たいほう2

いろいろな案内の場

非線形な世界 その4-サウジアラビアのドライブ―

2022-09-20 18:11:41 | ものがたり
 ダンマームで一泊するので、荷物をまとめ、ホテルをチェックアウトした。荷物を車の後ろに乗せようとしたら、大量のペットボトルがあった。これから砂漠の中を数時間かけて横切るための準備だと分かった。ホテルに向かう途中、サルタンさんは道路で清掃の仕事をしている人を呼び止め、いつものようにテイクアウトした朝食の残りを渡した。乞食に飯を与えたと勘違いしてしまうかもしれない。しかし清掃の人は乞食ではない。つまりこれはイスラムの教えに従った施し(サガタ)なのである。
 ダンマームはペルシャ湾沿いの町である。鉄道が無いので車移動である。リヤドからダンマームへの道はほぼ直線、砂漠の中を400km突っ走る。
リヤドを出てすぐにドライブスルーのコーヒーショップに立ち寄った。何がほしいか聞くのでコーヒーを頼んだ。そしてコーヒーの味を訊く。まあまあだね、というと、また別のドライブスルーに立ち寄り、コーヒーを買う。また私に味を訊く。正直、味は変わらない。しかしそれを言うとエンドレスになりそうなので、こちらの方が美味しいと言った。サルタンさんは満足そうに車を走らせた。
 途中ドライブスルーは何か所もあった。車社会であることと相まって、外は暑く砂っぽいので、車の中で飲食をすることが習慣になったのだろう。
 砂漠の道路は片側3車線、分離帯は広く、金網で仕切られている。周りは茶褐色の砂漠である。道はほぼ真っすぐ。車はそれほど多くない。サルタンさんは昨晩あまり寝ていないはずで、長距離ドライブは大丈夫かと心配になるが、かなりのスピードで飛ばす。メータを見ると、140キロぐらいである。ここで死ぬかもしれないと覚悟を決め、手にもっていたペットボトルの水を飲んだ。
 ところがである、この車を追い越していく車がある。運転席を見ると黒頭巾を被った女性である。サウジアラビアは女性の自動車運転が禁じられている世界で唯一の国であった。ところが2017年に運転が解禁されることになった。あの女性ドライバーは初心者のスピード狂なのだろう、近づかない方がよさそうだ。しかしサルタンさんは嬉しそうにその車を追走する。
 すると突然ブレーキを踏む。私は前のめりになった。速度取り締まり装置があったのだ。サルタンさんはこの道を何度も往復し、熟知しているのだと悟った。
 ダンマームまで砂漠以外、人が住む町はなかった。しかしこの道の下には世界を支える世界有数の油田がある。3億年前テチス海が現れ、そこに有機物が堆積し醸成されて石油が生まれた。地球はなんと偉大なことか。隣のサルタンさんを見ると、地球の恩恵にあずかる無邪気なおやじに見えてきた。

リヤドからダンマームへの道(Google Mapによる)。破線で囲まれた所は世界最大のガワール油田。

 道路沿いにところどころサボテンがある。植物が生えている地下には少しは水気があるのだ。そのあたりには野生の動物もいる。するとラクダがいた。

高速道路と野生のラクダ(矢印)。

 途中、トイレ休憩、昼食、サルタンさんのお祈りで3回休憩を取り、5時間かけて午後3時にダンマームに着いた。

(つづく)


非線形な世界 その3-サウジアラビアの朝ごはん―

2022-08-07 15:38:18 | ものがたり
 リヤド飛行場を出てホテルに着いたのは午前4時を過ぎていた。日本はすでに午前10時過ぎである。広い部屋に大きなベッドが一つ。サルタンさんはこの殺風景な部屋に私を置いて自宅へ帰っていった。一人になった私はやっとの思いでシャワーを浴び、荷物を整理する元気もなくベッドの横になった。しかし飛行場での数々の出来事が頭によみがえり、寝ようにも寝られない。ここで酒でも飲んで寝たいところであるが、イスラム社会には酒は一滴もない。仕方なく冷蔵庫にあったペットボトルの水を飲み、また横になる。
 ベッドでうとうとしていると8時頃に笑みを浮かべたサルタンさんが現れた。青いローブを着、白地に赤の柄が入った頭巾をかぶっている。朝ごはんを食べようというのである。誘われるがまま外に出ると快晴である。気温は高いのだが、朝の柔らかい日であり、乾燥しているので快適である。町全体がベージュ色で埃っぽい。
 サルタンさんの車に乗り10分、レストランに到着した。全面ガラス張りのお洒落な建物である。店の名はアラビア語で書いてあるので分からない。

            リヤドのお洒落なレストラン。

 朝9時であるが、レストランは混雑していた。案内されるまで外でかなり待たされた。サウジアラビアでは朝食を9時-10時に摂るらしい。やっと案内され中に入ると、黒いローブ、黒い頭巾の、年齢は20代、30代あたりの女性で混みあっていた。女子会なのだろうか、話すのに必死の様子である。亭主の悪口でも言っているのだろう。
 サウジアラビアはイスラム教の発祥地であり、イスラム諸国の中でも戒律順守の風潮が強い。女性はイスラム教の経典コーランにおける神の教えに従い、ヒジャーブと呼ばれるスカーフを着けなければならない。数年前に服装の規制は撤廃されたが、ここの女性は全員黒い衣装を着ている。
 テーブルに座ると、茶色の制服を着た若いウェイターがやって来て、まずお茶を出してくれた。サルタンさんはにこりともせず、むしろ怒っているのかのような顔で長々とオーダーをする。私には絶対にしない顔である。ウェイターは中腰になりながらメモを取っている。サルタンさんはきっと上層階級で、二人の間には階層の違いがあるのだろうと感じた。ウェイターが下がるとサルタンさんはガラッと態度を変え、満面の笑みを浮かべて私に向き直る。
 しばらくしてタミーズと呼ばれるパン、野菜料理、肉料理が次々と運ばれてきた。野菜は国内でたくさん生産されているという。砂漠で育ったのだろうか、味が濃く美味しい。肉料理も美味しい。空港での私に対する扱いには憤慨したが、この食事で帳消しにしよう。
 サルタンさんは以前会った時と同様饒舌である。料理、家族、取り留めもなくしゃべる。しかし仕事のことは話さない。私は仕事のこと抜きで食事ができたことに満足した。

            レストランでの朝食。

 二人では食べきれなかった。サルタンさんはウェイターに残った料理のテイクアウトを頼み、クレジットカードを渡した。そしてウェイターから私に向き直って言う。これからダンマームへ行く、と。ダンマーム?初めて聞く名である。行く目的も聞かされていない。リヤドでの緑化計画の話はどうなっているのか。しかしサルタンさんに従うしか選択肢はなかった。自分はサルタンさんの人身御供になっていることに気が付いた。社会階層でいうと研究者は中産階級である。多分サルタンさんは意識もせず、私を下の階級の人間と見ているのだろう。

(つづく)


非線形な世界  その2ーサウジアラビアのサルタンさんという人物ー

2022-07-26 14:36:51 | ものがたり
 リヤドの飛行場に到着した。時間は午前1時である。売店も少なく、殺風景である。白いローブを羽織り、頭巾をかぶっている見知らぬ男たちが行きかっている。日本人は私一人のようである。ここにサルタンさんが迎えに来てくれるはずなのだが、待てども来ない。税関からの出口は何か所かあるので、私を探しているのだろうと思い、大荷物を引きずって飛行場をうろうろした。背の低いローブ姿の男が私に近づいて、「Taxi?」と呼びかけてくる。その声に周りのローブ姿の男たちも私を見る。私は「No」を繰り返した。男はしばらくしてやっと立ち去った。
 本当に来てくれるのか不安である。サルタンさんに連絡する手段も無く、もし迎えに来てくれなければ、どこかホテルを探さなければならない。しかし言葉も分からず、金もない。こんな夜中にホテルは見つかるのか?
 遂にサルタンさんを探すのを諦め、ベンチに座り、連絡する手段を考えた。すると今度は背の高いローブ姿の男が近づいてきた。手を出し、金をくれ、のポーズである。絡まれても厄介と思い、ポーチの中の財布からドル紙幣を出そうとした。するとその男はポーチを覗き込む。とっさに財布のありかを確認しているのだと感じた。これはスリの常套手段で、もしかしたら仲間がいる可能性がある。財布を出すのを止め、あたりを見渡した。周りの人間すべてが怪しく見える。私は男を振り払うようにその場を立ち去った。
 しばらくぶらぶらした。携帯を見ている人も多い。そうだ、飛行場のフリーWifiが使えるかもしれない。携帯から探してみると、あ、フリーWifiがある。すぐさま接続し、サルタンさんに電話をした。すぐに電話に出てくれた。すぐそばにいるのだと思った。ところが「飛行場に着きましたか。これから車で迎えに行きます。」とのこと。私が電話をかけなければ迎えに来ないつもりであったのか。なんてやつだ!怒りが湧いてきた。

 サルタンさんとの初対面は一年前、日本で開催された人工衛星に関する国際学会の懇親会であった。日本酒をぐびぐび飲みながら、サウジアラビアの緑化計画を話していた。一方的に話し、私が口をはさむ間がない。聞くと東京工業大学で博士号を取得したとのこと。サウジアラビアに帰ってからはコンサルタントを経営している。日本への思い入れがあり、日本の大臣一行がサウジアラビアを訪問した際には何度かアテンドをし、リヤドの自宅にも招いたとのことである。だれをアテンドしたか尋ねると、著名な政治家を2,3名挙げた。話を聞けば聞くほどサルタンさんに引き込まれていく。その時は意気投合し、サルタンさんは信頼できる好人物であると思った。
 それから一年経って突然、サウジアラビアの緑化計画の件でリヤドに来てくれないか、と連絡があった。日本との協働の計画にしたいので、日本とサウジアラビアの橋渡し役が必要で協力してくれとのことである。私は地球物理学者である。地球のいろいろな場所の自然現象に興味があり、現場に行き、データを取り、論文を書く。日本とサウジアラビアの橋渡し役ができるかは兎も角、これはサウジアラビアを知る魅力的な機会である。私はすでに研究所をリタイヤし、フリーである。ついこの申し出に飛びついてしまった。

 考えてみればサルタンさんの申し出に応じてリヤドに来たのは無謀であった。もう午前2時半である。飛行場にいる人々もまばらになってきた。しかしサルタンさんは現れない。そこに携帯に電話が入った。飛行場に着いたので、外に出て私を探せ、ときた。なんてやつだ!大荷物を持って飛行場の外に出て探せというのか。サルタンさんは信頼できる好人物だと思った自分を恥じた。
 外に出て探すのは無理だから、飛行場の中にいるので私を探してくれ、と伝えた。しばらくするとサルタンさんが現れた。白いローブを羽織り、頭巾をかぶっている。日本で会った時はスーツにネクタイ姿であったので、最初はサルタンさんとは思わなかった。しかし満面の笑顔、太い眉毛、大きな目、鷲鼻、もじゃもじゃの鬚、この愛嬌のある顔はやっぱりサルタンさんだ。
 助かった。外に駐車してあったサルタンさんの車に乗って、ホテルへと向かった。

サルタンさんによく似た人

(つづく)

非線形な世界 その1-プロローグ―

2020-02-14 11:01:56 | ものがたり
非線形な世界
 
プロローグ

 一四〇億年前、ビッグバンが起こり宇宙は誕生した。ビッグバンによって開放されたエネルギーは膨張する。宇宙はこのエネルギーそのものである。宇宙の膨張とともにエネルギー保存の法則に従ってエネルギー密度は低下する。宇宙の中のエネルギーは非線形にゆらぐ。物質はこのゆらぎでできる。あらゆる星は海岸に打ち寄せる波同様、非線形なゆらぎによってできたのである。

 凹みがいくつもあるゴルフのグリーンでゴルフボールを転がすと決まって同じ凹みに転がり込んで止まった。このゴルフボールの動きは線形で解は一つということになる。しかし風が吹くとその強さと方向によってゴルフボールの動きが変わり別の凹みに転がり込んでしまった。風はゆらぎである。ゆらぎによって解は一つではなくなり、非線形ということになる。芝は日を浴びると伸びてくる。そこで芝の伸び具合によってもゴルフボールの動きは変わる。昼になると朝とは違う別の凹みに転がり込んでしまった。芝の伸び具合もゆらぎであり非線形現象を起こす。さらに急にカラスがやって来てゴルフボールを銜えてどこかに行ってしまった。ゴルフボールの行方はもう無限の可能性があることになる。カラスの存在もゆらぎである。これの意味することはゴルフボールの動きは予測不可能なゆらぎによる非線形現象だということである。


この予測不可能な現象が無限の宇宙の中で一四〇億年間繰り返されてきた。その結果が現在の世界である。
 では、一四〇億年前に戻りまた同じビッグバンを再現すれば、全く同じ過程を経て同じ地球が生まれるであろうか。答えはノーである。この宇宙は我々が今生きている姿とは全く異なるものになる。解は無数にあり、我々が生きているこの宇宙はその解の一つでしかない。
シミュレーションはこんな宇宙を知った消化不良を起こした人間が自分の胃腸をすっきりさせるための自己満足でしかない。コンピュータから出てきた答えは無限にある解のうちの可能性の一つであり、事前に自分が頭の中で考えた自分にとって都合が良い解なのである。
我々が見る夢も解の一つである。しかし夢は都合が良いこともあれば都合が悪いこともある。

地球は宇宙誕生からずっと後の四六億年前にたまたま誕生した。そして偶然の連続で生命が生まれた。
恐竜がまだ棲んでいた数億年前、陸地は地球の片側に集中し一つの大きなパンゲア大陸を形成した。そのパンゲア大陸は分裂を始め、ローレンシア大陸とゴンドワナ大陸に分断していった。大陸移動である。大陸が分断すると赤道付近に海ができた。テチス海である。
大陸移動の原動力は地球の中のマントルの対流である。マントルは内部に溜った熱を宇宙に放出するために地球の中をぐるぐる回るのである。その動きがちょっと変われば大陸の移動方向も変わる。テチス海はこうして創られた偶然の産物である。
暖かいテチス海ではフズリナ、ウミユリ、サンゴ、貝類、石灰藻など二酸化炭素を炭酸カルシウムに変える能力のある生物が大量に生育していた。このような生物によって二酸化炭素が固定化され大量の石灰岩層が形成された。
また植物プランクトンが大量に生育し、太陽エネルギーを吸収して光合成をし、二酸化炭素を高エネルギーの糖質に変化させた。その糖質が嫌気性バクテリアの活動でテチス海に大量の石油は生まれた。
大陸移動がさらに続き、油田を抱えるテチス海は長い年月を経て四方八方に分裂し一部は陸化し、現在の中東、ロシア、北海、北米、南米へと分かれていった。
つまり石油は非線形な世界における偶然の賜物なのである。

(続く)