上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

5月  深呼吸(2)

2019-04-18 14:38:02 | エッセイ
昔、深呼吸を2~3度せざるを得ない出来事があった。
 
短大時代のことだ。
入学時に母が決めた女子寮に嫌気がさし、2回生になったのを機に、ひと月5000円という格安の下宿先を見つけて引っ越した。
よく言えば「小さなお家」だが、古い農家の庭に建てられた簡素なプレハブハウス。
薄っぺらいドアを開けると、6畳の部屋の片隅に小さな炊事場があり、奥にくみ取り式トイレ付きという古い簡易住宅だった。

夏になれば、バターが完全に溶けるサウナのように暑さで、
『ブーフーウー』のワラの家のごとく、台風でも来ようものなら吹き飛ばされてしまいそうな部屋だった。
まだ周りに田んぼが残るその地域は、夜になると、たくましいカエルの大合唱が繰り返された。

大家さんは市役所勤めの40代くらいの女性で、子どもは小学生の男女2人というシングル家庭。
世話好きのよくしゃべるおばさんで、
私を「お姉ちゃん」と呼び、何かあるごとに母屋に呼んでは、お茶をごちそうしてくれた。

お風呂は原則、銭湯だったが、おばさんは気が向くと内風呂に入れてくれた。
とはいえ、年代物の五右衛門風呂で釜にふれると熱いうえ、板を踏んで入るスタイルで、
最初は汗を流すというより汗だくになる始末。
お向かいには、テレビドラマに出てきそうな噂好きのオバサンがいて、
「お姉ちゃん、女の一人暮らしに男の出入りは禁物やで」と、いらぬおせっかいも焼いてくれた。

洗濯は、炊事場で手洗いだったが、もの干し場は母屋の前にある大家さんのものを借りていた。
授業が始まるギリギリまで寝ていた私の洗濯時間は、いつも夜。だいたい2~3日分まとめて洗っていたが、
その日も一人のわびしい夕食の後、余り気乗りのしないまま洗濯をして、もの干し場に向かった。

午後9時ごろのことである。
きょうはなんだか様子が違うなと思いつつ、
それでも、何も考えずに洗濯物を干し始めたところで、妙なうめき声が聞こえてきた。
「ア・・・・・・・・・・・」
『えっ! 何の声? 』
『もしかして、あの時~の声? しかも、おばさんの・・・』
 
よく見ると、真夏だというのに母屋の雨戸はすべて閉められていた。
それでも、途切れることなく聞こえてくる。
「ア・・・・・・・・・・・」

『これって絶対、おばさんの声やん! 』
しかも、近所に響くくらいすごい声なのだ。
「ア・・・・・・・・・・・」
 
静寂のなかで続く声に、落ち着こうと、まずは深呼吸。
子どもたちはどうなってんの? と心配しながら、また深呼吸。
『そういえば最近、「お兄ちゃん」と呼ばれる同じ職場の若い男性が、よく来てご飯を食べてたな・・・・』
『あの兄ちゃん? 』
『お向かいのスピーカーおばさんにも聞こえてるよ』
あれこれいろいろなことを詮索しながら、私は冷静を装って洗濯物を干し終えた。

半年後、アルバイトの店に近く、知り合いも多い京都に引っ越したのだが、
おばさんとは縁があったらしい。
2年後、大阪のオフィス街を彼(現在の夫)と歩いている時、ばったりとおばさん家族と出会ったのだ。

家族は、なんと4人。一緒だったのは例の青年ではなく、子どもたちもしっかりなじんで、
年齢もおばさんより年上風の、いかつい顔のおやじさんだった。
「あっら、まあ、お姉ちゃん! 元気にやってるん? 」
「はい! その節はお世話になりました」

以前どおり屈託のない威勢のいい声で話かけてきたおばさん。
何の紹介もなかったが、元の旦那と因りが戻ったのだなと直感した。
気持ちがいいくらい見栄も、体裁も捨てた生き方。
清々しさとともに、たくましさをも感じずにはいられなかった。
 

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5月  深呼吸⑴

2019-04-03 11:21:39 | エッセイ
  
ヨガを始めて、もう30年になる。
30代半ばにホルモンのバランスを崩してしまい、治療のために飲んだホルモン剤の影響で、
急に増えた体重をどうにかしたいと通い始めたのがきっかけだった。

会場が家から歩いて10分ほどという足の便のよさもあったのだが、いい先生に出会えたことが大きかった。
最近ありがちなパワーヨガやホットヨガなどの流行を無視し、ヨガ本来の良さを関西風ユーモアを交え、
メリハリの利いた口調でポイントごとに分かりやすく教えられることで、
私のようななまった身体にもすんなりと入り込んだ。
帰りには身体はもちろん、心までリフレッシュされて、
「さあ、これからまた1週間頑張るぞ」という清々しい気持ちにさせてくれたのである。

このヨガの真骨頂が呼吸である。
息を吸って吐くという動作は生きている限り無意識にしているものだ。
しかし、意識してするとさらに気持ちがいい。
日常の呼吸では、肺の空気が5分の1程度しか入れ替わっていないのだが、
下腹を絞めるように静かに長く息を吐き、続いて胸や脇、おまけに背中まで、
いっぱいに空気を吸うような深い複式呼吸をすると、
肺の5分の4ほどの空気が入れ替わるそうで、不思議なくらい心が落ち着いていく。
体内の細胞にまでも酸素が十分に供給されるらしく、血行がよくなることで、
背骨の両脇を通る交感神経と副交感神経のバランスがよくなり、
気持ちがおだやかに、カラダも力が抜けて心もやわらかくなっていくのである。

呼吸のせいか、長年ヨガをやっていると、カリカリしたり、腹立たしく思うことも徐々に減っていく。
先生の口癖でもある。
これまで苦手で「あの人のここが嫌い! どこそこが気にいらん!」と思っていた人と出くわしても、
「あの人はどこかで大変な経験をしはったからああなんや」と、上手くかわすことができるようになれるんやと。
ご近所さんに何か嫌事を言われても、「蚊帳の外」と聞き流すことができるようになれるというのだ。

ボディワークの専門家にも、「深呼吸ひとつでも、堅くなったカラダをゆるめる立派な体操」と聞いたこともある。
自分のイライラから必要以上に子どもを叱って後で反省するよりも、まず深呼吸してみるのが得策のようだ。

子どもに限らず、家事を少しでも手伝わなきゃと気づきもしないパートナーに腹を立てる前に、
あるいは、狭い歩道で道を譲っても、さり気ない挨拶一つできないヤンママに呆れる前に、
スーパーのレジで少しでも前に進もうと胸までつけてオバチャンに、ムカムカする前に
「深呼吸」をしてみるのがいい。
深呼吸ひとつで家族も、社会も安泰。ゆとりが生まれる。
安上がりなストレス解消法である。
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