愉快な認知症🇯🇵

我が家流/父から学ぶ「これでいいのだ!」人間本来の姿

父、亡くなって十年!

2022年05月07日 | その他
お父さん。


愛しかないね。


ありがとう!

父、亡くなって九年

2021年05月14日 | その他

平成24年(2012年)5月7日、お父さんが亡くなってから、今年で九年が経ちました。

ほぼ年に1度の更新になっているけど、本当はまだまだ、お父さんの「愉快な認知症」の話し、書きたい事いっぱいある。


今年も、お父さんの命日には集まって、食べて笑ってぺちゃくちゃ、でした。



昨年からのコロナ、地球規模での大禍。

・・・・・禍?ほんとにそっかな?



お父さんご存知のように、コロナ禍と併行して、昨年から我が家も何かと忙しい。

そっちも忙しいよね?

それに、楽しいよね?

知ってるよ。



あれがこうなって、これがああなって・・・


いずれ時はやって来る。


楽しみだね。


父、亡くなって五年

2017年05月07日 | その他

今日、5月7日は父の命日。

亡くなってから5年が経った。

5月に入ってから、私は5年ぶりに化粧をした。

父が亡くなった5年前、父の葬儀を最後に私は化粧をやめた。



なんとなく。

素のままでいたいと思ったから。

もう、飾ることも、隠すことも、化粧によって違う自分になることが嫌になった。

素のままの自分でいようと思った。

化粧っ気の無い顔の自分を、恥ずかしがることもない堂々とした自分になりたかった。



5年間、化粧をしないまま私は過ごした。

どこへ行くのも化粧をしなかった。

私にとって、父への弔いの気持ちでもあった。

そして、喪中の期間でもあった。



もう二度と化粧はしないかも・・とも思っていたけれど。

「化粧をしようかな」そう自然に思ったのは、父からの合図だったのかも。

今日、父のためにも読んだ祈りの言葉。

「汝の肉体は汝の念絃の弾奏する曲譜である。生命が肉体に宿ると云うのは二元的な考え方であって真理ではない。正しく云えば生命はその念絃の弾ずる曲譜に従って肉体を現すのである。肉体と云い、複体と云い、幽体と云い、霊体と云うはこれ悉く念の映像に過ぎない、汝の念譜の種類に従って或いは肉体を現じ、或いは複体を現じ、或いは幽体を現じ、或いは霊体を現ずる。すべての人はいつかは肉体を失うであろうが死ぬのではない。人は神の子であるから不死である。念譜の形式が変わるに従って汝の仮有の形式が変わるのである。すべての人の仮有は念の異なるに従って、その顕現を異にする。念の形式に大変動を生ずれば、汝の仮有は他界に顕現し、今までの念の顕現たる肉体は速やかに自壊自消する。これを人々は死と呼ぶが死ではない。それは『生命』が念の絃をもって一曲を弾じ終わってそれを止め、他の奏曲に移らんとするに等しい。『生命』の弾ずる念の曲譜の形式に大変動を生ぜず、その念絃の律動にただ調和を欠きたるのみなるを病と云う。かくの如き病は、念絃の律動の調子を直せば治るのである。併し如何にその念絃の律動正しくとも初歩の一曲は必ず終わって一層高き形式の曲譜を学ばねばならない。吾が云う意味は、地上の生活は必ず終わらねばならないと云うことである。地上の生活は汝の初歩の一曲である。速やかにこれを終わるものは、初歩の教本を速やかにおえたものである。一曲を終わらんとするを悲しむな。それはなお高き一曲に進まんがためである。その前に調律者が来て汝の念絃の調子得を正すであろう。この調律のため一時汝の仮有は調子ならぬ調子を奏でるであろう。此の世の一曲が終わる前に肉体の調子が乱れたように見えるのは此の調律のためであって真に調子が乱れたのではない。汝らかくの如くして次第に高き曲譜に進み行け。一曲は終わるとも弾き手はおわるのではない、弾き手は神の子であって不死であるぞ。(昭和六年六月二十六日神示)」
<谷口雅春・著/帰幽の神示>


一曲を弾じ終わった父は、今きっと、次の奏曲へと歩みを進めているのだ。

おそらく、それを知らせてくれたんだと思う。

弾き手の父は、神の子であり、不死である。


今日は、私の父への喪明けとなった。


父、亡くなって四年

2016年05月08日 | その他
またもや、1年ぶりの更新。

昨日の5月7日は父の命日。

あれから四年が経った。

早いようなそうでもないような・・・。


父の肉体的存在はもうこの世にはない。

だけど、父は生きている。

あちらの世界でちゃんと生きている。


父のことを書いた「愉快な認知症」。

父のことを書いたあの本が今動き出した。


熊本出身の父。

今回の熊本地震の支援に、本の収益を全額使って頂けることになった。

「無償の愛」を生きる父。

父の故郷、熊本のために生かされる父の本。

やっと巡り会えた、父に相応しい形。


良かった。

有り難い。

本当に有り難い。


きっと父が動いている。

相変わらず私たちを導いてくれている。

そう思わずにはいられない不思議な巡り合わせ。


これからもいろんな人や物や事を巻き込んで、父はきっと導いてくれる。

間違いなく「愛」の世界へと。

ありがとう、お父さん。

相変わらずスゴいね、超人だね!


父、亡くなって三年

2015年05月08日 | その他
昨日5月7日は父の命日。
このブログに記事を書くのも、またもや一年ぶり。

父が亡くなってから三年が経った。
もう三年?、まだ三年?とも思う。

家族みんな、自分たちに出来る事を精一杯やって来た。
そんなやりきった感で終えた父の介護。
でも、思い返すと「あのときああしておけば良かったなあ」と思う事も正直ある。

だけど、ああしておけば、じゃあどうなったのだろう?

私たちが後悔や自分を責めてばかりしていたら、介護された父も寂しい気持ちになるのかも。
もし、私がみみかに介護されて、それがどんな介護であっても、感謝こそすれ親不孝だとは思わない。
(そりゃ、ちょっと文句の小言は言ったりするかも知れないけどさっ)

もしも、みみかが私の介護を終えたあと、後悔や自分を責めてばかりいたなら、私は私を責めるかも知れない。
こんな私のせいで・・・。
こんな私のせいでみみかが苦しんでる・・・。
愛する子供を私は不幸にしている・・・と。

「子供が幸せでありますように」
それが親の願いだから。

私は、父にいっぱい感謝している。
他人から見れば完璧な介護ではなかったかも知れないが、精一杯の介護を受け入れてくれたこと。
精一杯の愛を受け入れてくれたこと。
そして、自分が父に愛されていたことを教えてくれたこと。

私は幸せだよ。
認知症の、それも愉快な認知症のお父さんの介護をさせてもらえたこと。
こんなに素晴らしい体験はなかなか出来ないね。

父は幸せだった、そう思う。
父の人生を私は心から祝福できる。
有り難いことだね。


いずれにしても、父は霊界で大いに活躍していることでしょう。
そのことを感じさせてくれる証がちゃーんとありました。
また、書く機会があればいいなあ。

ちなみに、みみかのブログに父の命日のこと掲載中
みみかのいろいろ研究♪


父の三周忌

2014年05月07日 | その他
たしか・・・

「早いもので、今日は父の一周忌だ。
(まだ、父の葬儀の様子を最後まで掲載していないのに・・・・・苦笑)
昨年5月のこの日、愉快な認知症に扮した最愛の父は逝ってしまった。」

・・・なんて記事を書いたっきり、また1年が経ってしまってる。


早いもので、父が亡くなってから2年、今日は父の三周忌。
(来年の命日までには、父の葬儀の様子を最後まで掲載するぞ~・・・苦笑)

それに、今日は霊界にいる父の導きによって始まる新たな展開の出発日。

父がかつて営んでいた縫製業。
熊本県水俣地方出身であった父、そのときの屋号を「水俣縫工所」としていた。
幻となった2代目をぶっ飛ばし、不登校児で今年春に中学校を卒業した孫のみみかが「3代目」として継承。
その名も「3代目 みなまた縫工所」として復活。

手づくり作品ネットショップ「3代目 みなまた縫工所」の始動です!(現在は稼働しておりません)
相変わらずのマイペースぶりで本日、出発進行!



昨年の父の一周忌の記事にも書いたけれど・・・
生命は生き通しであること。
死後も父は霊界で生きていること。
しかも、イキイキとエネルギッシュに明るく楽しく!

・・・やっぱり、今も今日もこの瞬間も、私にはそう感じられる。
そう、あの世とこの世の間の扉が開いていることも。

求めよ!さらば与えられん
尋ねよ!さらば見出さん
叩けよ!さらば開かれん

それにそれに、
やっぱり「無償の愛」なんだよね、「愛」しかないんだよねえ~。
(そうだね!お父さん!)
(霊界からの導き、ありがとうございます!)

父の一周忌

2013年05月07日 | その他
早いもので、今日は父の一周忌だ。
(まだ、父の葬儀の様子を最後まで掲載していないのに・・・・・苦笑)
昨年5月のこの日、愉快な認知症に扮した最愛の父は逝ってしまった。

愉快な認知症の父、死す。/父は死んじまっただあ~!②
「父の最期の日を迎える、それぞれ」

にあるように、私は「父の死」を受け入れることが出来たはずだった。

それに、もともと「神の御心のまま(大いなる自然の力・愛に全託)」を実践し、
『神性の自覚』と『霊性の復活』をテーマに、
あの世とこの世の間の扉が開くことを予感していた私。

しかし、そんな予感とは裏腹に、私は「金が土台」の現実世界に囚われ、
深い眠りに入ってしまった。

だけど、私は「シルバーバーチ」に出会った。
それは私の眠りを覚まさせてくれた。

生命は生き通しであること。
死後も父は霊界で生きていること。
しかも、イキイキとエネルギッシュに明るく楽しく!

根強くあった「死」に対する恐怖や悲しみや悪いものという先入観が一新された。
(むしろ、霊界への憧れが強くなった!)

それにやっぱり、
「無償の愛」なんだよね、「愛」しかないんだよねえ。
と、再確認と再認識。
(だよね?お父さん!)

霊界誕生一周年、おめでとう!

◎当ブログで掲載した文章を、挿絵漫画入りで本にしました。
詳しくはこちら!
虹色アーチ/ウェブサイト版「愉快な認知症」


愉快な認知症の父、死す!?/あけましておめでとうございます

2012年01月04日 | その他
あけましておめでとうございます。

ブログ更新がまたもや1ヶ月ほど滞ってしまいました。

ズバリ!昨年の暮れ、父は病院を退院しました。

ショートステイ中、施設からの救急搬送から159日目にして、父は久しぶりに自分の服を着て外出することが出来ました。

年末に急遽、受け入れ先の施設が決まり、父は今「リハビリ目的」でその施設に入っています。

ここに行く着くまでにも、諸々の経緯があり、各々の様々な心の変化もあり・・・。

日々の出来事としては遅ればせながらではありますが、引き続きを綴っていきたいと思っています。

父の娘として生まれ、父との出来事の中で、感じたこと・学んだこと・体験したことを、愛深く刻印するためにも・・・。

よろしければ、気長にお付き合い下さい。

今後、急増するであろう「認知症」。

何か少しでも参考になることがあれば幸いです。

2012年1月4日



愉快な認知症の父、死す!?/最後の刈り取り(根っこの引き抜き)

2011年09月06日 | その他
◎父の存在、それが「この世」に無くなった時、
父の死が、その瞬間が「この世」にやってきた時に、
私は耐えることが出来るのだろうか?

そんなことを父の反応の延長上に考える時、
切なくて、やるせなくて、悲しくて、寂しくて・・・。
どうにもコントロールできない私の感情が剥き出しになる!

お父さん、私はこんなにもお父さんのことが大好きなんだね・・・。
お父さん、私はこんなにもお父さんのことを愛しているんだね・・・。

(肉体)人間はいつか死ぬ。
それは父においても例外ではない。
さてさて、私はこれを一体どうやって乗り越えられるのだろう?
(8/7(日)・17日目の文中より)

◎そう・・・私が一人、「父の死」を受け入れられず、「父の死」に覚悟が出来ずにいる。
私自身においても、父に対してやれる事はやり切った、後悔というものは全く無い!
それに、「認知症」という姿になってまで私たちを導いてくれた父を、私は心から尊敬しているし、父は父の人生を楽しく大いに生き切ったのだとも思えている。
でもしかし、だけどしかし、私は「父の死」を受け入れられない・・・。

「父の死」を止めているのは私ではないか?「父の死」は私を待ってくれているのではないか?・・・とさえ思う。
私がちゃんと「父の死」を受け入れ、私が志す「死を祝福する」ということが出来るようになるまで、きっと・・・その日その時まで。
(8/14(日)・24日目の文中より)

今回の父の救急搬送からずっと書き綴っているブログの中で、私は上記のように「父の死」「死というもの」に対してとても恐れを抱いている。
私の奥底にある太い根っこのような「死というもの」。
そして、そこから伸びる「不安」や「悲しみ」や「寂しさ」や「切なさ」や「やるせなさ」が、ひげ根っこのように私の心の中を張り巡っている。
これは、地球上の「死というもの」に対する、人類共通の感情的な側面、人類共有の憂える思いだと思う。

脳内出血で父が50歳で倒れたとき、私は父に対して悔いのないように接することの種を、自分の心に蒔いた。→『始まりの種』
それが数年経ってから芽吹き、見事に私は父にやれる事はやり切った花を咲かせることが出来た。
そして今、最後の刈り取り(根っこの引き抜き)だけが残った。

「父の死」に対して、その時を迎えても・・・「ああすればよかった」「こうすればよかった」といった類の後悔は私には全くない。
それにもかかわらず、私は「父の死」「死というもの」そのものが受け入れられない・・・、(感情的に)気が狂わんばかりになる。
それほどに、「死」というものの既成概念は根深いのものなのだろう。

特に、近しい「家族の死」は、確立したと思っていた自分の死生観を、感情的側面から大いに揺るがすことを知った。
比較的「他人の死」に対して、私は客観的に自分の死生観を通して見られるようになっていた。
だか、ここにきて愛する(愛すべき)「家族の死」というものに直面した私の態度は、そうは簡単には行かなかった。

最後の刈り取り(根っこの引き抜き)とは、「父の死」を祝福すること。
「死というもの」に感謝し、「死というもの」を愛すること。
それは「父に感謝する」ということ、「父を愛する」ということと同じなのだと私は思う。

◎私の中にある、根強い思い、「死は悲しいもの」。
私の底にある、根深い思い、「死は悪いもの」。
これを一新するのだ!

「死は喜ばしいもの」、「死は良いもの」。
「死」は「生」と同じで「素晴らしいもの」なんだ!

「父の生」を喜ぶように、私は「父の死」を喜びたい!
「父の生」を讃えるように、私は「父の死」を讃えたい!
「父の生」を祝福するように、私は「父の死」を祝福したい!

「生」と「死」を私はちゃんと繋げたい!
(8/21(日)・31日目の文中より)

今日、9月6日は父の73歳の誕生日。
お父さん、おめでとう!
この世に生まれてきてくれてありがとう!
私を娘として迎えてくれてありがとう!
お父さんに出会えて良かったよ、お父さんの子供で幸せだったよ!

お父さんが死んでも、ちゃんとその死を祝福するよ!
「お父さんの生」を祝福するように、私は「お父さんの死」をちゃんと祝福するよ!

「お父さん、私はこんなにもお父さんのことが大好きなんだね・・・」
「お父さん、私はこんなにもお父さんのことを愛しているんだね・・・」

・・・そう思わせてくれるほど、

お父さんはこんなにも私を愛してくれていたんだね!
私は、お父さんにこんなにも愛されていたんだね!

ありがとう、お父さん、おめでとう、お父さん、大好きなお父さん!

愉快な認知症の父、死す!?/私の死生観②「終わりない生命(いのち)」

2011年09月05日 | その他
◎幼かったころ、私は誰に教えられるわけでもなく「八百万の神」を知っていたと思う。
使っていた鏡が割れてしまっとき、私は無造作にくずかごに放り込むような事はしなかった。
鏡の神様がいるような気がして、丁寧に何かに包んでそっとぐずかごの中に入れながら、「ありがとうございました」とお礼を言って捨てた記憶がある。
父母にそうしなさいと言われたわけではない。
全てのものに神様がいる、全てのものは神様だと、なんとなく幼い心の奥底は知っていた気がする。

■終わりない生命(いのち)
子供のころ、初孫の私を可愛がってくれた、大好きだった祖父が死んだ。
悲しくて泣いた。
だけどそれは、祖父が死んでしまい、いなくなってしまい、会えなくなった事が悲しかったから、泣いたのではなかった。

寝かされた祖父を囲んで、その死を悲しむ大人たちの涙や姿を見て、私は泣いたのだ。
普段泣くことのない大きな体のおじたちや、母はもちろんいつも笑ってるおばたちが、声を出して泣いているのを見て、私は泣いたのだ。
大人たちの、その悲しみの心を感じて、悲しくなって泣いたのだ。
「どうしてそんなに悲しいの?」
「みんな泣いてる・・・」
「悲しいよ・・・」と。

子供は「死」という意味が何も分からないのではなく、生命(いのち)には終わりがないこと知っているのだと思う。
だけど、『死んだら終わり』的な大人たちの悲しみを見て、生命(いのち)とはそういうものなのだと、この日の私には強く印象付けられ、潜在意識にすりこみがなされた。
『死んだら終わり』の物質論的思考が、知らぬ間に子供のころの私の中で構築されていた。

でもしばらくは、祖父と会えなくなってからも、私はずっと祖父を感じる事が出来ていた。
違う世界からずっと私を見守ってくれている感覚を、私はずっと感じていた。

しかし、成長と共に私の中に蓄積された「死」に対する一般的な知識は、一時期私を支配し祖父の存在を遠ざけてしまった。
私を支配した物質論的な思考は、目に見えないものや感覚的なものを重視せず、目に見えるものや理性的なものに価値を置き始めた。

やがて・・・自分の感覚で自分を生きない私は鬱になった。
周囲に合わせた自分を「自分」として創り上げようとしたことで、私は本当の「自分」が分からなくなってしまった。
そこは、“笑う”や“楽しい”が無い・・・真っ暗な深い深い闇の世界だった。
私自身が微笑むこともなく、家族との会話も困難になった。

しかし、さまざまな導きが、私に自分らしい「自分」を思い出させてくれた。
そして、【人間の魂は生き通しであり】【生命(いのち)は永遠であり】【死とは悲しいことではない】ことを、私は思い出すことが出来た。
私は再び、【終わりない生命(いのち)】である祖父を感じることが出来るようになった。

鬱になったことで、【人間の魂は生き通しであり】【生命(いのち)は永遠であり】【死とは悲しいことではない】そう思える心を、私はやっと取り戻した。
それは、私自身を含め全ての人が【終わりない生命(いのち)】なのだということを、思い出した瞬間でもあった。

◎私も、父も、みんな、【終わりない生命(いのち)】なんだ!

愉快な認知症の父、死す!?/私の死生観①「清らかな魂」

2011年09月05日 | その他
◎私の死生観を確立した出来事。
それは、大好きだった「友人の死」。

■清らかな魂/魂の目的
彼女は私の大好きな友人だった。
姉のように私を愛してくれた。
私もまた彼女を姉のように慕っていた。
本当に本当に・・・大好きだった。

でも、私は彼女の心の苦しみを知らなかった。
彼女は自分の母親を愛せなかった。
顔も見たくないと思うほど、母親を愛せずにいた。
詳しい理由は今も分からない。
彼女の口から私に語られることは無かったから・・・。

思い出してみると、彼女はいつも母親を遠ざけていた。
母親のいる実家に帰ることはほとんど無かった。
母親に対する自分の気持ちが苦しかったのかも知れない。
母親を愛せない心とそんな自分を責める心。
彼女の優しい笑顔のその奥に、そんな葛藤があったことなど私は何も知らなかった。

彼女の胸にはしこりがあった。
肉体は心の影。
彼女の心の葛藤が、体のしこりとなって現れていた。
その事は、私も知っていた。

本来、親子は愛さずにはいられないように出来ている。
表面的にはどうであれ、そんな風にプログラムされている。
だから、絶対に、親を愛さない子供はいないし、子供を愛していない親もない。
親を愛せない子供や、子供に愛を現せない親、そういったプログラム通りにいかない親子の間には歪みが生まれる。
だけど、その歪みもまた、お互いの愛を知るためのものであったりする。
私はそう思う。

彼女の場合、心の葛藤からしこりを作り病気になった。
そして、逝ってしまうことにより母親の愛を引き出した。
彼女の最期には、病気の娘の看病をするうちに、母親としての深い愛を現すことの出来るようになった、彼女の母親がいた。
彼女の死後、彼女の母親はこう言った。
「あの子は、私が愛深い人間になるために、命懸けで導いてくれた神様でした」と。

自分の母親を導くために、彼女の魂はあった!
表面的な彼女の思いとは裏腹に、奥底の彼女の魂は自分の母親を愛して止まなかったのだ!
私にはそう思えた。

彼女に会いたいという長年の私の思いは、残念ながら叶わなくなってしまった。
おしゃれな彼女の髪がどんどん抜け落ちていくさまを、私は想像して泣いた。
でも、きっと、若くしてこの世を去った彼女の魂は、向こうの世界で微笑んでいるのだろう。
自分の母親を、深い愛に導くという目的を果たせた清らかな魂は、間違いなく安らかに違いない。


■清らかな魂/彼女が教えてくれたもの
「彼女の死」を通し、彼女が私に教えてくれたこと。
それは・・・【会おうと思えば会える“今”】【声を聞こうと思えば聞くことの出来る“今”】を大切にするということ!

「いつでもいいやあ~、今度でいっか~、いつかねえ~」
彼女に会いたいと思う気持ちを抱きながら、私はそんな風に過ごしてしまった。
彼女に会いたいというその時の自分の願いを、私は自分で叶えずに過ごした。

その後、私はなるべく先延ばしせず、人と会うようになった。
その時の自分の思いや気持ちを大切にして、ちゃんと相手に伝えようと思うようになった。
誰もが、いつどうなるかなんて分からないのだから!
明日はもう、会えなくなっているかも知れないのだから!
次の瞬間の保障など、何もないのだから!

“今”それが出来るということはとても貴重なこと。
“今”感じるその時の気持ちはかけがえのないもの。
誰かと共にいるという当たり前のこと、この世に共に存在するという当たり前のことが、本当はとても貴重でかけがえのない、『有り難い(ありえない)』奇跡なのかも知れないのだから!

「彼女の死」に対し、当時の私は悲しみと後悔と寂しさばかりだった。
でも、「彼女の死」は“今ここに生きる”ことの大切さを私に教えてくれていた。

【この世に生きている“今”を大事にするということ】【生きていられる“今”に感謝するということ】、【死】というものがあればこそ、そんなことに改めて気付かされるのだ。
もしも、肉体的に【死】というものが無かったならば、【会おうと思えば会える“今”】【 声を聞こうと思えば聞くことの出来る“今”】、“今ここに生きる”ということを『有り難い(ありえない)』奇跡だと、心の底から本当に思うことは難しいのかも知れない。

ともすれば忌み嫌われる【死】というもの・・・、その【死】自体の素晴らしい意味合いを、私は彼女によって学んだのだ。

「彼女の死」を真正面から受け入れ、贈り物(死生観)を受け取った今の私には、「彼女は今も私と共にある」と、そう思える。
私はあなたであなたは私・・・私たちはひとつだから。


■清らかな魂/死を迎える喜び
友人の亡くなった日、彼女の命日が、私の「死」を通して「生」を見つめる日となった。
私にとって、一瞬一瞬を自分らしく、私を生き切れているかを再確認する日になった。

かつては、もう二度と彼女に会えなくなっってしまったことに、自分の不甲斐ない行動に後悔ばかりを募らせていた私・・・。
『もっと生きていて欲しかった!』そう思うと、泣いてばかりの私だった。

でも、「彼女の死」を機に“今ここに生きる”ことの大切さを学び、私が辿り着いた死生観(彼女からの贈り物)と信念は、私の人生をさらにより良いものとしてくれた。
彼女からの贈り物(死生観)、それを肝に銘じ実践してきた道程の果て、“今を生き切る”ことを意識してきた私は、この世には「完璧」以外は何もないと思えるようになった。
言い換えれば【この世の全ては完璧である】と思うようになった。

「完璧」とは「完璧になる」ために追求するものではなく、自己の内にすでにあるもの。
人生の目的は、すでにある「完璧」を現し出し体験することが目的であり、「完璧になる」ことが目的ではないこと。
「完璧」とは「全て」ということ。
「全て」とは、(俗に言う)善も悪もであり、(俗に言う)良いも悪いもであり、(俗に言う)完全も不完全もであり、(俗に言う)長所も短所もであり、(俗に言う)出来ることも出来ないこともである。
・・・とにかく無限に全部のこと・・・

このことに気付いた私の中から、『もっと生きていて欲しかった!』という彼女に対しての、私の後悔とも思える願いはいつしか消え去った。
寿命の長短が良い悪いの物差しではないこと、「生きていて欲しいと願う悲しみ」も相反する「死を待ちわび迎える喜び」も、両方あっていいのだと、全ては「完璧」の表現に過ぎなかったのだと理解できたから。
それに・・・何よりも、彼女は彼女の人生を見事に生き切り死を迎えたのだ。

みんなみんな、その人にしかない魂の目的があり、自分自身の人生を生き切り、誰かへの贈り物をちゃんと届け、(魂的には)喜んで死を迎えるのだろう。

◎私も、父も、みんな知っているはず・・・死を迎える喜びを。