第八芸術鑑賞日記

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秋津温泉(1962)[旧作映画]

2009-07-10 01:43:39 | 旧作映画
 08/7/11、シネマヴェーラにて鑑賞。7.0点。
 吉田喜重初期の代表作であり、したがって松竹ヌーヴェルヴァーグの代表作でもある一本(しかし「松竹ヌーヴェルヴァーグ」というのは何とも曖昧な括りの呼称なので、俺には本作が入るのかどうか不詳)。個人的には『エロス+虐殺』('70)から吉田喜重に入ったので、筋書きだけ見れば真っ当なメロドラマである本作がどんな出来なのか予想できなかったのだが、いやこれは想像以上だった。間違いなく名作。
 「男が温泉場の女を訪ねる」という同一のシチュエーションを五回繰り返すだけ、という反復によるシンプルなプロットで、その各々の試行で二人が常にすれ違ってゆく様を描き出した哀愁のメロドラマである。終戦直前から始まる物語には、結末までに17年の時間が流れ、その間に二人の関係性も彼らが生きる戦後日本の姿も変貌してゆく。男女が「偶然」に阻まれてすれ違うという『めぐり逢い』('57)的作劇がメロドラマの一つの典型だとすれば、一つの場所で物語が展開する本作は、(そこに偶然が入り込む隙などないのだから)二人の本性と流れる時間によって「必然的に」すれ違ってしまうメロドラマであると言える。
 二時間を切る尺の中で17年に及ぶ二人のすれ違いの過程を描き出し、悲劇としての体裁を身にまとってみせるラストへ向かう。そんな理詰めのプロットによって、物語は哀切きわまる結末へと運ばれてゆく。[「一回目」で男を死から救い、「二回目」で死を文字通り笑い飛ばした女が、「五回目」では死ぬしかない状況に追いつめられていく]……その残酷さとその切実さ。メロドラマの一つの完成形だろう。
 そんな本作のメロドラマとしての格調を支えているのは、ロケ撮影の素晴らしさである。秋津の四季を切り取ってゆくその映像の美しさは、60年代前半の日本のカラー映画として相当のレベルにあるのではないか。最終盤の俯瞰ショットなど、カメラも才気走っていて小気味よい。
 メロドラマでもう一つ肝心なのは、(言うまでもないが)主演の二人だ。「映画出演百本記念」とのことで自ら作品を企画したという岡田茉莉子は、気持ちの入った演技を見せてお見事。17年間を演じなければならないため、1933年生まれの岡田にとって序盤の若作りはさすがに厳しかったかもしれないが、しかし終盤の完璧な演技で全て挽回する。相手役は長門裕之で、女を17年も惹きつけるだけの色気が足りない云々といった批判をされがちだが、個人的には彼の俗物っぷりは本作に極めてよく合っていると思う。[女の情念を理解できない男]というラストの説得力は、彼によってこそ体現されている。
 傑作。


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