上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

4月 スタート⑴

2019-03-12 09:18:31 | エッセイ
その日、私は新大阪駅の人ごみの中で立ち尽くしてしまった。
下の娘が幼稚園に入園したのを機に、またコピーライターの仕事に復帰しようと、
あれこれ模索し、新聞の求人でやっと見つけた会社を訪問する時のことである。

それまでも以前勤めていたデザイン事務所から頼まれた仕事を、
家事や子育ての傍ら少しずつこなしてはいたのだが、
その日は、フリーランスとして意気揚々と再スタートする晴れ晴れしい日だった。

たとえ数時間でもビジネス社会に復帰するのだと、
ファッションも家庭着から、ほんの少しでもオフィスレディ風にコーディネイトして颯爽と家を出た。

打ち合わせ用の手帳にペンケース、電車で読む文庫本も揃えて、準備万端。
会社のある新大阪に到着し、スーツ姿のビジネスマンが急ぎ足で行き交う空間にすまして降り立った瞬間、
そこで初めて気がついた。
引っ張り出せば、押し入れのどこかに入っていたはずの書類入れを用意することなく、
無意識に用意し、手にしていたのは巾着型の布製のバッグだったのである。

「私は何を持ってんの?」
「こんな巾着じゃあ、原稿もしわくちゃになってしまう」
「第一、これってオムツ入れやん!」

2人の娘の子育てを始めて7年。
どっぷり育児空間にはまり込んでしまっていた自分が見えた気がして、スタートから落ち込んでしまった。
人はどんな生活をしていても、アンテナの張り方次第でどうにでもなるものとイキガっていた私。
タガが緩んで、それなりの暮らしに慣れてしまうと、知らず知らずのうちに、その枠で落ち着いてしまうのだ。 
                                             (つづく)


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