上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

8月 島めぐり

2019-08-14 17:33:05 | エッセイ

蝉の声を聞き始めると海の匂いが恋しくなる。
海水浴と美味しいものを求めて、これまでいくつの島をめぐったことだろう。

岡山県西部生まれの私は、幼い頃から夏になると両親に連れられ、
北木島や白石島、鞆の浦の仙酔島などに海水浴や魚釣りにと出かけた。

大阪で結婚して2人の娘が生まれてからも、淡路島や小豆島はもちろんのこと、鳥羽の答志島や瀬戸内の鹿久居島、
男鹿島、生口島等など、小さな島を訪れては穏やかな時間の流れと人の温かさ癒され、緩やかな海とその土地ならではの料理やお酒を堪能してきた。

「島の魅力は?」と、誰かに聞かれたら、
海外旅行に出かけた時のような高揚感はないものの、言葉では表せない「心からホッとできる、ふあっとした時間」と答えるかもしれない。

その原点となったのは、学生時代に3度も訪れた与論島だ。
当時は沖縄返還前で、ヨロンは日本最南端の島だった。

2つ年上の兄が友人と初めてヨロンを旅し、その土産話に魅了されたのが始まりだ。
「めちゃくちゃ暑い島やったで! 与論島という南の島。どこまでもエメラルドブルーの海と白い砂浜が広がっていて、
その砂は全て星の形。遠浅で何キロも先まで歩いて行けるし、カラフルな魚があちこちで泳いでる。
ちょっと潜ると、すごい色とりどりのサンゴ礁がブワーっと広がってな。夢みたいな島があるんや! 
ぼーっとしてたら、ヤケドするぐらい日焼けしてしまうで」と。

そこまで聞いたら、自分の目で確かめるしかない。
学生時代、リュックにキャンプ道具を詰め込んで、3度ヨロンへの旅に出た。
島にはまだ空港もなく、まったく観光化されていない自然のままの島の生活が満喫できた頃のことである。

バイトで得た2〜3万円のお金を手に、大阪駅から急行電車を乗り継ぎ、一昼夜かかって西鹿児島駅に到着。
西鹿児島から船(船底席)に2日揺られ、やっと島にたどり着くという一番安い手段を利用した。

最初の旅は女友だちと2人でわくわくしながら出発。途中からは同じヨロンを目指すという東京からの3人組と合流して5人旅に。
やっとたどり着いたのは夜のヨロンだったが、余りの嬉しさにみんなで、「きゃー、ヨロンに着いたぞ〜!」と
港付近の海に服を着たまま飛び込んだ。
他の人たちは知らないが、私は自分が足の届かないところでは泳げないことを飛び込んだ瞬間に思い出し、一人で慌てまくった記憶がある。

島はほんとうに美しかった。
どこまでも続く透き通った青い海。波は緩やかで、もしかしたら永遠に海の中を歩いていられるような遠浅だった。
手に取るとサラサラと流れ落ちる星の砂。夜になると満天の星に酔いしれた。
ただ暑い。暑すぎた。
小さな島には食べ物屋さんはほとんどなく、食品を売る店の棚にも目ぼしいものは何も並んでなかった。

ある時、友人との散歩の途中、ある民家の庭に迷い込んでしまった。
その家の縁側でうたた寝をしていたおじいさんと目が合い、「こんにちは」と挨拶すると、手招きをしてくれている。
「あんたら旅行者か?」と問われ、はいと頷くと「飯でも食って行け」と誘われた。

縁側にかけさせてもらいながら、おじいさんから出されたのは、茶碗に入ったお茶漬けらしきものだった。
「お茶漬けの素」の代わりだと思われる、「かっぱえびせん」がかかっていた。
「なるほど、海老のダシに、塩味もあり」と自己判断しながら、初めての味を味わった。
私たちの食べっぷりをじっと見ていたおじいさんとは会話もあまりできず、
「ごちそうさまでした。美味しかったです」と礼を言い、別れを告げた。
ただ、それだけの時間なのに、
質素でも人をもてなそうという島の生活が垣間見えて、ほっこりとした思い出をもらった。

ヨロンでは、不思議な食べ物エピソードが多々ある。
2回目のクラブの連中5人との旅は、運悪く台風にぶつかってしまい、西鹿児島で足止めを食らってしまった。
台風が来ると、船は2日も3日も欠航してしまうのだ。

時間だけはたっぷりあっても金銭的余裕のない我々は旅館代などなく、1泊100円という鹿児島大学学生寮での宿を紹介してもらった。
いわば全国から来た大学生たちとの雑魚寝だ。

思いがけない時間ができた我々は、鹿児島見物でもしようと近くの繁華街をブラブラ。
お金もないのに喫茶店に入った時のことである。
みんなは普通のコーヒーを注文したが、先輩の一人がなぜかウィンナーコーヒーをなどと気取ってしまった。
「はい、かしこまりました」と丁寧なマスター。

すぐにコーヒーは運ばれてきたが、ウインナーコーヒーは時間がかかった。
カウンターではマスターが下を向いたまま、懸命に何かしている。
業を煮やした先輩は大声で、「ウィンナーコーヒー、まだですか?」と聞いた。
「はい、ただいま!」
やっと来たウィンナーコーヒーをのぞいた先輩が「えっ!」と驚きの声。
思わずみんなでカップの中をのぞき込んでみると、「えっ!!」
 コーヒーの上にはホイップした生クリームなどなく、油炒めしたウインナーソーセージの細切れが浮かんでいた。
「話の種に」と先輩は、我々の熱い視線の中で、特製のウインナーコーヒーを顔をゆがめながら飲んだ。
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