充電と放電の毎日

今迄のブログのように『…だったらいいな…』ではなく
『絶対に…の為に』

『夜明けのうた』…この曲は…このSNS時代、世界中にいる、間違いなく現実に存在している『一人の人間である孤独な詩人』 全世界の詩人に捧げたい曲です

2020年02月26日 01時32分10秒 | 音楽も歴史も…きっと生き続ける
この世界のどこかに必ずいる
間違いなく存在している
世界中にいるリアルな詩人

ほとんどの詩人は孤独だと思う
孤独な時こそ詩が生き生きと瑞々しく生きているような気がするので

そんな詩人に聴いてもらいたい そんなうたです

SNSは実名同士リアルで繋がっている場合もあれば
匿名同士の場合がある
一方だけが匿名の場合もある
どんなケースでもお互い面識があり良く知っているとは限らない
その距離感にもいろいろあります
リアルな友人知人・仕事・あらゆる経済福祉活動、
フォロアー読者、のうちのただ数の一件でしかない一人もある
それでさらに物理的な距離・お互いの立場・事情という距離感も

面識がなくても名前を知らなくても
リアルなお付き合い以上に『強い絆』で結ばれていることもある
そうかもしれないしそうでないかもしれない
そう期待しているだけの場合もある

このSNS時代、誰もが詩人だといえます
誰かが見てようが見ていまいが関係ないといいながらも
きっとどこかで誰かが見てくれていると期待して
心の底でそんなことを考えながら発信している

それはお互い知っているもの同士だとは限らない
SNSであればなおさら
お互い全く何も情報が無い者同士かもしれないし
一方のみが相手の事を知っているのかもしれない

お互いにそこそこは情報があるけれど
直接あったことも話したことがない者同士もあるだろうし
一方が有名人で一方は読者数人のブロガーというのもあるかも知れない
逆にフォロワー100万人単位の有名人と名前顔だけは有名な人とか
このSNS社会では逆にブロガーの方が有名な場合もある

その交流の可能性は未知数です
きっと…アクセス数という数では単純に測れていない
あるかもしれないし全く存在していないのかもしれない

アクセス数が万単位同士でも本人同士全く交流ない事もあるだろうし
一方がアクセス数件でも、本人同士は交流あるのかもしれない
あるのかもしれないというのは確認できないからです
確認できないというのは、確認しようがないこともあれば
確認できるけれどしないということもある


どちらか、或いは双方に事情があって
できるけどしない
確認したくてもできないこともあるでしょう
それがSNSのメリット・デメリット とはまた違う
いいところであり悩ましいところ


そういう意味においてはこのSNS時代
両方が、或いは一方が
有名無名、知名度、読者数に関係あるようで関係なく
圧倒的大多数の人が だったらいいなと思いながら
見えない相手と孤独に関わっている 可能性 もあるかと


だったらいいな と思うだけで幸せで
夢を壊さないように、夢と現実の境目を楽しんでいるのかもしれない

確認したくない時もあるでしょう
確認することによって、本当に存在していない事がわかった時
のショックは計り知れない
知らないままの方がいいこともある…


けれどやはり誰でも孤独感に苛まれる時がある
伝えたいこと伝わってほしい事
悲しい時だけとは限らない嬉しい時にも孤独はある
だから時に皆詩人になるのかと

伝えたいこと伝わってほしい事
見てほしい誰かにみてもらうために
見てほしい誰かと繋がっているかもしれない実感
それを味わうために
皆、時に詩人になるのかと

伝えたいこと伝わってほしい事
詩はほとんどが不特定多数に向けたメッセージでもありますが
理解しているもの同士であれば
キャッチボールになっているのかも知れない

時に誰だかわからない相手を、相手の事を心底心配する
お互いそこそこ知っていても、全く情報がなくても
直接あったことも話したこともなくても
心配してほしいと拗ねることもあるのかも
心底心配していることを伝えたいと思うこともあるのかも

それはその気があれば
いつでも会話が成立する相手の場合もあるでしょう
それでも時に お互いが 詩人になっていることもあるでしょう

SNSだけでなく、
お互いを良く知っていているなら勿論
お互いそこそこ知っていても、全く情報がなくても
直接あったことも話したこともなくても
確実に存在している一人の人間であるのは間違いない時
大切な存在だと思うのは当たり前です


伝えたいこと伝わってほしい事
理解しているもの同士であれば
まるで会話しているかのように
実際はそうかも知れないしそうでないのかもしれないけれど
それは本人でさえわかっていないのだから

時に誰だかわからない相手を、
見ていないかも知れないのに相手の事を心底心配する
お互いそこそこ知っていても、全く情報がなくても
直接あったことも話したこともなくても
期待して期待されている
求め求められている
大切にされ大切にしている

時にその期待に応えようと無理をする
その期待が重荷になって苦しくなる
それでも弱みを見せられない
弱みなんかみせてもいいのに
期待する誰かの為に
頼ってくれる誰かの為に弱みをみせられない、そんな時もある

それはトンでもない思い違いかも知れない
馬鹿らしくも愛おしい勘違い
それが本当に勘違いでもいい
それでも それが 時にとんでもない力をくれているの
だから

詩人はきっとそうやって生きている

詩はそんなときの為にこそある
詩なのだから

大切にしたい
大切にしている、必要な存在なのだとどうしても伝えたい時もある
それが事実でも
直接伝えるべきではないから、答えをだすべきではないから
そう思い皆孤独な詩人になる

だれでもきっと希望に満ちた輝く日がやってくることを期待している
それは勝手には来ない
自ら実現しようと働き掛け求め動く人にこそ
本当のそれに出会える

だから
私はそれに会いにでかける
出かけよう

人であるのは間違いない
けれど人だけとは限らない
達成感や喜び充実感も
夢の先にある自分の姿かも

宮本浩次さん 『夜明けのうた』
この曲のイメージは

このSNS時代、世界中にいる、間違いなく現実に存在している詩人
全世界の詩人に捧ぐ曲だと思います


曲を創る人も詩人ですが
世界中にいる聴く人も詩人です


どこかに存在する詩人が
どこかに必ず存在している詩人に…
会いに行くことを夢で見た
現実にはおこらないないのかも知れないけれど
だったらいいなと、思っているうちに希望に満ちた夢を見た
会いに行く夢の夢を思いうたった曲

『希望に満ちた未来』を叶える夢の夢
を掴みに行く、会いに行く
そんな感じがするうたです


私も 勿論 詩人です

今日はポエマーではなく 詩人です
たぶん