和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:雍也第六 〔15〕 孟之反 伐らず


論語を現代語訳してみました。



雍也 第六

《原文》
子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也。馬不進也。

《翻訳》
子 曰
〔のたま〕わく、孟之反〔もうしはん〕 伐〔ほこ〕らず。奔〔はし〕りて殿〔しんがり〕す。将〔まさ〕に門〔もん〕に入〔い〕らんとするとき、其〔そ〕の馬〔うま〕に策〔むちう〕ちて曰〔い〕わく、敢〔あ〕えて後〔おく〕るるに非〔あら〕ず。馬 進〔すす〕まざるなり、と。




《現代語訳》


孔先生はまた、〈冉有さんに対し(『女は画れり』のつづき)〉次のように仰られました。


孟之反(=魯国の武官)は、自分の手柄〔てがら〕を自慢したりするような人物ではなかったのじゃ。

魯軍〔ろぐん〕が敗走(=魯の哀公十一年のときに斉国との戦で敗戦)に見舞われたとき、その殿軍〔でんぐん〕の大役〔たいやく〕を担〔にな〕うことになった。

彼はその大役を見事に果たすと、安全なところまで引き返し、その門をくぐろうとしたとき、またがっていた馬を鞭〔むち〕で強く打ちつけ、次のように言い放ったのじゃ。

「自〔みずか〕ら殿軍を申し出たわけではござらぬ。馬が進まぬだけでしたのじゃ」、とな。


〈つづく〉



《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。

この語句を語訳するにあたっては女は画れりのなかで、 "学ぶ"ことに対する限界みたいなものを感じていた冉有に対しての、孔子のことばがつづいている、という想定で訳してみました。

その背景としては、孔子自身が自らの戒めとして語っているかの如くであり、また、季孫氏の臣下として仕える冉有に対して「臣下として務めるからには、孟子反のように、自分の手柄を自慢しない人となれ(驕り高ぶるな)」と訴えかけているという捉え方もできるからです。

このような観点からいえば、『〔14〕 子游 武城の宰と為る』のなかの澹台滅明〔たんだいめつめい〕の人柄をも参考にできるわけですが、文脈上、そこはあえて飛ばしてみました。 


※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考


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