冬桃ブログ

「できないこと」が増えていく。

 もう何年も前から日本蕎麦が食べられない。
 自分がそういう体になっていることに
気づかなかった頃もある。
 食事の後、体がどんよりと重くなり、
歩くことも難儀になる。一人で外食をすることは
ほとんどないので、いつも誰かが一緒だった。
 当然、体調の急変で同行者に迷惑をかける。
 どうやら蕎麦に原因があるらしい、ということに
気づいてからは、「なにか食べられないものは?」
 と相手が訊いてくれた場合「日本蕎麦と牡蠣」と答えている。
 牡蠣はもっと昔に生牡蠣で酷い目にあって以来、
火を通したものも食べなくなった。

 蕎麦が食べられないから生活に支障をきたす、
ということはないのだが、寂しかったたり辛かったり
ということはある。

 長野へ何人かの方達と行ったことがある。
 長野と言えば蕎麦、というわけで、お昼は
当然、蕎麦の名店ということになっていた。
 皆さんが蕎麦を前に顔をほころばせる中、


 私だけ、店にお願いして、うどんを。


 「茹でるのに、蕎麦と同じ鍋を使ってるんです。
きれいに洗ったつもりですが……」
 と、店の人は不安そうだった。
 実際、同じ鍋を使っただけでアレルギーが出て
たいへんなことになった例もあるそうだ。
 旅先で病院に担ぎ込まれるのは辛いが、まあ、
周囲に店もなくて、私だけ他所で、ということもできない。
 どうとでもなれ、と出していただいたうどんを食べた。
 ありがたいことに無事だった。
 しかし周囲の人が「ここへ来て蕎麦を食べないなんて!」
「うまいねえ、ここでうどんなんか食べる人の気がしれないよ」
 などと、わざわざ大きな声で言うのが辛かった。
 旅の高揚感から、冗談のつもりでちゃかしているのだろうが、
こっちは食べたくても食べられない体である。
 しかもこの店のメニューにはない「うどん」を、
前もってお願いし、出して貰った、という
うしろめたさや申し訳なさが私にはある。
 皆さんの楽しげなさんざめきの中、うつわを隠すように抱き、
どうか何事もおきませんようにと祈りながら食べた。
 

 さらに惨めだったのは、やはり何年か前、
5,6人で横浜中心地の和食屋へ行った時のこと。
 座の中心になっていた方がご贔屓の店で、
予約もその方がみずからなさった。
 他の人達も私も、和食屋としか聞かされていなかった。
 じつは蕎麦しかない、ということを知ったのは
全員が席に着いてから。
 主催者はご贔屓の店なんだからご存知だっただろうが
他のみんなは「ほんとに蕎麦だけ」なのを知らなかった。
 もちろん私も。
 「いや、たいてい豆腐くらいはあるものですよ」
 と誰かが言い、店の人に尋ねてくれた。
 が、豆腐はない。白い御飯と漬物もない。
 で、皆さんは全員、蕎麦とお酒を注文されたが
私は見事に食べられるものがない。
 気を遣わなければならない主催者だったので、
お茶しかない私の前で、皆さんはかまわず、蕎麦で
いっぱいやりながら談笑してらした。
 それならそれで「蕎麦だけの店だから」と
言っておいてくれたらよかったのに、と腹をたて
よほど「見てるだけは辛いので帰ります」と席を立ちたかったが
座の雰囲気を悪くするのもいけないと、我慢して
最後まで、ひとり、お茶をすすっていた。
 いじめにあってるようで、惨めこの上なかった。

 しかし自分がそういう体になるまでは、
食べ物アレルギーのある人に対して、私も無神経
だったかもしれない。
 あら、そうなの? くらいで、あとは無視して、
自分が食事を楽しむことしか考えていなかったと思う。
 
 食べ物のことではないが、私は中年になってから
ひどいドライアイになり、乾燥が辛くなった。
 ある冬、友人達と某ペンションの居間で
暖炉の火を囲んだのだが、たちまち目が痛くて
開けていられなくなった。
 けれどもなかなか会えない友人数人との貴重なひととき。
 しかも山の中だから、この居間を出て、ひとり、部屋に
引っ込んでいるのは辛い。
 他の人に気づかれないよう、時々うつむいて目を閉じながらも
会話に加わっていたが、あの辛さも半端ではなかった。

 こうした「できないこと」は、歳を重ねるに従って増えていく。
 畳に座れなくなった。座椅子をだされても駄目。
 カレーとか麻婆豆腐のようなスパイシーなものは
おいしそうだなと思っても胃が受け付けない。
 そもそも、上品な和食懐石料理コースでさえ、メインまで
いかないうちにお腹が苦しくなる。
 でも、なんだかんだ「できないこと」を言うと
座をしらけさせる。面倒がられる。
 だから年々、引っ込み思案になっていく。
 人恋しいけど、気を遣ったり遣わせたりしない分、引き籠もりが楽。
 コロナ禍が終息しても、生きてる限り「できないこと」は増えていく。
 引け目ゆえの引き籠もりはも、じわじわと加速していく。

 
 

 

コメント一覧

yokohamaneko
酔華さん
 たしか酔華さんの守備範囲に入ってる場所に
その店はあったと思いますよ。
 「旨い酒は美味い蕎麦だけで味わうもんだ」
という粋人限定の店だったのでしょうねえ。
 蕎麦アレルギーでなくても、私なんぞが
おいそれと行ける店ではなかったのかも。
 
yokohamaneko
ちゃめごんさん
 ソロ活、私も思うのですよ。
 でも歳を重ねるに従って短気になり
昔ならぐっと我慢したであろう文句が
口からほとばしります。
 なんかもう、ソロ活するつもりなんか
なくても、見回せば「ソロ」になっちゃってる
ような気も……。
酔華
蕎麦と酒しかない店って、すごいですね。
これを和食屋と言っちゃうのもひどい。

私もできないことが増えてきました。
足がちゃんと上がらなくなって転んだり…
この3年で6回転びました。
ちゃめごん
先生、とってもお辛い思いをさ
れましたね。
もっと気をつかえ!>主催者
蕎麦しかないなら一走りいってお結びでも買ってきて出せ > 店 
 
「気をつかいすぎず、はっきり伝えよう」とか、「できることの方に目を向けよう」とか模範回答ならそうなのでしょうが、それができれば苦労はしないですね。
私はもう、できれば嫌な人とは付き合わない。「ソロ活」を始める…で
人付き合いを乗り切ろうと思います。
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