goo blog サービス終了のお知らせ 

縄文人の志葉楽さんのブログ

日記や趣味を書く

●極限見つめた「おくりびと」  遺族の「ありがとう」かみしめ

2020年01月30日 12時39分52秒 | 生活
●極限見つめた「おくりびと」  遺族の「ありがとう」かみしめ
久しぶりに昔の日記を見てみた。
あの頃は私も一生懸命で何もほとんど考えていなかったりではないかと思う。
あれから もう 十年が経ってしまったんだね。
この記事読んでいる人はどんな感じですか。
ここ毎年毎年 色んな災害が起こっている。
今は新型ウィルスが蔓延してきている。
今の所 日本では死者が出ていないけど どうなっていくのかな。
ネット見ていると色んな情報が流れている。
一つ面白いと言うと怒られそうだが 今度のウィルスは中国人が重体になる。
このウィルスはテロだとか。
3月になると収束するだろうという話も聞きます。
この先 日本人が六百人余りが帰って来てどうなるかですね、
2月以降の事はどうなるか。
人から人感染と認定 厚労省  1/30(木) 11:32
新型コロナウイルスによる肺炎患者が相次いでいる問題で、厚生労働省は30日、国内で人から人への感染が確認されたと発表した。ネットのニュースです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200130-00000048-jij-soci
コメント
tan***** | 44分前
今回の厚労省の対応はひどいですね。
全てが後手後手 後出し。
やることが2週間くらい遅れてます。
もはや国内の流行を押さえるのは不可能でしょう、あとはウイルスが変異して重症化率が上がらないことを祈るのみです。


2011年04月11日01:59全体に公開     雪柳さんの日記   
極限見つめた「おくりびと」  遺族の「ありがとう」かみしめ

55人ー。
3月11日の東日本大震災から4月5日までに、岩手県大船戸市の葬祭業、鈴木洋さん(61)が見届けた数だ。極限の現場を見届けた‘おくりびと‘は今、遺族からの「ありがとう」を静かにかみしめている。

 11日。停電し情報が途絶えた。自宅の前の坂を下りた先にある繁華街で、多くの命が海に消えていた。

 12日。1人目の納棺を頼まれた。だがガソリンが手に入らない。約30キロ先の依頼者の家へたどりつけない。会社を辞めて1989年に今の会社を興して初めて、仕事を断った。

 13日夜。顔見知りの女性の納棺を頼まれた。遺体安置所になった中学校体育館。遺族が言った。「裸ではかわいそう。早く旅の支度をさせてやってください」
 余震がろうそくのあかりを揺らし続けていた。耳や鼻の穴に詰まった泥と砂をぬぐい、死装束をまとわせた。遺族が思い残すことがないよう、一つずつ、一つずつ手順を踏んだ。

 14日。ようやくガソリンを確保できた。棺を仕入れるため、秋田県の葬儀会社にトラックを走らせた。自宅近くで、津波に遭った特別養護老人ホーム入居者のためのひつぎが急増すると分かっていたから。荷台に積めるだけ積んだひつぎの板は72人分。

 15日。特養ホーム入居者の納棺が本格的に始まった。死装束の在庫が足りず、浴衣で代用した。傷んだ遺体を密封するため、寝袋のような「納体袋」に包んだ。物流は寸断され、家は流されている。いつもなら花や思い出の品に埋め尽くされるひつぎには、納体袋に包まれた遺体しか入っていなかった。
 1週間ほどが過ぎ、徐々に花や仏具も届き始めた。それでも、新たに納棺した人達のひつぎにはあえて何も添えなかった。「同じ条件で亡くなった人は、同じ条件で見送る。それは遺族のためでもある」。花で埋まったひつぎに比べてふびんだとは思いつつ、信念を貫いた。
 慣例では一つのひつぎには1人しか入れない。それでも、母親の胸に1歳の女児を抱かせて見送りもした。「見届けるとき、遺族に後悔する気持ちがあると、それは‘お化け‘になって、残された人の頭にずっと浮かび続けるんです」。遺族を思い、気遣った。
 相次いで亡くした前妻や身内も自らの手で清めた。息子も既に独立した。「この仕事も65歳ぐらいが潮時かな」と思っていた。そんなとき、大地が波打った。

 4月になり、遺体は主に大手の葬祭会社が引き取っている。わずかばかり日常を取り戻した今、極限に向き合った日々を支えてくれた遺族の言葉を思い返す。
 「こんな状況で、最後まで手をかけてくれて本当にありがとう」

=============================================

この記事を読んだときの気持ちをどう表せばよいのか・・・。

強いて言うなら、ただただ
いとおしい。
なつかしい。

おくる方にも、ご遺族にも、わたしは日本人へのいとおしさとなつかしさを感じた。

哀しかった。
切なかった。


コメント

2011年
04月08日
21:491: わたあめ
ありがとう…

それはどこの国の言葉でも同等の表現が見つからない最上級の言葉。


最高の感謝と日本人らしさが折り重なって出来ていますよね。

よい日記を『ありがとう』ございます。

.2011年
04月08日
22:092: 雪柳
>>1 わたあめさん
コメントありがとうございます。

・・・。すみません。言葉がでなくて。
おくりびとも、ご遺族も日本人だなぁって。

我々も日本ジ人だなぁって。

うまく言葉にできませんが
わたあめさんも、この日記読んでくれた方も
言葉にできなくったって分かってくれる。
同じ心だから。

.2011年
04月08日
23:453: じゃじゃ馬@ポス部☆中将☆
私もうまく言葉にできません・・・
でも、同じ心です。

慣例に縛られず、
母親の胸に1歳の女児を抱かせて見送ったなどの
優しい思い遣りの臨機応変さに、日本人を感じます。

.2011年
04月08日
23:544: 雪柳
>>3 じゃじゃ馬@ポス部☆准将☆さん

ご遺族の方の「ありがとう」がいとしい。

おくりびとにも、ご遺族にも相手を想う気持ちがある。
日本人の優しさが切ないですね・・・。

.2011年
04月09日
00:245: 蘭
極限状態で、日本人の良さが随所に出ますね。
私には到底出来ない仕事です。
でも、最後のひとこと”有難う”は言えるかも、
ほぼ自動的に、
それが日本人だから・・・・・・、
そして私も日本人だから。

日本人に生まれさせていただいて、ありがとう。

.2011年
04月09日
00:546: 雪柳
>>5 蘭さん
蘭さんは大和撫子ですね。いつも心に日本があるのですね。
母親が我が子を胸に抱くように。

蘭さんの優しさ、文章に感じます。

>日本人に生まれさせていただいて、ありがとう。
この国の歴史にありがとう。

.2011年
04月09日
01:347: 伊豆七島
映画のおくりびとを思い出しました、日記にもかきましたけど。
このようにあの世へ旅立つひとたちを深く思いやる心、われわれ日本人は
本当に素晴らしい民族なのだと心底思っています。

.2011年
04月09日
09:568: 雪柳
>>7 伊豆七島さん
話が飛躍しますが、ジャンボ機が御巣鷹山に落ちた時、ご遺族の方々は散り散りになった遺体のかけらまで捜そうと最後まで遺体安置所を回ったそうです。
イギリス人はそういう日本人の心を理解できなかったとか。
あちらのお国では、亡くなった家族の部分遺体を家に連れて帰らないとかわいそうだというスタンスではないのですね。死生観が我々とは違うのです。
それが民族の文化と伝統の違いだとつくづく思ったことでした。
だから映画のおくりびとが、外国の方に深い感銘を与えたのでしょうね。

亡くなった方をおくるときは、おくる方も、見送る方も伝統文化に基づいた同じ心が
はたらくのだと改めて教えてくれた記事でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日記から縄文の時の流れにゆっくりと流される自分を感じた。
二万年とも三万年とも言われる時の流れの中でユックリと熟成された。
切なさや愛しさだけでなくて恋しさまで感じる。
日本人とはいかに素晴らしいか。
侵略者にはとうてい理解出来ないモノ。
自然の中で生きる素晴らしさをかもし出して。
死生観も日本人成れば共有できる。
外人には理解出来ないけれどもこの雰囲気は感じら玲ルのでは無いだろうか。
そこにモノの大切さが宿るのでは無いだろうか。

コメント

夢野 美鈴

夢野 美鈴2011年04月11日 11:21
悲しい現実ですね。

地震さえなければ、楽しい人生がまだまだ続いたのに~

無念の思いを残して沢山の魂が天に登りました。

自然の力には文明が発達しても無力ですね。

これをバネに日本も良い方向に変りたいですね。







コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。