ZaK堂

本好きの、本好きによる、本好きのためのブログ。

思いつきショートショート『夢』

2006-06-18 12:42:27 | 思いつきショートショート
 夢を見た。とても懐かしい夢を見た。
 それはとても暖かで、切ない夢だった。
 しかし、そこから目覚めた時、私は何かを失った。
 心に大きな、深い穴が開いた。
 せめて、もうしばらく眠っていられたら。もしも、夢の中で生きることができたら。
 でも、もう出会えない。
 心に穿たれた穴は、私を蝕み、私を壊す。
 もう元には戻れない。
 哀しくて、痛くて、切なくて、寂しくて……。
 せめて、もう一度、あの夢を見たい。繰り返す夢の中で生きていきたい。同じ時を繰り返し、その幸せを噛みしめていたい。
 でも、それは叶わない。
 夢は現実の続き。でも、現実は夢の続きではないのだから。

思いつきショートショート『モアイ』

2006-05-18 22:19:22 | 思いつきショートショート
 青い海、青い空。
 視界に入るは青一色。
 所々に白い雲が浮かび、白い海鳥が舞う。
 もうここに立ち始めてから何年が経っただろう。

 人々の、何かを祈るような声。
 木々のざわめき。

 それもいつしか薄れた。
 ただ風と、波と、鳥の声が響くだけの日々。

 突然の、招かれざる客。
 大勢の人間。私を見て大騒ぎをする。
 私が、かつて人間によって造られたモノであり、私に似たモノが、他にいくつもあるのを、この時知った。
 私は、自分では動けないのだから、それは当然だろう。

 そして、さらに大勢の人間。
 私の前に並んで、何やらポーズを取る人間。
 私の存在理由について、勝手な議論をする人間。
 私の躰を削り、持ち去る人間。

 実にたくさんの人間が、私にかかわり、たくさんの時間が流れた。
 もはや、自分がなぜここに立ち続けているのか、忘れてしまった。
 何かを祈っていたのか。
 何かを待っていたのか。
 それとも……。

 いずれにしても、私は立ち続ける。
 かつて私を造った者達のため。

思いつきショートショート『アンテナ』

2006-04-03 22:19:55 | 思いつきショートショート
 時々、私は私がわからなくなる。

 朝目覚めたとき時、通勤中の電車の中、会社の机に座っている時、仕事のあとの居酒屋のカウンターや部屋で本を読んでいる時。いつも、「私ではない私」が、後ろ斜め上方から見ているような感覚がある。しかし、はたしてそれが、見られているのか見ているのか、それすらも曖昧だ。
 意識していなければ、何でもないようにも思える。が、たしかに「私ではない私」を感じる。それは例えば、くしゃみが出そうで出ないような、そんないらつきにも似た感覚。そして、誰かに、自分の行動、感情、生理現象までもコントロールされてしまっているような、被支配感。
 会社の同僚に話したら、気味悪がられた。

 時々、私は思いつきで行動する。

 それはきっと、「私ではない私」が私にさせているのだろう。書店で本を大量に購入するのも、自転車で遠出したくなるのも、すべては「私ではない私」の存在によるのではないか。きっと、私は、私ではない誰かに操られて生きているのだ。

 そんなことを考えながら歩く家路。電車を降り、改札へ向かう。微かに、桜の花が香る。ふと、異質な物が目に付いた気がして、前を見る。

 女子高生だろうか、制服姿の少女が歩いている。後姿が美しい。振り向けばさぞ美人だろう。ところが、彼女の後頭部には「何か」が生えている。
 銀色に光るそれは、まるでアイスピックの様に硬く鋭いようで、彼女が歩くリズムで柔らかくしなっていた。そしてそれは、可愛らしいリボンが結ばれた、まさしく、アンテナだった。
 きっとそれが今の流行なのだろう。アンテナの形のアクセサリーとは、なかなか奇抜だ。

 ふいに彼女が振り返る。やはり美人だ。そして――、
 私に向かって微笑みかける。少しはにかんだような、でもとても嬉しそうな微笑み。
 突然のことで、私は照れて頭を掻く。普段、こんな癖はないのだけれど。なぜだか後頭部がむずむずする。すると、何かが右手に触れる。硬く、それでいて柔らかくしなるそれ――。

 ああ、そうか――。

 私にも、アンテナがついていたのだ。「私ではない私」の正体が、少しわかった気がする。そして今まで漠然としていた、あの感覚が、今ははっきりと感じられるような気がする。
 なにより、私と同じ「仲間」がいたことが、とても嬉しく思える。

 よし、明日は会社を休んで、自転車で桜を見に行こう。そしてそこには、私と同じような「思いつき」をした仲間が、大勢いるはずだ。