第八芸術鑑賞日記

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無法松の一生(1943)[旧作映画]

2009-06-25 02:11:15 | 旧作映画
 08/7/2、神保町シアターにて鑑賞。6.0点。
 戦時下にあって、稲垣浩(監督)と阪東妻三郎(主演)が生み出した庶民派人間ドラマの名作。戦中の検閲でいくつかのシーンがカットされてしまったものの、(だからこそ?)伝説的な名声を得ている一本である。ちなみに二、三年前にタイトルを初めて聞いたときは痛快時代劇かと思い込んだ覚えがあるが、これは明治を舞台にした人力車夫と未亡人のドラマだ。
 阪妻によって体現された主人公の木訥な人間像はもちろん感動的なのだが、(それを支えるものとして)最も特筆すべきは、宮川一夫の作り上げたあまりにも美しい映像世界だ。まずはファーストショット、二階の室内から窓に寄り、路地を見下ろし……と思いきやクレーン(?)でそのまま地上へ降りてきてしまう、というアグレッシブなカメラに驚かされる。宮川というと個人的にはシネスコ画面での構図や俯瞰のアングルなどばかりが印象に残っていて、こんなに動くとは知らなかった。しかし、本作においてオープニングからラストまで様々に見られる撮影上の手法ないし効果は、単なる技法上の遊びとして物語から遊離してしまうことなく、むしろ本作の美しさや叙情性を高めている。極めつけはラスト前、無法松が死ぬとき(タイトルに「一生」とあるくらいだからこの表現はネタバレにはなるまいと思う)のモンタージュ(とその演出)で、とんでもなく美しい。また、全編を通じて挿入される「回る車輪」の映像によって時間経過を示すのも(ベタといえばベタだが)洒落ているし、子供時代の出来事を回想するシークエンスでの、林の中を幽鬼が漂っているような映像加工も面白い。とにかく、この時代の日本映画でこれほど映像に惹きつけられるものは珍しい。
 しかし伊丹万作による脚本はいまいち完成度が低いように感じられてしまったのだがどうだろう(検閲の影響もあるのかもしれないが)。たとえば、松五郎の「無法」っぷりを示すエピソードとして撃剣の先生に「やられる」という逸話がなぜ用意されているのかよくわからなかったり、その先生とどこかで再会するのだろうと思いきや出てこなかったり、結城親分も重要人物のように登場した割にはすぐ遠景に退いてしまうし……と、プロット全体の中で果たしている役割が不明瞭な場面が多く、もっとすっきり整理してしまってもいいんじゃないかと思われる。
 他に不満点を探せば、クライマックスの太鼓のシーンで、(おそらく映像と音がずれていたせいだと思うのだが)阪妻が本当に太鼓を叩いているようには見えず、これはあまりにも(単に技術的な問題であるだけに一層)残念。
 キャストは文句なしに素晴らしい。阪東妻三郎は評判に違わぬ熱演で、松五郎そのもの。貞淑な未亡人を演じてはまり役と感じさせる園井恵子もいい。彼女は本作から二年後の8月6日に広島で被爆し間もなく死去してしまったため、本作が唯一の代表作となったのだが、これ一本で日本映画史に名を残している。
 日本映画史にその名を欠かせない名作。


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