フランシスコの花束

 詩・韻文(短歌、俳句)

うたた寝に    ――夢に若き日の恋人の姿あるを見た

2015-03-27 12:44:33 | 

  うたた寝に

      夢に若き日の恋人の姿あるを見た

ストーブの暖気に誘われて
夕食の後 うとうとしてまった
腹がくちくなると 眠気が襲うのは
老いた男には いつものことだが
夢とも言えぬ 感覚が
目覚めた後も続いた
暖かく この心に寄り添ってくる女
一人の女を感じていたから
とっくのとうに別れ 何十年も逢っていない女
女はぼくを包むような目で見つめ
静かなほほえみを 送っていた

だからこの目覚めは格別だった
老いた男の傷つき しゃがれた心に
柔らかい 心の愛撫など
まるで無縁 のはずだったから
ぼんやり目覚めた男は 何も信じない
うたた寝の夢枕に立ち
そっと心沿わせる女の肌触り
言葉は一語も発しない
事に慰めなど いたわりなど
言語にすれば すべてが崩れてしまう
沈黙の深いゆりかご

今も 時折 あの女は
古い恋人を 思い返すことがあるのだろうか
思い出して胸痛ませることが
古い 古い時代の信心ならば
なつかしい女の思いが
男の老いた心のかたわらに訪ねてきた
そう信じるのだが 時は現代
老いた男の心にうずくまっていた
取り返しのつかない悔悟が
女の愛の復活を 願わせるのか
男と女の愛の 美しいビジョンとして

きみが今も この男を
忘れず なおも愛しているのなら
老いゆくこの男を捜し 求めよ
今にも朽ち果てようとする男の
崩れゆく影を ひっしと掴め
もちろんこれは 老いた男の妄想
独りよがりな幻影のしっぽ
独り相撲のなれの果てと知って
祝別された貴い奉書紙に
男は女の名を七度書いて
ごくんと 一気に飲み込んだ


 思い出した歌がある

うたたねに 恋しき人を 見てしより
      夢てふものは 頼みそめてき

 小野小町(『古今集』巻第十二、恋歌・五五三)

 『古今集』巻第十二、恋歌二の冒頭には、小野小町の恋の歌が三つ「題知らず」として並んでいる。 
右の歌はその二番目。ちなみに冒頭の歌(五五二番)は

おもひつつ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ
      夢と知りせば さめざらましを

 三つ目、五五四番は

 いとせめて 恋しきときは むばたまの
     夜の衣を 反(かへ)してぞ着る


片隅のゴブリン

2015-03-27 10:06:59 | 

  片隅のゴブリン

街角の片隅の 一匹のゴブリン
背を丸め 膝を抱えて
悲嘆に暮れる
行き場を失った 小さな善意

あるときは ケルンの
ゴチック大聖堂の 薄暗がりに
その灰色の物質は
窮屈そうに うごめいていた

懺悔室の 司祭の格子戸
濃き緑のカーテン
その奥で 祈りが呟かれている時
醜い罪の所産が涙していた

ゴブリンよ お前は
お前は許されたくないのか
それともすでに 許されることを
あきらめてしまったか

それは たしかに苦悩の
痛苦の肉塊と化して
街のゴミ捨て場に棄てられてある
振り返る者もいないまま

すでにお前からは
あの独特の腐臭さえ しない
無機へと変質することだけを
最後の寄る辺に 転がっている

そうだ 転がっているのだ
神よ 許し給うなと
慚愧の念の いじらしさ
罪深き者の 罪の日の午後

遠い生誕の日の まぶしさを
ゴブリンは思い出すか
思い出して涙するのか
悔いつつも 改めぬ夜の深淵


陰と陽の復命

2015-03-27 10:03:04 | 

  陰と陽の復命

光り輝くのが 表ならば
その裏側は 暗さに沈む
暗さが増せば 増すほどに
表の輝きは いや増さる
陰は陰をまったくし
陽は陽を募らせる
僕らは罪人
罪深く 沈みて沈む
闇の淵には 悲しみつもり
聖なる輝きを 悲しく遠ざかる

生きて歌うのが それ 
まことの日月(じつげつ)ならば
星なき闇は 闇を見る
魂は陰と陽の螺旋
あざなえる禍と福
暗黒と光陰の交錯は けっして
けっして ランダムではないのだ
不文律を 捉えよ
不明なる明と暗の交替
光と闇の逢い引きのしどけなさ

かつて正法(しょうぼう)の時代
表は表に 裏は裏に
それぞれの所を得
それぞれの分を果たして
世界は厳しい秩序にあった
厳しい序列 厳しい格付け
今は 今は?
何もかもが自由に入り組み
整序するのは世界ではなく
個人の恣意に任される

倫理はしおれた花のごとく
道徳は力ないペニスのように
何も生まぬ 何もだ
生産が自己を統御する時代
消費が神の手にある時
自由は悲鳴を上げ
貞操は屈託なく保守された
陰と陽の絡まった時代の柱には
立ち尽くすことのできぬ
崩壊が慌ただしく進むだけ

今からでも遅くはないのではないか?
されば 陰と陽に命じようではないか
陰は影たれ 陽は輝きを放て
交ざり合い 溶け合いつつも
世界を光に包め
世界をあるべき姿に復せよ
そして衆生を善に導け
腑分けのように 悪を裁け
死すべき者の 罪の歯がみを
その胸に堪えながら 


さようなら

2015-03-27 09:47:51 | 

  さようなら

青なりひょうたん
へたれの幽霊
とんがりテントの
萌え出る夢の日
夢見がちの蟋蟀が
しおれた翅をふるわせて
さよなら さよなら

暗がりちょうちん
迷子のお化け
はんなり溶け出る
もやしの目玉
祭り囃子はてんてけてん
しゃがれた声のビブラート
寂れた村に さようなら

幔幕 まさかり
はっけよい残った
どすこい こっちこい
しこたくさん踏んじゃった 
ついでに猫踏んじゃった
ピアノの上の白ネズミ
おいらも一緒に さようなら


闇と光

2015-03-27 06:29:46 | 

  闇と光

光はすべての事象を
すべての事物を 明と暗
ポジとネガとに分かつ
陰陽(おんみょう)の道とは
光のなせる業を知ることなのだ
闇を裂いてこの世に 現れた光
光はそうして この世を
光あるところとした
光溢れる世界だからこそ
そこに表と裏が現れる
そこに 光の光 光の影とが
相携え 踵(きびす)を接して
同時に立ち現れる
曖昧さを残して
暗と明 明と暗は
互いに友のように 寄り添う

宴に出ようではないか
仲むつまじく生きる者たちのために
右と左は一対だが
人の体の左右は
一つの幹から差し出される
連理の枝 比翼の鳥
互いに慕い合う 夫と妻
互いに求め合う 妻と夫
光が愛であれば
裏打ちする力は正義
表が正義の輝きを放てば
その裏には愛の裏絹があてがわれる
一つの ただ一つの原理が
世界を支配する
光は闇を呑みこみ
闇は光によって意味を受けるのだ

罪深き者らよ
その淵から光を見上げようではないか
あがき もがくその沼の上に
広がっているのは 青い空
雲一つない碧空の奥深いところに
愛と正義を統べなう意志がある
罪人を罪から救い
罪の重荷に苦しむ者を
抱きしめ 癒やし
慰め 励まし 愛しむ
魂の医師が 命の看護師が 
あまたのクーリーを引き連れ
自らもクーリーとなって
罪深き者らの前に現れる
陰と陽がむつみ合うその意志こそ
穢土にあって 条理を超えるのだ