あこがれって言葉はもう死語のようです。
それは工業化社会、資本主義社会の宿命かもしれない。
企業が営利を追求するのは当たり前です。
安く仕入れたものを高く売るのは商売の基本です。
自転車も他の工業製品と同様、人件費の安い国で大量に作って、安く市場に出回っています。
国によってはそういう安価な輸入製品に高い関税をかけて市場を保護しているところもあるようですが、少なくても日本はそうしてはいませんし、世界的に安物が市場を席巻してしまっています。
「悪貨は良貨を駆逐する」
というのは、通貨の世界だけの問題ではなくて、広く言えることですね。
昔は自転車の小規模メーカーというのは世界中にたくさんあったのですが、今や絶滅に瀕しています。
特に部品メーカーは日本企業が独占的に勝利した結果、個性的な部品は壊滅的状態です。
フランスの古いハンドメイド自転車の写真集なんかを眺めていると、本当に工芸品のようです。
僕らが自転車に関心を持ち始めた頃、70年代頃はまだそういう自転車の世界が結構残っていて、いつかは所有してみたいとあこがれたものです。
性能や機能は工業製品にとっての目標であり、同時に最大の言い訳でもあります。
作る側としては高機能、高性能で低コストが好ましいわけですが、実はこの条件は結構両立します。
客にとっても、安くて性能の良い製品は歓迎されるわけですし。
でも、モノにそれ以上の満足度や夢を求める人間は置き去られるわけです。
美しいモノやたとえ自分の趣味に合わなくても、作り手が一生懸命に作ったことが感じられるモノ、所有することだけでも心を満たしてくれるモノ、遠く夜空に輝く星のように、人がそこに物語を重ねたくなったり、行くべき道を導いてくれるようなモノ、そういうモノって減りはしても増えているようには思えません。
建築、工芸、陶磁器、自動車、そして自転車も。
…という世の中の流れに何とか逆らいたいと思っているんだけどね。
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