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オペラで世間話

サイト「わかる!オペラ情報館」の管理人:神木勇介のブログです

オペラ公演、DVD、本の紹介・・・そして、音楽のこと

DVD『ウェルテル』(プラッソン指揮、パリ・シャトレ座)

2007-05-20 | オペラDVD
【バリトン・ウェルテル】
 『ウェルテル』をバリトンが歌う・・・、というだけで即座に聴いてみたくなりました。なぜなら私自身がバリトンでして、それもとても高い方のバリトン、つまりハイ・バリトンでありまして、もう少しでテノールに届く・・・ということは絶対にないのですが(音色等の理由で)、あのテノールが歌うアリアを私も歌ってみたいという望みをいつも持っているのです。

【私の願い】
 最近はカラオケ・ボックスに行くと、多少、オペラのアリアなども入っていたりします。というか、先日、何年かぶりに行く機会があって驚きました。カヴァラドッシのアリアを移調して、マイク片手に、カラオケ・ボックスを牢屋に見立てて、星を仰ぎながら、寂しく、いや、正確にはむなしく歌い上げることもできるようになりました。
 それは冗談としても、私がテノールとバリトンの境界に興味があるのは、本能的と言えるかもしれません。ベルゴンツィがバリトンからテノールに転向したと聞けば、その声を聞いて驚いたり、同じくバリトンからテノールに転向したドミンゴが、『セヴィリャの理髪師』のフィガロを歌うとなれば興味深く聴いたり(アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団、録音1992年)、『愛の妙薬』のネモリーノのアリアをアラーニャが調を下げて歌ったと聞いては聴いたり(ピド指揮リヨン・ナショナル・オペラ、録音1996年)、そしてクーラの声を不思議に思ったりしています。

【ウェルテルの心理は】
 プラッソンが指揮するこのDVDは、『ウェルテル』のタイトルロールをバリトンのトーマス・ハンプソンが歌っています。このオペラが1892年に初演されたとき、マスネはウェルテルの役をテノールが受け持つことについて不満を持っていたそうです。もっと心理的に深く掘り下げるにはバリトンという声質が必要だったのかもしれません。
 これで、私もウェルテルが歌える・・・と喜んだのも束の間。このDVDを聴いてみて、やはりウェルテルはテノールがいいのではないかと思いました。
 私のウェルテル像の問題なのかもしれませんが、バリトン、しかもハンプソンが歌うウェルテルは太すぎるのです。ここで言う「太い」は声のことだけではありません。簡単に言えば、神経が太い。図太いウェルテルを感じてしまうのです。
 ウェルテルの魅力は、神経の細やかさにあると思います。線の細いテノールに緊張感のあるアリア「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」を歌ってほしい。そんなウェルテル像とかけ離れたバリトン・ウェルテルだったのです。
 私が受けたこのマイナスイメージは、バリトン・バージョンのせいなのか、ハンプソンのせいなのかは判断できません。けれど、私の好きなマスネのオペラ『タイス』のアタナエルのような魅力は、このウェルテルからは感じることができませんでした。

【演奏会形式】
 シャルロット役のスーザン・グラハムは貫禄の歌唱。一つの作品として、このディスクはよくできていると思います。演奏会形式なのですが、できれば舞台上演を見たかったところ。
 私と同じようなコンプレックスをお持ちの方にはおすすめできます。あまりいないとは思いますが。

【データ】
マスネ「ウェルテル」
録画2004.04. パリ・シャトレ座
プラッソン(指揮) 演奏会形式
トゥールーズ・カピトル国立管弦楽団、パリ聖歌隊
ウェルテル:ハンプソンBr / シャルロット:グレハムS / アルベール:デグーBr / ソフィー:ピオS


DVD『愛の妙薬』(ムース指揮、マチェラータ音楽祭)

2006-01-15 | オペラDVD
【美しい街並みと野外劇場】
 マチェラータ音楽祭の行われる野外劇場のアレーナ・スフェリステリオは、もともと中世の球技スパエラなどを行う円形の「競技場」でしたが、1921年に『アイーダ』を上演して以来、座席数6000という「劇場」になりました。イタリア東部、アドリア海沿岸から列車で30分のところにあるマチェラータの市街はとても美しく、付録DVDの映像を見ると、こうした街の野外劇場でオペラを上演するのは実に素敵なことだと感じます。このDVDは、2002年8月のマチェラータ音楽祭『愛の妙薬』のライブ映像です。

【舞台の上のオーケストラ】
 演出上の一番の特徴は、普通はピットの中にいるオーケストラを舞台奥に配置して、演奏者(及び指揮者)をオペラの進行に参加させたことです。オーケストラには段差がつけられ、全員が青い服を着ていて、あたかもオペラの舞台の背景の一部と化しています。その上、歌手とやり取りをしたり、反応を求められたりします。
 演出のサヴェリオ・マルコーニが、野外劇場の広大な舞台をどのように活かしていくか、考えた上での決断だったと思います。
 確かにだだっ広いだけの舞台に何かあると思わせ、いつもは黒子の役回りだったオーケストラが「演技」するのは、客席の楽しさを増幅させました。
 しかし、舞台後方の人の動きがなくなり、ソリスト、合唱が主に動けるのは舞台前方に限られたため、舞台に「奥行き」が感じられなくなりました。もちろん、オーケストラの真ん中を通る階段でも歌手は歌いますが、メインは舞台前方での横の動きになります。
 また、歌手とオーケストラとのやり取りも過剰気味だったかもしれません。交流のないところで、ほんの少しやり取りがあったとき、普段見ることができない歌手とオーケストラの結びつきを見ることができて、客席はほのかで暖かい喜びに満たされるのでしょうか。
 オーケストラの団員の中途半端な演技では客席を喜ばすことはできませんし、むしろオーケストラは演奏に集中して理想的な音楽を奏でてほしいと思います。その点で指揮者のニールス・ムースは、もう少し推進力のある音楽を聴かせてほしかったところです。

【歌手の新しいアプローチ】
 歌手陣で注目すべきは、ドゥルカマーラ役のエルヴィン・シュロット(Bs)。まだ若い歌手ですが、このドゥルカマーラという一癖も二癖もあるキャラクターに、新しいアプローチをしてくれました。この「若い」ドゥルカマーラは堂々としていて、人を魅了する力を持った詐欺師といったところでしょうか。熟練のバス歌手が歌うのもいいのですが、こういう新しいドゥルカマーラ像を提示してくれると、オペラを観る楽しみがふくらみます。
 アディーナ役のヴァレリア・エスポジト(S)は非常に歌がうまい。特に旋律をレガートに「歌う」ところは、聴いていて実に心地よく感じられます。ネモリーノ役のアキレス・マチャード(T)は、この役のために生まれてきたかのような歌と演技。あまりの当たり役ぶりは、彼が他の役を演じたとき、こちらの先入観を消すのに苦労しそうです。

【データ】
ドニゼッティ「愛の妙薬」
録画2002.08. アレーナ・スフェリステリオ(マチェラータ音楽祭)
ムース(指揮) マルコーニ(演出)
マルキジアーナ・フィルハーモニー管弦楽団、
V.ベッリーニ・マルキジアーナ・オペラ合唱団
アディーナ:エスポジトS / ネモリーノ:マチャードT / ベルコーレ:マッルッチBr / ドゥルカマーラ:シュロットBs / ジャンネッタ:カンツィアンS


DVD『ドン・ジョヴァンニ』(ムーティ指揮、ウィーン祝祭週間)

2005-12-31 | オペラDVD
【あの新国立劇場の公演】
 1999年6月、アン・デア・ウィーン劇場でリッカルド・ムーティ指揮、ロベルト・デ・シモーネ演出で上演されたこのプロダクションは、2000年1月と2001年11月に新国立劇場でも「ウィーン国立歌劇場との共同制作」と銘打たれて上演されました。
 いわくの多かったこの新国立劇場の公演は、例えば、契約書には「共同制作」ではなく「協力」となっていたり、ウィーン国立歌劇場のホーレンダー総裁が《ただの協力で、衣裳と装置を貸してくれと言うから貸しただけだ》と述べていたりしていました(佐々木忠次『だからオペラは面白い』)。
 また、ほとんどの歌手が入れ替わっているのにも関わらず、ウィーン公演の写真を宣伝に多用し、また、タイトルロールの降板を伏せていたことなど、誠実さに欠けた点が指摘されていました(寺倉正太郎「何かおかしいぞ新国立劇場と日本のオペラ」)。
 このときウィーン国立歌劇場の制作部長として来日したトーマス・ノヴォラツスキーが、その後、新国立劇場の芸術監督に就任することを考えると、何かの因縁を感じます。
 実際の公演は、2000年のときはレポレッロ役のイルデブランド・ダルカンジェロ(Bs)が、2001年のときはタイトルロールのフェルッチョ・フルラネット(Bs)が、すばらしい歌唱を聴かせてくれて、私はとても楽しめました。

【アン・デア・ウィーン劇場という空間】
 今回のDVDにも帯に「ウィーン国立歌劇場1999」という文字があります。確かにウィーン国立歌劇場の制作ですが、場所はアン・デア・ウィーン劇場。私は、本当は、あのウィーン国立歌劇場が制作するソフトを、アン・デア・ウィーン劇場という座席数1000という小さな空間(しかも、あのシカネーダーが開場した場所)で、モーツァルトのオペラを観るということが、本当に贅沢だと感じます。だから、ウィーン国立歌劇場を前面に出すのではなくて、特別な意味を込めて「ウィーン祝祭週間」を謳った方がいいのではないかと思うのです。このDVDでオペラが始まる前に客席が映りますが、それは本当にうらやましい空間です。

【ウィーンの歌手陣】
 新国の舞台を観ていたため、やはりウィーンの公演はどうだったかは気になります。DVDのリリースを喜び、見てみました。
 さすがに歌手陣は充実しています。ソリスト全員にここまで完璧に歌われると非の打ち所がありません。このプロダクションの売りはデ・シモーネの演出で、登場人物の衣裳が次々と変化していき時代を下っていくところにありますが、この演出はそれ以上でもそれ以下でもありません。どちらかというと、歌手の演技力で助けられているのではないでしょうか。衣裳の変化は客席を視覚的に飽きさせず、これはこれで成功していると思います。

【ムーティのドン・ジョヴァンニ】
 特筆すべきは、ムーティの指揮です。私はこのDVDを、新国の舞台を思い出すために購入しましたが、ムーティの『ドン・ジョヴァンニ』として、オペラ・ファンにはぜひおすすめしたくなります。ムーティの指揮は確固たる信念に貫かれているかのように自信に満ちていて、『ドン・ジョヴァンニ』の音楽をがっちりと構築しています。歌手陣の健闘とともに音楽面でかなり聴き応えのあるディスクでした。

【データ】
モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』
録画1999.06. アン・デア・ウィーン劇場
ムーティ(指揮)デ・シモーネ(演出)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団
ドン・ジョヴァンニ:アルバレスBr / レポレッロ:ダルカンジェロBs / ドンナ・アンナ:ピエチョンカS / ドン・オッターヴィオ:シャーデT / ドンナ・エルヴィラ:アントナッチS / ツェルリーナ:キルヒシュラーガーMs / マゼット:レガッツォBs / 騎士長:ゼーリヒBs


DVD『魔弾の射手』(アーノンクール指揮、チューリヒ歌劇場)

2005-09-04 | オペラDVD
【『魔弾の射手』ニューリリース】
 ドイツ・オペラの初期の傑作であるウェーバーのオペラ『魔弾の射手』のディスコグラフィーに、新たなDVDが加わりました。ニコラウス・アーノンクール指揮のチューリヒ歌劇場の公演です(録画1999年)。このディスクは、アーノンクールが指揮するチューリヒ歌劇場管弦楽団がしっかりとした演奏を実現していて、充実した内容となっています。

【充実した歌手陣】
 加えて注目すべきは歌手陣で、物語の軸となるマックス役のペーター・ザイフェルト(T)とカスパール役のマッティ・サルミネン(Bs)は、特に強烈な印象を与えます。
 ザイフェルトの演じたマックスは、およそライフルの似合わない男。そんな男が、次第に「魔弾」に引きつけられていく展開は非常にリアルです。また、サルミネンは、その大柄な体格と声の太さからは考えられないくらい、細かい表現を駆使しています。彼の個性的な演技が、悪魔に取りつかれたカスパールという役を見事に浮き上がらせました。
 女声陣も上出来です。エンヒェン役のマリン・ハルテリウス(S)は、最近の活躍が目立っていますが、このディスクでも非常に安定感があり、聴いていて好感が持てます。アガーテ役のインガ・ニールセン(S)の声は、いかにもドイツ的な響きでいいのですが、アガーテは花嫁役なので、もう少し若手を起用してほしかったと思います。
 その他、ラストに重要な立ち回りをみせる隠者役のラースロー・ポルガル(Bs)が、すばらしい歌唱と演技をしていて、劇が引き締まりました。このラストシーンだけでも見る価値があります。

【随所におもしろいアイデア】
 ルート・ベルクハウスの演出は、スタンダードなものから少し離れた抽象的な舞台です。しかし、『魔弾の射手』の世界観は残っています。少し中途半端だったかもしれませんが、例えば、「魔弾」を製造するシーンで、「人間」をうまく使ってその製造過程を表現するなど、おもしろいアイデアも随所に見られました。
 『魔弾の射手』の世界を壊すことなく、しかし少し歪ませた見せ方をしています。じっくりと味わえる、いいディスクでした。

【データ】
ウェーバー『魔弾の射手』
録画1999.02. チューリヒ歌劇場
アーノンクール(指揮)ベルクハウス(演出)
チューリヒ歌劇場管弦楽団、合唱団
マックス:ザイフェルトT / アガーテ:ニールセンS / カスパール:サルミネンBs / エンヒェン:ハルテリウスS / オットカール:デヴィッドソンBr / クーノ:グレシェルBr / 隠者:ポルガルBs