2017年9月17日(日) オフの日

2017-09-17 20:59:20 | 日記
今日もオフ。連休だった。

台風接近で終日雨のため、自宅でゆっくり過ごした。
少し骨休め。

夕方近所のスーパーに買い物に出たら、
高齢者が乗る自転車が車と接触事故を起こしたのに出くわした。
幸い怪我はなかったけれど、
雨の中高齢者が自転車に乗るのは危ないよねー。


☆ ☆ ☆

さて、今NHKのEテレの「100分de名著」という番組で、
ハンナ・アーレントの『全体主義の起原』が取り上げられている。
録画はしているけどまだ少ししか見ていない。




「ハンナ・アーレント」といえば、2013年に日本でもそのものズバリのタイトルで
映画が公開された。



この映画の最後の方でとても感銘を受けたセリフがあったので、
その感想をメモしておいたんだよね。

動機も信念も邪心も悪魔的な意図もなく、
ただ組織の歯車として動くことによって思考不能に陥り、
「世界最大の悪」(もちろんユダヤ人大虐殺のこと)を犯してしまったアイヒマン。
そこには人間であることを拒絶した、完全なるモラルの崩壊が見て取れる。
我々平凡な人間にとっても決して他人事ではなく、
誰でも同じような境遇に陥る危険性は常に孕まれている・・・。
非常に今日的な問題提起だと思う。
経済のグローバル化によって中間層が解体され、
感情や教養が劣化した大衆がポピュリズム的な政治によって動員され、
ファシズム的状況に陥る。メディアがそれを助長する・・・。
まさに今の日本がそのような状況に近づいていると感じる。

これはいわゆる「悪の凡庸さ問題」というやつで、

全体主義の恐ろしさはごく平凡な人間が「世界最大の悪」を
平然と(考えることなしに)成し遂げてしまう状況に陥りかねないこと。
このことは今多くの日本人が認識するべきことなのではないかと思う。
先の戦争で日本はナチス・ドイツの同盟国で、
「全体主義国家」だったということを忘れるべきではない。

と感想を綴った。

そう、日本は戦時中、「全体主義国家」だったんだよね。

この「100分de名著」の番組の冒頭で、司会の伊集院光が、
「“全体主義”という言葉は昨年アメリカのトランプやフランスのルペンといった政治家が
脚光を浴びたことによって急に浮上してきた言葉ですよね」
みたいなことを言っていたけれど、
「違うだろ!!」 と頭に来てしまった。

既に自分は2012年の衆院選で自民党が大勝した時に、
全体主義的な嫌な兆候を感じて、いろいろなテレビの報道番組に(当時はまだテレビを結構見ていた)
「メディアがしっかりと権力監視しないと日本は簡単に全体主義に陥ってしまうんじゃないか?」
と投稿しまくっていた。
なにしろ当時から既にテレビは安倍政権ヨイショの偏向的な報道を流し始めていたからね。

アメリカやフランスで三権(司法・立法・行政)分立がきちんと機能しているか否かは自分には分からないが、
少なくとも大手メディア(第四の権力)がトランプやルペンを応援するようなことはしていないというのは知っている。
むしろ9割方批判しまくっているのが実態だと思う。
それだけでもまだ大きくマシだろう。
それに比べて日本はどうだ?
三権分立などまるで機能せず、“三位一体”という状況。
それに加えて第四の権力である大手メディアまで権力ベッタリという有様ではないか。
NHKを筆頭としてね!

これはすなわち日本は北朝鮮的全体主義国家に近づいているということに他ならないと思う。
もしネットから情報が取れなければ、北朝鮮とほとんど同じだ。ゾッとするよ。

NHK・Eテレのこの番組もそういう問題提起(日本こそが危ない)から始めたらどうなんだ!
お前らこそが「悪の凡庸さ問題」を自分のこととして
真剣に考えるべき当事者だろうが!
いったい何人の日本人が
お前らの流すニュース番組を見ていると思ってるんだ!

と、いきなり頭に来てしまって、まだ続きを見ていないんだけど、
この番組の講師が仲正昌樹さんという松岡正剛さんご推薦の哲学者ということで、
一応見てみようとは思っている。

仲正昌樹さんの本は過去2冊ほど読んだことがある。
そう、日本は戦時中ナチス・ドイツと同じく全体主義国家だったんだよね。



『日本とドイツ 二つの全体主義』
(著)仲正昌樹
光文社新書


二つの「遅れて誕生した」近代国家において、全体主義はなぜ誕生したのか?
日独比較のユニークな思想史、「戦前」に焦点を当てた第二弾。
戦前思想を問い直し、いまを考える。





『集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンとは何だったのか』
(著)仲正昌樹
NHKブックス


1980年代、「ポストモダン」が流行語となり現代思想ブームが起きた。
「現代思想」は、この国の戦後思想をどのような形で継承したのか。
海外思想をどのように咀嚼して成り立ったのか。
なぜ80年代の若者は「現代思想」にハマったのか。
丸山眞男や吉本隆明など戦後思想との比較をふまえ、
浅田彰や中沢新一らの言説からポストモダンの功罪を論じる。
思想界の迷走の原因を80年代に探り、思想本来の批判精神の再生を説く。
沈滞した論壇で唯一気を吐く鬼才による、異色の現代思想論。