第八芸術鑑賞日記

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鉄コン筋クリート(12/23公開)

2007-01-17 03:48:08 | 06年日本公開作品
 1/13、渋谷東急にて鑑賞。7.0点。
 原作の松本大洋は90年代の漫画界で五指に入る重要人物だが、そのあまりにも個性的な絵柄をそのままにアニメ化したのには驚いた。企画段階ではほとんど無謀と思われたのではないか。
 原作における松本大洋の画というのは、多くのコマにおいて人物と背景の書き込みの密度が同じである。また、その描線が等質に太い。一目見ればわかるのだが、昨今の非常に整理されたマンガの絵と比べ、格段に見づらい。しかしそうは言ってもスラスラ読めるわけで、それはひとえに構図やコマ割の巧みさによるのではないかと睨んでいるのだが、そんなに彼の作品を読み込んでいるわけでもないので知ったかぶりはよしておく。ともかく、この絵柄を再現できるか否かはまず第一に密度にかかっていたはずだ。
 結果からいえば、本作における美術は見事だった。原作どおり街の猥雑さがよく表現されており、カラーになったことで情報量が多いにもかかわらず非常に見やすくなっている。映画ならではの疾走感溢れるカメラワークも心地よく、主人公のシロとクロが跳躍する様は原作のファンも素直に楽しめるだろう。なお、アニメーション製作は『MIND GAME』のSTUDIO4℃によるもので、サブカル的な題材をやらせたら無敵かもしれない。
 むしろ難しかったのは脚本だろうか。原作の全三巻という長さが微妙なところで、映画のために大幅にストーリーを縮小再編成する必要はないものの、かといって全ての台詞と場面を再現していたらやや長尺になりすぎる。これも結論から言ってしまうと、原作の重要な場面は全て盛り込み、なんとか110分強にまとめている。そのために細部で説明不足な点が多く、原作の未読者にはやや展開が早すぎると感じられたのではないか。監督はじめ製作陣自身が原作の大ファンらしく、ちょっと忠実すぎたかなぁという印象は拭えない。


 さて、原作との比較はここまでにしておいて、以下は作品そのものの話。
 物語は2人の対照的な少年を描く。名はシロとクロ。親はなく家もなく、打ち捨てられた車に二人で寝起きし、暴力によって生活の糧を手に入れている。彼らが生まれ育った宝町でレジャー施設の建設が始まったとき、何かが崩れはじめるのだが……
 暴力に淫し血を好むクロと、どんな境遇にあっても邪心のないシロ。あえてベタで類型的な設定を施された2人は、しかし互いを必要とする。物語後半での観念的なイメージは、執拗なまでに繰り返される二項対立の単純な図式に乗っかっているのであって、決して難解なのではない。散文的な理屈よりも詩的イメージを重視する本作においては、単純な話だと言い切ってしまうことがむしろ賞賛の言葉となるはずだ。なお、松本大洋が影響を受けた大友克洋の『AKIRA』もまた2人の少年の物語であったことを想起したい。
 物語のもう一つのポイントは、並行して描かれる町のヤクザたちの動向である。レジャー施設の建設をめぐって組を真っ二つに割った対立が、躍動感溢れるシロとクロの物語に挟まれながら渋いドラマとして展開される。このパートではどこかのヤクザ映画から借りてきたようなコテコテの展開を見せるが、この並走するパートあってこそ、物語全体に漂う不可思議な哀愁が形作られているのであり、欠かせない。


 総じて良い出来なのだが、やや評価が伸び悩んでしまうのは、前述した脚本の急ぎ足と、もう一つ演出にある。たとえば、クロの暴力描写が甘い。映倫の指定を避けたのかもしれないが、本作では暴力をもっと押し出して描かなければいけない。鉄パイプを持って人を襲うクロは、あくまでも第一級の虞犯少年だ。そして終盤、イタチが登場してからの描き方に工夫が少なく、個々のショットの魅力も弱い。ここは原作にない圧倒的なクオリティの動画を見せつけてほしかったところ。
 最後に声優のキャストについて。まず蒼井優は本当にうまい。ただし、絵柄が独特であることも手伝ってシロは女の子なのかという勘違いを招かないかというのは杞憂だろうか。二宮和也も悪くないが、イタチの声には凄みを感じられない。録音した声にエフェクトをかけてなんとかそれらしくしているが、やや残念。
 玉瑕はあるものの、元来がマニア向けの原作をもとにこれだけの秀作を作り上げたのはお見事。



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