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車止めピロー:旧館

  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

おっ さんのうた

2009年10月14日 | 八首選 - 題詠2009
おっ さんの歌から8首。


092:夕焼け
曇天も嵐の日にも夕焼けは燻ることなく燃えているのだ

083:憂鬱
押し寄せる憂鬱の波はくるぶしでちゃぷちゃぷ遊ぶくらいがいいね

082:源
帰り道影が三つに増えたのは光源のせいだけじゃないはず

080:午後
午後6時17分の電車にて毎週たまたま君を見かける

060:引退
引退にマイクを置いたアイドルにならって僕は海パンを脱ぐ

057:縁
縁側に誰も座りはしないのに全力で咲く母の向日葵

041:越
浜風を突き抜け左翼を越えてゆく雪崩れるようにアルプスが沸く

007:ランチ
左目にあざを作った帰り道チョコクランチが硬くて泣けた



80番。
既にたまたまではなくなっている、たまたま。
正確な発車時刻によって、一首が強められている。
数詞ってほんとに大事ですよね。

60番。
アイドルがマイクを置いてステージを去る、という
ネタ自体はもう陳腐化しているのかもしれません。
でも、この一首を非凡ならしめているのは、「海パン」の一語でしょう。
歌手に不可欠なマイク。それに比された海パン。水泳選手?ライフセーバー?
海パンを置いて去る舞台はプールサイドか、はたまた浜辺か。
そこはかとないおかしみのある一首です。
 山口百恵が引退したのって二十一の時なんですよね。若くてびっくり。

あみーさんのうた

2009年10月14日 | 八首選 - 題詠2009
あみーさんの歌から8首。


095:卓
きょうの食卓にはゴボウ もう少しボリュームのある人を抱きたい

080:午後
俺の気も知らず陽気な春の午後 川が美しくて飛び込みたい

071:痩
今日もまた1キロ痩せた俺はもうあと2か月で無に還るのか

043:係
体だけの関係なんてわりと仲いい方じゃんか くよくよすんな

033:冠
くさなぎのくさは草冠に早い、つよしは岡のみぎにりっとう

023:シャツ
ああ俺はしわっくっちゃのシャツだけど着る奴くらい選ばせてくれ

022:職
職安に慣れてしまった 待ち時間には職員の手伝いもする

017:解
人を傷つけるのがただ悪意なら解りやすくていいと思うの



71番。
短歌版「痩せゆく男」。
現体重が解ってしまうのが、ほんのりおかしい。

33番。
笑ってしまいました(笑)。
今年なにかと話題になった、草なぎ氏。
(なぎは弓へんに剪)という注釈、ネットではよく見かけましたね。
こういう歌を、ものに出来る視点としゃれっ気が
自分に無いのが本当に悔しい。

私のツボにびしびしくる歌がとても多かった、
あみーさんの百首でした。

ちょろ玉さんのうた

2009年10月14日 | 八首選 - 題詠2009
ちょろ玉さんの歌から8首。


094:彼方
輝かしい夢とか全部つめこんで記憶の彼方に置いたグローブ

090:長
「長い長いトンネルだったね」助手席の外を見ながら君が笑った

075:おまけ
100mダッシュおまけも全力で走る2番手投手を見てた

051:言い訳
言い訳はしなくていいよ 好きだからあたしの鉛筆とったんでしょう

050:災
火災報知機がジジジジ鳴り響く音をぼーっとふたりで聞いた

030:牛
偏見はないけど牛はいつだって左を向いてるような気がする

027:既
ふたりとも既に気付いていたかもね 橋から夕日が落ちるのを見た

004:ひだまり
ひだまりのベッドで眠っている君は絵本に人差し指をはさんで



51番。
文句無く、迫力の一首。この一行がひとつのドラマですね。
この台詞を言ってる子の表情、声、場所などのイメージが
ぱっと広がります。
最近、ヘミングウェイの「わずか六語で出来た小説」というのが
ネットで話題になりましたが、通ずるものがありますよね。

50番。
報知器の轟音と、避難すべきはずのシチュエーション。
それらと、ボーっとその音を聞いているという二人の
コントラストが面白い。この一首もドラマのよう。
たくさんの、忘れかけていた学生のころの感覚を
呼び戻してくれたちょろ玉さんの百首でした。


 For sale: baby shoes, never worn
  売ります:赤ちゃんの靴。未使用
   -ヘミングウェイ

虫武一俊さんのうた

2009年10月14日 | 八首選 - 題詠2009
虫武一俊さんの歌から8首。


005:調
ニートという姿が調度品となるまでいくつもの乗り越えるもの

027:既
第二新卒・既卒からはるかはるか遠い真昼の路をうろつく

035:ロンドン
ロンドンの郊外に生れしニートという言葉のこの肩までのはろばろ

039:広
なんだっておれには広すぎて困る職歴欄とか街とか あと親

043:係
たぶんこの数分だけの関係で終わるのにおれの長所とか訊くな

053:妊娠
母さんが妊娠したのは二十三で、その歳のときつまずいて     いま

068:秋刀魚
手始めに秋刀魚の背骨を取るように空白期間のことを訊かれる

088:編
社史編纂室がどうして悪いのか人と会わずにすみそうなのに



生活、私的経験にきちんと根ざした歌は、力を持つんだな、
ということを改めて教えてもらった気がする、虫武さんの題詠百首。
頭の中の小理屈で捻り出した、自分の歌が恥ずかしくなるような。
しかし、やはり実経験に基づくということだけでは優れた一首にはならず、
虫武さんの歌に魅力があるのは、言葉を操る力が高いから。
8首に絞るのが本当に悩ましかった。
ぜひ百首をまとめて読んでほしいです。→虫武一俊さんのサイト

振戸りくさんのうた

2009年10月13日 | 八首選 - 題詠2009
振戸りくさんの歌から8首。


090:長
かあさんは長澤まさみの髪型を意識している 結果は出ない

089:テスト
舌打ちをしたような気がしますけどマイクテストの練習ですか

085:クリスマス
クリスマスまでには赤くなるようにポインセチアの短日処理を

054:首
逆立ちの足首を持ち補助をする 獲物を掴むような感じで

034:序
どこまでも続けばいいよ 無秩序に見える円周率の配列

030:牛
水牛のすべてを使い切るような部族になって暮らしてみたい

015:型
砂浜を固めてとった右足の鋳型に海がそそがれている

012:達
曖昧なまま放置してあったから友達という名前になった



90番。
結句の、簡潔な突き放しがお見事。

15番。
「砂浜」「海」といった大きな名詞の使い方が素敵です。
大胆な省略と、助詞の用い方。
これは制限ある定型詩だからこその表現ですよね。
右足の鋳型に海がそそがれている。うん、これはいい。

酒井景二朗さんのうた

2009年10月13日 | 八首選 - 題詠2009
酒井景二朗さんの歌から8首。


091:冬
電飾の裏に囘りてライターを振れども點かぬ寒き冬なり

053:妊娠
觸るだけで妊娠するといふ像の表情がもうよく判らない

032:世界
健やかに世界はあれかしこの店の秘傳のタレが腐りだす迄

031:てっぺん
悲しみの殘りは風に任せようと給水塔のてつぺんに立つ

030:牛
牛の横に立てば自分の大きさがあやふやになるすがすがしさよ

023:シャツ
ナイーブが似合はぬ顏と知つてからさらに粗雜になるシャツ選び

017:解
暴動を夢みて必死にこらへてゐるマグロ解體ショーの人々

006:水玉
安つぽいメンコに刷られた水玉の版ずれにさへ未來があつた



酒井景二朗さんの歌は、シンプルで力が入っていなくて・・・
うまい言葉が見つかりませんが、「格好つけてない」。
そこがとても惹かれるところです。
私も自然体で歌いたいですが、それはとても難しい。

「妊娠」の歌。
懐妊祈願の像が描写されているだけですが、
いかに多くの人が、子を生すことを祈って像を触ったことか。
触られすぎて、目鼻立ちもなめらかになっちゃってる。
不妊という女性が抱えるものを、男としてはなかなか切実に捕らえがたい、
という素直な距離感の出てるところが、この一首の好きなところです。

こすぎさんのうた

2009年10月08日 | 八首選 - 題詠2009
こすぎさんの歌から8首。


094:彼方
彼方への電話はいつも長電話呼び出し音が雨垂れになる

082:源
吹く風と水源さがす旅に出る麒麟の肩にセーター脱ぎ捨て

075:おまけ
台風のおまけに晴れた青空にふたりは走る違う道行き

072:瀬戸
苦しいは瀬戸内海においてきた運がよければ蛇の目はいらぬ

060:引退
少年を引退したときいた時心バカリノ流星雨降ル

027:既
既視感に捕らわれている 花信風(かしんふう)薫る路地裏 風呂なしアパート

013:カタカナ
夕飯をカタカナで誘ふ猫毛雨ハンカチ畳むハンカチ畳む

004:ひだまり
君がいた布団の中にひだまりが隠れて 虎落笛 遠ざかる



様々な表情をした雨と風の歌たち。
こんなにたくさんの表現があるんですね。

「ひだまり」の歌。
もがり笛というのは、竹垣や電線に風が吹き付けて、
ぴゅーぴゅーと音を立てている状態のことだそうです。
かなり強い風。そんな中に、君は出て行って、やがてその風の音も
遠くに消えていった・・・そして残っているのは、布団の温もりだけ。
そんな情景でしょうか。

布団の温もりは、相手の存在と不在を同時に感じさせるもの。
ここではひだまりと表現されているので、寂しさはそれほど強くないのかな。
現代における、<後朝の別れ>ですね。

斗南まことさんのうた

2009年10月07日 | 八首選 - 題詠2009
斗南まことさんの歌から8首。


092:夕焼け
夕焼けに染まる廊下で見つめ合う僕たちの影 許し合おうか

082:源
どうしても決められなくて初夏(はつなつ)の源平ウツギは風に揺られる

078:アンコール
たくさんの手が打ち鳴らすアンコール私にはもうなにも出せない

059:済
あのひとの修正済みの思い出にわたしはいない ススキが、揺れる

054:首
かわたれに首長竜が見る夢に私の種も含まれている

042:クリック
そんなとこクリックしたら隠してたホンネがポップアップで出ちゃうよ

035:ロンドン
事務的に君のメールを消していくロンドン橋は落ちてしまった

034:序
序章から悲恋になると知りながらさざめく湖(うみ)を止める術はない



82番。
黒白つける、もとい赤白か。
心の源平戦はどちらに軍配が・・・

78番。
一読して、ふとよぎったのはカフカの「断食芸人」のことでした。
彼は反対に、誰からも何も求められなくなってしまったのですけれど。
求められる苦しみ、求められない苦しみ。

35番。
破壊的、運命的な出来事を下の句に持ってきたことで、
作中主体の心情がくっきりとしました。お見事。

間遠 浪さんのうた

2009年10月04日 | 八首選 - 題詠2009
間遠 浪さんの歌から8首。


099:戻
戻られたし昨夕戻られたし昭和 わたしは少女でありましたとさ

076:住
住み慣れた父を離れてからだだけ子どものままでゆく水族館

072:瀬戸
頭胸にかき抱き凪ぎ渡る瀬戸たとえば父で或いは兄で

034:序
序にかえてくちづけをする ここからがきみを忘れてゆく物語

021:くちばし
「くちばしはあひるのからだ持たされてつめたいままがいいと言ってる」

016:Uターン
Uターンしないで帰る もういない父のベッドの青いひまわり

012:達
散歩する夜を戻れば手洗いの曹達石鹸かわいて きれい

003:助
うっかりとあの子の膝に触れたので羽化幇助に問われる指でした



一首ごとに、一人の女性をモデルとして詠まれた百首。
モデル名を見てから一首を読むか、あるいはその逆か。
多様な楽しみ方ができると思います。

3番。羽化するのは、触れられた方ばかりでしょうか。
大人になっていく少女。少年は指をくわえて見ている。
きっかけを与えたのは自分なのに。
若き日の瑞々しさ、痛々しさ、過剰なまでの自意識。
制服からすらりと伸びた足が浮かぶ、甘酸っぱい一首。

72番。恋人に父、あるいは兄の姿を重ねる。そういえば、
弟というのはあまり歌のモチーフとして出てこない気もします。
反対に女性ならよく詠まれるのは母、あるいは妹でしょうか。
たまたま今日読んだ道浦母都子さんの歌集『夕駅』に
「震えいるわたしの横に立つひとよ 父のようにも 兄のようにも」
という一首があり、この歌とつよく響きあったのでした。

(こちらには引きませんでしたが、それぞれの歌が誰をモデルに詠われたか
 ぜひ間遠 浪さんのサイトでご確認ください)

Re:さんのうた

2009年10月02日 | 八首選 - 題詠2009
Re:さんの歌から8首。


093:鼻
鼻と鼻くっつけあってミッキーとミニーみたいに愛し合いたい

072:瀬戸
瀬戸内の海の深さにも沈まない想いが確かにここにはあった

068:秋刀魚
骨だけを残して秋刀魚を食べるのに私のことは置いていくのね

059:済
もう済んだことだと終わらせる君に忘れられない過去をあげます

055:式
塩ふって清めるなんてじいちゃんに悪い気がした葬式の後

033:冠
折り紙の王冠頭に乗せた後きみを助けに乗り込む予定

025:氷
カランって氷が泣くのでひとりきりだということに気付き始めた

014:煮
後ろから抱き締める人じゃない人を想って煮込んだスープを見てる



恋歌の怒濤の連打、Re:さんのお歌です。
お気に入りは33番ですね。
折り紙の王冠を被ったレスキューって、この人を食った感じ、
おちゃらけてるようなんだけど、照れ隠しにも思えて。
紙で作ったニセモノ、というと思い浮かべるのは名曲
「It's Only a Paper Moon」。

say It is only a paper moon
sailing over a cardboard sea,
But it wouldn't be make-believe
If you believed in me.

厚紙の海に漂う ただの紙製の月だって
あなたが信じてくれるなら 本物になるんだよ

じゃみぃさんのうた

2009年10月01日 | 八首選 - 題詠2009
じゃみぃさんの歌から8首。


092:夕焼け
秋の日の明石の海の夕焼けにあなたの時もきっと止まるよ

091:冬
冬瓜がメニューにあれば食してるあの人のこと考えながら

074:肩
幼児を大きなおっちゃん肩車あっちこっとと言われるままに

063:ゆらり
小船乗り進水式のアルバイトゆらり揺られて油をすくう

061:ピンク
ふふふんとチャリンコ置き場で微笑んでピンクのチャリにあなたを想う

060:引退
高校で過ごした証し引退に泣けないほどのこの負けっぷり

050:災
飛び起きて地球がくしゃみしていると震災の朝のんきだったと

044:わさび
わさび抜きそんな感じと君笑う何のこっちゃと僕ふて腐れ



63番。
水上でゆらゆらと揺られながら、浮かんだ油をすくっている光景。
その場面ならではの細かい描写は、頭の中だけでひねり出すことができないもの。
やはり、仕事やアルバイトなどの私的経験に基づいた歌は強いですよね。
一首の個性がちゃんと光っている。
「あぶらをすくう」なんて、理屈では詠めないですもんね。
そういうシチュエーションもなかなか無いですし。
裏を返せば、おそらく誰もが経験するであろう恋愛などを
個性的に詠むのはとても難しい、ということだと思うんですが。

原田 町さんのうた

2009年10月01日 | 八首選 - 題詠2009
原田 町さんの歌から8首。


089:テスト
聴力をテストされおり耳奥にみんみん蝉の鳴きやまざれば

076:住
三十年住みて余所ものこの在の祭囃子が風に聴こゆる

063:ゆらり
十億の飢餓人口があるというゆらりゆらりと寿司皿まわり

062:坂
今年また定家葛の咲く坂を訪ね来たれりきみ在らなくに

042:クリック
ロボットに戦争させる時代へと右クリックでなべて殲滅

036:意図
意図したるごとくに子らは離れゆきつんつんつばめ巣作り始む

031:てっぺん
てっぺんがまだ閉じてない嬰児のひよめきに触る真幸くあれと

006:水玉
色かたち微妙に異なる水玉のスカーフを選るあすは晴れの日



31番、なんと優しい歌!
「ひよめき」という語は初めて知りました。
とても柔らかい響きをもった言葉ですね。
もうとっくに閉じてしまった自分のてっぺんを、
なんとなく触ってしまいました。
このてっぺんは、幸あれと祝われたてっぺんかな・・・?
これから出逢う赤ちゃんには、「幸多かれ」と
祈りながら頭をなでてあげたい、そう思いました。

ウクレレさんのうた

2009年09月30日 | 八首選 - 題詠2009
ウクレレさんの歌から8首。


100:好
百均で好きなだけ買うしあわせの水羊羹はほどよく甘い

078:アンコール
アンコールワットの前に君立たせ唇だけを紅く描いた

076:住
君の住む街へと空はつながって神はあなたを信じてますか

064:宮
男でも子宮の疼く夜がある玉子のようにきみを抱きたい

062:坂
北野坂しろいパラソルのぼりゆく右手は誰のために空いてる

051:言い訳
引き返す言い訳ひとつ欲しくって一番星をきみと探した

027:既
5Hの鉛筆さがし既往症欄にちいさく「初恋」と書く

022:職
定年ののちの国勢調査なら職業欄に「歌人」と記す



62番。
一読して全体の情景が鮮やかに浮かびました。
描写されているのは、パラソルと右手、それだけなんだけれど。
加藤治郎氏の
「手をひいて登る階段なかばにて抱き上げたり夏雲の下」
の一首がふと思い出されます。
三十一音という限られたなかに、何を盛り込みそして何を省くか。
これが歌人に課せられた制限であり、そして特権。
最近、惰性で歌を詠んでいる私は、
「あえて語らない」
ということを、もうちょっと積極的に考えていかないとなぁ、
と考えさせられました。

萱野芙蓉さんのうた

2009年09月22日 | 八首選 - 題詠2009
萱野芙蓉さんの歌から8首。


095:卓
卓上の秋の薔薇のくれなゐの棘、拒みつつひとを恋ふ色   *薔薇=さうび

088:編
やさしさが熟れて腐臭を放つ日の逃げ場所としてポー短編集

080:午後
翅を得たものが飛び去り脱け殻は午後のひかりに透けゆくばかり

072:瀬戸
もの足りぬくちづけだ目を開けたまま瀬戸黒よりも濃い闇にゐて

060:引退
引退をさせるともなくオリヴェッティおもたく跳ねる文字をいとしむ

057:縁
ささがねの蜘蛛の縁者である母の子なればわれに触るるなをのこ

043:係
身動きのできぬ関係あぢさゐは仲よし小よし炎天に萎ゆ

037:藤
いつか背いてしまふだろう庇ふやうに藤棚のした触れてくる手に



優れた詩人の作品をみると、人や世界に影響を与えるものとして
太古より「言葉」の畏れられた理由が、わかる気がします。
人の心を動かすことばの組合せは、やがて呪い(まじない)となる・・・
萱野芙蓉さんの百首を読んで、そんなことを考えました。

37番。パートナー、あるいは自らの信念や道徳に背いて、
いつしか自分は藤棚の下、いざなう手についていくことだろう・・・
という一首と読み解きましたが、どうでしょう。
(「触れてくる手」そのものに背く、と素直に読むべきかな・・・)
背く、の語は「今まで懇意にしていたものへの裏切り、離反」という
意味合いがあると思います。一方「庇うように触れてくる手」の持ち主は、
作中主体がこれまでに送ってきた生活の外から来た、という感じがします。
ちょっと背徳的なニオイがするというか。隠れた逢引っぽいというか。
「藤棚」ですから、春ですもんね。浮ついた芽吹きの季節。

88番。「ポー短編集」は腐臭からの連想と思います。
そのポーの作品からさらに連想されるのは、破局・崩壊・死。
ネヴァーモア。No way out、出口なし。
優しさに慣れきってしまった作中主体は、異化的なカタルシスを求めて、
非日常の世界へ飛び込んでゆくのでしょう。それが単に「照れ」を現わす
スタイルなのか、慣れた生活のどん詰まりから本当に逃げ出したいのか・・・。
どちらにしても、ポーの世界から日常に戻ってきたとき、
いつもの「優しさ」はまた違った風に見えるでしょうね。

ぽたぽんさんのうた

2009年09月19日 | 八首選 - 題詠2009
ぽたぽんさんの歌から8首。


095:卓
父の背が小さく見えてくるにつれおとなしくなる隅の卓袱台

078:アンコール
最初からプログラミングされていたアンコール残し客席を立つ

066:角
人生がとり残してきたものたちがひしめいている三角コーナー

052:縄
兵十が火縄銃持ちごん撃ったときの気持ちになったさよなら

039:広
明日急に黒い背広が必要とテレビの話のついでにきみは

034:序
順序よく植えたつもりの球根のひとつひとつに個性がありき

033:冠
「定冠詞!」「不定冠詞!」と先生の熱心さだけが心に届く

027:既
「もう既にタカシはいないものとして暮らせている」とうわずった声



66番。三角コーナー。
これ、お題にあったらいろいろ面白い歌ができそうな単語ですね。
結局は捨てるモノを、一時的に溜めるためだけの場所。
ほんとは、もしかしたら必要なものかもしれないけど、
でも一度そこに入れてしまったら、もう取り出して使う気にはなれない。
さっきまで有用だったものの一部が、あっというまに「ゴミ」に変わる所。
放置してたらどんどん溜まるし、しかもなんだかニオイもしてくる。
狭いシンクの中で、無視できない妙な存在感のある、それが三角コーナー。
だけど、悲しみとか恥とか、そういうものを沢山ひしめかせているほうが、
味のある人になるのかもしれないなぁ、とも思ったりします。
私はほとんどゴミに出しちゃいました。