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ごーすとばばやんのブログ日記

ドラクエとビックリマンとお人形が好きな、わたくし「ごーすとばばやん」の日記です。

くも膜下出血介護日記  17日目

2010年04月07日 17時27分10秒 | くも膜下出血介護日記
5月31日  17日目

今日の朝食はモーニングセットみたいな感じでトーストとサラダ、牛乳でした。もちろん完食!
1週間前はまだドレナージ管やおしっこ管がついてたりして食欲もなくて一口二口食べて「もう、いらない」とか言ってたので完食はうれしいことです。
おなかも恥ずかしいくらいにキュルキュル鳴っています。本人は寝てますけどね。

土日はリハビリがお休みなので自主訓練。私が常に付き添いで介助しています。
とにかく長時間の歩行ができるようにと本人も願っていることなのでいろいろと退院日まで日数がないけど出来る限り助けるつもりです。

お昼も全部完食。看護婦さんからは「お茶も飲め!」といわれています。
食後にも散歩。とにかく歩いて力をつけるしか今は方法がないから。10分弱歩くと足が重くなってフラフラしてしまうとのこと。
頭の方は手術した所に頭皮が引っ張られる感じがしてきたと申しております。
なんとなく、その意味はわかる気がします。

常に頭痛が後頭部と右頭部にあるようですが薬飲むほどではないらしい。
お昼2時過ぎ、義母さんがやってきた。1週間ぶりに来たのであまりの回復ぶりに驚いていた。とはいえ、それは見た目。
まだ、微熱が続いたりして、一人で歩くことは許されてないことは伝えた。3日に検査でOKが出れば4日にもしかすると退院?も伝えたら「1ヶ月もしないうちに退院が決まると保険が出ない」とほざいていた。1ヶ月入院の保険って…見直したほうがいいよ…今は1日目から出るのも結構あるのになぁ~。

夕飯は義母さんが義父さんに託された刺身を一品おかずに追加して、久しぶりのお刺身に喜んでいました。
でトイレに付き添って帰ってきました。

今日は病院に朝6時半に着いた。看護婦さんに「早いですねー。」と言われた。
いや、看護婦さんなんてずーっと起きてるじゃない…と思い頭が下がります。
ま、私も朝早く目覚めるし寝てても旦那の病気関連の夢ばかり見て、熟睡できてないんです。
バイクがブーンと通っただけで脈拍計のアラーム音と勘違いして飛び起きて隣に寝ていた旦那の様子を見ようとしちゃいますね。無意識にドレナージの位置直そうとしますよ。もう外れたのにね。っていうかもう私は家で寝ているんだけどね。


木村コーチ、亡くなってしまいましたね。絶対に助かると思っていたから。
旦那も37歳でくも膜下になったわけだから本当、同じ病気で同じ年齢で発病なので他人事じゃないです。
今もテレビで何回も病気のこと説明してくれて見てしまう。旦那は頭がムズムズしてくる、それこそ他人事じゃないので自分は生きていたからようやく「怖い病気」というのを実感してきたようです。
旦那はレベル4と言われてたので、木村コーチは出血が多かったのかなーとか出血箇所が多かったのかなーとニュース見ながら思っていました。
もう、本当くも膜下って怖い病気だなーとつくづく思いました。
木村コーチのご冥福お祈りします。(しかし、私コーチになっていたの知らなかった…まだ選手だと思っていたから…)


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くも膜下出血介護日記  16日目

2010年04月05日 20時04分29秒 | くも膜下出血介護日記
5月30日  16日目

朝6時半頃、病院に着いたらベッドに腰掛けて起きていた。
昨夜のことを看護婦さんに聞いてみたところ、やはり勝手に起き出して一人でトイに行っちゃったらしい。だ尿の量の計測しなきゃいけないので尿瓶にしなくちゃいけないのに~
っていうか体動コールセンサー「うーご君」鳴ったンじゃないのか?どうやら悪知恵を働かせて鳴らない方の線をはずしたらしい。看護婦さんに怒られていた。

朝ごはんは完食した。朝の散歩も車椅子を押しながら歩いてみた。途中、疲れて車椅子に座ったけど。まだ長く歩くのは禁止までとはいかないもののやめておいたほうがいいといわれているから。退院まで歩行力は戻したいね。
朝、看護婦さんが血圧と体温、脈拍を測りにきていた。
で、言われたのは旦那の水虫!もう、爪の水虫ですよ~看護婦さんの一言「これは絶対、治したほうがいいですよ。先生に言って薬出してもらいましょうか?」と言わせてしまった。
今回の旦那の病名なんだっけ?確か、くも膜下だよね、でも今出してもらっている薬って湿布薬に便秘薬、そこに水虫が加わろうとしている~!頭の薬はもう出て来ないのにね。
検査まで日にちがまだ4日もあるから稼ぐなーみたいな。
看護婦さんの言いつけ守らないで一人でふらつくから、よけいな薬出されちゃいそうです。明日、来て薬が増えていたらどうしよう…


私は救急車に一度は乗ってみたいと思ったことがある。
それはただの好奇心からのもの。
でも今から16日前(日記かいてる時点ではね)にそれは実現した。悪夢でした。
本当ね、好奇心とか興味あっただけだから。ストレッチャーに乗せられる夫。そして続いて乗り込む私。
「くも膜下出血」という病気は発生してから24時間以内に処置しなければ90%は死亡するといわれている怖い病気。しかし、うちの旦那は24時間以上経っていたために脳の出血はかなりあったと言われた。
受診した病院では病名は出たものの手術できるお医者さんも手術室も設備もなかったので別の病院に搬送されたのだ。
救急車から見る景色っていうのは運転席のところだけ。信号止まらないで突き進むのでどこを通っているかもわからない。旦那は救急車に乗ったことすら覚えてない。
ちなみに乗った救急車は旦那が興味を持っていたこうきどう救急車。
せっかく、興味をいだいていた救急車なのに当の本人が覚えてないのはかわいそうかな。
っていうか男の人って救急車とか消防車とかは永遠のヒーローなんだね。


久しぶりにくも膜日記かきこみました。
今また、巨人のキムタクコーチがくも膜で倒れて意識不明ってニュースもあったりして書きこんだのだけど。
うちの場合と比べるとまた違うものだなと思いました。
うちの場合、思いっきり意識あったからなーちょっとおかしかったけど…。
でも倒れて24時間以内に手術したからきっと大丈夫とか勝手に思ってます。
手術してから2週間は絶対安静の絶対頭動かしちゃいけない病気だから面会謝絶みたいなもんだからなー。
だから、すごくキムタクコーチの家族の方の気持ちが分かりますよ。
しかし、もうすぐ1年経つんだなーっていうか1年たつのにまだこの日記は終わらないのか…26日間の日記移すのに私何やっているんでしょうね…。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?clu=20100404-00000056-jij-spo

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くも膜下出血介護日記  15日目

2010年02月09日 18時12分07秒 | くも膜下出血介護日記
5月29日  15日目

朝食前に朝の院内散歩。7時半に朝食。「また、ごはん~」と嘆いているも、おかずが少なかったので全部食べた。
食後にまた院内散歩。同じ病棟内では歩行器を使って、1階までは車椅子を使って散歩。少しでも気分転換になればね。

今朝、点滴がはずれた。体についていた管はこれで全部外れたことになる。おめでとう。
ビールでも~というわけにもいかないので、せめて背中流してあげよう。
お昼はうどん。デザートは旦那の大嫌いなパイナップル。食後は例のごとく昼寝。
2時から2時40分までリハビリ。今日からは歩行訓練だけじゃなく手作業の訓練も始まる。
脳の病気って治すまでが大変なんだな~とつくづく思う。リハビリの所で6月3日に血液造影検査をすることを聞いた。その結果次第で退院も決まる。
リハビリは歩行訓練、階段上り下りなど理学のリハビリでも「もう普通に歩けますね。」との声を聞いた。1階3階は車椅子を手押し車にすれば特に問題ないとのこと。
手先の作業を初めてした。物足りない感があったのか「つまらん」と言ってた。
作業の先生は何をさせよう…みたいな困った顔してたくらい。
歩行訓練だけでもいい感じと私は思った。
今日は6時の夕飯がすめば私は帰る。家に帰っても一人の夜はちと寂しい~かもしれない。

実は昨日のことだけど旦那と院内散歩中に見つけた小冊子があった。
泌尿器科の受付においてあった小冊子といえば見当が付くと思うが…
くも膜下になる前から旦那の精子は少なくて元気が無くて大半は死んでた。なかなか子供で着ないので産婦人科で調べてもらった結果だけど。
そして今くも膜下という大病ということで手にとって読んでみた。
結構恥ずかしいことがいっぱい書いてあったけど為になった。
でもやっぱり…というのも書いてあった。脳卒中、つまりはくも膜下もその1種だけど脳卒中になると勃起障害が起こりうると書いてあった。もう子供は完全にあきらめたほうがよいのかなーと自分自身この小冊子見て覚悟を決めた感じにもなった。

今夜は夫が入院してから初めて家で一人で過ごす夜。
とりあえず、たまっていた洗濯物をかたずけたりしている。
…のはいいけど、何か寂しい気持ちになる。いつもは隣にいたのがいないから、切ない気持ちになる。
回復して看護婦さんに迷惑かからない程度になったから帰ってきたのに心にぽっかり穴が開いた感じ。今までは隣に居たのが当たり前だったからよけいに寂しさを感じる。


久しぶりにクモ日記したためました。いやはや去年のうちに終わらせたかったけどちんたらサボってるうちに2月になっちゃいました。
このままちんたらしていると1年たちますね。
1月の後半にまた血液検査に行ってまいりまして、お酒控えめに…といわれていたよ。帰りは、また病院の売店によってシフォンケーキをホールで買ってきました。
検査は二の次で、シフォンケーキ買いに行くための検査になってますよ。本当、おいしーんだもん。だんなと二人で夜食べるのさ。
次の検査は6月。ちょうど退院して1年くらいたつ頃にCT検査するそうです。
しかし、旦那の場合旦那自身、お医者さんの説明聞いてもちんぷんかんぷーん。なのよね。
私は最初からさいごまでお医者さんの説明をCT写真見せてもらいながら説明してもらってたからわかるんだけどね。



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くも膜下出血介護日記  14日目

2009年12月27日 20時09分36秒 | くも膜下出血介護日記
5月28日  14日目

朝ごはん、完食した。主治医からも看護婦さんからもリハビリの話が出てきた。
午後からリハビリの先生に空きがあれば今日から歩行練習が始まる。
病室が変わった。二人部屋。
相手の方は非常に重症でいろんな機械やら管やらが繋がっている。こんなに重症ならこの人こそ一人部屋の方がいいんじゃ…みたいな感じ。二人して胃がちぎれそうな思い
今まで個室だった分自由が出来たから今度はこっちはどんどん回復していってるだけにお隣は…やはり
個室がよかったな~って思ったよ。早く、リハビリ行かせてやってくれ~。

お昼、ほぼ完食。 しばらくしてリハビリのお知らせ。
最初は寝そべって左右どちらが動きにくいかとか闘病生活での背中や腰の痛みなどの問診をして歩行訓練が始まった。
2週間半も歩いてなかったので少々お疲れの様子。でも久々に歩いたので喜んでいた。
リハビリ終了してもまだウロチョロしていたいらしく、とりあえず病室に戻りはずしていた点滴つけて車椅子でGO!トイレ行くくらいの歩行は許されたけど1~3階まで歩くのはまだダメとリハビリの先生に念を押されたのでちょっぴりショックだったみたい。
明日は旦那が待ち望んでいたお風呂!!ヨカッタネ!
ちなみに食欲も回復してきたとのことで点滴も今夜で終了となる。明日にでも退院できそうな感じだけど、リハビリして以前の体力取り戻すまで、来週の血管造影検査するまでは、どんなに見た目が健康そうでも退院はまだまだやね。


今夜で私の付き添い生活も最後となる。
悩んだけどね。昼間は来るつもりでいる。
けれど、夜患者が勝手にベッドから降りるとセンサーが働いてすぐナースが駆けつけるというのを聞いてから、もういいかなーって思ってきた。
トイレなら歩いていけるようになったのもあり、あとは来週の検査の結果次第では退院日も決まる。
見た目は健康そのものというのも安心の1つで帰ろう!と決心が付いたんだけど、もう一つ、理由が…。
部屋が重病人用の個室から普通の人用の二人部屋に移動してきたんだけど、相手がすごい重病人。
なか分厚い壁が仕切りとしてあるものの、いろんな機械とか管とかついてて見ていていたたまれません。たまに「ウーッ」とか言ってるし…。
「見るな」と言っても見えるし。なので今夜、最後に私は外界へ帰るよ。ごめんよ~。
もうこっちが病気になりそうです。キツイです。こーゆう人は個室でしょーみたいな人なので気を使います。
フゥ~明日の夜から何しようかなー?


後日談…
実は…となりにいた重病人さんは2日後くらいに重病人用の個室へ移動、そして翌日の明け方亡くなったらしい…っていうか亡くなった。
付き添いの方が私が朝病室に向かおうとしたらかけよってきて「お世話になりました~。」
と挨拶してくださいました。
その方の病室の前通ったら、たくさん人がいたよ。
旦那と二人して、やっぱりなぁ~と思ったよ。

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くも膜下出血介護日記  13日目

2009年12月26日 19時06分46秒 | くも膜下出血介護日記
5月27日  13日目

朝ごはん、今日は完食!入院してから初めて完食した。
8時半、CTに行く。ストレッチャーに本人が飛び乗って出かけていった。
この個室とももうすぐお別れになるのかな?
CTはすぐ終わって病室へ帰ってきた。
でも帰ってきて早々にいびきかいて寝てしまった。背中の痛み訴えながら…。

お昼、ご飯少し残しておかず全部食べた。食後、主治医の先生からのお話。
来週もう一度脳血管撮影して動脈瘤が残っていないか、血管れんしゅくの程度、術後のクリッピングの状態などを検査してOKなら来週の週末か再来週には退院とのことでした。
今日は今いる重病人用個室から明日かあさってにも普通の個室に移る話も出た。
今のところ二人部屋か個室の空きがあるという。
二人部屋だと私が付いててあげにくいので安い個室の希望をだすつもり。
本人は二人部屋でもいいと言っていたが旦那の身内、声がでかいし場所もわきまえない人結構多いので個室がいいと旦那に訴えた。
そう、お見舞いの許可も出たのだ。いままでお見舞いも遠慮してたのよね。
明日からは歩く練習もする。おしっこの管もはずれた。でも尿の量を計測するのでトイレに行ってもおしっこ入れを持って行く。まだ一人で立つのは非常に危険で禁止なのでトイレに行ったりする介助は必要だったりもする。一人で出来ても安心できるようになれば私の夜の付き添い生活は終わりなのかな。

しかし物覚えの悪い今の旦那のことなので「一人で勝手に出歩くな!」と言っても聞かないんだろうなー。


毎日少しずつ、何かが回復してきている。
今日も来週の検査次第で退院の日が決まる。と主治医の先生が教えてくれた。
今日の変わったことといえばおしっこの管取れたこと。
私の思っていた以上に中に入っていた管は長かった(笑)のでビックリ!
で、これでもう手がかからなくなると思っていたら大間違いでした。
夫のおしっこの量を測るので私がトイレまで車椅子で連れてって尿瓶におしっこしてもらってそれを看護婦さんに渡して…。
まだ立つとフラつくので必ず介助が必要になってくるのだ。
ひゃ~!しかも今の旦那は脳血管の少々のれんしゅくのおかげで何度同じことを言っても忘れっぽいので一人でトイレ行こうとしてしまうのだ。ギャグーン!
もうヤバイですって、フラッとして転んで頭打ったら大変どころじゃすまないのに~!
すごい責任重大な任務を背負わされてしまった気がするなー。
退院は来週過ぎかー、私どうなってしまうんだろうなー。 う~胃が痛い~


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