フランシスコの花束

 詩・韻文(短歌、俳句)

慕情の幻影

2014-01-27 08:23:16 | POEMS(詩)

  慕情の幻影

冬の光は ようやく峠を過ぎた
日一日と日は長くなり
寒空は 日々天の西へと去りつつ
混じり合う 春の願い

目の前にひろがるのは 思い出
なつかしいだけではない
悲しいだけでもない
振り返れば やさしい思い出があり

うつつなる世に生きながらえるは
また苦しき思いごとばかり
人を思い 人を慕い 人に焦がれて
今日もいとしさ増す限り

なぜに なぜに 慕情はある
慕情は 心にわだかまってあまりある
つきぬ思いを どれほど堪えてか
明日は開(ひら)ける? 明日は明ける?


訪れる者 Ⅵ光りきらめく

2014-01-17 20:36:30 | 詩集に向けて

  訪れる者

  Ⅵ 光りきらめく

まことに金色の光を放つ
虹色の螺鈿細工のようである
散りばめられているのは
愛の粒子 思いを込めた
恋心に波立つ 末の松原
いとけなき やさしい愛の
その顛末を描いた
天空の絵巻物

きみとぼくが見出したのは
新しい言葉 新しい祈り
だれも知っていながら それと
確かにはつかめなかった
命の技法 心の表出
砂糖菓子のように もろく
竹細工のように しなやかな
美の永遠を定着した細密画

まことにきらめく空の光景
下地には クリムソン イエロー
高貴な顔料を ふんだんに
ふんだんに 塗り重ねた
日本伝来の技法 岩絵具
苔さえも 萌葱(もえぎ)に輝き
男と女の 歌の心を
喜びに あふれさせる 越天楽(えてんらく)

もう お念仏は要らぬ
もう 松風のごとき
古さびた楽音(がくね)は要らぬ
あの伊太利亜の フランシスコのように
派手やかなステップで舞い踊れ
艶やかな二重唱で頌(たた)えよ
ラッパの音に導かれた
荘厳な 荘厳なる 愛の完成を

互いに見交わすのは
乗り越えられた喜び
互いの目に満ちる 全信頼の
アキテーヌの葡萄の輝き
口をすぼめて味わい
それから しっかり踏み絞って
美しい葡萄酒をつくろう
カナの婚姻のための 喜びの


訪れる者 Ⅴ寄り添う

2014-01-15 23:54:04 | 詩集に向けて

  訪れる者

  Ⅴ 寄り添う

額をくっつけ合って
二人はにやにやしていた
どうしても 二人とも頬が緩み
目尻が下がって にやけてしまう
よく見れば 男は相変わらずだが
女は 若い日の 娘の顔に戻っている
もう 女は鬼女でも
妄念に狂った 怨霊でもない

寄り添う心が
ただひとときの明け方
女を正気に戻した
狂気は精神にとどまり 錯乱は弛んだ
ただ ぼくにできるのは
そこまで そこまで限り
そうして ひたすら女を信じて
いとしげに 女のそばに立つだけ

正気に戻ってと願うのは
いっそう深い 深い愛を
女に感じてもらいたいから
いっそう重い愛を女と担いたいから
狂気に震える目ではなく
愛の喜びに震える目を
女の心に取り戻したいと願い
ぼくは女の傍らに たたずみ続ける

心弱いぼくでは
女の狂気に打たれて
ぼくもまたやがて 正気を失うだろう
二人ともに ねじれ
歪んだ魂で なぞるだろう 
翳ってしまった 若き日の愛
純情なだけであった日々の
祝福されたはずの 愛を

だけど ぼくは女から
決して女から 離れない
女の狂気がぼくの魂を覆うとき
その狂気に同化しよう
女の妄念がぼくを刺し貫くとき
喜んで命を捧げよう
ああ 神にそむくとしても
女の愛に従い 殉じよう

だけど ぼくは知っている
これが女とぼくの運命なら
それは神のなし給うこと
たとえ地獄に落つるとも
互いに互いが互いをかばい合い
命を折り合わせ 魂を折り重ねて
もんどり打って転げ落つるとき
大きな逆転が 始まるのだと


訪れる者 Ⅳ無垢なる思い

2014-01-14 22:57:22 | 詩集に向けて

  訪れる者

  Ⅳ 無垢なる思い

あれから毎日
夜明け前の訪(おとな)いを
あのチャムの音を待っている
夜の闇のなかを
ひた走る一人の女の影を
心静かに 夢に抱いて
眠りにつく日々
これをきっと幸福と呼ぶのだろう

だが 遠慮深い心ならば
チャイムの呼びかけであっても
心うち解ければ 音もなく
何のためらいもなく
その訪(おとな)いはやってくる
かすかな衣(きぬ)ずれだけを 前触れに
そっとやってくる影は
ぼくの心に狂気のにおいを運んでくる

「ああ 来たね 今日も」
「ええ」とだけ答えて
女はぼくの真横にすべり込む
いとしい心がそうさせるように
女の吐息が 耳に 頬にかかる
ぼくの心はしびれていて
ぼくの脳はとろけていて
なつかしい女の なすがままだ

「いいよ」とぼくは言うが
女は黙って 唇を寄せてくる
その口は耳元まで裂けていて
その目は般若(はんにゃ)の面のように
とんがっていて 笑んでいる
柔らかな帯で縛(いまし)められたように
ぼくは動けない
動けぬままうっとりしている

ああ ぼくを
ぼくの魂を この肉から
早く奪っていけ
影のすがたのきみと一つになるために
ぼくを存在の影にしてくれ
永遠の狂気が
きみとぼくを支配して
厭離穢土(おんりえど)となすために

そう そうだよ
欣求浄土(ごんぐじょうど)でなくったっていい
永遠のさすらいであってもよい
きみが連れてゆく先が
地獄であったっていい
求めても 求めても なお
満たされることのない
永遠の渇望であってもいい


訪れる者 Ⅲ狂気の沙汰

2014-01-13 21:56:51 | 詩集に向けて

  訪れる者

  Ⅲ 狂気の沙汰

ぼくは知っている
きみの狂気が 
ぼくの中にあったもう一つの狂気を
かぎつけたのだと
そう ぼくが思い出すのは
ぼくを見つめるきみの目
その目がはらむ狂った心
きみは最初っから
ぼくに狂っていた
ぼくの狂気に狂っていた

ああ そうだよ
だから ほんとは二人
狂気の沙汰で 死ねばよかった
一人一人が たとえ
離ればなれになっても
それぞれに それぞれの仕方で
狂い死ぬほかないのだから
二人の愛は狂気をはらみ
二匹の蛇のように絡み合い
ねじれ よじれて 死ねばよかった

きみの狂気が
死後の世界にも邪気をはらんで
愛を求め合うのが 運命なのだ
二人が一つにならぬ限り
この狂気も邪気も 消え去らぬ
ぼくの狂気が もっともっと
力あるものだったら
これほどきみを悩ませ 
苦しめなかったろうに
狂気は狂気によってしか救われぬから

そうだ 神よ
どうしてこれほど
狂気に生きることを
狂い死ぬことを恐れたのでしょう?
狂気の父母から生まれたのに
狂っていることは 正しくないと
だれが教えたのでしょう?
正しくまっとうに狂えばよかったのです
狂って 狂って きりきり狂って
命懸けで狂い切って