妄想ジャンキー。202x

あたし好きなもんは好きだし、強引に諦める術も知らない

「ねえ、先生の後ろにある白い箱なに?」

2011-08-15 21:37:27 | 介護福祉士
世間はお盆休み真っ最中だが、そんなことは全く関係ない特別養護老人ホーム。むしろ盆と正月は繁忙期。盆だろうが正月だろうが関係なく入浴は週2回だし、オムツ交換やバイタル測定はしなきゃだし、猛暑は相変わらずだから脱水には注意しなきゃならない。
「ケアプランも盆正月仕様作ってくださいよ」
と職員のほうが脱水になりながら、入所者の水分チェックをしつつ夕方の申し送り。ケアマネは苦笑する。
「Aさん、水分量足りてないね。今晩も暑いっていうから、あと200cc」
簡単に言うなよ、と心の中でホーム長に蹴りをいれる。熱中症予防のため水分摂取がひたすら叫ばれるが、高齢者に水分摂取を促すのは結構難しい。暑いとか喉が乾いたとか積極的な訴えはないし、昼夜逆転しているから昼間はウトウトしている。いろんな疾患まとめて持っていたりもするから水分の内容や量も慎重にならざるをえない。認知症の不穏スイッチで拒否でもされようもんなら、もうお手上げである。

第一、水分だけで解決するほど熱中症は甘っちょろいものじゃない。医療福祉系施設は節電の罰則対象にはなっていないはずなのだが、冷房を入るには条件がある。外気温度30℃以上の猛暑日なら28℃設定で冷房を入れていいという内容だが、この酷暑にはなかなか厳しい条件である。外気温が40℃近くになる埼玉北部ではいくら28℃の冷房をいれても、空調管理には限界があるわけだ。
「30℃……ガンガンに入れてんのに」
それでも冷房なしの休憩室に比べたらだいぶマシなので、休憩を早くに切り上げて戻ったりもする。

そんな立秋も全く名ばかりな酷暑の折、運悪く?お盆前に状態悪化すると、こっちの状態も悪化することになる。
「息してるか不安になる」
「高熱より続く微熱のほうが怖い」
と皆が口を揃えて言う。しかも微熱や嘔吐、下痢やら変な尿色なんかの原因がわからないときたから余計に怖い。原因がわからないというのは実に怖いのだが、でも本当はわかっている。
「お迎えが近い」
お盆前のムンテラで盆明けの回診で入院加療するかどうかが決定されるというから、それまでどうにかもってもらわなければならない。お願いだからお盆明けまで待ってと思いつつ、ムンテラの時点でせめてもうひとつの対応をと文句をいいつつ、点滴やバイタルサインの確認に行く。

相変わらず『見える』私は、『その気配』を感じつつ脈拍と呼吸をまず確認する。
――熱、少しあがってきたかな。
――尿出てない。
「…ヨイちゃん、そっちは暑いかい?」
寝言かと振り返る。いやしかし『ヨイちゃん』は亡くなった妹さんだったはずだが、その入所者さんは相変わらずヨイちゃんと話している。
「その川涼しそうだね」
――今絶対三途の川渡りかけてる。
シックスセンスがピンときて、慌てて声をかける。アセスメントに使うのは5感だけではない。
「Eさん、氷枕取り替えますよ」
声かけに目が覚めたらしく、三途の川とヨイちゃんは去ったらしい様子で一安心。しかしそれも束の間で、Eさんは寝起きとは思えないほどパッと目を見開いて言った。
「ねえ、先生の後ろにある白い箱なに?」
「白い箱?」
白い箱なんて持ってきてはいない。部屋に白い箱なんてものもない。
「まだ夢うつつかしら。今Eさんの前にあるのは茶色のクローゼットよ」
「いいえ、細長い白い箱よ。中に人が寝てる」
棺桶か――と。どうやらまだ三途の川が見えていたらしい。
「……じゃあその箱私がしまっといてもいいかな?」
さすがにこの手の話には馴れている私も怖くなってくる。追い討ちをかけるようにEさんは続けた。
「でも――黒い服着た人たちもいるよ。勝手に持ってっちゃっていいのかしら」
いるのか、私の背後にいるのか。幻覚であってくれ。冷房がやけに冷えたように感じた。

スピリチュアルな番組で聞いたことがあるが、人は夢をみている最中にあの世とこの世をさまよっているという。ましてやこのお盆という時期だ。見えざるお客様もたいそう面会にいらしてることだろう。そのお客様たちに心からお願いする。お盆真っ最中は勘弁してください。まだ看取りはできないんです。それに回診ないから救急搬送になっちゃうんです。だからせめて担当病院が休み明けるまで、つれてかないでください――。

あの世かこの世かもよくわからない、冷房がいるのかいらないのかイマイチわからない状況だが、勤務を終えて感じる外気の生温さにこの世に生きている実感がようやくわいてくる。煙がふわっと消えていく。

この夏を乗り切れるか。来週には酷暑も落ち着くという。どうか――と朝も早々にヒヤヒヤしながら自転車をこぐのは勘弁なので、神様でも仏様でもお天道様でも、このさい見えざるお客様にでも祈りたくなる気分だ。


コメントを投稿