカーに水着の女性というような欲望のスピードと方向性がよく分からない組み合わせに見え、どこか暑苦しいようで寒々しいものがぶつかり合っているのである。
今日の天気も、そういう天気であった。
ぬうっと生温い風が足下を通り過ぎるかと思えば、空から冷たいオイルのような異臭の混じった冷たい雨が降って来た。
「魔男」は魔女のような格好をしていた。
黒いとんがった帽子に、オレンジ色のコートと黒っぽいスカートのようなものを着ていて、その姿がどこか禍々しさに魔を差し続けているもの狂おしさを感じさせるのである。
顏の細部はよく見えないのだが、濃いひげが生えていて、か細くない背中と歩く姿から、男のそれと判断が出来るのであった。
子ども達が、「魔男」の後ろをくっついて、つかず離れずの間合いを計っている。
何か話しかけると、「魔男」が振り向き、その顏が見れるのではないかと期待しているようであったが、端から見ていると、ただ単に笛吹き男にくっついて水に入っていく子ネヅミか子犬の群れか、永遠に鬼が変わることのない、「達磨さんが転んだ」の遊びをしているのようにも見えた。
そこには、欲望もスピードもなく、ただ、生温い無精髭を我慢するような笑いが、くすくすと音を立てて連なっていた。
「魔男」が不意に立ち止まって、こちらを見上げた。
私の眼差しが、その場にふさわしくないほど、異様な熱を放っていたかもしれなかった。
それほど,食い入るように、その場を見続けていたのに、初めて気づいた。
「魔男」の目がピース缶爆弾のように、こちらに飛ばされた。
日差しがあんまりにまぶしくてというよりも、「日蝕」の太陽と星の影がかさなるか、かさならないかの薄暗がりの中、空を見上げて、目のそこを低温で焦がされていくような鈍い痛みをどこかで感じながらも、赤黒い目のふちだけを見たような気もしたのだが、遠すぎて、近づくことは出来ないのだ。
「魔男」は、くすくすとなる人工の笛を従えた、祭りの司祭か、神主のように、そのまま古い団地の方に歩いていってしまった。
私は、生乾きの洗濯物を取り込まなくてはならなかった。
冷たい雨がぱらぱらと降り込んできたのだった。
その夜のことである。
おっぱい公園で、家族連れが季節外れの花火をしていた。
まだ夏になりきれていない、先走りにも程があるような季節であるが、妙に飽和された空気に触発されて、狂い咲きしている沈丁花のように見えた。
偶然、「魔男」を見かける前、PTAの講演会が終わって、その帰りに近所の奥さん達と食事をしている時のことを思い出していた。
最近、ここいらで不審者が出てるって話聴くじゃない。
北団地で、チェーンをこじ開けようとしている黒っぽい服をきた男の話よ。
あれ怖いわよね。がちゃがちゃやってるところを見られて、逃げてったんだって。
チェーンで繋がれていたから、助かったって訳ね。
もし、何も繋がれていなかったら、どうなっていたか、考えただけでもぞおっとするわ。
そうよね。
一階に住んでいる人なんか、鍵がかかってないのを外から見られてたりするらしいから、気をつけないとね。
この間なんか、自転車を持った若い男が家の前をのろのろ歩いていたのよ。
昼間に若い男がいるとちょっと警戒するわ。
この前、学校の帰りがけに突然下半身露出した男が出て来て、それ以来、小さな娘は男の人がいるとびくびくするようになったのよ。
今の自分だったら、けりでも入れて逃げ帰るかもしれないけど。
突然の、道端で出会ってしまった偶然は、小さな子には、「異物」にしか映らないからね。
それも、そこでしか見せない見たくもない「秘密」を見せつけられるのだから、性質が悪いわ。
ばちばちばち。
という音が鳴り響いた。
鼠花火というやつだろうか。
花火はなつ~ 花火はなつ~
と子どもの声が聞こえて来た。
あの季節外れの、家族連れの調子っぱずれの歌のようだった。
季節がだんだんと濁って、にこごっていくような夜、あるいは、「何か」が飽和して、今にも弾けてしまうような気配が、そこいら中に蔓延っているような気がしていた。
それから、しばらくして、救急車と消防車のサイレンが響き出した。
まさか、いまさっきの花火が何かに引火して、火事にでもなったのであろうかと、窓の外を覗くと、あの「魔男」が入っていった、黒い巣穴が幾つもあるように見える団地の方から、人がわらわらと出て来るのが見えた。
それを取り囲むように、救急車と消防車の赤いちかちかとした色とサイレンがいつまでも辺りを目まぐるしく照らし出していた。
なぜかしら、昼間偶然見た、あの赤黒い目の縁をした「魔男」がどこかで、くるくると回るあの光を、私と同じように、見ているような気がしていた。
どこかで破裂する音を聞いた。