河内国喜志村覚え書き帖

俄35 / 聖なる俄

「俄」は、地域共同体のメンバーが他のメンバーを相手に、地域共同体の皆に演じる祝福芸である。
俄の面白さは〈素人性〉と〈方言性〉という〈土着性〉にある。

:おい、八兵衛!
:なんじゃい?
:われとこの嫁はんのお六さん、このごろ太ったんとちゃうか!
:ええ? さよか?
:ええもんばっかし食わしてたらあかんで!
:ええもんみたい食わしとるかい!
:せやけど、腹がえらい膨れてきよったと、ここらのもんが言うとるで!
:ちゃうがな、子ぉーでけたんや。
:ええ、どこでこーろげたんや?
:転ろげたんやなしに、子が出来よったんやがな。
:ええ、八とお六がエエことしてお三(産)かいな!
:ややこしものの言いよさらすな!
:ややこしいけど、ややこ欲しいやろ!
:またニワカ(駄洒落)かい!
:ええもん食わしたり。
:われ、先っきええもん食わすな言うたやないかい。
:それとこれとは話は別っちゃ。これ食わしたり。
:なんやそれ、ウメとアンズの実やないかい?
:これで安産まちがい無っしゃ!
:ウメとアンズで安産まちい無しとは? ハテ?
:アンズよりウメが安いや!
(案ずるより産むがやすし)

俄の本質には、その場限りの〈一回性〉、何が起こるかわからない〈意外性〉、それを切り抜ける〈即興性〉、笑いで吹き飛ばす〈滑稽性〉、良くも悪くも良しとする〈遊戯性〉、最後にすべてを納得させる〈饗宴性〉、より良かれを神仏に祈る〈神事性〉がある。
そんな俄を・・・、神社合祀によって臣民に国家の精神を高揚させる場となり、しかも、楠公遺跡の神聖な神社聖地となった神社で奉納するとなれば、どのような俄をすればよいのか。
俄の〈本質〉の多くが、戦争に向かう中で、少しずつそぎ取られ、封じ込められていく。
そうしなければ村の住民に恥をかかせることになる。
そうならないためには、すでに世間で認知されているものを演じるのが手っ取り早い。

歌舞伎「勢州阿漕浦(せいしゅうあこぎがうら)」の俄

 庄屋の彦作が、病気の母親のために禁漁を犯した平治の住み家に来る
彦作 いるか? 
平治 (戸を開けて)これは庄屋様、朝の早くから、いかなるご用か?
彦作 平治どんに、ちょっとたずねたい。昨日の夕べに、阿漕浦に行てはおらぬか?
平治 何を申されまするる。阿漕浦は帝の祖先を御まつりする大神宮の漁場にて、我々臣民は、近寄ることすらできませぬわい。
彦作 ふーん、貴様は知るまいが、その大切な殺生禁断の場所へ、夜な夜な網を入れる者が有りて、夕べとらえようとした時、つい取り逃がし、そのとき笠が有ったげな。その笠に「平」の字と書いてあった。ひょっと此方(こなた)ではあるまいか。此方が変な顔しても、これに言い抜けはあるまい。
女房 うちの人に限って網を打つなどする人やない。わたしらを奈落の底へ落とす気かえ。
平治 あばらやなれども平治が住み家。畏れもおおき大神宮様の漁場に網打ったとは聞きづてならん。踏み込んだが最後、そのままにはおかぬ。女房、腰の物(刀)持って来い。
女房 はい。 ※平治に暦を渡す。
平治 この暦で腰の物とは。はて?。
彦作 はて?
平治 はてわかった! この中に大小があるわい。
 (大の月と小の月がある)

日々の生活の中で演じられた素朴な河内俄は、いかにも高尚な地歌舞伎、地芝居になっていく。


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