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『迷子になった拳』感想文

2021-04-20 00:00:00 | 雑記
※本稿は公開中の映画に関する感想文です。
 当たり障りのない程度にネタバレを含むかもしれません。
 あしからず。




4/15(木)。

珍しくプロレス以外の用事で夕方からふらっと外出し、
これまた珍しく映画を観てきました。

観てきた映画は、
『迷子になった拳』。

2014年にミニシアター系劇場で話題を沸騰させた、
『テレクラキャノンボール2013』の出場者でもあるタートル今田…
もとい、今田哲史監督の贈る、
ミャンマー伝統格闘技・ラウェイに人生を賭した人々の
戦いや葛藤…それこそ“迷い”を含めた感情を収めた、
ドキュメンタリー作品。

私、このブログでもテレクラキャノンボール、BiSキャノンボール、
そしてプロレスキャノンボールについての感想を書いた…
書いた?
書こうとした…?
どこまで書いたか思い出せない…
まあでもとりあえずその3つ全部劇場で複数回観たくらいには好き。

そして今田監督はプロレス好きでいらっしゃって、
たまたまエビスコ酒場に来店されたのを目撃したり、
一般人・澤宗紀さんのドキュメンタリーを撮られてたりするのを
なんとなく存じ上げていたので、
劇場に足を運んでみることとなりました。


2015年、AVレーベルであるHMJMを退社した
(作中でも『クビになった』と言及されてる)今田監督に、
ラウェイ”という競技についてのドキュメンタリーの話が持ち上がった旨が
冒頭、当時まだ民主政権下だったミャンマーの喧騒とともに語られます。

冒頭から、というか、作中最もカメラの向けられる時間が長いのが、
ポスターのビジュアルにもなっている、金子大輝選手。

その金子選手が、日本でラウェイの興行を取り仕切っていた団体ZONEとミャンマーを行き来しながら、
この過酷な競技を通じて探していた道を…
「自分」なるものを見出そうという過程が、
前半では主に描かれているように思います。

そしてポスターに描かれているもう一人、
渡慶次幸平選手はこの作中、中盤からの登場人物となるのですが…
“ラウェイ”という過酷な競技を通じて二人が歩むことになる足跡、
そのコントラストがとてもとても興味深いものとなっています。

それは、良い悪い、という価値判断抜きに。



個人的には、“ラウェイ”という競技については一時期、
プロレス・格闘技界隈でも話題になっていたことを作品をみながら思い出してました。

というのも、プロレスリングZERO1の運営から
ファースト・オン・ステージが(経緯は詳しく知らないですが)撤退することとなり、
その後、そのFOSの中村社長が日本で新たにILFJを立ち上げ、ラウェイの興行を主催。
出場選手の中にはプロレスラーも名を連ねていて、
また当時まだあまり馴染みのなかったAbemaTVで無料で見られるということで、
中継を視聴していたことを記憶しています。
(面白かった)

作中の映像にも奥田啓介選手や高橋奈七永選手、
ハートリー・ジャクソン選手もちょっと映りますので、
プロレスファンの方は“お?”と思う場面があるかもしれませんし、
そもそも中村社長はガッツリ出てくる。



“ラウェイ”という競技はバンデージのみを身に着け、
通常の立ち技格闘技で反則とされる攻撃(頭突き、肘、膝など)が概ね許容され、
判定が存在しないというルール故に、
その過酷さ、過激さに焦点が当たりがちになる。

…そのように、作中、ラウェイを愛する登場人物たちは述べていらっしゃいました。

そしてその過激さ、未知性が、
格闘家たちにとって大きな“箔”となり、
作中の登場人物でいえば、
ロクク選手は巌流島→ラウェイ→のちにRIZINに辿り着き、
浜本“キャット”雄大選手は、大みそかの国民的スターとの一戦を掴み取るに至ります。


一方で。

ミャンマーという仏教国家で培われてきたこの競技は、
(成り立ちに全く詳しくないんですが)おそらくは神事として、
国家に信仰に生活に、文化に深く根ざした競技であるものと想像します。

中村社長は、その文化へのリスペクトから、
ミャンマーのラウェイをそのまま直輸入するように
大会を運営していたことが作中でも語られていました。

ミャンマーに渡航し現地の名門ジムに入門、
ラウェイに浸かり、現地で白星を重ね、
“本場のラウェイ”競技者であることでアイデンティファイしていたように映った金子大輝選手。

ILFJの大会に参戦し、ラウェイのルールに触れたことをきっかけに、
ラウェイに魅せられ、“選べるなら今後ラウェイだけ出たい”とまでに
その格闘人生をラウェイで染めあげることになる渡慶次幸平選手。

ラウェイという競技に人生を賭けた登場人物たちの中で、
とりわけ主要な人物と言えるこの二人の歩みは、
必ずしも平坦でなく、必ずしも順調でもないかもしれません。

手にしている結果、直面している状況には、もしかしたら“差”を感じたり、
もしかしたら好き嫌いが別れたり、
もしかしたら良し悪しの価値判断…
どちらが“勝ち組”どちらが“負け組”、
あるいは、どちらが“正しい”どちらが“間違ってる”…

そんな見方をすることがあるかもしれません。



ただ個人的には、どちらも、というか。

この作中の登場人物…
それは、監督自身も、この日のアフタートークイベントに登壇された
写真家の都築さんや元BiSで現アイドル事務所社長のプー・ルイさんも含め…

誰もが、自分の人生を生きてる。
自分の人生を、戦ってる。

そのことに差はないように思いました。



それでもラウェイは競技であり、格闘技です。
勝たなければ、道は、拓けない。

この過酷な競技で一日の長であるミャンマー選手を相手に勝利を重ね、
現地ミャンマーでも勝利を挙げた渡慶次幸平選手は、
今現在、日本における“ラウェイ”の代名詞的存在でもあります。



プロレスファン的にはこの“ラウェイの代名詞”が、
ハードヒットのリングに上がること、
そして“やりすぎくらいがちょうどいい”澤宗紀の遺伝子を継ぐ、
阿部史典…もとい、阿部諦道選手と相対するのは、
楽しみという他ない。

一方で、渡慶次幸平選手は作中でも一つの“夢”を明らかにしています。
しかし、昨今の新型コロナウイルス感染拡大、
そしてミャンマー本国の情勢不安の影響から、
ミャンマーとの往来は難しい状態にあり、
日本におけるラウェイのフィールドであるILFJはその活動を休止しています。

渡慶次選手はこの上映期間中に映画館に足を運び、
自らの“夢”のためにTシャツを売り、
その収益全額をミャンマーの支援に充てる活動を行っています。

そしておそらくは、今回のハードヒット参戦も。
ラウェイのため、ミャンマーのため、自身の夢のため…
新たな戦いの舞台に上がるのではないか、と想像します。



“人はなぜ闘うのか”



この言葉は、本作のポスターに掲載されているコピーです。

ただこのコピーに対する明確な言葉による示唆は作中にはなかったようにも
個人的には思ったところです。

ただ、今田監督がラウェイを通じて得た一つの結論、
作中、最後に表示された5文字のテロップが、
その一つの解になりうる…かもしれません。

ちなみにこの感想文、この5文字だけは
絶対に使わないと決めて書き始めたので、
文書にやたら苦労いたしました…

この5文字を使わずに、個人的に思った、
“人はなぜ闘うのか”の解答…というか、回答は、

生きるため。
もっといえば、闘うため。



“僕は今も戦えているだろうか”

作中、今田監督のモノローグが表示されました。

むしろ、問われていたのは映画を観てる自分なのではないだろうか、と、
帰り道に思い出して、頭の中を言葉が巡りました。

自分自身に関してはあまり明言できないけれど。

少なくとも映画の中の登場人物の方々は、
そして、あの日登壇された方々は。

例えどんなに迷い道の中にいたとしても、
闘いの最中にいる。

闘う彼ら彼女らの人生を、私には笑うことなんて絶対にできない。

その全ての闘いに、
心より敬意を表します。


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