去年(2015年)の8月1日にインド入りして、毎日一日中会社でイケメン社員たちに初級日本語を教えている。
インドとのハネムーン期が終わって、倦怠期に入った4月ごろ、ホール(リビング)の蛍光灯がつかなくなった。
部屋の蛍光灯については、苦い思い出がある。
インドに来て3日目のこと、寝室の蛍光灯をつけようとしたら、つかない。アパートは会社が借りてくれているものなので、会社に連絡すると、オフィスボーイと呼ばれる、掃除をしたり、雑用をしたりする青年を寄越してきた。彼は蛍光灯がつかないのを確認すると、これは蛍光灯がダメになっているから、買ってくると言って、新品を買ってきてつけてみた。だが、それでも電気はつかない。そしたら、今度は、グローランプが悪いから買ってくるといって、買ってきたが、やはりつかない。つかないのだが、蛍光灯代とグローランプ代、合わせて50ルピーだか取られた。
オフィスボーイは、すぐ友だちの電気屋を連れてきて直させるといったのだが、なかなか来ない。数日待ってやっと二人で現れた。電気屋は新しい蛍光灯とグローランプを持ってきていて、乱暴にとりつけていたが、なかなかつかない。やっと、何かの拍子についた。どんなもんだいという顔をして、100ルピー請求して、二人は帰っていった。
ベッドで本を読むでもないし、2,3日ほおっておいたあとで、電気をつけてみた。つかない。
あきれて、オフィスボーイに、しめて150ルピーを返してほしいと言ったが、にやにやするだけだった。
すぐにやり直すように言うのが本筋だろうが、また1週間や2週間はかかって、そして同じ結果だろうと思われたので、会社にはもう何も言わなかった。睡眠中に本を読むわけでもないし、人類は電気なしで長い間暮らしてきたじゃない......
だが、4月になって、リビングの蛍光灯がつかなくなったのには、少しあわてた。
寝室の電気はとうにつかなくなっている。
書斎の電気は、つくにはつくが、ちらちらし始めている。
リビングまでつかなくなると、そのときは台所でプリント準備などをするのか。いや、台所だっていつまでもつかわからない。
そこで、今度は直接大家のところへ行った。大家は、アパートの一階に住んでいる。会社へ言っても、またオフィスボーイを寄越すだろうから、同じことの繰り返しだろうと思ったからだ。
その日は金曜日だった。大家のおじさんは、愛想よく、あす土曜日の午前中に電気屋を行かせると約束してくれた。
翌日の土曜日、午前中ずっと待った。来ない!
午後になるのかもと、買い物にも出かけないで、一日中待った。来ない!!
日曜日かもと、日曜日も一日中待った。来ない!!!
月曜日の夕方、会社から帰って、大家のところへ行った。大家は留守で、奥さんがいた。奥さんは英語を話さないらしく、隣の部屋の親戚らしい女の人を連れてきた。その親戚は私の話を聞くと、「あなた、インドでは、土曜日は仕事をしないのが常識よ」とかなんとか言って、取り合わない。土曜日というのは、大家が言い出したこと、それをいまさら、シャーシャーと何を言い出すっ。あきれて、あきらめて、部屋に帰った。
その後2,3日して、会社からの帰りに大家に会ったので、蛍光灯の取替えのことを言うと、にこやかに、OKという。もちろんOKではなく、その後何の音沙汰もない。
さらに1週間もたったころ、朝7時50分に玄関のチャイムがなった。こんな朝っぱらからといぶかしんでドアを開けると、大家が電気屋をつれて立っている。電気屋は5分もかけないで、修理して、やっとリビングの明かりが戻った。
日本にいたら、自分で蛍光灯とグローランプを買ってきて、1分で取り替えることができる。インドでは、いらいらの10日、あるいは2週間が経つ。
部屋の蛍光灯については、こんな苦い経験を2回もしていたので、2度目のリビングの蛍光灯取替えのときは、またあれを繰り返すのかとウンザリしたが、仕方がない。大家に連絡すると、いつも通り、にこやかに、明日の夕方行くなどという。もちろん来ない。10日も経ったころ、会社から帰ってみると大家が、友だちふたりと夕涼みをしながら、男の井戸端会議をしている。蛍光灯は、と聞くと、立ち上がって、「すぐ行く。2分待ってくれ。」という。部屋で待つが来ない。1時間もしたので、催促に行ってみると、気のいい大家は、こんどは別の友だち一人と世間話に興じている所だった。私の姿を見ると、にこやかに、「すぐ行く」と言って、息子二人を連れて、蛍光灯を持って来た。
若くて、こういうことに強そうな息子が二人がかりでやっても、電気はつかない。
また来るからと、親子で辞して行ったが、もちろんその後、何日も姿をみせない。
本当にアタマに来て、夕方涼んでいる大家を見つけて、「蛍光灯」というと、また息子たちとやってきた、今度は長い蛍光管ではなく、small lampとか言って、小さい丸い電球を持って来た。これが当たりで、すぐついて、小さいながらかなり明るい。ついでに、寝室のもう何ヶ月もついていない蛍光灯も、この小さい電球に変えてもらい、書斎にも、蛍光灯が切れたときのために、小さい電球もつけてもらった。これで、リビング、寝室、書斎の電気がすべてつくことに相成った。
蛍光灯取替えのために、何週間かかったことか。
日記に書いても1行ですむぐらいのものだが、ブログにグ2000字近くも書くことになった。こんなことにいらいらしていたら、生来のんびりの私も、陰険さを増そうというもの、困ったことだ。
腹が立つし、疲れもしたので、会社でイケメンの生徒たちにことの顛末をぶちまけていたら、ある学生が言った。当年22歳の学生だ。
"If you want to survive in India, you should be more patient, Ma'am."
お言葉ですけどね、"I have been 1000 times more patient than before."ですのよ、もう。
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インドとのハネムーン期が終わって、倦怠期に入った4月ごろ、ホール(リビング)の蛍光灯がつかなくなった。
部屋の蛍光灯については、苦い思い出がある。
インドに来て3日目のこと、寝室の蛍光灯をつけようとしたら、つかない。アパートは会社が借りてくれているものなので、会社に連絡すると、オフィスボーイと呼ばれる、掃除をしたり、雑用をしたりする青年を寄越してきた。彼は蛍光灯がつかないのを確認すると、これは蛍光灯がダメになっているから、買ってくると言って、新品を買ってきてつけてみた。だが、それでも電気はつかない。そしたら、今度は、グローランプが悪いから買ってくるといって、買ってきたが、やはりつかない。つかないのだが、蛍光灯代とグローランプ代、合わせて50ルピーだか取られた。
オフィスボーイは、すぐ友だちの電気屋を連れてきて直させるといったのだが、なかなか来ない。数日待ってやっと二人で現れた。電気屋は新しい蛍光灯とグローランプを持ってきていて、乱暴にとりつけていたが、なかなかつかない。やっと、何かの拍子についた。どんなもんだいという顔をして、100ルピー請求して、二人は帰っていった。
ベッドで本を読むでもないし、2,3日ほおっておいたあとで、電気をつけてみた。つかない。
あきれて、オフィスボーイに、しめて150ルピーを返してほしいと言ったが、にやにやするだけだった。
すぐにやり直すように言うのが本筋だろうが、また1週間や2週間はかかって、そして同じ結果だろうと思われたので、会社にはもう何も言わなかった。睡眠中に本を読むわけでもないし、人類は電気なしで長い間暮らしてきたじゃない......
だが、4月になって、リビングの蛍光灯がつかなくなったのには、少しあわてた。
寝室の電気はとうにつかなくなっている。
書斎の電気は、つくにはつくが、ちらちらし始めている。
リビングまでつかなくなると、そのときは台所でプリント準備などをするのか。いや、台所だっていつまでもつかわからない。
そこで、今度は直接大家のところへ行った。大家は、アパートの一階に住んでいる。会社へ言っても、またオフィスボーイを寄越すだろうから、同じことの繰り返しだろうと思ったからだ。
その日は金曜日だった。大家のおじさんは、愛想よく、あす土曜日の午前中に電気屋を行かせると約束してくれた。
翌日の土曜日、午前中ずっと待った。来ない!
午後になるのかもと、買い物にも出かけないで、一日中待った。来ない!!
日曜日かもと、日曜日も一日中待った。来ない!!!
月曜日の夕方、会社から帰って、大家のところへ行った。大家は留守で、奥さんがいた。奥さんは英語を話さないらしく、隣の部屋の親戚らしい女の人を連れてきた。その親戚は私の話を聞くと、「あなた、インドでは、土曜日は仕事をしないのが常識よ」とかなんとか言って、取り合わない。土曜日というのは、大家が言い出したこと、それをいまさら、シャーシャーと何を言い出すっ。あきれて、あきらめて、部屋に帰った。
その後2,3日して、会社からの帰りに大家に会ったので、蛍光灯の取替えのことを言うと、にこやかに、OKという。もちろんOKではなく、その後何の音沙汰もない。
さらに1週間もたったころ、朝7時50分に玄関のチャイムがなった。こんな朝っぱらからといぶかしんでドアを開けると、大家が電気屋をつれて立っている。電気屋は5分もかけないで、修理して、やっとリビングの明かりが戻った。
日本にいたら、自分で蛍光灯とグローランプを買ってきて、1分で取り替えることができる。インドでは、いらいらの10日、あるいは2週間が経つ。
部屋の蛍光灯については、こんな苦い経験を2回もしていたので、2度目のリビングの蛍光灯取替えのときは、またあれを繰り返すのかとウンザリしたが、仕方がない。大家に連絡すると、いつも通り、にこやかに、明日の夕方行くなどという。もちろん来ない。10日も経ったころ、会社から帰ってみると大家が、友だちふたりと夕涼みをしながら、男の井戸端会議をしている。蛍光灯は、と聞くと、立ち上がって、「すぐ行く。2分待ってくれ。」という。部屋で待つが来ない。1時間もしたので、催促に行ってみると、気のいい大家は、こんどは別の友だち一人と世間話に興じている所だった。私の姿を見ると、にこやかに、「すぐ行く」と言って、息子二人を連れて、蛍光灯を持って来た。
若くて、こういうことに強そうな息子が二人がかりでやっても、電気はつかない。
また来るからと、親子で辞して行ったが、もちろんその後、何日も姿をみせない。
本当にアタマに来て、夕方涼んでいる大家を見つけて、「蛍光灯」というと、また息子たちとやってきた、今度は長い蛍光管ではなく、small lampとか言って、小さい丸い電球を持って来た。これが当たりで、すぐついて、小さいながらかなり明るい。ついでに、寝室のもう何ヶ月もついていない蛍光灯も、この小さい電球に変えてもらい、書斎にも、蛍光灯が切れたときのために、小さい電球もつけてもらった。これで、リビング、寝室、書斎の電気がすべてつくことに相成った。
蛍光灯取替えのために、何週間かかったことか。
日記に書いても1行ですむぐらいのものだが、ブログにグ2000字近くも書くことになった。こんなことにいらいらしていたら、生来のんびりの私も、陰険さを増そうというもの、困ったことだ。
腹が立つし、疲れもしたので、会社でイケメンの生徒たちにことの顛末をぶちまけていたら、ある学生が言った。当年22歳の学生だ。
"If you want to survive in India, you should be more patient, Ma'am."
お言葉ですけどね、"I have been 1000 times more patient than before."ですのよ、もう。
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