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ルツ記

2021-01-22 15:01:11 | 日記

バイブルプロジェクト文字起こし ルツ記

この書は人間の日常生活の喜びや苦しみに、神がどのように関わってくださるのかを見事に描いています。

この書の主な登場人物は未亡人のナオミ、モアブ人のルツ、そしてイスラエル人の農夫ボアズの3人です。

彼らの物語は巧みに構成された4つの章に記されています。

では詳しく見ていきましょう。

1章は「さばきつかさが治めていたころ」という言葉で始まり、これは士師記の暗く困難な時代を指しています。

そして飢饉に苦しむベツレヘムのイスラエル人一家が登場します。

彼らは食糧を求めてイスラエルのかつての敵であるモアブに移住しました。

その地で一家の主人は死に、2人の息子はそれぞれモアブの女性ルツとオルパと結婚します。

それから2人の息子も死んでしまい、あとにはナオミと2人の嫁だけが残されました。

モアブに留まる理由がなくなったナオミは、2人の嫁に自分は故郷に帰ると告げます。

夫を亡くした外国人がイスラエルで暮らしてくのは大変だと知っていたナオミは、2人にモアブに残るよう説得しました。

オルパはそれに同意しましたが、ルツは頷かずナオミに対して驚くべき誠実さを現わし、あなたが行かれるところに私も行きます。

あなたの民は私の民、あなたの神は私の神と言ったのです。

そこで2人は一緒にイスラエルへ帰りました。

1章はナオミが自分の悲運を嘆いて名前をヘブル語で苦しみを意味するマラに変えたという記述で終わります。

2章はナオミとルツがどこで食糧を手に入れるか話し合う場面から始まります。

それはたまたま大麦の収穫の季節でした。

食糧を探しに行ったルツはたまたまボアズという人の畑で落穂拾いをすることになり、ボアズはたまたまナオミの親戚でした。

ボアズは高潔な人でルツの存在に気がつき、その身の上について話しを聞くと彼女に対して非常に気前よく、特別な配慮をして移民であるルツが自分の畑でたくさんの落ち穂を拾えるようにしました。

ボアズはこうすることで在留異邦人や貧しい者に惜しみなく施せというトーラーの戒めに従っていたのです。

ボアズはまたナオミに対するルツの誠実さに感銘を受け、神が彼女の決断に報いてくださるようにと祈りました。

家に帰ったルツから、ボアズに出会ったことを聞いたナオミは心を躍らせました。

ボアズはナオミの家族の買い戻しの権利を持っていたのです。

この買い戻しというのはイスラエルの文化的な制度で、もし一家の主人が妻や子ども土地を残して死んだ場合、買い戻しの権利のある者がその未亡人と結婚し、土地を受け継ぎその家族を守る責任があるというものです。

だからナオミはここで自分の家族に再び未来が見えてきたかもしれないと希望をもったのです。

3章はナオミとルツがボアズにもこの状況に気づいてほしいと作戦を立てるところから始まります。

ルツは未亡人の喪服を着ることをやめ、再婚の準備ができていることを示しました。

夜になるとルツは農園にいるボアズに会いに行きました。

彼女がボアズのもとに忍び寄ると彼は目を覚まして驚きました。

ルツははっきりと自分の意図を明かして、もしナオミの家を買い戻すつもりがあるなら自分と結婚してほしいと言います。

ボアズは改めてナオミとその一族に対するルツの誠実さに驚き、彼女のことを高潔な女性と呼びました。

これは箴言31章に描かれている女性を表したのと同じ言葉です。

ボアズは町の長老たちの前で法にのっとってルツもナオミの家も買い戻すから、明日まで待つようにと言います。

ルツがナオミのもとに戻り2人でこれらの出来事に驚嘆している場面でこの章は終わります。

4章はハッピーエンドに向けて動き出します。

ボアズよりもナオミにもっと近い関係の親戚がいたので、買い戻しの権利はまずその人にありました。

ところが彼はそのためにはモアブ人ルツと結婚しなければならないことに気がつくと、買い戻しをする気を失ってしまいました。

一方でボアズはルツの誠実な人柄を知っていたので、ナオミの家を買い戻しルツと結婚したのです。

こうしてストーリーのいちばん初めでルツがナオミに誠実だったように、ボアズもナオミの一家に誠実でした。

1章で起きた悲劇がすべて逆転してストーリーは終わるのです。

夫に死なれ息子たちに死なれたナオミの悲しみも、ルツが再婚し子どもを産むことによって埋め合わされました。

物語の初めと終わりにシンメトリー配置された出来事は見事です。

まず一家の悲劇のあとに、ルツの素晴らしい誠実なふるまいがありました。

そしてそれに応えるかのように、ボアズの誠実な振る舞いがナオミの一族を回復に導いたのです。

同じように呼応する出来事は物語の中盤にもあります。

どちらの章もナオミとルツが将来について相談する場面から始まりますが、それに続いてルツとボアズが神の摂理によって出会い、最後はナオミとルツが事の成り行くに喜ぶ場面で終わるのです。

ルツ記の構成は非常に巧みであり、この書の興味深い特徴と結びついています。

それは物語の中にほとんど神についての記述がないことです。

確かに登場人物たちの会話の中には何度か出てきますが、著者は神がああしたとかこうしたという直接的な表現は一切しません。

これこそが卓越した点なのです。

なぜならこの物語のすべての場面でそれぞれの状況、一人一人の選択をつなぎ合わせるように神が働いているからです。

ナオミは自分にふりかかった災いを見て、神は自分を罰しているのだと思いました。

しかしルツ記は最初から最後まで彼女と彼女の家族を回復させる神の計画だったのです。

神はそれをルツの決断力と誠実さを通して成し遂げ、ナオミの人生を癒したのです。

しかしこれは気前が良く誠実な人柄を持つ平凡な農夫ボアズを抜きには、起こりえないことでした。

神は彼の高潔な人格と、ナオミの家が絶えないようにするルツの決断力を結び合わせました。

このようにルツ記は神の計画と意思、そして人間の決断と意思が互いに働き合うことを示しています。

神は誠実に従おうとする人々の行動を、世界を贖うご自身の計画に組み入れるのです。

それがルツ記のエンディングにも描かれています。

ルツ記はボアズとルツの息子であるオベデが、メシアの血筋につながるダビデ王の祖父になったことを示す系図で終わっています。

このようにこの物語が描く非凡な日常の出来事が、世界を贖う神の壮大な計画に組み込まれているのです。

ルツ記は私たちの人生に起こるありふれた出来事も、神の計画に組み込まれるかもしれないことを示唆しています。

これがルツ記です。

 



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