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四季折々

気の向くままに

水戸市ママチャリ漫遊記

2013-05-04 15:23:49 | 日記
ハンカチの木を見に行った

ハンカチの木の花が咲いたというので水戸市植物公園まで見に行ってきた。

この時期自転車は空気が爽やかで気持ちのいい乗り物だ。

帰りにあちこちと回ってきたので水戸の街の触りを紹介します。


植物園の中は親子連れでにぎわっていた。
私も子供が小さい頃何度か連れて行ったものだ。
   

   ハンカチの木。 なるほど白いハンカチがぶら下がっているように見える。
   

   
   白くハンカチのように垂れているのは花ではなく、包葉という。
   中心部の丸いものが花です。

   山ツツジが緑の中で鮮やかだった。
   

   メタセコイヤとラクウショウの林
   マイナスイオンがいっぱいだった。(多分)
   

   
  


帰り道
   茨城県県庁舎
   畑や田んぼが近い。上の方の階からは地平線が見えます。
   

   県庁舎前の庭園
   広くて明るく開放的な空間です。
   

   仙波公園
   正面の森は偕楽園です。今ツツジが見ごろです。
      

   千波湖と桜川
   右が桜川、左が千波湖です。
   

     抱卵を放棄したのか黒鳥が卵を放り出していた。上にはカラスが数羽。
     

   水戸駅南口
   


私が水戸に住み始めたのは30年位前だけれど、そのころに比べると開発整備されてずいぶんときれいになった。

仙波公園などは千波湖から続く湿地帯だった。

県庁舎も新しくなったし、駅南などは広い空き地だらけで建物などはなかった。

まだまだ発展して欲しい水戸の街ですが、残念ながら旧市街の空洞化が進んでいます。
   
     
   
   
   


   



ひたち海浜公園写真集

2013-04-28 16:19:43 | 日記
   ひたち海浜公園へ行ってきました


   ひたち海浜公園への道
   未だ道路が舗装されてない頃この辺で下水工事をやったものだ。
   


   中央ゲートを入ると草原が広がる 広い!
   

   


   きょうの目的 ネモフィラの丘
   

   

      

   


   ネモフィラとひたち北港
   右手には太平洋が広がっている
   


   広い これが全域公園なのだ
   

   


   樹林帯のの小径を歩く
   

     


とにかく広い公園です。

戦後米軍の射爆場だった所が返還後公園として整備された。

総面積は350htに及び、現在190htが開園されている。

四季折々の花が咲き、このネモフィラの丘は秋にはコキアで赤一色になる。

バーベキューや遊園地のエリアもあります。

北関東自動車道の開通により、交通の便が良くなったので近県からの来場者も増えました。

おべんとうを以って遊びに来てください。




   
   

   

   


   

ひたち海浜公園写真集

2013-04-28 15:04:23 | 日記
   国営ひたち海浜公園へ行ってきました

   ひたち海浜公園への道
   まだ道路が舗装されてない頃、このあたりで下水工事をやったものだ
   


   公園中央入口を入ってすぐに広がる草原 広い!
   
   
   


   きょうの目的 ネモフィラの丘
   

   

      

   


   丘の途中から太平洋とひたち北港と火力発電所の煙突
   


   広い
   これが全域公園なのだ
   

   


   樹林帯の小径を歩く
   

     


   チュウリップのエリア きょうは人がいっぱいだ
   


国営ひたち海浜公園はとにかく広い。

戦後米軍の射爆場として使われていたが、返還後に海岸に面した部がを公園として開発された。

総面積は350htで現在190htが開園している。

とにかく広いです。

四季折々いろんな花が見られ、秋にはネモフィラの丘が赤一色のコキアの丘に変身する。

また、その頃コスモスの群落をを通して見る太平洋も圧巻です。

遊園地やバーベキューのエリアなどもある。

北関東自動車道の開通によって交通の便がよくなり県外からも大勢の人が訪れています。

お弁当を持って是非訪れてみてください。



   




   

    
   
   
   

特攻

2013-02-15 13:18:16 | 日記
きのこさんのブログ「知覧特攻平和祈念館」を読んだ

『1,036名の美しい写真
自分たちが死ににいくとわかっているのだ
スライド上映でのナレーションでは
「彼らの表情は、とても明日突撃するとは思えない朗らかなものです・・・」
これに対してきのこさんは「私は違うと思った」と言っておられます。
また、「健気な銃後の女性たち」とタイトルの付いた特攻隊員たちを見送る女性たちの集合写真に
違和感を持った』
とも書いておられました。
私も同感です。



私は予科練記念館や、海軍兵学校の記念館を訪れたことがありますが、何か違和感を感じていました。
そしてこのきのこさんの「知覧特攻平和祈念館」ブログで見て同じような違和感。
どのような人たちが、どんな目的で設立したものなのか益々疑問に思いました。

これらの記念館では特攻というものを美化しすぎてはいないか。
国のためとは思いつつ、
彼ら特攻隊員は最後の時必死に本心を押し殺して笑うしかなかったのではないか。
彼らは修業を積んだ禅僧などではない。
死を、しかも強制された死を目前にして心の底から笑うなんてことはとてもできないだろう。
それだけに彼らの笑顔は哀れを誘います。

特攻に関する本を読んできたがきれいごとな話など見当たらない。
最初の特攻隊の隊長関行男氏もかなり荒れたという話。
病で伏せている特攻隊要員が無理やりベッドから引きずり出されて単機飛び立たされた話。
陸軍で最初の特攻隊員が隊長の特攻は無駄死にだという言を念頭に終戦まで生き延びた話。
特攻隊員が利用した旅館の部屋の柱や鴨居は刀傷だらけだったという話。


特攻作戦も初めは純然たる戦術として取り入れられたが、
特攻のための特攻になり、
さらには軍上層部のとにかく飛び立たせることが任務と考える官僚的な意識の変化。
戦争がもたらすおそるべき人命軽視の姿だ。
その前に立たされた手足をもがれ抵抗出来ない若者たち。

このようなことを見て来ると先ほどのナレーションやコメントが空々しい。
これらは特攻に散った美しい若者たちの上官たちが自責の念で、
もしくは自分達の後ろめたさを彼らを称賛することで免れようとして作成されたものなのか。

これらの記念館は表向き平和を訴えてはいるが、
特攻でに無残に散っていった若者達の無念さ、悔しさは伝わってはこない。
彼らの本心を伝えておらず、逆に彼らを貶めているような気さえする。
何らかの政治力の影さえ感じます。

でも、そこに立つと不定に死んでいった若者たちの美しい写真を見ると涙を禁じられないのも事実です。
彼らの遺書の前でよりも彼らの写真の前では自然と襟を正したくなります。










ひねくれ者

2012-10-01 22:11:49 | 日記
私のへそは曲がっている

大きな本屋にもいくけれど、

欲しい本を頼むのは近所の本屋さん。

今回このような本を取り寄せた。


「私たち、日本共産党の味方です」

  元日本共産党幹部の方と新右翼「一水会」顧問の対談の著です。

  どんな話が展開されるのか楽しみです。

  日本に政党はたくさんあるが、それらの主張するところは近視眼的で場当たり的。

  対して共産党。

  見ていると主義主張にぶれがない。

  なぜ党が大きくならないのかと不思議に思っていた。

  そこに来てこの共産党員と新右翼との対談の書が目に留まった。
  (この新右翼の鈴木邦男氏は最近よく新聞で意見を述べてる)

  面白そうだ。

  読んでみる。

  文学書には縁のないひねくれた私です。

「失敗の本質」

  大東亜戦争における諸作戦の失敗はたくさんあった。

  が、日本軍はそれを反省して教訓とするという意識が希薄だった。

  負けた作戦では多くの指揮官が戦死をした。

  また生き延びて退却してきた責任者は失敗の反省を語ることなく自害させられた。

  軍はその失敗を反省することもなく次から次へと作戦を展開して多くの命を散華さ  せた。

  この本で、

  その実態と組織としての失敗、個人の失敗の原因をどう分析しているのかみてみたい。

このような本にばかり興味がある私のへそは曲がっている。

  文学書にはとんと縁を持たない。

  


付録
まだまだ支援は必要