二本足の學者を目指して

賢を見ては齊しからん事を思ふ

【「#中原中也記念館」をたづねて】

2024-05-13 12:07:32 | 文學、精神、そして魂

【「#中原中也記念館」をたづねて】

先日、初めて「#中原中也 記念館」をたづねたのだが、館内の展示にも中原中也に就いては「早熟」と云ふ言葉が見受けられた。

その「早熟」と云ふ言葉は、中原中也のみならず、 #小林秀雄、 #富永太郎 らにも當嵌る。

私なんぞは四十代もをはらうと云ふ歳になつて、やうやく、詩に就いて感じ入る事が出來るやうになつたのだが、さう云ふ境域に就いて、上記した詩魂を有した文學者達は、それこそ十代後半には既に至つてゐるのである。

そして、上述した三人は、「早熟」であるがゆゑに、をんなに關しても事件とでも云へるやうな出來事を經驗してゐる。

また、彼らは語學にも長けてをり、無論、日本語にも長けてゐた。青年である時點に於てである。今日の日本人は、その多くが成熟してゐないと云はれる事があるが、慥かに自覺出來るのは、この私は既述のとほり、今の歳にあつて、やうやく、彼らの青年期に追ひ著いたと云ふ事である。

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