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【日独伊の楽勝!⑦<超新兵器を持つ日本!>】

2018-03-16 20:15:39 | 日記

日本が対米戦争を始めたのは、ABCD(米・英
・支・蘭)包囲網での経済封鎖(石油・クズ鉄な
どの禁輸)と、ハル・ノート<満州・支那・仏印
からの全面撤退、日独伊三国同盟破棄、汪兆銘政
権(日本の傀儡)切り捨て等、とても日本が飲め
ない要求>により、追い詰められた為と言われて
いますが、実際には、この間も東条内閣は必死に
対米戦争回避に動いていたワケです(開戦にあた
り、東条は「陛下に申し訳ない」と泣き崩れたと
か無いとか?)。

ここで、ABCDと言いますが、C(支那、中国)
D(蘭、オランダ)は、あって無きが如し。B
(英国)も欧州でドイツに押しまくられている現
状からは、ほとんど考慮の必要は無し。結局、A
の米国一国な訳です。
当時全国民がこぞって、戦争絶対反対で固まって
いた米国に、宣戦布告無き攻撃を加えてしまい、
格好の参戦理由(リメンバー・パールハーバー)
を与えてしまったのですから、日本は本当に【ア
フォ!】としか言いようがありません。前回、記
したように、日本上層部に、ビッシリと配置され
たスパイ網の結果です(これにより、東条内閣も
誤判断に引きずり込まれた!)。
独伊は、真珠湾攻撃を知ってサゾ仰天したことで
しょう! 何しろ、アメリカという強大な国が、
相手側に付くわけですから(恐らく、日本の『馬
鹿がぁ~!』と絶叫したに相違ありません)。仕
方なく日本に追随して対米宣戦布告するハメに。
ここに全世界を巻き込んだ第二次世界大戦がスタ
ートするわけです。

私見として、日本は、「ハル・ノート」など、頭
から無視すれば良かったのです。この間、石油を
求めて、チャッチャカ・チャッチャカ、あるいは
粛々と、インドネシア方面に軍を進めれば良いの
です(ソ連への牽制は忘れずに)。
当然、英蘭からは、抗議と、場合によっては宣戦
布告を受けるかも知れません。でも、宣戦布告す
るのは、日本では無く英・蘭(既に本国はドイツ
により消失)ほうで、果たして英国が、ドイツと
死闘を演じている最中、更に、強大な大日本帝国
(繰り返しますが、事実ですよ!)に宣戦布告な
どするでしょうか? されたらされたで、遠慮無
く堂々と戦端を開けば良いだけの話です。 
米国民にとっても、聞いたことも無いであろうイ
ンドネシアの石油地帯の紛争など、北半球の裏側
の出来事で、到底、日本への宣戦布告は有り得な
い(日本への布告は、又、独・伊への布告でもあ
る)。本当に、なんで、こんな基本中の基本が理
解出来なかったのだろうと、今でも不思議です。
本来「ハル・ノート」とは、その程度のものにも
関わらず、首脳部は『カァ~!』と頭に血が上り,
過大視すると共に短絡思考に落ち行った。つまり
は戦争指導層の胆力の無さ、及び、戦略と全般予
測が存在しなかった<『カァ~!』の都度、泥縄
の戦術を立案?>、即ち、ルーズベルトやチャー
チルのように、シッカリと戦略を構築する英雄が,
日本はいなかった、と言う迄のお話しでしょう。

緒戦に於ける日米戦ですが、ここにルーズベルト
の誤算がありました。
日本側同調者との共同作戦により、見事に日本は
ハメられ、真珠湾攻撃をしてしまいました(この
時、ルーズベルトやチャーチルは、側近達と祝宴
の大歓声をあげたと言われています)。
この後、①の年表にあるように、戦線は移行・拡
大していくわけですが、連合国側の大誤算は、思
いも寄らない日本軍の強さでした。それは、凡そ
想像を絶する程と言っても過言ではありません。
海軍ひとつとっても、本当に向かうところ敵無し
で、正に破竹の勢い! 皆様はこれを可能にした
のは、一体何だとお思いでしょうか? 
答えは、イチ戦闘機に過ぎない【零戦(艦上戦闘
機)】の存在なのです(陸軍も名機【隼:ハヤブ
サ】あり)。
開戦から1~2年は、それこそ、優秀なパイロッ
トと相俟って全くの無敵状態でした<ゼロ戦1機
で、数機の敵機を撃墜したと言われるほどです。
重い爆弾類を積む艦攻機など、ゼロ戦にとって、
格好の餌食です。アメリカ空軍では、1機同士の
戦い(空中戦:ドックファイト)は絶対避けるよ
うに、とのお触れも出る始末です>。
例えば、空母同士の決戦を考えてみましょう。
日米共に、艦上爆撃機(爆弾)・雷撃機(魚雷)
が敵空母に襲いかかります。これらを守る為、敵
空母上空まで付いて行くのが支援戦闘機としての
『ゼロ戦』です(アメリカは、グラマンF4Fな
ど)。又、味方空母にも敵機が襲いかかります。
これから守るのも、掩上戦闘機<掩護(えんご)や
空中哨戒を行う航空機>としての『ゼロ戦』なの
です。敵空母上でも味方空母上でも、敵、掩護戦
闘機をバタバタ打ち落としたのが『ゼロ戦』と言
う図式です。
これが続けばどうなるかと言えば、艦攻機による
敵空母攻撃が容易となり、味方空母は限りなく安
泰というワケなのです。つまりは、『ゼロ戦』の
お陰で、制空権を取れるわけで、結果、制海権も
モノに出来る次第。太平洋での海洋決戦で、制海
権を握ることは、もう、勝ったも同然です! よ
って空母部隊を擁した、大和・武蔵(他、戦艦や
巡洋艦)による、アメリカ西海岸(サンディエゴ
軍港も含む)への18インチ砲による、一斉艦砲
射撃や空爆、他にも、パナマ運河破壊作戦も考え
られます。恐らく自国が、建国以来、一度も戦場
となったことの無い米国民には、パニックが襲う
事でしょう! 西部から東部への避難や、日本と
の講和を求める意見も出てくるかも知れません。
実際、伊号潜水艦による、ショボくれた砲撃が3
度ほど行われ、それ際も、パニックを引き起こし
たくらいです→日系人、強制隔離の一因に。
その後、幾らでも有利な和平交渉が出来たに違い
ありません! この『ゼロ戦』の存在を、ルーズ
ベルトは把握していなかった風なのです<開戦ま
で、日本も必死に秘匿したタマモノ(例えば国民
は、大和・武蔵の存在を戦後、初めて知った程で
す)。故に開戦後、零戦が颯爽と登場した際は、
米英に恐慌が走ったそうな>。この存在(【ゼロ
戦】と言う超新兵器)に気づかなかった事は、ル
ーズベルト(アメリカ諜報網)の大失策と言える
でしょう。
ただ折角、最優秀な戦闘機を擁しながらも、馬鹿
げた運用により(例えば⑤に記したように、往復
2000kmも一人で飛ばしたり)、その能力を生か
し切れなかった事は、返す返すも残念なことでは
ありました。

陸軍に関しては、1939年5月に有名なノモンハン
事件がソ連との間で勃発しています(この時、辻
政信参謀は、強力な敵戦車に対して、火炎瓶など
を持たせた日本兵に肉弾攻撃させています。本当
に酷い話です)。戦後も60年近くは、日本軍ボロ
負けと喧伝されていましたが、ソ連が崩壊し、ロ
シアとなってから、秘匿文書が公開され、ノモン
ハン事件のソ連側全貌が明かされました。
結果、ソ連側も多大な損害を出しており、判定は
5分5分、死傷者数ではソ連側の方が多かった為、
実質、日本の勝ちとの話も出ています。
陸上戦では、明らかに日本の負けなのに、何故、
5分5分かと言えば、優秀な航空機(97式戦闘機)
により、制空権を日本側が握っていたからと言わ
れています。
日本の強さを改めて知ったスターリンは、関特演
以降も、スパイ・ゾルゲの情報で確信を得る迄、
シベリア軍団を欧州に移動出来ませんでした。陸
軍も負けたと思っていたので、同様、北進論(独
伊が渇望した、満州からのソ連侵攻策)を躊躇さ
せてしまった面もあるみたいです。
この件は、又、後述してみます。
                 <続く>


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