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すてきな百人一首 8

2007年06月30日 | 百人一首
「忘らるる身をば思はず誓いてし
人の命の惜しくもあるかな」右近【出典:拾遺集】



訳:あなたに忘れられる悲しさは忘れます。ただ、
神に誓ったあなたの命が、
罰を受けて失われるのではないか、惜しまれてなりません。



(つづいてのニュースです。県の公共施設の発注に関する
談合の疑惑で 疑いをかけられている XX党の藤原兼昌議員の
証人喚問が明日午後 国会にて行われます。この問題について、
藤原議員は容疑を一貫して否認しておりましたが、
相次ぐ証人の出廷により 窮地に、、、)

リフレッシュするために有給を使って
鎌倉の海に来ていた スミレはホテルの部屋でTVを観ていた。
連日報道されているニュースに耳を塞ぎたくなって
TVを消した。

しかし、スミレの泊まっている狭いホテルの部屋は
TVを消しても 隣の部屋のTVの音が微かに聞こえてきて
求めていた 静寂を与えてはくれなかった。

あきらめてスミレは 再びTVをつけて
適当なバラエティー番組にチャンネルを合わせると
まともに画面を見ることもなく
ベッドに寝転がった。

スミレは昼間に出会った、是則という男の事を考えていた。
背も高いし、顔も悪くない、頭も良さそうだし
悪い所もなさそう、危険な香りの一切しない男。
こんな男を選べていたなら、人生もっと上手くいってるんだろうな。

そんなことを考えているときに
スミレの携帯が鳴った。
「もしもし」
「もしもし」
「何?」
「あ、兼昌だけど・・」
「知ってるよ」
「そうだよね。今、時間大丈夫?」
「平気」
「そっか、元気?」
「用件は何?」
「用件がないと電話しちゃいけないかな?」
「奥さん元気?」
「君も意地が悪いね。忙しくて妻とは数日会ってないよ。」
「そう。。」
「ふと、君の声が聞きたくなったんだ。突然ゴメン」
「なんで!」
「…」
「なんで、あhなことしたの?キャリアだけじゃ満足できなかったの?
議員になって、令嬢と結婚して、十分夢はかなったはずじゃないの。
私だって毎日あんなニュース見るの辛いんだから。
ざまあみろって思えたら どんなに楽か。。」
「ごめん」
「ばかだよ」
「俺も毎日そう思ってる」
「…」
「明日で、俺の議員人生も終わりだよ。政治家になろうと決めたときから
応援してくれた君にはどうしてもお礼を言っておきたくてね」
「反省しておいで」
「うん。わかってる」
「十分反省して、帰ってくる場所がなかったら電話して」
「こんな酷い男に ずいぶんと親切な事言ってくれるね」
「不幸な自分に酔ってるだけよ」
「ふふふ。ありがとう。久々に昔のような楽しい時間を過ごせた気になるよ」
「私は楽しくなんかないけど」
「やっぱり君は変わらないね。うれしいよ。落ち着いたら会いたいね」
「マスコミに追われなくなったら 会いましょう」
「ふふふ。ありがとう。じゃあ」
「じゃあね」


電話を切ったあと、言いようのない悲しみがスミレを襲った。
隣の部屋に聞えるのではないかという不安から
声を出さずにスミレは泣いた。


翌朝、浅い眠りから目覚めたスミレは
つけっぱなしになっていたTVの画面に目をやった。
芸能ニュースをやっていた画面がニュース速報により
切り替わった。
(談合疑惑で取り立たされていた、XX党の藤原兼昌議員が今朝
宿泊先のホテルで大量の睡眠薬を飲んで 意識不明の状態で
病院に搬送された模様です。安否については未だ不明です。)


すてきな百人一首 7

2006年11月09日 | 百人一首


「いま来むと いひしばかりに 
長月の ありあけの月を 待ちいでつるかな」素性法師【出典:古今集】



訳:すぐに行きますと 言った あなたの言葉を
信じて待っていましたが あなたは こないで、とうとう
明け方に出る 月を待つことに なってしまいました。



ひさびさの余暇を 昔住んでいた 鎌倉の町で
過ごしていた 是則は 偶然そこに
遊びにきていた スミレと 意気投合し
一日を過ごしたのであった。


「あ~。すっかり 暗くなっちゃいましたね。そろそろ
帰りましょうか?」
スミレの操縦するボートで 午後から
クルージングを 楽しんだ 二人であったが
18時を すぎて 暗くなりはじめた
空を眺めながら スミレは 是則に言った。

「あ、そうですね。 そろそろ。。。」
と一端は そう つぶやいた 是則であったが
是則の中で このまま 帰っていいものか?という
疑問が わいてきて このチャンスを生かさねばと
意を決して スミレを食事に誘うことにした。

「あの~。よかったらボートに乗せてくれたお礼に
夕飯でも ご馳走したいんですけど。。」
「えっ? 助けてくれたのは 是則さんじゃないですかぁ」
と スミレが 笑いながら言った。

「あ、そうでしたっけ? そうでしたね。」
是則も 笑った。
「 そういえば お腹 空きましたね。何か 食べて帰りましょう」
二人は食事をして 帰ることになった。

 是則は 小洒落た レストランと 味は 確かな小料理屋
どちらに するか 迷った。
是則は考えた末、スミレは 雰囲気よりも
味にこだわるタイプなのではないかと 思い 
小料理屋のほうへ 向かった。

是則の選択は間違ってなかった。
料理も気に入ってた 様子だったし、話も 盛り上がった。

別れ際、また会いたいと思った是則は
翌日も会えないかという話をスミレにしたのであった。

「あ、明日は 知り合いのお墓参りにいく用事が
あるので 夕方からなら大丈夫ですよ」
「そ、そうですか、。ならば 19時に あの浜で待ち合わせましょう」
「わかりました。あそこですね。19時なら 余裕で間に合います」

次のアポイントを取れた喜びに 思わず
にやけてしまうそうになる 是則であった。
「今日は ありがとう ございました」
「いえいえ、こちらこそ」

「では また明日」
「明日!」

「おやすみなさい」
「おやすみなさい」

民宿の密集する地域の 路地で
二人は 別れたのであった。

別れたあと 是則は
「あ、電話番号。。」
この文明の時代に 携帯の番号くらい聞いて
おくのだったと 激しく後悔する 是則だった。

しかし、約束したし 大丈夫だろうと。
宿に帰り 眠りにつくのであった。

翌朝、是則は スミレに会うまで
どうすごすか考えていた。
いくら自由とはいえ、明日か明後日には
帰らなくてはなぁと思っていたので
海に入るチャンスは 限られてきたので
このまま海にいくか、ふと髪が伸びていることに
気がついたので 前に行っていた床屋に行くか、
そうこう考えているうちに 空が曇り始めて 雨が降り出しそう
だった。

是則は「こりゃ、海はダメだなぁ」
とつぶやき、床屋に行こうと支度をし始めたのだが
今日は火曜日であることに 気づいて
再び 畳に寝転がった。

そうこうしている うちに うたたねをしてしまい。
時計を見ると17時近くなっていたので
もう おとなしく スミレに会うまでは何もせず
いることにした。

19時の5分前くらいに
約束の浜に 着いたので
そのまま 適当な岩に腰掛けて
スミレを待つ 是則だった。

是則の中で、もうスミレは 浜にいるのでは
ないかと ちょっと期待していたが
スミレはまだ来ていなかった。

こういうときの待ち時間は なんとも
どきどきして いいものだと
是則は 思った。

19時15分を すぎ、
19時20分になり まぁ30分くらいは
仕方ないかと 時計を何度も見る 是則であった。

30分をすぎたところで
きっと 20時と勘違いしてるんだと思い
さらに待ち続けた。

20時をすぎて もう1セット同じ思考で
待ってみたが 一向に
人が くるような気配はなかった。

「嗚呼、やっぱり 電話番号聞いておくんだった」
再び激しく 後悔した。

22時近くになった
一端は その場を離れようとしたが

19時と1時を利き間違えてるのかもしれない
なにか事故があって これないのかもしれない
さまざまな憶測が 是則の中で 飛び交って

結局その場を 離れることが できなくなってしまった。

「せめて 泊まってる 宿くらい
聞いておくんだった。。」
 
激しく後悔を 繰り替えす是則であった。

1時をすぎたあたりで
是則は 時計を見るのをやめた。

昼間の雨雲の余波で 雲が多く
月を隠してしまっていた。

灯台の明かりを ぼーっと眺めたりしていた
是則は また眠くなってきた。
「どんだけ 疲れてるんだよ」と
自分に突っ込みたくなる気持ちを声に出し

浜辺に 寝転んで 過ごした。


しばらくすると 地平線の彼方が
うっすらと あかるいブルーになってきた。

月を覆っていた雲も いつのまにか消えて
だんだんとオレンジがかってきた空に
月が出て とても 綺麗だと思った。

「おっ、朝になった~」
背伸びをしながら 是則は つぶやいた。

まさか 朝7時と勘違いしていたのでは。。
と思いたい気持ちを 抑えて

「さぁ。帰るぞ~。」
体に ついた 砂を 払いながら
是則は 浜を 出た。

地平線から のぼる 朝日を背に
こんな日も 無駄では ないんだなぁと
ちょっと 笑って 宿に帰る 是則であった。

宿に帰り ちょっと寝て
その日の 午後 是則は 鎌倉を後にしたのであった。







すてきな百人一首 6

2006年01月29日 | 百人一首
「わたの原 こぎいでて見れば ひさかたの
 雲居にまがふ 沖つ白波」 法性寺入道前関白太政大臣【出典:詞花集】

訳:広々とした海に 船を出して漕ぎ出して見渡すと はるかかなたに
雲と見違えるばかりに 白波が立っているよ」


農業の道に入って三度目の夏を迎えた是則は
岐阜に帰ってから、この夏初めて
以前住んでいた 鎌倉の海にやってきた。
軌道になるまでは これないと思っていたが
案外、農業のセンスのあった是則は早い段階で自分の仕事を
軌道に乗せてしまった。
少しは羽を伸ばしてきなさいという両親の言葉もあり
ひさびさに鎌倉の海でのんびりしようとやってきた。

以前住んでいた家の近くの民宿を一週間ほど借りて
なじみのサーフショップでウエアとボードをレンタルして
しばらくサーフィンを楽しんだ。

三日ほど経つと、農作業で土方焼けていた腕も全体が焼けてなじんだ。
是則はちょっと安心した。
四日ほど経つと、そろそろひとりで遊ぶのにも飽きてきた。
あわよくば夏の海での出会いをひそかに期待していた
是則であったが、シーズンちょっと前の鎌倉の海には
女性はおろか、男性すらもまばらだった。
「そろそろ 帰ろうかなぁ」
四日で十分リラックスできたし、実家のほうも気になるので
今日一日楽しんで明日帰ろうと決めた。

その日の午後は 空も青く、大きな白い雲がのぼり
さわやかな風が吹くよい天気で
是則は 海辺に寝転がって のんびりしていた。

ついつい、うとうととしてしまったのだが
誰かに呼ばれているような気がした。
「あの~すいません。。」
若い女性だった。
「はいっ。なんでしょう?」
是則は飛び起きて 答えた。
「あの~もしよければ 船のエンジンがかからなくって
手伝ってもらえないでしょうか?」と
若い女性は すぐ隣の船着き場の自分の船を指差しながら言った。
是則はイヤといえない性格であるのと、
ヒマだったのと女性のお願いというすべての条件がそろって
女性の頼みを聞くことにした。

「すいません。ほんとずうずうしくて・・」
女性は謙遜しながら言った。
「いいんですよ。ヒマなんで」
と二人で船のところまで歩いていった。
船は小型で ちょっと古い感じだった。

「エンジンのところがさびちゃってて
私のチカラでは どうにも動かせなくって。。」
「あ~これは だいぶ固まってますね。でもイケるかもしれません」
「ほんとうですか。すいません。お願いします」
農作業でだいぶチカラには自身がある是則だった。
2~3分格闘したあげく すぐにさびて固まっていたエンジンの
ハンドル部分を引き出すことができた。
「うわぁ。すごい!」
女性は喜んだ。
「取れましたね。よかった」
「ほんとうにありがとう ございます」
「いえいえ、お安い御用です。ではでは」
と是則はすぐにその場を立ち去ろうとした。

「あの、、よかったら乗ってみませんか?」
女性がそういって是則を引きとめた。
「えっ!!   いいんですか?」
是則は戸惑いながらも答えた。
「お礼になるか わかりませんが。。どうぞ」
「では お言葉に甘えて・・」

二人はエンジンのかかった船をスタートさせて海に漕ぎ出した。
女性は小型船舶を取ったばかりで
貴重な三日間の休みを利用して鎌倉にやってきたらしい。
目的はもちろん船にのることらしい。

「大丈夫ですか?酔ってませんか?」
女性は心配そうに是則に尋ねた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。気持ちイイです」
「そうですか 海はいいですよね。あっそういえば
お名前聞いてなかったですね。私は三條スミレっていいます。歳は28です」
「えっ?28?僕と同じだ。てっきりもっと下かと思いましたよ」
「私も そう思いました。。」
「僕って老けてますよね・・」
「老けてるっていうか、でもこのまま40くらいまでかわらなそうですよね?」
「そっか、ならいいか。まぁ。。。そうそう、僕は源 是則です。」
「是則さんか、なんか江戸っぽい感じの名前ですね」
「江戸っていうか鎌倉時代とか よく言われます。でもスミレさんも
なかなか古風な名前ですよね。」

その後も 海好き、同い年などの条件も重なり
会話の弾んだ二人であった。

「ほんと海って いいですよね。私長野で生まれ育ったから
海が身近になくって 中学生のときに はじめてみた海に
あまりにも感動して 船舶とって 海のずっと遠くまで行ってみたいって
そのとき思ったんですよね」
「へぇ。その夢をかなえたんですね」
「そうなんです。二回も落ちちゃいましたけど 
やっと取れました。ついでに休みも
取れたので すごい勢いで来ちゃいました。」
「じゃぁ、存分に楽しまなきゃですね」
「はい」
スミレは爽やかな笑顔を見せた。


「是則さん ちょっと見てください!」
スミレは船の前方を指指した。
「えっ どこですか?」
「前のほうに見える 波が 雲に見えませんか?」

「あっ 本当だ。 雲か波か わからないですね」
「綺麗だわ。まるで 雲の中に向かって行ってるみたい」


是則は明日帰ろうという、午前中のプランを取りやめにして
もうしばらくこの海に滞在しようと、沈む夕日を眺めながら考えていた。









すてきな百人一首 5

2006年01月24日 | 百人一首
「久方の光のとげき春の日に
しづ心なく花の散るらむ 」紀友則 【出典:古今集】

訳:日の光がのどかに差す春の日に なぜ 落ち着いた心もなく
桜の花はあわただしく散っていって しまうのか


「えっ?卒業式出られないの?」
卒業を間近に控えた 中学三年生のスミレは親友である
マチコに言った。
「どうしてもはずせない仕事が入ってしまったの。でも入学式は絶対、絶対
出るから」
マチコは悲しそうに言った。
「そう、私は別にいいんだけど。マチコはいいの?」
「う、うん。いいとは思ってないよ。でも自分で選んだ事だから。。」

マチコは視聴者参加オーディション番組でグランプリを取って
優勝してデビューした人気沸騰中のアイドルだった。
この一年でCM、ドラマなど 出演が増えてしまって
夏休み以降は 学校のほうも 疎かになってしまうほどだった。
幸いにも 中高一貫だったので 受験問題は回避できた。
マチコ自身も こんなに忙しいとは予想していなかったので
一度所属する事務所に相談したが
最初の一年だけは我慢して欲しいといわれた。
高校に入ったら 少しずつセーブして行くからと
説得されてしまった。 まあ、自分が応募して 自分で努力して
この道を選んだわけで 納得してゆかないといけないとマチコは思った。

「なら、いいけど。じゃあ、卒業証書 届けてあげるね。」
スミレは笑った。マチコにとって スミレは なくてはならない
友人の一人であった。
「ありがとう。」

 卒業式当日は、4月からはじまるマチコの出演するドラマのロケが
入っていた。マチコは病気で3話で死んでしまう役だったので
このドラマの撮影が終われば、一区切りついて
あとは高校入学に備えるだけであった。
 しかし、脚本が大きく変わり マチコの出るシーンは
大幅に増やされた。 マチコのクランクアップは4月中旬になってしまった。

「えっ、入学式も出られないの?」
「そうなの。ごめん」
「べつに私はいいって 言ってるじゃん。マチコの問題なんだし」
「だよね。でもこのドラマが終わったら 高校生活を
優先していくつもりだから」
「そういってるけど、いつもマチコの要望 裏切られてるじゃん。入学初日から
いないと、とたんにクラスになじめなくなるよ」
強めの口調でスミレが言ったので マチコはハッとした。
「そう、だよね」
「まあ、うちは一貫だから、ほとんど外部の生徒入ってこないし
知ってる人ばっかりだから 大丈夫だけど」
「そっか」
「そっかじゃなくて 優先順位をちゃんとつけて行くべきだと思う。」
スミレの言ってることは もっともだった。
今、まるっきり学校を疎かにして、最近は家族の会話もしてないし
このままでは大事なスミレも。。。そう考えるとマチコは
急に怖くなった。マチコはこれからは自分の気持ちは
ハッキリ言おうと強く誓った。

 無事にドラマの撮影を終えたマチコは今後しばらくは
単発の仕事が何本かあるだけの状態になった。
「やっと 高校生はじめられる」
明日から学校に行く予定である。
午前中いっぱいで撮影を終えて家の前まで 車で送ってもらった
マチコであったが、いつもは気持ちも時間も余裕がなくてすぐ家に入って
しまうのであったが、今日は日差しがあったかくて
気持ちよかったので 外にいたいような気分になった。

「あれっ。もう散っちゃったかぁ」
ふと見るとお向かいの家の 大きな桜の木は もう ほとんど散ってしまって
今、南風に吹かれて 最後のひと花をも散ろうとしていた。
マチコは芸能人という仕事が、四季の感覚がわからないほどに、
自分を見失うほどやりたかった事なのか悩んだ。
この先マチコは思春期の葛藤とまた違う葛藤と付き合ってゆくことに
なりそうだった。
「はぁっ」
とため息をついたマチコの目の前に桜の花びらが
ひらひらと舞い落ちていった。





すてきな百人一首 4

2006年01月22日 | 百人一首
「これやこの行くも帰るも別れては
知るも知らぬも逢坂の関 」蝉丸 【出典:後撰集】

訳:これが、あの東国へ下る人も都へ上がる人も 
知り合い同士もそうでない人も
皆が ここで 行き交う逢坂の関だよ


「どうか したの大江さん 失恋でもしたの?」
OL生活7年目のマチコは 近頃元気のないチサトに声をかけた。
「あ、先輩。なんか鬱気味なんですよ。何ってわけじゃないんだけど
これから、こうして生きていくのかなと思うとどうも
やる気がでなくて、、」

「何言ってるのよ。まだ若い貴方がそんなんで未来のない
私はどうしろっていうのよ」
「私より、先輩のほうが 数倍キレイだし 羨ましいですよ」
「いいかげんにしてよね。まったく。
ここまでキてるのなら気分転換が必要ね。明日休み
もらって出かけない?明日休めば土曜だしそのまま休めるでしょ」
マチコは思いついたように チサトを誘った。
「えっ?明日ですか?二人で休んで平気ですかね?」
「明日 休むために 今日仕事を終わらせるのよ」
「終わりますかね。。でも せっかく先輩が誘ってくれたので
頑張って終わらせます。なんだかヤル気が出てきました。」


翌日 二人は 東京駅で待ち合わせて
京都へと向かった。
京都だが、滋賀にほど近い山がマチコの行きつけだった。
なだらかな山で ロープウエーも通っているので
山に登ったことがないといっていたチサトでも大丈夫だろうと
思いつれてきた。
マチコも昔 思い悩んでいたときに
昔の恋人につれてきてもらった 思い出の地でもあったのであった。
「ねえ、大江さん 山のぼりしたことないって言ってたけど
貴方どこの出身?都会っ子なの?でも 都会でも学校で山くらい
上るわよね」

「あ、出身は滋賀県です。滋賀とと岐阜の境にあるふもとの山で
育ったんですよ。ばりばりの山育ちなんですけど。小児ぜんそくがあって
山のぼりできなかったんですよ」
「滋賀と岐阜の県境。。。」
マチコはなんだか考えているようだった。
「先輩、先輩! どうしたんですか?」
急に黙った マチコを心配して チサトは声をかけた。

「ううん。なんでもない。 ぜんそく?承諾もなしに連れてきちゃったけど
山登って大丈夫?」
「今はなんともないんですよ。逆に 登山してみたかったんんで、。」
「そう 辛かったら言ってね。 とはいっても ほんとになだらかで
楽な道だから 大丈夫だと思うけど」

登山口に入り、少し歩くと すでに下山してきた
老夫婦に出会った。
「こんにちは~。いい天気ですね」
夫のほうが 二人に声をかけた。
「そうですね」マチコは答えた。

するとその後から また50代くらいの女性二人組みとすれ違い
また 一言交わし 挨拶をした。
「先輩、知り合いなんですか?」
「ううん。違うよ。でも山で出会う人とは不思議と
挨拶をするような暗黙があるのよね」
「そうなんですか。私もチャレンジしてみようっと」

その後は もともと人見知りしない 社交的な
チサトの得意分野のように
来る人来る人に 挨拶をして 話をしていた。
時には話が盛り上がって ずいぶん時間が経っていたり
メールアドレスを交換するような 出会いもあった。
「どう 疲れてない?」
チサトを心配して 声をかけたマチコであったが
チサトは オフィスでの暗い表情が嘘みたいに晴れて
生き生きとしていた。
「いやー先輩。登山ていいですね。この開放間がいいですよね。
同じ山に登るていうか、登ったっていう
同じ目標を持った人同士、盛り上がるみたいな。」

「そう、よかった。もう少しで 山頂だから がんばろう」
「はいっ」

山頂に着くと 真っ青な青空が広がり
澄み切った空気の中で 真の清清しさを感じる二人がいた。

「先輩、自然ってすばらしいですね。何でもないのに涙がでてきました」
本当に涙を流しながらチサトは言った。
「すばらしい。前に来たときと少しも変わっていないわ。この空、この景色」
「先輩、私が悩んでた 事って なんなんだろう?って思えてきました」
「そう。それは何よりだわ。毎月毎月、高層ビルが出来て、淀みきった空気を
吸って、見えない星を眺めている私たちには
ある意味ショッキングな景色よね。」
「そうですね。先輩。つれてきてくれてありがとうございます」
「また 来るといいわ」
「はい そうします」


下山した二人は そのまま
どこにも寄らず 京都市内のホテルへと戻った。
疲れていたので夜22時には すでに床の中であった。
「大江さん、明日は 早く起きて大阪に出てさ、山の上の関所の跡を見に
行こうと思うんだけどどうかな?」
「せ、先輩 タフですね。いくらなんでも2デイズで登山は無理ですよ。」
「そう。残念。」
「そんなに残念な顔しないでくださいよ。すごい悪いことしたみたいな
気分になるじゃないですか。」
眠いながらも 声を張って チサトは答えた。
「あははは~」
マチコは笑った。
つられてチサトも笑った。
「じゃあ、明日は山村ミサ記念館でもいきますか」
マチコの提案に
「そんな記念館ありましたっけ?」
「京都だし あるんじゃないのかな?」
「先輩って けっこう無計画ですね」
「よくいわれる」

「西村キョウタロウ記念館でもいいけど」
「それ湯河原にあるらしいですよ。私ファンなので唯一知ってますけど」
「そっか。じゃあ、明日は適当に。。」
「いいんですか?そんなんで」
「問題ないでしょ? たまにはね」
と言ってマチコが笑うとチサトも笑った。

ひさびさにチサトに深い眠りが訪れるのであった。

すてきな百人一首 3

2006年01月21日 | 百人一首
「君がため 春の野に出でて若菜つむ 
わが衣手に雪は降りつつ  」光孝天皇 【出典:古今集】

訳:あなたにさしあげようと思って、まだ早春の野原で
若菜を摘んでいる私の袖には、しきりに雪が降りかかりますよ




農業の道に入って初めてのお正月を迎えた是則は
今年初めて畑に出て作業をしていた。

「何 作ってらっしゃるんですか?」
是則に話しかける、こんな田舎に場違いのような美しい女。

「あ、あの 普段は米一本なんですけど、今日は七草粥にしようと思って

草を摘んでました」戸惑いながら是則は答えた。

「へぇ。七草粥か。聞いたことあるけど食べたことないんですよ」

「なかなか七つ揃えるのも大変ですからね。私も今回初めて 作ってみたので

ちゃんとした七草粥を食べるのは はじめてなんですよね。失礼ですけど

どちらの方ですか?東京の方?」

是則は美しい女に尋ねた。

「あ、申し遅れました。そこが私の実家なんです。」

女は畑のすぐ上にある民家を指差しながら答えた。

「えっ?大江さん家の娘さん?」

「はいそうです。イズミです。」

「あ~なるほどね。こんな山奥に観光客なんて来るわけないし、

大江さんとこの娘さんか~。まさかこんなに若い娘さんだったとは

こっちには、どのくらい居るの?」

是則は自分の口調がことごとく親父くさくなっていることに

絶望しながらも質問した。

「あ、おはずかしながら
出戻りなんですよ。離婚しちゃって。当分はこっちで過ごします。」

「あ、あ。そうですか。。 よかったら七草あげましょうか?
どうせたくさんあることだし」

「いいんですか?うれしい。はじめて。。あ、いけない娘を迎えに行く
途中だった!」
あせりながらイズミは 立ち上がって歩き出そうとしていた。
「じゃあ、後で届けますよ。」
すかさず是則は伝えた。
「ありがとうございます。また後で寄ります~」
イズミは小走りで 農道を駆けて行った。

しばらく是則はイズミのことを考えていた。
とても美しい女性だった。
バツイチとはいえ、まだ若い感じがする。
そんなコトを考えているうちに
すっかり時間が経ってしまった。

そろそろイズミが帰ってくる時間だと勝手に思ったので
急いで七草を摘み始めた。
七つ目の蘿蔔の葉を摘み終わった所で
ちょうどイズミが娘を連れて帰ってきた。
是則はすいぶん遠くにいる所から二人の姿が目に入ったが
気づかないフリをして
向こうから話かけられるのを待ってしまった。
「さっきはすいませんでした~」
「あ~どうもどうも。バス間に合いましたか?」
「ええ、無事に」イズミはつないだ娘との手を引き上げるようにして
娘を自分の前に立たせた。
「娘さんですね。こんにちは」
「コンニチワ。チサトデス」
はずかしそうにチサトは答えた。
「いい名前だね」
「うん」そういうとチサトはイズミの背後に
甘えるように隠れた。

「あ、ちょうど七草、届けようと思ってたんですよ」
「うわぁ。初めてみました。これなんていう葉なんですか?」
「これが、芹、これがナズナ、御形、繁縷、仏座、スズナに蘿蔔です」
「難しい名前ばっかりですね。どうやって食べればいいんですか?
ごめんなさい私ぜんぜん知らなくて」
「あ、お粥を炊いて 刻んだ七草を後からいれて 塩で味を調節すれば
いいだけです。簡単ですよ」
「あ、そうなんですか。それなら私でもできそうです。」
うれしそうにイズミは是則から 七草を受け取った。

そのとき
「パパ~」
チサトの声が聞こえた。
「兼輔さん!!」イズミがつぶやいた。
「チサト、イズミ オレが悪かった。どうか戻ってきてくれないか」

こんな山奥での とっさの不思議な出来事に
是則はびっくりしてしまったが、目の前で復縁をせまるのが
イズミの夫だという事がわかった。

その後も話し合いをしていたが、見ているのは悪いので
是則は 農作業に戻った。
30分くらい経ってもまだ話会いをしているようだった。
帰ろうかとも思ったが、万が一逆上した夫がイズミさんに何か
するのではないかと心配もあったので、その場を離れずらくなった。
またしばらくして イズミのほうを見ると
仲直りしたのか、イズミは夫と抱き合っていた。

「ばからしい」
是則は思わず つぶやいて その場から立ち去ることにした。
「いっけね。自分家の七草摘んでなかった」
是則は乱暴に七草を摘み始めた。
畑の隅を利用して 育てていたので
七草の半分は まだ雪に覆われていた。

さっきイズミにあげたものは とても丁寧に摘んだが
もう面倒くさくなって 雪の中に手を突っ込み
感覚でちぎった。

全部摘み終わった頃に
雪がパラっと舞い始めた。
「さあ~帰ろ」やけに大きい声でつぶやいて是則は畑を後にした。

その夜、是則が作った 七草粥は とてもしょっぱいものであった。


すてきな百人一首 2

2006年01月17日 | 百人一首
②秋の田のかりほの庵のとまをあらみ
わがころもでは露にぬれつつ (天智天皇)【出典・後撰集】

現代訳/秋の田のほとりに建てられた仮小屋は、屋根の苫の網目が粗いので
そこにこもって稲の番をしている私の袖も夜露でぬれてしまっているよ。


 滋賀県と岐阜県の境にあるふもとの山で
農家を営む、是則は農業の道についてまだ半年経っていない。
去年までは鎌倉にあるスポーツメーカーのマーケティング室に勤務していた。
海が好きで、海の近くで仕事をしたいと勤め始めたのが
3年前。実家は有名な米農家であった。
ゆくゆくは家業を継がなくてはならないという思いも
是則の中にあったし、覚悟はしていたが
まさかこんな早いタイミングで戻されるとは考えてもいなかった。

父親が腰を悪くしてしまい
母親と祖父母だけで営んでいかなくては
ならなくなったからである。
是則の中に もうちょっとサラリーマンと東京を楽しんでという
計画もあったが そうも言っていられない状況であった。

なんとか夏を乗り切って この秋が是則にとって
初の収穫となった。
今日の朝 初めての稲刈りを終えた後、
ほっとした是則は畑の脇に建てられた
小さい小屋で 一休みしていた。
以前はただの農具置き場になっていたが、
是則は休憩ができるように
テーブルや電気をいれて改良していた。

 少し休んで 自宅に戻ろうと思っていたのに
疲れていたせいか うとうと寝てしまった。
気づくと夜中の3時であった。
携帯電話にも 着信がたくさん残っている。
心配した母からだろう。
「こんな時間だけど 戻らなきゃな」
そうつぶやきながら是則は起き上がった。
「あっ」
起き上がってみると是則の右側の腕が
濡れて冷たくなっているのに気づいた。

ふと上を見ると ゆっくりなペースであったが
屋根の隙間からぽたっと水滴が落ちて光った。

「夜露、、かな」
小屋を出て 家路へと急ぎながら
是則はつぶやいた
「農業って大変だなぁ」
しかし都会では考えられないような、無数に煌く
満天の星空が目に入ると この運命を受け入れたかのような
是則の姿がそこにあった。













すてきな百人一首 1

2006年01月16日 | 百人一首
百人一首にはまって、ふと図書館で解説書を借りて読んだところ
すてきな句があることあること。
はるか昔につくられたものなのに 今でも共感できる。
昔も今も 葛藤は同じ。そんなすばらしい百人一首の句を
気まぐれに紹介したいと思う。


①花の色は移りにけりないたづらに
わが身世にふるながめせし間に(小野小町)【出典・古今集】

現代誤訳/美しかった桜の花も、長雨の降っている間にすっかり色褪せた。
私も恋の悩みや物思いにふけっている間に、すっかり美貌が衰えてしまったよ。



「あ、電車に傘忘れた…」都内の中小企業で働くOLのマチコは
駅を出て、降り続く雨を見上げながらつぶやいた。
しかたなく、会社までの道をバッグを頭にのせて
雨をよけながら走ってゆくのであった。

「おはようございます先輩。どうしたんですか?びしょぬれじゃないですか?」
去年中途で入社してきたチサトは社内でもトップクラスの美人である。
「うん、ちょっと、傘忘れちゃって…」
「こんな雨なのに?ですか? 私置き傘あるんで
帰りもまだ振ってたら声かけてくださいね」
「あ、ありがと。私、パウダールーム行くから、お茶お願いしていい?」
「はい。まかせてください」
こんな湿度の高い、じめじめしたオフィスの中でも
涼しげで美しい表情でチサトは答えた。

 パウダールームの鏡の前で、マチコは濡れていても
艶のない髪、目の下のクマ、5年前のオアフでの日焼けによるシミ
目を背けたい現実を目の当たりにしてしまった。
数分まえのチサトの美しい顔がまだ鮮明に残っているので
それは数倍にも感じた。
 
 今日の業務もほぼ終わり、あとは退社時間を待つのみの
午後17時30分。雨は上がった。
マチコが窓の外を眺めているのに気づいたチサトが
「先輩、雨あがってよかったですね。でもこのところの雨で
桜が散っちゃって。。今年はお花見できませんでしたね」
「えっ、あ、そうね」
マチコは目の前にある桜の木など目に入ってなく
思い出すと、さっきは満開だった気さえするほどに
今年は桜を楽しむ余裕がなかった。

ふと、チサトに目をやると上司に呼ばれて
飲みの誘いをうけている。
断り方だって、爽やかで嫌味がない。
7年前は私だったのに。。
嗚呼 雨の数だけ私の美しさも衰えてゆくのね。