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たいほう2

いろいろな案内の場

非線形な世界 その9 -サルタンの娘―

2025-05-24 18:34:21 | ものがたり
サルタンさんの運転する車はグラナダ大学の門に着いた。グラナダ大学の学生、勤務する研究者、講師、事務担当などを含めると約7万人と言われている。グラナダの人口約24万人のうち実に約3割が大学関係者ということになる。この大学はお金を持っていれば入るのはそれほど難しくないが、卒業するのは10人に一人という。日本とはかなり違う教育システムである。
大学の門を過ぎるとすぐに建屋があり、その前に車を止め降りた。建屋の中に入るとまず手荷物検査を受けた。次に警備員が待ち構えており、私はサルタンさんの後ろについていった。警備員はスペイン語でサルタンさんに何か話しかけた。二人は私を見ながら何回かやり取りをした。OKが出たのであろう、次にパスポートを要求された。少し心配ではあったが、パスポートを警備員に渡した。するとその代わりにバッヂを渡された。
再び車に乗り構内を走る。建物はほとんどがイスラム様式であり、歴史を感じさせる。構内はかなり広く道路がいりくんでいる。サルタンさんは勝手が分かっているのか、全く迷わずに一つの建物の前に止まった。入口には「Departamento de Estudios Ambientales」とある。スペイン語で環境学科だそうだ。車を降り、サルタンさんと中へ入る。
中には広間があった。広間の壁一面に細かい左右対称の幾何学模様が刻み込まれている。アラベスク様式だ。広間から階段で2階に上り、廊下をしばらく歩く。いくつもの部屋の前を通り過ぎ、右に曲がりまたいくつもの部屋の前を通り過ぎる。そしてサルタンさんは部屋の前に立ち止まりドアをノックする。ギ―という音を出してドアが開く。中から若い頭巾を羽織った女性が顔を出した。サルタンさんはなんとその女性に抱き着いた。
抱擁の時間はほんの数秒だっただろうが、すごく長く感じた。長い抱擁はサウジアラビアではNGのはず。サルタンさんは気がふれたのか、と私は思った。
抱擁が終るとサルタンさんは私を見て言った。
「驚いた顔をしてるね、彼女は私の娘だよ」

サルタンさんの娘。

 サルタンさんの娘は、グラナダ大学の博士課程で勉強しているとのこと。現在博士論文を書いているのだそうである。サルタンさんはニコニコしながら言う。
「娘の博士論文作りを助けたいんだ。協力してやってくれないか」
あれ、この娘、昔の父親とそっくりの状況だ。協力と言われても何のことか。尻込みしているとサルタンさんはまくしたてる。
「スペインの灌漑がテーマなので、良いデータを探してくれないか」
ちょっと待て、スペインの事情を全く分からない私にデータを探せだと。
「申し訳ないけど、何が何やら全く分からない。少し説明をお願いするよ」
「イエス、ではコーヒーでも飲みながら作戦会議をやろう」
あれ、スペインの水管理の仕事とはこのことだったのか。サルタンさんの罠にはまってしまった。逃げるに逃げられない。

(つづく)