1994年に「密やかな結晶」「薬指の標本」を発表した小川洋子は、1996年「ホテル・アイリス」を発表する
小川洋子と映画主演の永瀬正敏
「密やかな結晶」で意図的に隠された性的表現は、「ホテル・アイリス」で解放される
物語は、海辺のホテル・アイリスのフロントに座る17歳のホテルの娘、泊り客だった老人と出会う…
『染みだらけの彼の背中を、私はなめる。腹の 皺の間に、汗で湿った脇に、足の裏に、舌を 這わせる。私の仕える肉体は醜ければ醜いほ どいい。乱暴に操られるただの肉の塊となっ た時、ようやくその奥から純粋な快感がしみ 出してくる......。 少女と老人が共有したのは 切なく淫靡な暗闇の密室寄る辺ない男女 の愛から生まれた、究極のエロティシズム。』文庫本背表紙解説より
サディズム、マゾヒズムの愛をテーマにしており、その表現は直截的で、「O嬢の物語」を思わせる
『・・・それを知るためには本箱のガラスを見るしかない。 両腕は手首で縛られ、背中へ回されていた。乳房はぶざまに押しつぶされ、形をとどめていなかったが、触れてもらうのを望むように乳首はうす桃色に染まっていた。膝を折り曲げている紐が、太ももと腰骨につながり、股間を大きく押し広げていた。 わずかでも閉じようとすると、紐がいっそうきつく締まり、一番柔らかい粘膜に食い込んできた。これまでずっと暗闇に閉ざされていた襞(ひだ)の奥に、光が当たっていた。』
【参考】
ハンス・ベルメール写真集より
伊藤晴雨 画譜より
『・・・男はさっきまで暗闇にあった指を、わたしの類で拭った。ねばねばしたもので顔が濡れた。
「気持いいか?」
男は聞いた。 わたしはあごを揺らした。 うなずくつもりなのか、否定するつもりなのか、もうどちらでもよかった。
「気持いいんだろ?」
男は四本の指を一気に口の中へ押し込んできた。 わたしはむせて嘔吐しそうになった。
「さあ、どんな味がする?」
わたしは舌でそれを押し出そうとした。唾液が唇の端を伝って流れた。
「よだれが出るほどいいのか?」 わたしは懸命にうなずいた。
「淫乱」
男はもう一度叩いた。
「はい、いい気持です。お願いですから、もっとやって下さい。どうかお願いします」』
ホテルアイリスより抜粋
・・・ん〜どうなんでしょう?
「密やかな結晶」の方がはるかにエロティシズムを感じる
文学でエロティシズムを表現するのは難しい
そもそも、文学のエロティシズムは言葉によって、無意識の沼の底に投げ込まれた小石を拾い上げられた時に生まれる
意識レベルのエロは“ポルノ”あるいは、経験によって艶笑譚になるだろう
蓮見重彦の「伯爵夫人」やサドのある種の作品はまさに艶笑譚である
その意味では、ホテルアイリスのラストは「文字通りの“オチ”」になって笑える
「密やかな結晶」と読み比べて
みましょう
★★★☆☆
ラストは対照的だ
【参考】映画 ホテルアイリス