「もの」という大和言葉は、中国語の「物」の訳語だとはまったく思えない*01と古典文学研究の中西進さんはいいます。「もの」という言葉が物質を意味することはそのとおりですが、日本語では、それ以外にもう一つ、霊魂とか魂とか、そういうものも「もの」としてあらわしている、というのです。ただし、そういった有機的な働きなどというものを一切区別しないで、そこに「存在しているもの」という形で何物かを捉えてみる、そういうものが実は「もの」というあり方なのではないだろうか*01と中西さんはいいます。
一方「ものづくり」という言葉も、「毛乃作(ものつくり)」という語として、平安時代(898年~901年頃)に編纂された現存する最古の漢和辞典で、古い和語を多く記していることで知られる「新撰字鏡」に初出が見られるほど古くからあった日本語です。そしてその表記が示すように「もの」という語に「つくり」という語が付き、複合語になったのではない可能性が示唆*02されている語でもあります。
中西さんがいうように「もの」は「存在しているもの」という形で捉えるもの、とすると「ものつくり」もまた、その「存在しているもの」に対して人が様々に働きかけること、と捉えることができるのではないでしょうか。それが「ものづくり」という言葉が幅広い意味を表すことの理由でもある、といっていいでしょう。
「ものつくり」という言葉を国語辞典などで調べてみると、古くから主に「農業や手作業に閔するものを作る」という意味で使われてきたことがわかります。そして近年になって「ものづくり」という表記で「工業的な製造」に関する意味が新しく付与され、よく使われるようになっていった*02のです。また「もの」をカタカナ表記にすると新しいIT時代の生産物を指し、音が同じである「者(もの)」という語にまで変換可能でもあります。後半部分の「つくり」も、「作り」「造り」「創り」といった表記にも読み替えることで、さらなる意味世界が広がっていくのです。
さらに、「ものづくり」という言葉は、具体的な手作業、製造などの物理的な作る行為以外にも、ものを発想したり、心を込めたりといった、作ることに関連する思いや姿勢といった意味でも使用されています。そして「ものづくり」というひらがな表記は、これらすべてを包括的に表すことができ、幅広い意味を表すことに貢献しているのです。
近代的な「ものづくり」の始まり・・からくり儀右衛門と呼ばれた東芝創業者の一人、田中久重(1799~1881)の『萬歳自鳴鐘』(復元)/東芝科学館(現東芝未来科学館)
*01:古典と日本人/中西進/彌生書房 1981.02.25
*02:「ものづくり」という語の意味と機能に関する一考察/熊谷由里子、新井田真澄
/技能科学研究38巻3号 2021