愉快な認知症🇯🇵

我が家流/父から学ぶ「これでいいのだ!」人間本来の姿

父、亡くなって七年

2019年05月11日 | 出来事日記
年に一度の更新が恒例になってるね。

5月7日、お父さんがあちらへ行って、七年が経った。


5月1日、時代は「平成」から「令和」へ御代替わりしました。

私は、「平成」最後の日4月30日、夢を見ました。

夢の中のお父さんは、クルクルのパーマをかけていた。
(パンチパーマじゃない、大きめの巻きのパーマ)

心の中で、お父さんクルクルパーマかけてる・・・って思った。


目覚めて、どういう意味か考えた。

父が認知症全盛期の頃、父に向かって母が「クルクルパー」って言ってたのを思い出した。

元々、愉快なことが好きな父。

それにかけて、「クルクルパーマ」をかけた姿で現われ、平成最後に笑いを取ろうとしたのか?

・・・と思った。


でも、何となく違うんだよね。

夢の中のお父さんは、「退院することになったんですけど・・」と言って、病院から出て行くことになってた。
(そう言いながら、まだ認知症だった)

「髪」=「神」/「パーマ」=「パーマネント」「permanent」=「永遠性」

『神の永遠性』

お父さんは認知症のまま「退院することになったんですけど・・」って言った。

認知症のお父さん、そのまま『神の永遠性』。


認知症であれ、病気であれ、何であれ、みんな『神の永遠性』を知っている。

だから退院することになったんだ。

「そのまま完璧」なんだ。


表面的にはどうであれ、みんな完璧に『神の永遠性』をすでに自覚している。

私たちの方が、それを自覚しないといけないのかもね。

実際、お父さんは「認知症を演じる役割」だと、私は思ってた。

そのお陰で、私も周囲もみんな、いろいろと導かれ学ぶことが出来た。


表面的には不完全に見えるどんな役割をしようとも、はじめから『神の永遠性』を全ての人が知っている。

そのまま、みんな『神の永遠性』=『完璧』なんだね。

きっと、それを夢の中で教えてくれたんだね。



お父さんが亡くなって七年目の夕日も、あの日のように綺麗でした。

でも、改めて読み返すと細かい所けっこう忘れてる。

だけど、当時の(鼻ツンになっちゃう)胸の痛みは、文章読んで思い出すとまだ消えないね・・。

愉快な認知症の父、死す。/父は死んじまっただあ~!③「その日の夕陽」


お父さんの話しの続き、全部書いたら鼻ツンも収まるかもね。

そのうち、きっと、きっと、そのうちに、ね!(笑)

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