おばばの独り言 from Another World

なんかのご縁でZhangzhouへ。
そして今度はデカン高原の小都市へ。イケメンたちに日本語を教えています。

インターネット授業

2020-08-29 08:32:57 | 日本語教育
2017年の終わりごろ、インドから帰ってきた。3か月ぐらい、カンボジアのプノンペンでダラダラしていたが、その時以外は日本で畑いじりや、テレビ寝など、まあ、怠け者のトシよりの生活をしている。

最近のコロナの影響もあってか、昔教えたインド人の若者から、「コロナで仕事が暇だからと、この際日本語を強化しようという友達が何人かいる。教えてもらえないか」と言ってきた。小人閑居して不善をなす、にはならない方がいいと思ったので、引き受けることにした。

学習者たちは全員インド人のITエンジニアたち。スカイプを使っての個人授業。さすがというか、インダス文明の末裔らしく、頭が回るし、IT技術者の理系の思考を駆使して、それぞれがかなり鋭い質問やコメントを突き付けてくる。老いたりとは言え、これでも大和文化の代表者?ずらして、負けじと抗戦する毎日。あまりグダグダしておれなくなってきた。有難いことだが。

これから、少々どころか、かなりうるさい学習者たちとの、真剣で、そして楽しいやり取りをご紹介していきたいと思っている。

誰に頼めばいいの?

2017-04-28 11:48:14 | インド
今の日本語学校に赴任したばかりのころ、経営者と話していて、立ち話も何だからというので椅子を探した。廊下の向こうの方に椅子が見えたので、自分で取りに行こうとしたら経営者に止められた。彼は男の人を呼び、椅子を運ばせた。わざわざ人を呼んで運んでもらうより、自分でやった方が早いはずだったが。

教室で、コンピューターをディスプレイにつないで、PPTやYoutubeのDVDを学生に見せたいときがある。アドミンにそうしたいと言うと、まず男の人を呼んでコンピューターをディスプレイにつながせる。それからアドミン自身が使い方を私に教える。わざわざ男の人を呼ばなくても、機器をつなぐことならアドミンができるはずで、そうすれば時間も省けるのだが。

同じようなことがある。この日本語学校では学校所有の図書は鍵のかかる書棚に入れてある。見たい本がある場合、まずアドミンに言うと、アドミンは男の人に言って鍵を開けさせる。それからアドミンが本を取ってくれるか、本人に取るように言うかである。アドミンが鍵を開けることはない。男の人が見えるところにいない時には、学内をあちこち探して見つけてきて、鍵を開けてもらう。めんどうくさい話だ。

授業で使うプリントは原稿をアドミンに渡して、いつまでに何枚と頼む。アドミンは男の人に実際のコピーを指示する。コンピューターで原稿を作ってまだプリントアウトがすんでいないときは、USBに入れてアドミンに渡せば、アドミンがプリントアウトしてくれる。プリントアウトした原稿は男の人に渡され、必要な数だけコピーされることになる。

日本語学校の生活にもだんだん慣れてくると、書棚の本が見たいときや、授業プリントをコピーしたい時など、直接男の人に頼みそうになるが、それはダメだ。ちゃんとアドミンを通じなければ、男の人はやってくれないようだ。いつもぎりぎりまで腰をあげない私は、自分で鍵をあけて本を取りだし、自分でプリントアウトして学生のだけコピーして時間を節約したいのだが、インドではそれは他人の仕事を奪う、いけない行為のようだ。時にイライラさせられる。いつだったか、経営者に言ったことがある。
「日本の女は何でも自分でします。お茶をいれるのから、椅子を運んでくるのから、掃除から、本棚の鍵を開けるのから、重たい本や授業で使う資料を運ぶのから、何でもできるのです。」
自慢して言ったつもりだが、経営者は自慢とは取らなかったのは確かだろう。

いつも最後のところで面倒をみてくれることになる男の人は気のいい人で、学生に日本語を教えてもらって覚えたらしく、けっこういろいろな日本語を使う。ランチの時には、「ドウゾタベテクダサイ」、ありがとうと礼を言うと、「ドウイタシシマシテ。」
朝は誰よりも早く来て、全教室のホワイトボード用のペンにインクを補充する。ホワイトボード消しがうまく消せるかどうかチェックする。朝の掃除のために雇われているらしい女の人の掃除を監督する。経営者が外出するときには運転手を務める。私が”Hot tea”が飲みたいと言えば、”black”か、”sweet”かを聞いてから、熱くておいしい紅茶を入れてくれる。ささくれだちそうな私の心を和ませてくれている。






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賃料の一部、10,000円を負担していただきます

2017-04-26 17:10:45 | ニンゲン

聞いた話。

ある会社に雇われ、海外派遣されることになった。待遇として、「住居は会社が斡旋するものを利用する場合は、家賃の一部として10,000ルピー負担していただきます。」との一項があった。実際に赴任してみると、清潔とはいえない二部屋、トイレ・シャワー・洗面用の2畳ばかりのスペース、床の隅が汚れた2畳たらずの台所のアパートで、家賃は9,500ルピーだという。それは当然会社が負担するものと思ったら、全額本人負担だと言われたという。

家賃の一部として、10,000ルピーは本人が払うこととするという契約で、実際には10,000ルピー以下の家賃のものを探してきて、全額本人に払わせ、会社は1ルピーも払わないという。こんな理屈が通るものだろうか。よくブラック企業は入る前に言うことと、入った後の現実が違っているといわれるが、まさにその通り。これでは詐欺グループのやり口そのものだ。

「善良な市民でござい」という顔をしながら、実際はこんなことをして恥ずかしいとも思わない日本人がいる。みなさん、ニンゲンには気をつけましょう。





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デリーに転職

2017-04-07 14:37:54 | 日本語教育
去年の夏にインドの職場に帰る前、友人がなにげなく言った。「あなたが短気おこして別の国に行く前に、私がインドに行くから......」

その危惧が当たり、帰任後すぐに「短気おこして」会社を辞めて日本へ帰った。
デリーの日本語学校で教えることが決まっていたのだが、なかなかビザが取れず、結局インドに帰ってきたのは今年の1月末だった。

前の会社ではN4とN5のクラスだけ教えていたのが、日本語学校ではN2の授業があり、予習が大変だったが、学生たちの出来がとてもよく、張り合いのある2か月だった。

インドの学生たちは、語彙や文法は得意で、3ページぐらいの進出語彙なら一晩でほぼ完ぺきに意味を覚えてくるし、文法の理解もとてもよい。

ただ、発音に難ありと言えば難ありで、音自体は彼らの母語のヒンディ語と日本語は発音が似ているのか、とてもクリアな日本語音を出す。問題はアクセントだ。彼らの母語であるヒンディ語も、公用語の英語も強弱アクセントで、高低アクセントの日本語とはちがう。

彼らには、音の高い、低いがどうしても区別できなくて、「はし(箸)」も「はし(橋)」も、聞いても、発音しても、区別できない。特に始めが高い語は苦手で「箸」をうまく発音できない。

「はし(箸)を持って はし(橋)を渡ります。」は「橋を持って、橋を渡ります。」になる。
何度やっても、できないので嘆息して、「君は力持ちなんだねえ、橋が持てるなんて。」と言うと、「『小さい橋を持って、大きい橋を渡ります。』という意味です。」と反逆する。口ではかなわない。

日本人が英語の強弱アクセントに苦労するのと同じわけだ。

ことばの学習の道、はるかなり!!





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ことばが足りないので連れてきました。

2016-06-12 09:39:57 | インド
インドでは水道の水は飲めないので、別に買う。

来た当初は会社のそばの店から、2リットルのボトル、1本35ルピーを4本、計140ルピーを毎週買っていた。2本ずつを2重にした袋に入れてもらって、左右の手にぶら下げて帰るのだが、たった7,8分といっても、アパートにつく頃には、両手が痛くなる。


事情を知ったイケメン生徒の一人B君が、水販売店と契約すれば、電話一本で20リットル入りのタンクを配達してくれるという。しかもタンクひとつが30ルピーだというので、その話に飛びついた。

さて、販売店が20リットルの水と、蛇口がついた容器をもってくるという日、B君がD君を連れてやってきた。「あら、D君も来たのね。」と言うと、B君が答えた。

「ことばが足りないので連れてきました。」  ???

「僕はカンナダ語ができません。水を配達してくる若者はカンナダ語しか話さないそうです。
 先生と僕が英語と日本語で話したことを、販売店の人に伝えようとしても、伝えられないのです。だから、カンナダ語ができるD君に来てもらったのです。」

つまり、D君はインド人の間の「通訳」だったのだ。通訳は外国人どうしの間でだけ必要なのではなかった。

そういえば、
最近アーマダバード支店に転勤したT君とK君。
同じインドの都市とはいえ、言語事情はかなり違っていて、ヒンディー語地域だそうだ。事務所の中では、さすがに英語が通じて、ほかの社員たちは二人には英語を使ってくれるそうだが、一歩外へ出ると、そこはヒンディー語の世界。K君は少しヒンディー語ができるようだが、T君はまったくダメで、買い物にも不自由するという。

T君の嘆き。
「ここでは、K君は外国人、僕はエイリアンです......。」

ふたりにも「通訳」が必要か。


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毎日 トゥルゥ語と、カンナダ語と、ヒンディー語と、英語と、日本語

2016-06-04 20:50:23 | インド


私の勤めている事務所は総勢20人ぐらいだが、使われているという言葉は、トゥルゥ語、カンナダ語、ヒンディー語(ウルドゥ語)、英語、そして日本語の5つだ。悲しいかな、私はトゥルゥ語だか、カンナダ語だか、ヒンディー語だか、聞いても分からない。どれも同じに聞こえる異国の音だ。

トゥルゥ語は、この会社に入って、お互いマンガロールで育ったことがわかったというL君とN君が、二人で話すときに使う。マンガロールではこの言葉が話されているという。

カンナダ語は、ここカルナータカ州の公用語で、ここの子どもたちは学校に入ってから習うが、入る前から知っているそうだ。事務所ではほとんどの人が話せるので、これが使われていることが多いらしい。

ヒンディー語は、インドの国語で学校で教えられる。ここカルナータカ州で育った人でも、読み書きはできるらしいが、その習熟度は人によって違うようだ。D君は、自分のヒンディー語は"Not full(完璧ではない)"と言っていた。

北部から来て、ここではたったひとりのヒンディー語母語話者のB君がつぶやくのを聞いたことがある。「あの人はカルナータカ出身なのに、完璧に近い発音でヒンディー語を話す。どうしてだろう。」つまり、インド国民の多くの人がヒンディー語を話すが、母語でない人は、うまい人もいれば、そうでない人もいるということだろう。


英語は旧宗主国イギリスの言葉で、敵性語(?)のはずだが、公用語として広く使われているという。ヒンディー語を国語にすると、母語話者が有利になるというので反発が強く、英語も公用語にされたと読んだ覚えがある。ガンジーも演説するとき、ヒンディー語ではなく、英語でしたという。

かくて、インドでは北ではヒンディー語が優勢、南では英語がよく通じるそうである。よく通じるとはいっても、各人の母語によってか、彼らの話す「英語」は、始めから英語に聞こえて、わたしにもよく分かるものもあれば、最後まで英語だったと気がつかないのもある。
スペルで"R"だと必ず「ルッ」と巻き舌にする人もいて、初めは聞いていて目が(耳が?)回るようだった。"circle"を「シルクル」とか「ツィルクル」、"party"を「パルティー」とかいうのである。

またスペル通りに発音して、"ou"をすべて「オウ」と読む人も多い。"now"は「のう」、"out"は「オウト」、"noun"は「ノウン」、"allow"は「アロウ」など。

いつぞやは、授業中、夏の食べ物の話になって、「ククンバル」を食べるかと聞かれて、「ククンバル?、食べたことがない。」と答えてひどく驚かれた。「ククンバル」は"cucumber きゅうり"のことだったのだ。確かに、「ククンバル」と読めるなあ。「ああ、cucumber(キューカンバー) ね。」とつぶやいたら、一番年上のR君が聞きとがめて、持っていたスマホで調べて、私の発音の方がセイトウな英語の発音だと気がついたようだ。
それで、「先生、僕たちに、日本語だけではなく、英語の発音も教えてください。」と頼んできた。教えてあげたいけど、私は"cucumber"以外は英語の発音にはあまり自信がないのよね。

日本語は、昨年の8月に私が来てから、日本語の授業中以外でも使われ始めた。もちろん社員たちの日本語はたどたどしいカタコトだが、いったん日本語で話し始めたら、最後まで日本語で通そうとする。こういう姿勢が「話せる人」を作り上げるのだと、いつも感心している。


この5つの言葉がとびかうわが事務所だ。たとえば、L君の場合、
同郷のN君とはトゥルゥ語、
B君とT君と私を除いた他の社員とはカンナダ語、
北部出身のB君とはヒンディー語か英語、
ケララ州出身で、カンナダ語がわからなく、ヒンディー語も話さないT君とは英語、
私とは英語か日本語となる。
なぜかわからないが、支店長とは英語だそうだ。支店長はカルナータカ州出身でカンナダ語を話すのにである。
たまにやる全員参加の朝礼は、みんなの共通語の英語でやる。

たぶん、この5つの言葉が全部完璧に読み書きできるというのではないのだろう。あいさつや買い物には使える程度から、ちょっとした交渉ごとぐらいならこなせる、口でけんかしても負けない、完璧な公用文書が書けるなど、それぞれの習熟度は違っているのだろう。が、毎日、相手によって、5つぐらいの言葉を使い分けて暮らしているわがイケメン生徒たちに感心しきりの「せんせい」である。


日本語だけで誰とでも話せて、学校でも、職場でも、ご近所でも生活できる日本の状況は、母語以外の言葉の習得に脳みそを使わなくてもいいだけ有利なのか。それとも、他のことばを使う自然な機会を奪われていて、不利といえるのか。




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宛先も、宛名も、差出人の住所氏名も 英語で書くべし

2016-05-21 12:01:31 | インド
2015年6月いっぱいで中国での仕事が終わり、帰国してビザを取って、インドに赴任したのが8月だった。

中国の学生たちの中にも、特に別れがたい学生が何人かいた。その中で二人の女子学生がインドへ絵葉書を送りたいというので、インドの自宅アパートの住所と私の名前を英語書きで教えておいた。

インドに着いて2週間ぐらい経ったころか、二人のうちのひとりAさんからメールで、二人が絵葉書を出したと連絡が来た。メールできるのなら、初めから全部メールに書けば、絵葉書など送らなくてもいいのにとも言えるが、そこが彼女らのゆかしいところ、可愛いところだ。メールなんて電子的なレターではなくて、想いを込めた(?)手書きの手紙を飛行機に乗せて、敬愛する(?)老師に、届けたかったらしい。

Aさんの葉書は、メールでの連絡後一か月ぐらい経ってやっと届いた。

インドの生徒たちは、「宛て先と差出人はちゃんと英語で書いてあったのか」と聞く。「あて先の、私の住所氏名は英語書きだったが、差出人関係は中国語だった。」と答えると、「全部英語で書いてないのに届くなんて、奇跡だ。」と口々に言う。

何のことだろう。宛名、差出人などを英語で書かなければ、郵便物は届かない、そうしていないものはインド郵政当局がゴミ箱へポイということもままあるそうだ。

わたしは、日本から外国へ手紙を出すとき、宛て先については、中国なら始めに大きくChinaと赤で書き、住所氏名は漢字で書く。その国の文字が書けない場合は、英語で全部書いていた。外国から日本に出す場合は、始めにJapanと朱書きしておいて、後は日本語で宛名を書く。

差出人の自分の住所や氏名は、日本からでも、外国からでも、気分次第で、日本語を使ったり英語を使ったりしていた。それで、郵便物が届かなかったことはない。

なぜ、インドでは、「宛て先、差出人関係は全部英語でなければならない」のだろうか。



待てど暮らせど、もうひとりのBさんの絵葉書は届かない。やはり、インド郵政当局の怒りをかって、ポイされてしまったか。

あきらめていたころ、その年のクリスマスイブの日、その手紙が郵便受けの中に入っていた。投函されてから5ヶ月近く経っていた。宛名は英語、差出人は中国語で書いてあった。ふたつ目の「奇跡」だ。


その後、インドの言語事情が少しわかってきた。
私は無意識に日本や中国の事情とインドの事情が同じだと思っていた。

日本では、全国で日本語が通じる。共通語を話せば全国で話ができる。字は全国で同じものが使われている。
中国では、話し言葉は方言がたくさんあって共通語が話せない人も多く、おなじ中国語でも通じないことがあるという。だが、文字で書けば、全国で通じるようだ。

中国のテレビは、どんな番組でも画面の下に字幕が出ることが多い。いろいろな地域の放送局で、その地域の言葉を使って作った番組は、他の地域の人には通じないことがある。だが、中国語の字幕をつければ、ほぼ全国で理解してもらえるというわけだ。

こういう国では、話し言葉が理解しあえなくても、文字を使えば全国で通じる。中国あての国際郵便では、始めにChinaと書いておけば、あとは中国語で書いておけば全国どこにでも配達してもらえる。中国では、普通語(プートンホア)より先に、漢字が共通語だといえよう。

だが、インドは22だかあるという公用語は、話し言葉も、書き言葉も違っていて、話しても、書いても、通じ合わないのだという。だから、インドに入ってきた郵便物の宛名が、ある公用語で書かれていたら、他の公用語地域の人には読めないのだそうだ。だが、英語で書いてあれば、インド全国で何とか通じるのだそうだ。

「宛て先住所・氏名と、差出人住所・氏名は英語で書いてないと受け付けない」というインド郵政の規則は正当な理由があるものだった。「ひとつの国の中では、同じ文字が使われている」と、わたしは、自分の文化を基準に考えてしまっていた。





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イケメン生徒たちの リベンジ  

2016-05-15 02:30:00 | カンナダ語

最近生徒たちにカンナダ語を習い始めた。

ここカルナータカ州の公用語はカンナダ語だ。
中国にいたときには、2年もいたのに、私の中国語は「ニイハオ、シェーシェー、ツァイチェン」の段階から一歩も進歩せず、さすがの私も深く反省している。

いままで税金も払ってこなかった外国の地に住ませていただいているのだから、せめて現地語で挨拶や買い物ぐらいはできるようになるのが、礼儀というものだろう。

会社で日本語を教えている生徒は、ほとんどカンナダ語ができる。その中で、同僚の中で一番カーストが高いというK君が面倒をみてくれることになった。多分知識人階級出身のお坊ちゃま育ちなのだろう。
まず、日本語の50音図に当たる字を覚えなければということで、りんごやみかんやカキなどの、お尻が丸い果物が並んだようなカンナダ語の基本文字を学ぶことになった。

K君が、私のノートに基本の母音文字と子音文字を書いてくれる。それにカタカナで発音をつけてくれる。日本語の授業では、漢字の勉強のとき、私が「日本語の書き順・stroke order」にうるさいのにインド人の生徒たちは閉口していて、「最終的な形が正しければ、途中経過はどうでもいいのではないでしょうか」と反抗的だ。彼らは、概して、鉛筆を途中で上げるのが厭らしく、たとえば「口」という漢字はどこかの角から始めて、一筆で四角を書き上げてしまう。

K君に「書き順」を教えてくれと言っても、好きな順番で書けばいいといって取り合わない。仕方がないので、こっそりN君に頼んで、カンナダ文字の標準的な書き順を、実際に書きながら教えてもらった。日本人の私は、書きあがった形が正しいだけではなんとなく落ち着かず、書き順まで「みんなと同じ」にしたいらしいことが、この年になってわかった。

こうして、わたしの超初級カンナダ語講座が始まったばかりのところへ、なんとK君が転勤していなくなることがわかった。後任の主任教授は、頭が切れて、とても面倒見がいいL君がK君に代わって務めてくれることになった。

K君にカンナダ語50音図は一応教わっていたが、発音がよくわからない。主任教授のL君に頼んで、基本の母音と子音をボイスレコーダーに録音してもらうことになった。事務所の小部屋に二人で入って、ひととおり録音したところへ、D君が顔を出した。D君もカンナダ語が母語だ。これ幸いと、D君にも同じ音を録音してもらった。そこへ、N君もやってきて、録音してくれた。事務所の同僚たちは、私がカンナダ語を始めるというのを聞いて、どんな様子なのだろうと興味津々で、様子を見に来るのだ。

次の日本語の授業になった。生徒たちは、おもしろがって、口々に、「ホワイトボードに、自分の名前をカンナダ語で書いてください」と指示する。生徒たちにたくさんヒントをもらって、なんとか書き上げた。やれやれ.... これで、なんとか面目が保てたか。

その日本語の授業が終わったとき、私に宿題が出た。
「毎日、カンナダ語の本を5回ずつ声を出して読んでください。」
「毎日、YouTubeで見ながら、カンナダ語のアニメのシャドウイングをしてください。」

これは、日本語の授業で、私が彼らに出している宿題のカンナダ語版だ。彼らのリベンジだ。
私は、とにかく、毎日日本語を読んで、聞いて欲しいので、こういう宿題を出すが、ここぞとばかり仕返しをされた。

彼らは、小学生のころから、ことばの教育はたくさん受けてきている。家庭内で使う母語と、カルナータカ州のことばのカンナダ語は家庭で育ちながら覚えるという。それに、国のことばであるヒンディー語と共通語の英語とは、学校で教えられるそうだ。だから高等教育を受けたインド人は4つのことばを話すのはごく普通のことらしい。

だが、その彼らにしても、「シャドウイング」というのは初めての経験だったらしく、苦労していた。
ある生徒は困惑して、「聞くのと、話すのを同時にやるのですか」と聞いてきた。

私は、冷たく答えた。
「そうです。左の脳で聞いて、右の脳で話すのです。」

質問した生徒は黙ってしまった。

生徒のためと思って、”Every day, five-minute shadowing” とはっぱをかけ、授業ではひとりひとり練習の成果を発表させていたのだが、これは生徒たちにとっては大変なことだったようだ。

今やっとわかった。

この、大変な苦行を強いた「せんせい」に対して、同じ苦行をさせて反省させようというのが、彼らの魂胆らしい。

ここで負けてはオンナがすたる。ニッポンオンナの心意気を見せつけたいものだが......



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さむらいは、どこにいったらつかまえられますか。  

2016-05-14 08:32:59 | 日本語教育

2015年8月にインドの会社に日本語教師として赴任して、『みんなの日本語 初級I』の授業を始めた。
わたしは、このあたりではただ一人の日本人だ。近くに有名なヨガ村があるので、そこには日本人がいるのではないかと思うが、まだ一度も出会ったことはない。

生徒たちにとって、私は初めて直接見る日本人だ。
彼らには日本人や日本の生活についての知識はほとんどない。そこで、授業中、彼らにとっては素直な、ごく当然の質問、わたしにとってはいままで考えたこともないような、とんでもない質問をしてくる。

(1)第2回目か3回目ごろの授業のとき、「サムライは、どこにいったらつかまえられますか」と真面目に聞かれた。あまりに予想外の質問にしばし絶句。あわてて頭の中の断片知識をかき集め、さむらいの時代のこと、さむらいの時代の終わり、そして現代日本の「四民平等」の生活ぶりと、おおまかな時代の流れを英語で説明し、「さむらいは今はもういない、だから日本のどこを探しても捕まえることはできない」と言った。

生徒たちは、「そうだったのか」と残念そうだった。

(2)その後少し経って、今度は「ニンジャにはどこで会えますか」との、好奇心丸出しの質問。「ニンジャはスパイだそうですね。日本には今でもあちこちにスパイがいるのですか」と聞く。「ニンジャもさむらいの時代の話だから、今はどこに行っても、本物のニンジャには会えない。ただ、あちこちに、観光客目当ての『忍者屋敷』があるから、そこに行ったら、忍者のような人たちに会えて、修行もさせてくれるらしい」となんともおおざっぱな説明をする。

後で、忍者の戦いの道具や、修行の様子などのビデオを見せると、興味深々で楽しんでいた。

(3)これは『みんなの日本語 初級II』34課の会話をやっていたときのことだ。
お茶の先生のお太鼓帯姿を横から見た絵を目にした生徒が、「この着物の人は背中に何を持っているのですか。かばんですか」と聞く。なるほど、これはかばんに見えないこともない。かばんを、手に持たないで、背中で持つなんて、日本文化はユニークだとでも思われたか。そこで、簡単に着物の着付けを説明し、最後に1本の長い帯を巻きつけて、着物が落ちないようにするのだと、また危ない説明をすることになる。

次に日本へ帰ったときに、浴衣と帯を持って来て、クラスで誰かに着せて見せることになった。だが、このクラスには男性しかいない。年取ったりとはいえ、一応はオンナの私が、インドの若いイケメンの体に触りながら、浴衣を着せ、帯を文庫結びにしてみせる-------男女のことに関しては日本より数段保守的に見えるインド社会がこんなふしだらを認めてくれるかどうか。上司に相談しなければなるまい。

(4)日本食の話になったとき、さしみのイラストを見ながら、さしみ=raw fish と言われた生徒が、頭に浮かんだ疑問を口にした。「生の魚を食べるんですか。固くて食べられないんじゃありませんか。」生の魚が固いとは……今まで考えたこともなかった。それで、「魚は煮たり焼いたりしたほうが、固くなることもあるし….」などともごもご言ってみてもダメ。「肉は火を通したほうがずっと柔らかくなります。」と逆襲されて、うまく言い返せなかった。

彼らは、分からないことは「わからない」と言い、疑問があればすぐ質問する。これは教える側にとっては、彼らの頭の中がよく見えてありがたいことだとは思う。が、彼らは思ったことはすぐ口にするので、「聞きたいことがあったら、前もって質問書を出してください」とはいかない。
生徒側の率直さが、時に、教える側を窮地に陥れることになる。




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You should be "on time."

2016-05-12 04:37:53 | インド
支店長秘書(のような人)からメールが来た。支店の従業員全員に来たらしい。

「今後 ”on time” を守られたし。」何のことかよくわからないが、とにかく「遅刻しないでちゃんと出勤するように」という意味だと思えた。

日本では英語を教えていて、せっせと「英語のできない日本人」を作ってきた私が考えるに、10時に始まるという何かの儀式がちょうど10時に始められたとき、英語で言うと、 “on time” だ。 1秒早くても、1秒遅くても “on time” ではない。(私の英語理解も適当だから、違っているかもしれないが。)

そうなると、従業員全員に、朝 “on time” に出勤せよというのはできない相談だ。我が支所は入口がひとつで、入口のドアにセンサーがついている。各自が自分のカードをセンサーに近づけると、ドアが開き、同時に入退出の時間が記録されるのだと思う。

どうやったら、全員が同じ時刻に、一つしかないセンサーにカードをかざすことができるのか。

そこで、若い同僚に聞いた。これは “on time” ではなく、 “in time” ではないのかと。それなら、何分か前に来てタイムカードに記録させればいいのだから、20人の従業員全員が “in time” することが可能だ。だが、若い同僚は、 “on time” だと言う。

全員が “on time” に出勤?


日本人の私は “on time” は物理的に無理と思うが、インド人の同僚はできると考えるのはなぜか、だんだんなぞが解けてきている。

去年マイソール宮殿のお祭りのリハーサルを見学する切符が手に入ったので、同僚数人と会場の競技場へ行った。大きな競技場で、よくわからないが、客席は数万人規模だろう。リハーサルは7時からだそうで、私たちは早めに行って、正面の特等席に座ることができた。まだかまだかと待つうちにもう8時になった。開始が遅れていることの説明のアナウンスなど全くない。観衆も文句も言わずに待っている。なんでも、「開会宣言」をする役目の偉い人がまだ到着していないのだそうだ。8時をちょっとまわってその人が到着して、何事もなかったかのように、リハーサルが始まった。

「こんなに大勢の人を待たせたのだから、せめて遅れたことへの謝罪をしてから始めたらいいのに」と言うと、そばにいた同僚が、「インドでは『7時に始まる』といったら、8時に始まるという意味です。」と教えてくれた。後に、「いや、8時ではありません。8時半だと思ったほうがいいです。」と別の同僚が修正意見を述べた。

私は日本の農村で育ったが、子どものころ同じような状況だったのを思い出した。8時から寄り合いがあるというと、親たちは、「9時か9時半ごろに行けばいい」と解釈していた。都市部と地方部では違うのかもしれないが、インドでも私が住んでいる地方都市ではそうだ。

つまり、こういうところでは、 “on time” とは、「その時間のあと1時間か1時間半は含む」ということなのだ。


だが、私の会社でも、その状況は少しずつ変わり始めているようだ。
“on time” に出勤するようにとのメールが来るのはその証拠だろう。これまでだったら、10分や20分、(いや1時間でもよかったのかもしれない)、遅れるのはたいして責められることではなかったのかもしれない。だが、今は、タイムレコーダーが設置されていて、各人の出勤・退勤の時間が本社に直接送られる。そうなると、「ちょっとぐらい遅れてもいいじゃない」は通じなくなる。

それで、我が支所はある工夫をしている。タイムレコーダーに記録される時間は各支所の時計の時間になっているのを利用して、わが支所の時計を5分ばかり遅らせているのだ。たった5分だが、この5分のおかげで、「毎日遅刻」を免れている社員もいる。「過渡期の知恵」と言えよう。



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