
もし貴方にローマを訪れる機会がありましたら、必ず立ち寄ってほしい所があります。
システィーナ通りとクワトロ・ホンターネ通り、クイリナーレ通りと9月20日通りとが交わる所に春・夏・秋・冬の四季の泉があります。
かつては清らかな水が滾々と湧き出て旅人の喉を潤しておりましたが、今では泉もすっかり涸れはて水音を聞くことは出来ません。
しかし各季節のほんの一時、泉の水が湧き出ることがあるのです。その水を汲み取り空からふり撒き各季節をよび覚ますのがファータ、妖精の仕事です。
☆primabella 春☆
システィーナ通りを北西の方向へ進むとトリトーネの噴水、トレビの泉、スペイン階段、そして緑深きボルゲーゼ公園が広がります。
ミモザの花が黄色く咲きみだれるころ、この公園のお花畑にローマで一番早い春を運ぶために春の泉は使われます。
白きふくよかなる指の間から ぽっちりと顔を出したあなた
急に差し込んだ陽光に凛と身を震わせる
その時あなたの鼓動に大気の一粒一粒が美しくきららぐ
こっくりと小首をかしげたマドレーヌの黒ずんだ瞳の中に
あなたはある
先刻生まれたばかりの透きとおるような清潔さ
あふるるばかりの生命力 少女の慎みが今朝の私を快活にする
春の仙女の来訪は そんな朝にはじまった
☆estate 夏☆
6月23日のサンジョバンニの祭でローマにも夏が訪れます。
ローマが最もローマらしくいきいきと輝く季節です。
クワトロ・ホンターネ通りを南東の方向へ進むと聖母マリアのために世界で最初に造られたサンタマリア・マッジョーレ教会、コロッセオが滅びる時、ローマも滅び、そして世界が滅びると言われた壮大な円形闘技場ロッセオ。3000人が一度に入浴出来たと言われるカラカラ浴場があり、その先はイタリアの最南端ギリシアへの渡航地ブリンディシに終るアッピア街道が始まります。この辺りには地下数100にも及ぶ埋葬墓地カタコンベが広がります。
街道沿いにはわずかに笠松が影をおとしその中を6月の花嫁を乗せた婚礼の馬車がマッジョーレ境界えと急ぎます。
道端の叢にシャレコウベ一つ
埃にまみれ両の眼にはたたえる涙もなく虚空をまどろ見る
かつてこの道は幸福へと続いていた
男と女の関係では 去りし者が勝利者
私はひさびさに軽やかな馬車の歩調りを聞いた
どうやら婚礼の列らしい
どうしてこんなに胸が高鳴るのか俺には訳がわからない
俺は見えぬ目をば見開いた
馬車より投げられし花一輪 残されし者への憐れみか
私はしばしまどろむ
その時馬めの蹴った石俺の顎をば砕きおった
激しい夏の太陽から緑を守るためにつかわれる夏の泉は、若者の迷える魂を鎮め心の乾きを癒すために使われるようです。
☆autunno 秋☆
雨の少ないローマにも、夏の強烈な太陽を鎮め秋を迎えるためにひとしきり雨を降らせるのが、秋の泉の仕事です。
クイリナーレ通りを南西の方向へ進むと大統領官邸、ローマの中心地ベネチア広場、真実の口、そしてテベレ川につきあたります。雨は川沿いのマロニエの並木を濡らし、対岸にあるトスカが身を投げたサンタンジェロ・サンピエトロ大聖堂が雨簾の中にけむっております。
そとは雨 時おり聞こえる轍の音
長く厳しかった夏を耐え雄々しく成長した木々の葉面に
涼しげに降りかかる雨粒
短き生命の燃焼を終え土にかえる束の間の静寂
乳色のモヤの底からバッハの二声のインベンションが
聞こえてくる
たどたどしくはあるが決して留まることのない
過去から未来へ突き通す時のおもみ
☆inverno 冬☆
9月20日通りを北東の方向へ進むとバルベリーデ宮殿があり、その先はピア門、この門をぬけるともうローマの市街地です。
アグロロマーノの田園地帯を通りぬけ、そのまま進むとアペニン山脈の麓アマトリーチェという小さな村に突き当たります。
白きものが大地を覆い生命のいぶきは閉ざされたかにみえましたが、生命力は営まれ小さな灯火は燃えつづけております。
乙女は歌う子守歌 童は眠る傍らで
機織コットン コットント 楽しき夢路に誘います
灯火明るき部屋の内 外は真白き雪野原
今夜も通るよ氷姫 いじわる 泣きむし連れてくぞ
春の仙女はまだまだ来ない 静かにふけゆく冬の夜
南の国の戦争が二人を山へ追いやった
童は歌う子守歌 戦き眠る乙女子わ
松の葉擦れはザワザワとまどろみ果てることもなし
春など来るまい。 泉は凍りついたままです。
*[完]・・次回は5月末にギリシャ神話 (アプロディテの腕)をお送りします。