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オペラで世間話

サイト「わかる!オペラ情報館」の管理人:神木勇介のブログです

オペラ公演、DVD、本の紹介・・・そして、音楽のこと

DVD『こうもり』(ベーム指揮&C.クライバー指揮)

2008-06-15 | オペラDVD
【DVDの恩恵がここにも】

 かつて音楽評論家の吉田秀和氏がLDとVHDという二種類の規格があることを嘆いていました。私もVHDについては、ベームの『こうもり』があったためにかなり困っていました。

 VHDは、私の感触ではほとんど持っている人がいなかったのではないかとも思います。今ではVHDといっても何のことだがわからない人もいるのではないでしょうか。

 カルロス・クライバーが指揮した『こうもり』(バイエルン国立歌劇場、1986年)はLDで出ていたので、私は見ることができました。他方、VHDにはカール・ベームが指揮した『こうもり』(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、1972年)がありましたが、私はVHDを所持していなかったためこれを見ることができないでいました。

 この二種類の映像作品は、両方ともオットー・シェンクによる演出で共通点があり、また、主役のアイゼンシュタインをエバーハルト・ヴェヒターが歌っているところも同じです。しかし、あとは配役など異なっているところが多く、ぜひ両方とも見てみたくなるのです。

 DVDの時代になって、ようやく両方の映像を難なく見ることができるようになりました。これを逃さないわけにはいきません。まだ見ていない人は比較しながら両方を堪能されてはいかがでしょうか。

【違いを比較してみる】

 二作品の大きな違いは、まずやはり指揮者が違うところ。もっと言えば、指揮者の性格が明確に異なっているところ。しかも、それぞれがいいのです。ベームのゆったりとした、それでいてきちんとした音楽。C.クライバーの勢いがあって躍動感にあふれた音楽。オペレッタ『こうもり』が二人の指揮者によってどのように料理されているか……、この二者の音楽を比較することには、少し聴いてみただけでも興味が次々と沸いてくるようなおもしろさがあります。

 一見して一番違いが明確に出るのが、オルロフスキー公爵でしょうか。ベーム盤ではテノールのヴォルフガング・ヴィントガッセンがかなり「こわそうな」ロシア貴族を演じているのに対し、C.クライバー盤ではメゾ・ソプラノのブリギッテ・ファスベンダーが女性ながら違った意味でこわそうな……いえいえ、別に女性はこわいと言っているわけではありませんが、オペラ全体の中でもおもしろい存在として目立っています。

 また、収録年に12年という差があるので、同じアイゼンシュタインを歌っているヴェヒターにも年齢という違いが顕著にあらわれています。

 そして、ロザリンデはベーム盤がグンドゥラ・ヤノヴィッツで、C.クライバー盤がパメラ・コバーン。ベーム盤のヤノヴィッツの方は、この文章の最初に登場していただいた吉田秀和氏がなかなかすごいことを書いています。まず《ヤノヴィッツは美人というほどの人ではなかろうが》と断った上で、次のように誉めるのです。

《彼女でもっともすてきなのは、第二幕でマスクをつけて登場して以後である。マスクでもって、少し猫みたいにひっこみすぎた両眼の凹みが隠され、顔の下半分だけが見えるようになると、彼女は美人になる》(『オペラ・ノート』138頁)

 ヤノヴィッツ本人が聞いたら、平手の一発二発、吉田先生は食らってしまうかもしれません。そしてもう一言。

《特に頬から口もとにかけてと頤(おとがい)の線が美しい》(注:「おとがい」とは、したあごのこと)

 あとで吉田氏も読み返してみたら、こんな文を残してしまってかなり恥ずかしいのではないかと思うのですが……。まあ、こういうところも見どころの一つなのでしょうか。

【自作自演】

 それはそうと話を元に戻して、ベーム盤がスタジオで収録したものであるのに対し、C.クライバー盤はライブで収録したものなのですが、私がベーム盤を一度は見てみたいとずっと思っていたのは、演出のシェンクがベーム盤ではフロッシュの役を演じているからでした。一体、演出家本人がその役を演じるとどういうことになるのか、ぜひ確かめてみたいと思っていました。なぜなら、C.クライバー盤のフロッシュ役のフランツ・ムクセネダーという役者に対し、私はこれはこれで非常にうまいと感じていたからです。演出家本人が演じると、これのさらに上をいくのでしょうか。

 ベーム盤がDVDで発売され確認してみましたが、演出家本人が演じるからといって、それがそのまま最高の名演になるかというのは、また違うことなんだなあというのが私の感想です。芸術というものは難しいものですね。

【データ】

J.シュトラウス「こうもり」
録画1972年
ベーム(指揮) シェンク(演出)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団

録画1986年
C.クライバー(指揮) シェンク(演出)
バイエルン国立歌劇場管弦楽団、合唱団

DVD『モーゼとアロン』(ストローブ、ユイレ監督)

2008-01-20 | オペラDVD
【もちろん一般向けとは言い難いけれど】

 シェーンベルクの未完の大作オペラ『モーゼとアロン』。このオペラのいいディスクはないかと探していました。ブーレーズ盤だとか、東京交響楽団のライブだとか、それなりに定盤として評価が高いものもあるのですが、私が一押ししたいのは、この映画版『モーゼとアロン』のDVDです。

 ただし、おすすめといっても、万人におすすめしたいわけではありません。

 それ以前に、この『モーゼとアロン』というオペラ自体、誰でも楽しむことができるとは到底思いません。今や、他にわかりやすい娯楽が巷に溢れかえっています。どうして忙しい毎日の2時間を費やして、こんな無調のわかりにくいオペラを見る必要があるのでしょうか。普通にオペラを楽しんでいる人なら、ヴェルディやプッチーニのオペラを見ることをおすすめします。

 逆に、オペラに対して大きな情熱を傾けている・・・それも半端でなく・・・人には、『モーゼとアロン』はかなり楽しめる作品だと思います。そして、そういった人はぜひ見ておいた方がいいのがこのDVDです。

【どこがおもしろいのか?】

 前置きが長くなりましたが、このDVDは、シェーンベルク生誕100年にあたる1974年に、映画監督のダニエル・ユイレとジャン=マリー・ストローブが映画化したものです。

 すごいのは、この難曲中の難曲をすべて同時録音しているところです。オーケストラの演奏はあらかじめスタジオで録音されているものの、その演奏にあわせて歌手は実際に歌っています。しかも、主な舞台となっているのは古い円形劇場で野外なのです。

 映像自体は、普通に『モーゼとアロン』です。「普通」というのは、なにか読み替え演出をしてあるとか、映画ならではの手法を取っているということでもなく、普通にオペラ映画だと思います。・・・普通の人が見たら、退屈だろうと思います。

 私も、何がおもしろいのか文章で表現するのは至難の業です。無責任ですが、こればかりは見てもらうほかありません。きっとおもしろいはずです。

【調性音楽の命運】

 注目すべきが、シェーンベルクが完成できなかった第3幕の部分が音楽なしの台詞のみで再生されているところです。

 このオペラを見ていると、モーゼとアロンが主張していることについて、シェーンベルクの十二音技法と調性音楽のことをすぐに想起することと思います。

 アロンは、民衆を鎮めるために目に見える偶像が必要だと判断しました。これが音楽でいうところの調性。モーゼはそうした目に見える偶像を非難し、目に見えない全知全能の神を主張します。それがシェーンベルクの十二音技法というわけです。そして、この目に見えない神は、なかなか民衆に受け入れられません。

 シェーンベルクは、このオペラで最終的にモーゼを勝利者として描いていますが、その勝利の場面である第3幕に音楽を付けることができないまま、このオペラは未完で終わっています。

 シェーンベルクは何を思っていたのでしょうか。

 第3幕の台詞から少し引用してみます(DVDに付いているリブレットの対訳と映画の字幕の訳は違うものとなっています。引用はリブレットから)。

 アロン「あなたが概念を用いて、頭へと語るものを、私は像を用いて心へと語る定めでした」
 モーゼ「像とともにあなたからは言葉が逃げ去り、あなた自身は、像の中に生きることになった、人々のために造ってやろうとした像の中に。根源からも、想念からも疎外されて、言葉にも像にも満足できなくなって・・・」
=====
 アロン「あなたの言葉が、解釈を受けることなく人々に伝わった試しはない。それゆえ私は杖を携えて岩に向かい、岩の言葉で語ったのです、人々も理解できる岩の言葉で」
=====
 モーゼ「この者(アロン)を自由にせよ、生きる力があるのなら、生きてゆくであろう」

【データ】
シェーンベルク「モーゼとアロン」
録画1975年
ギーレン(指揮) ユイレ、ストローブ(演出)
オーストリア放送交響楽団、合唱団
モーゼ:ライヒ Bs
アロン:ドゥヴォス T



DVD『ドン・ジョヴァンニ』(セラーズ演出)

2007-12-22 | オペラDVD
【刺激を求めて手にしたのは……】

 モーツァルトのオペラを語る上でよく言及されるのが、ピーター・セラーズが演出したダ・ポンテ3部作の映像作品です(スミス指揮ウィーン交響楽団、録画1990年)。

 どうして今さらセラーズ演出のモーツァルト・オペラを手に取ったかというと、先日、ベルリン国立歌劇場の引っ越し公演でトーマス・ラングホフ演出の『ドン・ジョヴァンニ』を観て、少し退屈してしまったからです。

 同じラングホフの演出でベルリン国立歌劇場の『フィガロの結婚』の映像を見たことがあり、そのときはいい印象を持ったので、今回の『ドン・ジョヴァンニ』も楽しみにしていました。

 歌手陣に若手を揃えてのこの引っ越し公演は、その歌手達が、みな将来を期待させる瑞々しい歌唱を見せたのにもかかわらず、私には演出の面でおもしろさを感じることができませんでした。ラストシーンの地獄落ちにかけては、バレンボイムが指揮するベルリン・シュターツカペレの勢いある演奏に救われた気がします。

 ラングホフの『ドン・ジョヴァンニ』の舞台は、簡素で広い空間が設定され、あたかも何かが起こるかのような期待を持たせつつ、何も起こらなかったような気がしました。

 というわけで、その欲求不満を解消すべく、常に何かが設定され、常に何かが起こるセラーズの『ドン・ジョヴァンニ』を手にとったわけです。

【時間は過去の映像作品をどのように評価するか】

 ちょうどセラーズ演出のダ・ポンテ3部作のDVDがセットで発売されていたものを、買っておいたところでした。以前に一度見たのは何年前だったでしょうか。ほとんど忘れていたので、改めて楽しめました。

 セラーズはアメリカ出身の演出家でハーヴァード大学で学び、アメリカで活躍した後、ヨーロッパにも渡って活躍しています。かなり自由な解釈で演出を施すことから、よく話題となっています。

 ちなみに3部作のうち、どれが一番おすすめかといえば、この『ドン・ジョヴァンニ』です。『フィガロの結婚』と『コジ・ファン・トゥッテ』は、少しやりすぎの感があります。そのアメリカの三流テレビドラマのような安さは、おそらく意図的だろうとはいえ、通して見るにはつらいものがあります。また、フィガロ役(ドン・アルフォンソ役も同じ)の歌手を始めとして、歌手の歌があまりにもヘタすぎるのが痛いところです。

 なので、3部作のうちどれか一つを見ようとするなら『ドン・ジョヴァンニ』をおすすめします。

 この『ドン・ジョヴァンニ』は、セラーズ演出の洗礼を受けるにはちょうどいいと思います。ドン・ジョヴァンニとレポレッロは兄弟の設定であり、しかも、歌手の名前と映像で判断する限り、黒人の実の兄弟がそれぞれ歌っています。アメリカの裏社会の雰囲気を生々しく描いたこのDVDは、極めて斬新です。

 けれど、最近では少し見渡してみれば、このような演出もちらほら見受けられるようになりました。「危うさ」や「過激」という基準では、このDVDはもう常識の範疇に入ってしまっているかもしれません。

 本当に、現在のオペラはどこへ行ってしまうのかわからないものになっていますね。

 欲求不満を解消するためにこのDVDを見て、また何か違うモヤモヤを背負い込んでしまいました。

 セラーズ演出のダ・ポンテ3部作は、一つの名物みたいなものとして見ておいて損はないと思います。しかし、もうそろそろ賞味期限が迫っているかもしれません。この映像作品が純粋に楽しめるものとして今後もオペラファンに受け入れられるか、私には興味があるところです。

【データ】
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」
録画1990
スミス(指揮) セラーズ(演出)
ウィーン交響楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団
ドン・ジョヴァンニ:E.ペリー Br
レポレッロ:H.ペリー Br
ドンナ・アンナ:ラベル S


DVD『椿姫』(マゼール指揮、フェニーチェ歌劇場)

2007-11-03 | オペラDVD
【フェニーチェ歌劇場復活公演】

 1996年1月に火災に見舞われたヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場は、その名フェニーチェ(不死鳥)のとおり蘇り、2004年11月、再び開場されることとなりました。そのこけら落とし公演の映像がこのDVDです。ちなみにオペラ『椿姫』は、このフェニーチェ歌劇場で初演されていました。こうした歴史的背景もあり、オペラハウスの新たなスタートのためにこの作品が選ばれたのでしょう。

 そうは言っても、今回のプロダクションは、ただ『椿姫』を上演したのではありません。ヴェルディが「このオペラは現代風の衣装で演じられなければならない」と言っていたように、このDVDに収められた公演では、現代的に『椿姫』が演出されています。それも結構、露骨な表現を使っているのです。

【私が感じた「ずれ」】

 演出はロバート・カーセン。他のオペラでも、ひと癖もふた癖もあるセンスのいい舞台を作っており、この超有名オペラ『椿姫』をどのように料理してくれるのか非常に楽しみに見てみました。

 結果は・・・、確かにいろいろとおもしろい点が随所に施されていたのですが、全体としてはどうもしっくりこなかったという感想を持ちました。さて、どこが納得できなかったのでしょうか。

 それはうまく表現できないことなのですが、どこか少しずれているところがあると私は感じているようです。

 まずヴィオレッタ役のパトリツィア・チョーフィ(S)のきつい表情。もちろん、高級娼婦という世間に受け入れられない役ではあるのですが、アルフレードの誠実なアプローチによって真の愛に目覚めるというこのオペラのある種ロマンティックな展開にはどうも相応しくないように見えます。弱さの見えない演技なんですね。そういうヴィオレッタにはイマイチ感情移入できません。

 対するロベルト・サッカ(T)が歌うアルフレードも、DVDの解説書には「パパラッチのように写真を撮りまくる」と書かれていましたが、私にはアイドル写真を撮っているオタクにしか見えませんでした。ですので、裏社会の社交界の中でアルフレードが一人だけ浮いているように感じるのです。

 ジェルモン役のドミトリ・ホロストフスキー(Br)にも納得できません。何を演じても格好いいこの男が、なぜこんなにダサイのかと驚いたくらいでした。

 もちろん、以上の主役陣の歌唱は非常に素晴らしいわけです。それだけでもこのDVDは見てみる価値があります。

 そして、演出の方向性にも理解ができます。例えば、枯れ葉に見立てた「お札」がばらまかれた舞台など、おもしろい!と思うところはたくさんあります。けれど、少しだけ私のセンスとは違っていて、本当に少しの違いなのですが、それは私が受け入れることのできない種類のものなのです。

【つまらないわけではないけれど】

 ついでに言えば、指揮者ロリン・マゼールの作った音楽にも、上記と同じ種類の受け入れられない表現があります。遅すぎるテンポで演奏した部分や、最終音の音の切り方など、私はくすぐったくてムズムズしました。

 この舞台ならば、同じキャストでオーソドックスな『椿姫』を見せてくれた方がよほどうれしい……と感じたのですから、おそらく私はこのDVDに対して、全体としては高くは評価していないのでしょう。部分的なアイデアに多くの発見があったので、見てみる価値は十分にあると思いますけどね。

【データ】

ヴェルディ「椿姫」
録画2004.11. フェニーチェ歌劇場
マゼール(指揮) カーセン(演出)
フェニーチェ歌劇場管弦楽団、合唱団
ヴィオレッタ:チョーフィS
アルフレード:サッカT
ジェルモン:ホロストフスキーBr

DVD『蝶々夫人』(オーレン指揮、ヴェローナ野外劇場)

2007-10-08 | オペラDVD
【ワダ・エミの衣裳デザイン】

 このDVDで、最初に私の目にとまったのは、その衣裳です。ただ日本の着物を着ているだけでなく、「オペラ」としての舞台にふさわしいデザインで、ワダ・エミ氏によるものでした。演出は、ゼッフィレッリ。場所がヴェローナ野外劇場ということで、『蝶々夫人』の舞台を「見せる」のはなかなか難しいと思いますが(家の中が舞台の中心となるため)、もうさすがとしか言えません。素直にいい舞台だと眺められる出来です。

【いかにもピンカートン】

 そして、次に目が行ったのは、ピンカートン役のマルチェッロ・ジョルダーニ(T)です。頭から足の先までいかにもピンカートンである・・・というと、ピンカートンの役柄を考えれば、全く誉め言葉になっていないのですが、ここでは、本当にプラスの意味でピンカートンのイメージをうまく出しているのだと解してください。

 シャープレス役のファン・ポンス(Br)は、もうおなじみですが、このDVDでもきちんと仕事をしています。

【蝶々夫人の適性】

 そして、蝶々さん役はフィオレンツァ・チェドリンス(S)。彼女もうまく歌っていました。・・・ということは、このDVDは、歌手も揃い、舞台も見応えのあるすばらしいディスクであると言えます。しかし、そう簡単にはいかないのがオペラの難しいところです。

 これは、私が日本人だということにも関係しているでしょう。もし外国人であれば、このDVD『蝶々夫人』はこれでいいと思います。でも、日本人の私がどうしても気になってしまうのが、蝶々さんを歌うチェドリンスの強さなのです。いや、「厚さ」と言ったほうが正確かもしれません。

 私には、15才の蝶々さんは、戻るあてのないピンカートンを待つことができるという強さを持ちながらも、やはり繊細で、どこか弱々しさがあることを前提としてほしいという願望があります。

 そのために、日本人のソプラノ歌手でふさわしい人材はいないでしょうか。プッチーニが作曲した蝶々さんは、ソプラノの中でもより強い表現を必要とします。ソプラノ・レッジェーロの軽さ、つまり「薄さ」で、プッチーニの蝶々さんを歌いきることができるのかと言えば、それも困難なことでありましょう。プッチーニの描いた蝶々さんのイメージが、それ自体すでに私の理想の方向性とは異なっているのかもしれません。

 チェドリンスの歌唱を、決して否定するわけでもなく、むしろそれは一つの成功した蝶々さんであると明言できます。ただし、その「厚さ」は、私が期待している蝶々さんにまだまだ遠いのだと実感しながら、このDVDを見ていました。

【データ】

プッチーニ「蝶々夫人」
録画2004.07. ヴェローナ野外劇場
オーレン(指揮) ゼッフィレッリ(演出)
ヴェローナ野外劇場管弦楽団、合唱団
蝶々さん:チェドリンスS
ピンカートン:ジョルダーニT
シャープレス:ポンスBr