みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

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音楽と音楽療法の間に横たわるもの

2018-06-12 14:17:08 | Weblog

長年、音楽を生業として暮らしてきた。

その立場から音楽療法というものにずっと関心を持ち続けてきた。

結果、いろんなものが見えてきた。

「音楽と音楽療法って何が違うの?」

この疑問は、プロの音楽家にとっても、音楽とは関係のない一般の人たちにとっても共通したものだろう。

果たして、私自身もこの疑問に完璧に答えられるかどうかの自信はない(というか、この疑問に完璧な答えを提供できる人が世界中に一体どれだけいるのだろうかとも思う)。

とはいっても、自身で「音楽療法研究会」なるものを主宰したり、音楽療法の臨床例を作っていく具体的な動きなどをここ数年さまざまに行なってきた身としては無責任なことも言えない。

日本の音楽療法が欧米から完全に出遅れているのは、一にも二にも実際の治療現場が少ないことに起因している(と私は思っている)。

ここでも、明治以降に始まった日本の音楽教育、音楽文化の普及運動と同じ過ちを繰り返しているような気がしてならない。

現在、日本の音楽家のレベルが(音楽のありとあらゆるジャンルで)欧米と比較して遜色ないことは誰もが知っている。

では、そうした優秀な日本の音楽家の人たちが音楽家として充分に生活していけるのだろうかというと、答えはノーでしかないだろう。

つまり、ことばを変えれば、日本に「音楽マーケットや音楽というニーズがどれだけ存在するのか」という問題に行き着くのだ。

ニーズがなければモノは売れない。

当たり前の話しだが、どういうわけか、日本ではお客さんが少ないのに、音楽や音楽家だけが過剰に生産されている。

だから、必然的に「音楽で食べていける人が少ない」というごく当たり前の現実が生まれてしまう。

なぜそうなったのか?

もともと日本社会になかった(西洋音楽という)ニーズを明治政府の役人たちが無理矢理作ろうとしただけの話し(かもしれない)。

それが150年たった今でも尾を引いている(のかもしれない)。

(江戸から大政奉還された)当時の明治政府が真っ先にやらなければならなかったことは、音楽家を育てるために留学生をヨーロッパに送ることではなく(「この時、宮内庁の楽師たちが勉強しにドイツに行った」)、「一般の人たちが音楽を楽しめるような環境」を作らなければならなかったはずなのだ(この結果が「鹿鳴館」では、「え〜?そうなの?!」だ)。

そうした社会底辺の音楽に対するニーズ作りにはまったく手をつけないで、いわゆる「ハコ」だけを先に作ろうとした。

これは、今も昔も変わらない(「お役所仕事」の典型)。

なにも劇場だけが「ハコ」ではない。

こと音楽文化に関していえば、「音楽家」だって「ハコ」の一部。

ただ、このことに音楽家自身も、聴衆も、お上さえも気がついていない。

音楽家は「クリエーター」という「ソフト」だから、けっして「ハコというハードなんかじゃない」と思いたいのだと思う。

音楽文化の担い手は一体誰なのか?

それは、紛れもなく一般大衆。ここが「ソフト」なのだ。

音楽療法だって同じこと。

まずもって、音楽療法ということばを勘違いしている。

音楽と音楽療法は違う。

すべてはここから出発しなければいけないはずなのに、この(音楽と音楽療法の)境界が未だにアヤフヤなままだ。

私の(個人的な)定義では、「音楽は、コミュニケーション」だと思っている。

それが「神とのコミュニケーション(あらゆる宗教に音楽は必須)」であれ、「自然とのコミュニケーション(これが、ダンスを含めたさまざまな儀式用の音楽を作る)」であれ、「人とのコミュニケーション」であれ、音楽とは「何かを伝え、受け取る」ために存在するもの。

だから、音楽家がステージで演奏する、それを聴衆が聞く。ここで「何か」が伝わらない限り、聴衆が感動したり心に何かを得ることはない。

すべての音楽家はここを理解するところから始めなければならない(と私は思っているのだが、現実はそうとばかりも言えない)。

そこで、改めて「音楽療法とは何か」を考える。

「音楽を使って、(人の)乱れてしまった心身のバランスを回復する治療、施術を行なうこと」。

病気というのは、心であれ、身体の一部であれ「本来そうあるべきバランスが崩れたり損傷したりしている状態」のことを指すはず。

「音楽療法」の定義としては、これだけで充分だろう(米国音楽療法学会では、もうちょっと難しいことばで定義しているが内容はこれとほぼ同じ)。

しかし、日本では、これを拡大解釈し過ぎているような気がしてならない。

私たちがよく行なう、病院でのコンサート、施設でのコンサート、デイサービスなどでの音楽まで音楽療法の一つだと思っている人は多い。

私は、厳密な意味では、違うと思う。

なぜなら、それは「治療目的」ではないからだ。

「心を癒すことも一種の治療なのでは?」と言う人もいるかもしれない。

しかし、その人の「心が癒されたかどうか」は、あくまで個人の問題(受け手の問題)だ。

40人の(さまざまな疾病の)患者さんを集めて同じ音楽を同じように演奏して40人全員が同じように癒されるなんてことはあり得ない。

それで、自閉症の子供の心が改善されるのか、パーキンソン病の人の身体の動きが改善されるのか、鬱病が改善されるのか….?

もし音楽療法を「治療の一つ(これがセラピーということばのもともとの意味だろう)」として使うのであれば、(当たり前の話しだが)一人一人の患者さんの生活や心、歴史、つまりその人自身の中身(プロフィール)と向き合わない限り、「何をどうやってどういう風に治療するのかを」決められるはずがない。

要するに、その人の「個人史」を傾聴することから始めなければならないし、現在の症状を詳しく観察しなければならない。

(「医は仁術」という考えからすれば)本来、医者も(クスリを処方する前に)同じ作業をするべきなのだろうが、そんな悠長なことをやっている医者はあまりいない。

個々人のキャラや育った環境などで、ひょっとしたら音楽なんか治療にまったく必要ないのかもしれない(むしろ邪魔になるかもしれない)。

一緒に歌った方が良いのかもしれないし、何か演奏を聞いてもらった方が良いのかもしれない。

あるいは、何かを一緒に叩いたりした方が良いのかもしれない(自閉症や行動障害の子供にはこうした方法を取ることが多い)、あるいは、一緒にダンスでも踊った方が良いのかもしれない(パーキンソン病の患者にはタンゴセラピーが有効とされる)…。

一人一人の人間の心の中に入り込まない限り、「音楽による処方箋」なんか作れるわけがないのであって、これを作っていく作業そのものが音楽療法だと言ってもよい。

先日、私が会長をつとめる伊東市介護家族の会主催で「米国認定音楽療法士佐藤由美子さんによる講演会<死に逝く人は何を思うか>」を市内の健康福祉センターで開いた。

これは、私の個人的願望(ホスピスでの体験豊富な佐藤さんの話しを聞いてみたいという願望)と「日本の社会や地元に音楽療法を根付かせるためにはどんな草の根運動が必要か」という思いから企画したものだった。

佐藤氏は、子供たちへの治療を主に行なう音楽療法士や高齢者を中心に行なう音楽療法士とは違い、終末医療の現場で行なう「見送りのための音楽」を専門的に行なう音楽療法士。

必然的にホスピスや終末緩和病棟などが現場の中心となる(佐藤氏のような存在は日本ではまだ珍しいが、おそらくこれからの時代はこうした音楽療法士が最も必要とされるのではと思う)。

この分野でも日本社会は立ち遅れている。

確かに日本の病院にも緩和ケア病棟はあるし、ホスピスもほんの少しはあるけれども、そうした医療現場(こうした現場ではもはや医師の出番は少ない)自体が日本には(欧米に比べて)圧倒的に少ない。

未だにほとんどの人が病院で人生を終え(あの世に)旅だっていくことが紛れもない現実だというのに…。

しかも、日本のホスピスは主に癌の末期患者に限定されている(これには、医療現場での複雑な政治的理由が存在するがそこには触れない)。

講演の中で佐藤氏は「アメリカの音楽療法士は7000人、日本は2700人とおっしゃっていたが、(別に佐藤氏の説が間違っているとか数字が違うとかいうことではなく)この数字は現実的にあまり意味がないのではと私は思っている。

なぜなら、日本で2700人というのは、あくまで(ある団体が発行した)音楽療法士資格を持っている人の数に過ぎない。

つまり、(司法試験や医師試験という国家資格は違う、ある民間団体が発行した)音楽療法士免状はもらったけれど、現実的にその免状の使い道がないのでは、それこそ(資格自体が)「絵に描いた餅」だ。

国家資格でもなく、ましてや保険点数にも数えられない音楽療法を診療科目にする医療機関がこの日本に一体どれだけあるというのか。

もちろん、まったくないわけではないのだが、どう考えても、この2700人全員が就職できるだけの医療機関や施設があるとは思えない(実際、ないし….)。

ということは、どういうことなのか。

要するに、日本の音楽療法士はほぼ全員「自称音楽療法士」ということになる。

いや、音楽家だって(国家試験がない以上)全員「自称音楽家」なんだからたいした違いはないじゃないかと反論する人もあるかもしれないが、「自称音楽家」と「自称音楽療法士」では意味あいがまったく違う。

自称音楽家(私も含めて)の音楽に満足するかしないかは(個々の音楽家を聞いた)その人の個人の自由。

それこそ、好きだから、嫌いだからという趣味嗜好の問題で片づけることも可能だが、「音楽療法」という「医療行為」では、単なる趣味嗜好の問題では片づけられない。

医療施術者としての(結果に対する)責任が問われることになる。

つまり、この部分での自覚が日本の「自称音楽療法士」には足りないから余計に音楽療法そのものが社会から信用されないということになってくる(今でも、他の多くの代替医療と同じように「音楽療法は胡散臭い」と思っている人は世の中に大勢いる)。

ここが、音楽療法がこの国で受け入れられない根本の理由かもしれない。

私は、ずっとそう思い続けてきた。

では、何をすれば良いのか。

「きちんとした音楽療法士を育てること(つまり、どういう教育をするかという問題)」と同時にこうした人たちが臨床を行なうことのできる現場をたくさん作ること(つまり、社会的なコンセンサスと医療機関や施設などとの連携や面密なプログラム作り)」が必要だと私は思っている。

「ニワトリ(治療現場)が先か、たまご(療法士の育成)が先か」という問題ではなく、この二つを同時に行なっていかない限り、いつまでたっても、この国での音楽療法の普及はないだろうと思う。

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奨学金破産?

2018-02-12 12:52:26 | Weblog

というタイトルのニュース記事を読んで、ホント不思議な国だなと思った(ホントは、ニュースネタでブログなんか書きたくないのだが)。

この国では、未だに「奨学金はローン」という意識の共有があるのだろうか。

私は、アメリカの大学の学部と大学院をほとんど奨学金だけで卒業した。

でも、そのお金を1セントたりとも返した覚えもないし、「返せ」と言われた覚えもない(実際、奨学金をいただけなかったら私は絶対にあの国で勉強することはできなかったはずだ)。

アメリカで同じような形で(奨学金をもらって)勉強していた人たちはみんな同じ感想を持つはずだ。

「奨学金とローンは違うぜ」と。

大学では、公的な奨学金から私的な奨学金(個人や企業がお金を出す奨学金がたくさんある)までさまざまな形で応募することができるし(個々の大学で、そこにしかない奨学金もあるし、その額もピンからキリ)、成績が優秀なら本当にほとんどお金をかけずに勉強することのできる教育体制があの国にはある。

だから、世界中から優秀な人間が集ってきてあれだけノーベル賞学者を量産するができるのだろうし、日本人でノーベル賞を取った学者先生たちもほとんどこのアメリカの教育制度のお世話に(少なからず)なっている。

日本の企業や国としてのパワーがどんどん落ちているのって、こんなところにも原因があるのじゃないのかナと思う。

なので、私には、「奨学金はローン」という意識はまったくない(最近国が言い出した「返済不要の奨学金」というのはことば自体が矛盾している)。

アメリカにももちろん大学生用のローンはあるし、その窓口はいつでも開かれている。

ただ、日本と決定的に違うのは、「学年制」というものがないために、学生はいつでも学校を休んで社会で働き、学費をためてまた学校に戻って来ることができることだ。

こんな学生がアメリカのキャンパスにはごろごろいる(40代でまだ60単位ぐらいしか取れていない男子学生も何人か知っていたが別にアセっている風にはまったく見えなかった=こういう学生はほとんど男性。女性は優秀な成績でさっさと卒業してしまう)。

日本のように、表ウラで8年で大学を卒業しないといけないなどというバカげた制度もないし(ホントにそんな制度あるのかナ)、大学に入るのはいつでも自由。

卒業するのもいつでもどうぞ(何年かかっても一定の単位数させ取れば卒業できるわけだから)、という体制こそが本来の大学にとって望ましい制度なのではと思う。

(この国も)そうでもしない限り、明るい未来はないのでは…..。

ましてや、奨学金破産….って、オイオイ、なんでだよ(?!)。

 

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キッチンライブ後日談

2017-10-01 14:05:16 | Weblog

先日28日は、7年ぶりの「キッチンライブ」の本番の日だった。

とりあえず本番は盛況のうちに無事終えることができた(ただ、前日からの大雨で付近の数カ所が通行止めになり、伊豆高原の自宅から赤坂まで行けるかどうか本気で心配した)。

ここ最近、自分自身の料理に対する思いが変わってきていることに気づく。

音楽を生業としながらも心のどこかで「料理をもっと人生の中核に… 」という思いはずっとあった(今は恵子のために三度三度食事を作るのが日々の生活の中心になっていることは間違いないのだが)。

こうしたイベントでお金をいただくプロまがいの調理をするとその責任と同時に「やっぱ、これ本気で仕事にしたいよナ」という思いがかなり重く頭をもたげてくる。

そんな中での7年ぶりのキッチンライブ、とりあえずは成功だったと言っても良いのではと思う。

ちなみに、今回のコースメニューは次の通り。

Entrée(サイドディッシュ) :

ネギのタルト   Tarte au poireaux

詰め物マッシュルーム  Champignons farcie  

イワシのプロヴァンス風  Sardines à la provence

Plat(メインディッシュ):

豚肉のアップルソース Porc avec sauce pomme

Dessert(デザート):

リコッターチーズのババロア,柿ソース添え

Bavaro fromage a la crème, sauce persimmon

 

メインの「豚肉のアップルソース煮」は、豚フィレ肉をアップルソースに一晩つけベーコン巻きにしたもの。

と、ことばにすると案外簡単そうに響くけれども実際の調理はかなり難しい。

そんなに簡単にアップルソースの味は豚肉の中に滲みてくれないので途中でフォークでさしたりして何とかソースを豚肉の中にしみ込ませ、そして焼く(というか、そのアップルソースで煮る)。

ただ、手間がかかるだけあってこれはかなり美味(と口で言ってもナ….いっこうに伝わらないのが悔しいけれども、ハハハ)。

演奏直前にお客さんに「どの料理が一番好きでしたか?」と人気投票を行なった。

一番人気は、「詰め物入りマッシュルーム&シイタケ」。

そう。私のキッチンライブのメニューはメインディッシュよりもサイドの方が評判が良いことが多い(多分、私がメインにあんまりこだわってないせいだろうと思う)。

これは、何といってもマッシュルームの中に詰めるフィリングの味が決め手。

このソースかなり複雑な味なのだが、皆さんはこれが一番のお気に入りだったようだ。

きっとリコッターチーズの風味が肝なのかも?と思う。

ということで、今回のコース料理メニューのすべてのレシピは、ここにアップしてあるので興味のある方はご覧いただきたい。

http://www1.linkclub.or.jp/~flute/recipe_09282017.html

 

自分のレシピをなかなか公開しない人も多いが(特にプロシェフは)、私は何でもすべてオープン。

逆に、このレシピを見ただけでちゃんと作れるもんなら作ってみなよとさえ思う。

料理のレシピというのは、ある意味、音楽の「楽譜」にあたるもの。

そこに書いてあるのは、単なることばや音符によるガイドに過ぎない。

そのガイドから具体的な「感動」「満足」のレベルまで持っていけるかどうかは、ひとえにシェフや音楽家の腕にかかっている(というか、センスだな)。

ということは、やはり私は料理も仕事としてやるしかないのかナとだんだん最近本気モードになり始めている。

だって、私が音楽のプロになることを決めたのは、「音楽を本気でやってる」ことを示したかったからなのだから。

そろそろ料理も「本気でやんなきゃあ」と(私の)心のどこかが叫んでいるような気がしてならない。

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キッチンライブ

2017-09-16 09:45:38 | Weblog

7年ぶりに「キッチンライブ」を、今月28日に赤坂ノベンバーイレブンスでやる。 

別にこのタイトル(キッチンライブ)を登録商標したわけではないが(以前「登録しろ」と勧めてくれた人は何人もいた)、知らない人には「それ、な〜に?」だろう。

簡単に言うと、私が自分で考えたオリジナルレシピのコース料理(サイド3品、メイン1品、そしてスイーツ)を自分で調理してお客様にお出して、食べ終わった頃(というかデザートタイムぐらい)から演奏を始めるという、かなり「忙しいライブ」スタイルだ(笑)。

自虐的に(笑)マークを入れたけど、仕込みして調理して演奏して、と本人がどれだけ大変かは「やってみないとわからない」(ハハハ、当たり前か)。

もちろん、私一人で調理するわけではなく(何十人分もの調理、私一人でできるわけがない)、厨房には私やお店のシェフなど私を含めて3人がかりの調理だ。

でも、この「キッチンライブ」の準備は、本番当日よりもその前が面白い。

このライブスタイルを7年前に休止するまでは(この年数が正しいかどうかちょっとアヤシイ)、東京の杉並に住んでいた。

お店のある赤坂見附まで地下鉄で一本。

それほどの距離ではなかった。

だから、本番の前に私がスイーツまで含めて全ての料理のサンプルをお店に作って持っていくことは造作なかった。

で、その料理をスタッフが数人で味見をしてもらう。

ここで一番肝心なのが店のシェフに食べてもらうこと。

毎回、フロアマネージャーやフロアスタッフなど、4、5人が味見でいろいろ注文をつける。

「うん、これは、まだ素材の味が生かしきれていないかも?」あるいは「もうちょっと味がハッキリしていた方が良いのでは?まだボヤけているような…」といった、まるで『美味しんぼ』の中で味にウルサイ人たちがアレコレ注文をつける時のようなことばがボンボン飛び交う(ハハハ)。

でも、この「試食会」が、ある意味このキッチンライブの一番重要な部分かもしれない。

私がイメージした料理のイメージを具体的な「味」としてプロのシェフが食べると、シェフは、私の「味のイメージ」をすぐに理解する(それができなければプロではない)。

この時点で料理は完成したも同然。

後は、私が本番当日最後に「はい、この味で OKです」とシェフに(えらそうに)OKを出せば良いだけ(プロの調理人にアマチュアの私がこんなことばを吐けるチャンスなって他では絶対にない)。

料理も音楽も「イメージがすべて」という所以だ。

この「キッチンライブ」がスタートしたのは17年前の2000年。

お店でこの店のオーナーである阿木燿子さんと「料理談義」をしていた時のこと(どんなシチュエーションだったかまったく思い出せないが)。

阿木さんが突然「みつとみさん、そんなに料理お好きなら、この厨房使って良いわよ」といきなり厨房に引き入れてくれた。

「え?ホントですか?」と私が本気で喜んだのは言うまでもない。

小さい頃から料理好きで一時は本気で料理人を目指していた自分の夢がこんな形でかなうとは夢にも思っていなかった。

阿木さんとの出会いがなかったら、この「キッチンライブ」が実現することもなかっただろうし、それを今回7年ぶりに復活させるチャンスもなかったはずだ。

今回は、これまで10年近くでかなりたまったオリジナルレシピの中から現在のシェフの土居さんと話し合って決めたメニューだ。

材料の都合とかで前日急にメニューが変わる可能性もあるのでメニューは今明かさないが、味は絶対満足の保証つき。

演奏も、それこそ10年ぶりぐらいにギターのチエイさんとも共演することができる。

彼は、彼が学生の頃から私のライブで共演していただいてきたが、彼の得意とするスパニッシュ音楽(私自身はフラメンコを演奏したことがないのでこんな曖昧な表現でごめんなさい)やタンゴ、アルゼンチンフォルクローレなどを演奏できるのがすごく楽しみ(彼は、ここ数年フラメンコギタリストの沖仁さんと共演することが多い)。

ピアノの石田みどりさんとは、彼女の最も得意とするいわゆるスタンダードナンバーを中心に演奏したいと思っている。

もちろん、3人での共演レパートリーも用意している(この辺は、ピアソラナンバーが中心かナ....)。

ということで、演奏も料理もかなり贅沢感満載(なのに、お値段の方はかなりお得感満載)。

もしこのキッチンライブ、ご興味がある方がいらっしゃったらまずは下記リンク先の情報をご覧ください。

まだお席が残っていましたら、ぜひとも実際にその味と演奏のお得感にウソいつわりのないことをお確かめいただければと思う。

http://www1.linkclub.or.jp/~flute/live_kitchen_revival.html

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私の文章を使った入試問題が参考書に掲載されるたびに

2017-08-15 13:35:19 | Weblog

「使われました」的な通知が著作権を管理してくれている会社から届く(もちろんこれは「だから印税が支払われますよ」という意味でもある)。

ただ、一方で、これがないと自分の著作がどの学校でどういう形で入試問題に使われたかは一切不明というのも「なんだかナ…」だ。

つまり、(信じられないだろうが)どなたかの文章を入試に使用した学校は(そのことを)著作権者に報告する義務はない。

もちろん、事前許諾のお伺いなどするはずがない(「アナタの著作のこの部分を入試で使いますがよろしいですか」といった事前承諾をやっていたら入試問題が漏洩されることになってしまうからだ)。

では、「使いました」という事後承諾があるかと言えば、これもごくごくたまに通知が来る程度で(それはかなりレアなケース)基本的に学校側が何を入試問題に使ったかは一切どこにも通知しないのが普通(学校って、どこまで上から目線なんダ!)。

しかも、さらに信じられないことに、この著作物の(入試問題への)転用には一切印税が発生しないことになっている(これって、普通「著作権の二次使用」にあたるんだけどな)。

つまり、勝手に使い放題どころか、入試は「タダで無断で使い放題」なのだ。

著作権法というのは複雑極まりない存在なのだけれども、ちょっと前に騒がれたように全ての音楽教室から印税を徴収するよと( JASRACが)言ってみたり、こういった目的(入試など)の使用は印税フリー扱いだったりと、どうもこの法律自体いい加減な「悪法」なのではという疑いを持ってしまう。

毎年、最低3、4カ所の学校入試で自著の中のどこかの文章が国語の問題として使われ続けているのでその頻度はかなり高いと思う。

自分のプロフィールに「最も入試で文章の使用される音楽家」などというコピーまで作っているが(笑)、これってあながちウソでも誇大広告でもないと思う。

最初に使用された頃(30年ちょっとぐらい前かナ?)はほとんど大学でばかり使用されていたが、最近は中学入試や高校入試の方が圧倒的に多い(中学や高校の国語のレベルが上がったというわけでもないんだろうけど)。

どういう形で使用されるかというと、いわゆる国語の入試問題のメインである最後の「長文読解」というヤツ。

9冊ある著作のうちどれが使われるかはわからないが、これまで新潮選書を5冊も出しているので、入試はこの選書のどれかから選ばれることが圧倒的に多い。

(問題を作る)先生たちは、岩波新書とか新潮選書とかそういった「権威ある著作物」からネタを探そうとする傾向が強いからだ(朝日新聞の天声人語が入試問題になるのも同じ理由に違いない)。

で、私がなんでこんなことをわざわざブログに書くかと言えば、入試問題にいくらたくさん使われても著作権者に印税が一切支払われないという著作権法のトンデモない実態を少しでも拡散して(これがどの程度の拡散になるのかはよくわからないが)、「え?そんなのアリ?」と皆さんに思ってもらいたいからだ。

30年以上前に最初の著作が某有名女子大の入試問題に使われた時、なんで著作権料が支払われないのか不思議でならなかった。

調べると著作権法の特例で「入試は営利目的ではないから印税を免除される」のだという。

これを聞いて「え〜?ウソ〜!入試って営利じゃん」と思われる人はけっして少なくないと思う。

ある意味、学校法人にとって入試こそが「稼ぎ時」だと認識している人も多いはず。

なのに、それがなぜ「特例」扱いされるのか。

まあ、こんな理不尽な悪しき日本の慣行がまかり通るのが世の中だと諦めてしまえばそれですべて終わりなのだが(ここに個人が首突っ込むとかなり「政治的マター」になってしまうので)、私は、一度知り合いの編集者に頼んで(あるメジャーな雑誌で)「これってオカシイんじゃないですか、入試問題」といったコンセプトの記事を特集してもらったことがある。

それでも、以来法律が変わったという話しはまったく聞かないので、相変わらず「学校の権利関係はブラック」のままなのだろう。

 

だから、私が自分の著作物が入試で使用され(二次使用料)という印税がいただけるのはその問題が「問題集」として出版された時だけ。

つまり、「二次使用料」は、学校が払うのではなく、入試問題集を出版する出版社が販売の利益の中から支払ってくれるのダ(でもこれって「印税」じゃないよネ。単なる「利益の分配」にしか過ぎないと思うんだけど)。

今回も問題のコピーが同封されてきた(学校と違って出版社は律儀だ)。

いつも思うのは、問題を出題する先生方は「正解」をどうやって考えられているのだろうかということ。

「この斜線部分で作者が言いたいことを30字以内で述べよ」といった問題、正解は何なのだろうか?といつも思う。

案外著者自身の点数が一番悪かったりして…(問題集の模範解答を見ると、案外それは当っているかもと思う、ハハハ)。

 

 

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mulberry pie

2017-06-14 07:21:51 | Weblog

マルベリーパイは、日本人にとってあまり馴染みのないパイ。

マルベリーとは桑の実のこと。

ラズベリーだって日本語にすればキイチゴだ。

何でも横文字にすると途端にグレードが上がるような気がする(だけだと思うんだけどネ…)。

今が旬の桑の実をもいでジャムを作り(白砂糖は使わず黒砂糖のみで甘みをつけた)この実と一緒にフィリングにしたパイを焼いて今日地域の認知症カフェに持っていった。

ホール全部切り分けても20人分にもならないので食べられない人もでたけれど、滅多に口にすることのない食べ物なので概ね好評(まあ、中にはあまり味にも存在自体にも関心のないご仁もいたけれど…笑)。

高齢者の多いこの認知症カフェでもほとんどの人が「初めての味」だったという。

そりゃそうだ。

最近みんなあまり桑の実なんて食べないものネ(ヘタが堅いのでこれを取るのがけっこうひと苦労)。

イチジクのように小さい種子のザリザリ感はあるけれどもこの感じが好きな人も多い(もちろん、まったく逆にこの感触が「キライ!」という人だっている)。

梅雨前から梅雨にかけてが桑の実の旬だが、桑の実が終わる頃にブルーベリーが採れ始める(ブルーベリーの実はまだ色づいていない)。

桑の実もブルーベリーも目に良いとされるアントシアニンが多い食物だが、桑の実の方がブルーベリーよりもはるかにアントシアニンの量は多いそうだ。

まあ、だから「目に良い」ということになるのだろうが、どれぐらいアントシアニンを食べればはっきりと「目に良い」と言えるのか。

私もそこまではわからない(一般に言われる「身体に良い」という食べ物も「じゃあ、どれぐらい食べれば良いの?」という疑問はいつも残る)。

桑の実を採っているとまたたくまに指先が紫色に変色してしまう。

きっとこれが成分の目安なのだろう。

とはいえ、爪の間まで色がつき洗ってもおちないのにはちょっと閉口する(それだけ強い成分ということなのか…ナ)。

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mulberry pie

2017-06-13 18:01:02 | Weblog

マルベリーパイは、日本人にとってあまり馴染みのないパイ。

マルベリーとは桑の実のこと。

ラズベリーだって日本語にすればキイチゴだ。

何でも横文字にすると途端にグレードが上がるような気がする(だけだと思うんだけどネ…)。

今が旬の桑の実をもいでジャムを作り(白砂糖は使わず黒砂糖のみで甘みをつけた)この実と一緒にフィリングにしたパイを焼いて今日地域の認知症カフェに持っていった。

ホール全部切り分けても20人分にもならないので食べられない人もでたけれど、滅多に口にすることのない食べ物なので概ね好評(まあ、中にはあまり味にも存在自体にも関心のないご仁もいたけれど…笑)。

高齢者の多いこの認知症カフェでもほとんどの人が「初めての味」だったという。

そりゃそうだ。

最近みんなあまり桑の実なんて食べないものネ(ヘタが堅いのでこれを取るのがけっこうひと苦労)。

イチジクのように小さい種子のザリザリ感はあるけれどもこの感じが好きな人も多い(もちろん、まったく逆にこの感触が「キライ!」という人だっている)。

梅雨前から梅雨にかけてが桑の実の旬だが、桑の実が終わる頃にブルーベリーが採れ始める(ブルーベリーの実はまだ色づいていない)。

桑の実もブルーベリーも目に良いとされるアントシアニンが多い食物だが、桑の実の方がブルーベリーよりもはるかにアントシアニンの量は多いそうだ。

まあ、だから「目に良い」ということになるのだろうが、どれぐらいアントシアニンを食べればはっきりと「目に良い」と言えるのか。

私もそこまではわからない(一般に言われる「身体に良い」という食べ物も「じゃあ、どれぐらい食べれば良いの?」という疑問はいつも残る)。

桑の実を採っているとまたたくまに指先が紫色に変色してしまう。

きっとこれが成分の目安なのだろう。

とはいえ、爪の間まで色がつき洗ってもおちないのにはちょっと閉口する(それだけ強い成分ということなのか…ナ)。

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ダウンビートとアップビート

2017-06-03 12:03:35 | Weblog

音楽って結局この2つで説明できるんじゃないのかと小さい頃からずっと思ってきた。

身体が下に向って動くダウンビートと身体が空に向って起きあがる動きがアップビート。

その「上下の動き」が、音楽そのもの。

でも、まあ人間は「上下」に動くだけでなく横にも揺れるので、「タテのり」「ヨコのり」の2つがあると説明する人もいる。

ただ、横の動きもどこかで結局「着地」は必要なので(重力があるからネ)、最終的には人間の身体のどんな動きもダウンビートとアップビートのどちらかとして理解できるはず(だと私は理解している)。

なぜこんな話しを始めるかというと、ここ7、8年地元のシニアの人たちのアンサンブル(常時十数人参加しているのでそれなりの数だ)を指導しているせいか、この問題がいつも頭から離れない。

プロの音楽の世界でプロの人たちと音楽をやっていく上では何の問題もなかった事柄が、シニア世代のアマチュアの人たちを指導していると「え〜?!」と驚くようなことをたくさん発見する(同じ素人の人たちを指導するのでも、子供たちや若い人たちには絶対に起こらないことがこの年代には起こる)。

その中でも究極が、このビート感覚。

よくコンサート会場で手拍子のウラ打ちができない人たちをお見かけするが、若い世代の人たちは問題なくウラ打ちの手拍子ができるのに、ある程度年輩の人たちにはこれが絶望的にできない人がいらっしゃる。

なので、手拍子だけでなく楽器をやる上でもアップビートやシンコペーションのリズムでつまづくシニアの方は多い。

ロックのような単純な8ビートはそれほどでもないのだが、サンバやボサノバなどの微妙なシンコペーションの音楽がけっこうヤバい。

頭と身体がすぐにバラバラになってしまう。

ただ、これを「若い人たちは小さい頃からこうしたビートに慣れているから」とか、「シニア世代はあまり慣れていないから」ということだけに理由を求めるのは早計だ。

根本的に日本人は音楽と身体の動きを結びつけて理解しようとする意識がそもそもなかったことの方が切実な要因だと私は思っている(明治時代の音楽教育にその元凶がある)。

なので、年輩の人ほど「音楽」と「踊り」を直感的に結びつけない人(あるいは、結びつけられない人)が多いのはある程度仕方のないこと(だろう)。

それに対して、若い世代ほど「音楽=動き」に身体が素直に共感する。

ヒップホップにしろ、ラテンにしろ「音楽=踊り」であることを身体が無意識に理解してくれるからだ。

ただ、この「音楽=踊り」の感覚も(戦後すぐから比べれば)多少成長したとはいえまだまだ欧米ほどではない。

極端に言うと、日本人は「ダンス用」に作られた音楽でしか身体を動かすことができないのかもしれないとさえ思う。

未だに(バスドラムの)4つ打ちのシンプルなビートには身体が反応しても、例えば、スローなブルースになると途端に身体が動かなくなる人は多い(ところが、欧米のパーティでは、「え?こんな音楽でよく踊れるね?」というぐらいどんな種類の音楽でも彼ら彼女らは踊る)。

日本人が「音楽=踊り」と素直に思えない最大の原因がことばにあることは明白だ(と私は前から思っている)。

もちろん、日本語だけでなく、「ことばが音楽や身体の動きを作りだす」という原則はどこの国のことばにも当てはまる。

その証拠はいくらでもある。

例えば、日本語ではaiueoの5つの母音が必ずどの単語からも切り離せない。

基本的にことばのアクセントは母音にしか存在しないので、bdcghjxyzといくら子音だけたくさん並べても(子音だけの)ことばにはアクセントの置きようがない。

逆に、日本語はアクセントだらけなので全ての音が下向きに落ち地面に着地してしまう。

で、結果として、身体が上に向うアップビート(裏ビート)はほとんど起こらないのでリズムはハネない(ナツメロ歌謡曲にはこの類いが多い)。

日本人が「ミスド」とか「スマホ」とかいった単語を作りたがるのもこの理由からだ。

母音3つを並べると日本語として音が着地しやすくなる(つまり発音しやすいということ)。

なので、時々有り得ない(トンデモない)ことが起こる。

例えば、ハンバーガーチェーンの略称も「マック」だし、パソコンの名前も「マック」。

これは日本語でしか起こらない現象だ。

なぜなら、ハンバーガーの McDonaldの頭の Mcには母音が全くないので本来マックとは発音できないはず。

逆に、パソコンは Macなので、明らかに「マック」としか発音できない。

英語の苦手な日本人が海外に旅行した際に一番苦労する発音がこのハンバーガーの Mc Donaldだということを見れば日本語がいかにアップビートを持たない言語かがよくわかる。

アフリカには、(人名も地名も) Nで始まる音が多い(例えば、ンドゥールとかいう名前の人がいる)。

以前、東京の本郷近くにある大きな音楽学校で何年か作曲を教えていたことがある。

いつも学生たちに課題の作品を提出させていたが、ある時、一人の学生がメチャメチャ面白い作品を提出してきた。

この曲、山下達郎のクリソツ作品(もちろん彼はワザと達郎風で作ってきたのだ)。

でも、実際に面白かったのは作品そのものではなく彼の歌唱の方。

自分で作ってきたカラオケをバックに彼はクラスで自作を熱唱した。

それがあまりにも達郎ソックリだったのでクラス中大ウケ。

でも、ここで見落としてならないのは、彼が達郎ソックリに歌うことができた理由だ。

彼は、すべての歌詞の前に、ほんのちいさな 「n 」の音を意図的に挟みながら歌っていた。

例えば、「♬きっとキミは来ない〜♬」なら「nきっと〜、nきみは〜、n来ない〜」と歌う。

これで(達郎)クリソツになる(でも、この時のn は本当に弱い微妙なnではないとダメなのでちょっと練習が必要だ)。

この達郎歌唱のカラクリをこの学生は見抜いていたのだ(ウソだと思うのならお試しあれ)。

つまり、ここが一番大事なポイントで、日本語の母音の存在が日本の洋楽にとって大きな障害になっていることに(ニューミュージック以降の)若い世代の音楽家はいちはやく気づいていたのだ。

そのために、サザンから始まった「日本語をいかに日本語らしくなく歌うか」の方法論をアーティストは皆それぞれ独自に考え続けているのだ(現在、ますますその傾向に拍車がかかっているような気がする)。

 この「ことばが音楽や生活のスタイルを規定する」というかなり大きなテーマは、本来ならば文化人類学者たちが研究しなければいけない大きなテーマなのだが、そういうえらい学者先生たちは音楽にあまり関心がないようで、未だにそんな論文にも著書にもお目にかかったことがない(レヴィ・ストロースがほんの少しだけ触れているが)。

50〜60年代に ニューヨークフィルの指揮者だったレナード・バーンスタインが子供向けTV番組『ヤング・ピープルズ・コンサート』の中でこのことばと音楽の問題を、とても易しく明快に解説してくれていた。

しかし、私は、この「ことばと音楽」の問題に明快な解説を与えてくれた人をバーンスタイン以外まったく知らない。

70年代80年代ポップスの牽引役だったある著名な作詞家(女性)の友人と飲んでいた時、彼女がこんなことを言っていた。

「そのうち日本語のポップスから日本語がなくなって英語ばかりになってしまう日が来ると思う」。

え?アンタ本気でそんなこと考えてるのと突っ込んだものの、時代は確実にその方向に向っているんだろうなと思う時もある。

全てが母音にひっぱられる日本語が身体を確実に大地に着地させようとするのに対し、サンバやボサノバを歌うポルトガル語の音は確実に大地から離れ空中に浮遊する(このことをポルトガル語に堪能な友人のサンバ奏者が歌いながら解説してくれた)。

日本語で洋楽を表現する時必然的に起こる「違和感」は、本当に日本語を崩すことでしか解決できないのだろうか。

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包丁記念日

2017-04-24 17:21:31 | Weblog

一昨日の22日は44回目の結婚記念日。

まあ、それはそれで毎年やってくることだし、もうすぐ金婚式かナぐらいの感慨しかないのだが、問題はそこではなく、今朝のこと。

 昨日東京からの帰りが小田急線の人身事故などがあって遅くなり自宅のある別荘地の入り口に到着したのが夜中の1時頃。

「この時間だときっと何か出るナ(別にお化けではなく)」と思いつつ運転していると前をノンビリと横切ったのはタヌキくん。

いつもこの辺りで「出る」んだよなと思っていたら案の定出た〜(ハハハ)。

きっとこの辺が彼(?彼女か?)お住まいなのだろう。

「鹿じゃないだけまだマシか」と思ってそのタヌキくんの横断をやり過ごして帰宅。

それから入浴したりしたものだから就寝は2時。

なので今日の朝、通常起きる時間には起きられずにいると「ヤマネコ〜」と呼ぶ恵子の声で目が覚める。

なんだもう朝か、朝食の用意が遅れたナ、やばい早く作らなきゃ….とやおら起き上がる。

すると、「これだけしかできなかった」と恵子がテーブルの上にある白い皿を2つ指差す。

そこにはなんとスライスされたトマトが!

え?これどうしたの?と聞くまでもなく彼女がやったに決まっている(他に誰がやると言うのだ)。

でも、どうやったの?と聞かずにはいられない。

うん、左手で。

右手はどうしたの?使ったの?

うん、右手はちょっと添えて左手で包丁使った。

そうか。

ここまでできるようになったか…。

感無量というよりは、必死に料理をしようという気持の前向きさにちょっと感動した。

食べる時、ほんのちょっとだけトマトの下の方がつながってるナとか思ったけど、そんなこと彼女に言うわけない(というか、「言えるか!」)。

 

嬉しくて、短歌集まで出している恵子の前で素人の私が一首ヒネった(私は、ほとんど短歌なんて作ったことのないド素人だ)。

「包丁が 使えたと喜ぶ やまねこさん  昨日の狸 やってくれたね」  

ハハハ、…お後がよろしいようで、となるような恥ずかしい出来だが、恵子は笑っていた(そりゃそうだ、笑うしかないだろう)。

昨日東京で会った友人にその歌をメールで送ると早速歌が返ってきた(妊婦のくせに返歌早いナ)。

 「妻からの左手の愛情、初夏のトマトによせて」

なんか、こっちの方がウマい(座布団3枚!)

 

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ある音楽業界団体から届いたメールにちょっと心がゆれた

2017-04-18 09:21:39 | Weblog

そのメールは今年3月に亡くなった大先輩ミュージシャン(というより元GSの芸能人としても超メジャーな方)M.Kさんを偲ぶ会が5月の連休中に都内のホテルであるというお知らせだったのだが、連休中に伊豆と都内の往復なぞ狂喜の沙汰なので99%出かけることはないと思ったものの、その会の発起人や関係者の名前が気になって「もしあの人が来るなら….」と1%の心がザワついた(行きたい気持も少しはあるんだな...フフフ)。

会の発起人には日本の音楽芸能界の超有名人たちが名前を連ねているが、私が気になったのは主催する音楽プロダクションやレコードメーカーの中にあの人の経営する事務所の名前がないだろうかということ。

結局それは発見できなかったが、「あの人はきっと来るナ」という予感は残った。

だって、こうした関係者の中でも一番 M.Kさんに親しかったのは「あの人」に違いないからだ(しかも、あの人は、こうした集まりで「芸能界のドン」のようにふるまうことが大好きな人でもある)。

生前のM.Kさんとあの人と私の3人。

あの人の自宅で何回か夜通しお酒を飲んだこともあった。

私が一番年下。

でも、私もそれなりにキャリアはあったので共通の友人もいたし、なによりも音楽業界、芸能業界というのは本当に狭い世界。

噂話しには事欠かない。

そんなウサワを酒の肴にしつつもすぐに哲学っぽい話しになってしまうのがこの人たちとの酒宴の面白いところだった(「あの人」は慶応大学出身の自称「昔の文学少女」、だ)。

今回の会も他の参加者には興味はないが、「あの人」が来るなら会いに行きたいという思いが少しある。

「あの人」と、何か昔の恋人のような持って回った言い方をしているが、ある意味そんな風に思われても仕方のないほど親密だったことは確かな人だ(もちろん、実際につきあったわけではないが)。

私よりは年上のオバサン。

だから、私は彼女の「カバン持ち」のように彼女の世話役になることも多かった(本当に酒癖の悪い人で私が彼女を無理矢理タクシーに押し込みかついで家まで連れ帰ったことも一度や二度ではない)。

ただでさえ派手な音楽芸能業界でも、私は「あの人」ほど派手な人を見たことがない(ファッションがハデというわけではなくその存在自体が超目立つ人なのだ)。

街を歩いているとすれ違う人たちは「絶対」と言って良いほど振り返る。

しかも、お尻よりも下までたれ下がる髪の長さにも圧倒される、明らかに「堅気」ではない(笑)とわかるご仁だ。

今はもうおばあちゃんと呼ばれてもおかしくないぐらいの年令のはずだが(ここ何年も会ってはいないが)きっと相変わらず「ハデなんだろうナ」と想像する(そういう意味では会うのは怖いが、回りが音楽芸能業界人ばかりのところでは別にどうってことはないかも....)。

自分が芸能人だったことは一度もないし、芸能人だと思ったことも一度もないが、十代の頃からそういう音楽芸能業界の中で生きてきたことだけは確かなので、最近はこうした音楽家の「訃報」に接するたびに(自分の過去を)振り返ったりする(私のキャリアは、十代の終わり頃ある有名な音楽家の付き人から始まったわけだし...ナ)。

きっと連休直前まで(行こうか行くまいか)心がゆれるんだろうナ、ハハハ。

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幸せの脳

2017-01-23 17:53:41 | Weblog

というコンセプトで知られるようになったのが(多分日本だけかもしれないが)、アメリカ・ハーバード大学の脳科学者(厳密には脳解剖学者)ジル・テイラー博士の唱える「右脳と左脳」に関する説(でも、テイラー博士自身がそんな「幸せの脳」なんていうコピーを考えたとは思えないが)。

私がここ数年行っている「音楽と認知症」についてのセミナー/講演会でも彼女の説はよく引用する。

曰く「左脳で論理的に思考していくと人間はとことん<自分と他人を区別しようと自己を主張して>エゴイスティックに行動するから結果として争いを引き起こしてしまう(どこかの国の大統領もそうだし世界中がこの傾向に向っていてけっこうヤバい)」。

だから、「自分も他人も自然も宇宙もありとあらゆるものすべてが渾然一体となっている右脳で思考した方がより「幸福」になれる」(この考えはけっこう宗教的だが合点はいく)。

つまり、この彼女の説を拡大解釈して「右脳思考こそが人を幸福に導いてくれる=右脳は幸せの脳」として信奉する人が世界中にたくさんいるのだ。

私も彼女の考えを基本的には支持するのだけれども、かといってそう短絡的に「右脳で思考していれば幸せになる」とは思わないし、思えない。

だって、人々がみんな科学的な論理的思考をやめて(というより、自己主張をやめて)みんな右脳思考で「芸術家」になれば全員ハッピーになるかと言えばそう簡単なものでもないだろう。

人間の脳を半分にカッポリ割って「右か左か」でどっちかを選ぶような器用なマネなどできるわけないし、人の幸せが「左右のどちらか」で左右されるというものでもないはずだ(だったら、みんな左脳を切り取って右脳だけで暮らすサイボーグのようになってしまう)。

私が恵子の介護を始めてからより鮮明に思うようになったのは、「日常の維持」ほどシンドイものはないけれども、逆にこれ以上楽しいこともないナということ。

「日常を維持する」ということは、すなわち「生きていく」ということ。

だから、恵子と二人で生きていくことこそが「介護」だし、ことばを変えれば「幸福」ということかナとも思っている。

私はTVを持たない人間。

その理由は「TVがある生活がカッコ悪いから」とかいろいろあるのだけれども、多分自分の中で一番強い理由はこれなんじゃないかナと思っている。

「不幸になりたくないから」。

もちろん、TVを見ると不幸になると言っているわけではない。

もっと単純なこと。

TVというメディアの情報でストレスを溜めたくないからだ(だって、 TVってウソばっかりなんだもの)。

それだけのこと。

私の「幸福論」は、テイラー博士とは違ってもっとシンプル。

幸福になるには「不幸にならなければいい」。

別に禅問答をやっているわけではなく、人が幸福になるために一番しなければならないことはたった一つだろうと思っている。

「自分を不幸だとは思わない」こと。

だって、人間ってみんな不幸にはなりたくないくせに、自ら「不幸になりに行っている」ような気がしてならないのだ。

人は、自分を他人と比較した瞬間不幸になる。

経済的な格差、容姿の比較、社会的地位の格差….ありとあらゆる「差」が人を不幸にしてしまう。

おっと、これは(「格差をなくそう」とか「競争社会をなくそう」とかいう)社会批判ではなく人間の思考に対する私なりの考えなので誤解のないように。

格差があることを認めるとか認めないといった(政治的/社会的主張)ではなく、格差を意識しなければ良いだけのこと。

あの人は私よりお金を持っている。

だから何?

あの人の方が私より社会的地位が高い。

だから何?

あの人の方が私よりルックスが良い。スタイルが良い。

だから何?

あの人は普通に歩けるのに私は歩けない。

だから何?

あの人の方が私より有名だ。

だから何?

つまり、「今ある自分」を(正しく)受け入れない限り人は永遠に不幸から抜け出せない。

だから、恵子が脳卒中になって半身麻痺している彼女を世話することで自分が「不幸」だと思ったことは一度もないし(彼女自身もそう思いこまないように常日頃努力している)、むしろ「こんな貴重な体験できて幸せかもネ」と思っている。

もちろん、毎日彼女の世話をしながら気を使い、食事を三度三度作り、掃除をして洗濯をしてアイロンかけて(私はこれがけっこう好き)、買い物をしてという家事をこなしながら仕事もやっていくのはそれほど簡単ではないけれど、別にそれが「イヤだ」と思ったこともない。

むしろ、そういう「キツイ」生活をやりくりしていくことの方がかえって楽しかったりする(オレってけっこうMかナ?ハハハ)。

つまり、自分の生活の中から「不幸の種」を極力排除していけば「けっこうこれはこれで幸せになれるジャン」という感覚だ。

認知症の人に対するケアにしても、妻のような身体の不自由な人へのお世話にしても、「イヤ」だから誰か代わりの人にやってもらおう、という考えも当然成り立つけれども(そこに介護保険制度が存在するんだけれども)、人の世話って究極「愛情」がベースにないと絶対に成り立たない。

しかも、その関係(介護する人とされる人の心のすき間)に「不幸」という感情は絶対に入れない方が良い。

それが(介護スタッフのような)仕事であれ家族に対するものであれ、何らかの「不幸」な感覚がそこに入るだけで全ては「負のスパイラル」に陥ってしまう(介護の現場で起きるすべての不幸な事象はここから始まっているはずだ)。

結局介護とか看護って家族がやるのが一番ベストだし、それの方が介護する人もされる人も幸せになれるのにナと思う(ホントそう思う)。

でも、実際の世の中そうはなっていないのは、どこかに根本的な間違いがあるに違いないとも思っている。

だからこそ、そこを変えていくために「自分に何ができるのか」を模索し続けている(考えるだけではなく行動しない限り何も変わらない)。

別に「無理している」つもりはまったくないし、明日に希望がある限り人間というのは生きていかれる動物だ(これがなくなった瞬間がヤバい)。

テイラー博士の言うように「右脳で思考してニルヴァーナ(=涅槃)を感じることができればきっとこれ以上ない幸福感は味わえるのだろうけど、私にとっての幸福なんてそんな崇高なものではない。

単に、不幸だと思わなきゃいいんだよ。

それだけですべてのストレスが抜けていく。

 

 

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WAS

2016-12-02 22:28:23 | Weblog

当たり前のことを当たり前のこととして主張して、当たり前のこととして実行できる世の中だと良いナと若い頃からずっと思っていた。

でも、現実の世の中はそうはなっていないし、そんな(青い)ことを主張してもハジき返され挫折して「世の中ってこんなもんだよな」と不条理や不公平を嘆きつつ自分もその世の中に同化していく。

つまり、世の中の流れに順応していく方が(人は)はるかに生きやすい。

特に日本という社会は(世間という)「同調圧力」の強い国だと言われている。

外国の人から見れば何でもっと自己主張しないのと苛立つぐらい日本人は大人しく、一つの枠の中で同じことをしている(ように見えているはず)。

でも、私は「人が全員右を向いていても自分だけは左を向きたい」人間。

そこに人だかりがしていても絶対にその輪に入りたいとは思わないし、(何があるのかと)覗きたいとも思わない。

行列があっても絶対そこには並ばない。

二十代半ばで留学したアメリカのキャンパスで反捕鯨の団体がビラを配って何やら演説していた(あの頃シーシェパードがあったとは思わないが)。

すぐさま私は噛み付いた。

「なぜクジラだけ?なぜイルカだけ?」

かつてアメリカは捕鯨大国だったはず、先住民族が(必要最小限度)行っていたバッファロー狩りを大規模に行ってほぼ全滅させてしまい(代わりに)牛を飼い始めたのもアナタたちアメリカ人なのでは?(牛を育てるためにどれだけ地球環境が破壊され多くの食料が牛の餌として浪費されているのかをご存知ないのですか)等々。

もちろん、アメリカのキャンパスでごちゃごちゃとこんなことやりあったところでラチがあくわけではない。

でも、たとえそうだとわかっていても「いや、それは違うのでは?」と主張せずにはいられない(黙っていることは認めたことになると私は思うので)。

これまでどれだけ新しいことをやってきただろう。

しかし、何か新しいことを始めると必ず出て来るのが「それな〜に?」という単純な疑問と「そんなのできっこないよ」という無意味な否定。

そして、反発。

私は音楽家。

だから私の人生の目的は「コミュニケーション」。

というよりも「音楽はコミュニケーション」である前に「人はコミュニケーションで生きている」と信じている。

人間以外の生物でもコミュニケーションはあるはずなのだが(アリがお互いの触手でエサの在処を教え合っているのもコミュニケーションの一つだろう)、そうした生物にとってコミュニケーションはほとんど「本能」に近いのでそのことでトラぶることはあまりない。

でも、人間という生物はいつもこのコミュニケーションでトラぶってばかりいる。

その結果が「戦争」だったり「イジメ」だったりする。

ひょっとしたら人間はコミュニケーションが苦手なのでは?と思ったりもする。

せっかくコミュニケーションのために「ことば」や「文字」という便利な道具を発明したくせにそれすらまだ十分に使いこなせていない。

「音楽はコミュニケーション」なのだが、もともと音楽がコミュニケーションしていた相手は人間ではない。

人が「異界(神)」とコミュニケートするために発明されたものが音楽、なのだと私は思っている(その証拠に、どんな原始宗教でもどんな新興宗教でも音楽のない宗教は存在しない)。

例えば、キリスト教会の中にある神への賛美の道具の一つパイプオルガンには、人間の可聴範囲(20〜20000Hz)を越えた振動数の音がある。

「人間に聞こえない音がなぜあるの?」ではなく「神を賛美するためなのだから(その音が)人間に聞こえる必要はない」のだ。

ところが、時代とともに音楽は「異界とのコミュニケーション」の道具ではなく人間同士のコミュニケーションの道具になっていく。

まあ、音楽だけじゃなく、他の分野もルネサンス以降、人間中心になっていくのはこれまでの人類史でよくわかる。

百年ごとに歴史を見るのはあまりにも大雑把な見方だが、古典主義、啓蒙主義、ロマン主義、産業革命といった歴史の大きな流れを見ると、今私たちのいる21世紀はこれまでとは明らかに違った位相にいるような気がしてならない(それとも、違った時空と言った方が良いのだろうか)。

幕末の志士たち(特に薩長の志士たち)は攘夷を叫びながらも一方で(それと矛盾した行動を起こして)外国に密航してイギリスの技術を学び明治という新しい時代を作った。

鎖国の間にヨーロッパは産業革命のまっただ中にあったからだ。

そのおかげでとりあえず19世紀の「モノの時代」に日本も取り残されずに済んだ(だいぶ世界から遅れたけれど、鉄道作ったり、船作ったり、ビルもたくさん作れたのは彼らのおかげだろう)。

20世紀の「資本主義経済」の時代にもちょっとばかり繁栄を謳歌した。

ただ、….。

私たちの今いるこの21世紀という時代に、日本はもう既に取り残され始めているのではないかという懸念を強く持っている。

中国の有名な諺に「賢者が月を指差す時、馬鹿は指を見る」というのがある。

つまり、「見るべきポイント」を見誤るなということ。

賢者が作る国家はもう既に新しい時代を先取りしている(日本は今一体どこを見ているのかナ?)。

私が若い高校生たちと立ち上げた「 WAS」は、「福祉Welfareで人の生活を守り、Artで人の心を作り、Scienceで人の未来を作っていこう」という主旨のプロジェクト。

「19世紀はモノの時代、20世紀は経済の時代、21世紀は人のこころの時代」。

だからこそ、その「こころの時代」を担うのはまさしく21世紀を生き抜いていかなければならない十代、二十代の人たちだと私は確信している。

その彼ら彼女らと一緒に新しい時代を作っていこうと始めたプロジェクトだ。

地元の自治体がたまたま募集していた(移住、定住をテーマにした地方創生の提案募集の)コンペに応募した。

そして、私のこの「 WASプロジェクト」の提案が見事最優秀賞を受賞した。

今の地方都市の若い世代には(人生の)選択肢があまりにも少ない。

私自身は幸い東京生まれ東京育ちなので未来に対する選択肢はいくらでも存在した。

(若い時は)何でもできると思ったし、何にでもなれると思った。

しかし、今の地方の高校生たちの選択肢はごくごく限られている。

「進学」か「就職」か。

しかも、地元に残る選択肢はほとんどない(地元に大学や専門学校がある場所は限られているし、就職先だって限定される)。

これからの数十年で日本の地方都市の多くは消滅してしまうと言われている。

進学するにしても就職するにしても彼ら彼女らは都会に行くしかない。

そして、半永久的に故郷には戻らない。

いや、戻れない。

戻る「理由」がないからだ。

結果、地方の人口は減るばかりで、増えるのは空き家とシャッター通り、そして高齢者だけ。

高校生たちと話すのは、この WASを「大学か就職か」の二択以外の三択目の選択肢にしようということ。

「ここにいれば学べるし、スキルも才能も生かすことができる」場所にするということ。

といっても別に大学を作ろうとしているわけでも専門学校を作ろうとしているわけでもない。

というか、もはや学校という存在が世の中に必要なのかナという気もする。

たしかに、モノとカネが欲しければこれまでのように偏差値をあげて良い大学に入って良い会社に就職して良い家庭を持つといった従来型の人生設計を追っていれば良いのだろうが、今の若い人たちはそんな価値観を持っていない。

だからこそモノにこだわらないしお金にもこだわらない。

そんなものが後生大事に思われていた時代はとっくの昔に終わっているのに、大半の大人はそれに気づいていない。

か、あるいは気づいていないフリをしているだけなのか。

でも、確実に時代は変わっている。

「コンテンツ産業や IT 産業による町起こし」なんていうアイデアはもう既に日本のあちこちで始まっている。

既に成功した例だって幾つかある。

ただ、私は、単に町が活性化すればよいとは思っていない。

私たちの生活に、そして未来に本当に必要なものは何かを探していくためのプロジェクトだ。

だから、一番重要なコンセプトに「多様性」を掲げている。

生物が多様性を必要とするのは「種」が滅亡しないため。

ごく単純な理由だ。

でも、そのことに人間という生物だけが長い間気がついていなかったような気もする。

伊豆では、毎年春5月ぐらいになると「猿山」から幾つかのグループが追われて猿たちが移動を始める。

20〜30匹ぐらいのグループが新しい住処を求めて移動する。

この時期、小猿を器用に肩に乗せて群れと一緒に歩く母猿をよく見かける。

なぜか。

これも単純な理由から。

同じ猿山にたくさんの猿が同居し続けていると近親相姦を繰り返し、結果(自分たちの社会が)滅びてしまうことを本能的に知っているからだ。

だから、意図的に幾つかのグループを追い出していく。

こうやって猿たちも「多様性」を維持しようとするのだ。

人間でも、2000年ぐらい前にジプシー(つまりロマ族)が北インドから民族大移動を始めて世界中至るところに散らばっていった。

しかし、どういうわけか日本にだけはやってこず日本だけがその影響を受けなかったと言われているが(だから、日本だけ多様性から取り残されてしまったのかナ)、そうやって国家を持たずに存在する民族はロマ族だけではない。

ユダヤ民族だって第二次大戦後初めてイスラエルという国家を作ったわけで、それ以前にユダヤ民族の定住国家はなかった。

時代はどんどん変わっていく。

人も環境も宇宙も不変ではない。

私は、今の若い世代が「モノやお金にこだわらない」のはとっても良い傾向だと思っている。

だからこそ、若い人たちは、既存の組織や考えにこだわらずに新しい「イノベーション」をどんどん起こそうとしている。

どんどん起業している。

もうそういう時代に入っているのだ。

モノに固執しなくったって、お金に固執しなくったって「感動したり幸福感を持ちたい」という願望は誰にもあるはず。

それが映像や音楽、ゲームやアニメであるという時代の流れはもはや誰にも止められないし、止める必要もない。

ゲームだろうがアニメだろうが音楽だろうが、人の才能やスキルで作り出されたもの(つまりは、人の「こころ」が作ったものだ)。

かつては、サブカルチュアとして社会のマイナー枠にいたこれらの「コンテンツ(産業)」がもはや私たちのメジャー(中心)にでんと鎮座している。

「今日」から「明日」へ移る時間の流れの中で「未来」を作る事業を行っていく場がWASである。

多様性というのは「違うことを否定しない」こと。

違う相手を認めるところから出発すれば、すべてのコミュニケーションはうまく行くはずだし、違う他者を否定しようとするイジメも生まれるはずがない。

高校生は私にとってほぼ孫の世代。

でも、私はけっして彼ら彼女らのことばを否定しない。

否定から生まれるものは何もないからだ。

 

 

 

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毎日がミュージカル

2016-10-29 11:25:17 | Weblog

といったって、別に毎日ミュージカルを見ているとかそういった話しではない。

これは、多分私の個人的なクセで(と言っても、これは妻と二人だけの状況でしか起こらないことだけど)、私は自分の会話をすぐ「うた」にしてしまうクセがある。

ほとんど99%、その場で創作する「アドリブ」だけど、話すことばに忠実にフレーズやリズムを乗せて歌う(当たり前だ。そうじゃなきゃ歌になるわけない)。

だから、当然子供のうたのように「シンプルで繰り返しの多い」フレーズばかり。

気がつくとこれをやっているから、きっと二人(夫婦)の間の符丁のようなものに近いのかもしれない。

別に恵子を明るくしようとか元気づけようとかいう意図ではない(だって、彼女が病気になるはるか前からコレだから)。

ただ単に気がつくと「あっ、歌ってる」という感じ。

どれぐらいの頻度かというと、多分会話の1/3ぐらいはコレ。

他人から見るとけっこうな頻度だろうと思う。

ということは、それを毎日聞かされている恵子にとってもかなりの頻度に違いない。

それに気づくと「ウルサイだろうな」と思い彼女に聞く。

「ウルサイ?」。

すかさず「うるさい」という返事が返ってくるからきっとそうなのだ(ハハハ)。

1/3は歌ってると言ったが、じゃあ、歌ってない時はごく普通の会話かというと、これもそうでもない。

たしかに「歌ってこそ」いないが、その代わり身体のどこかが動いている(ことに気づく)。

動いているというは、つまり身体のどこかがリズムをとっている、ということ。

これだってそばにいる人間にとってはかなり「ウルサイ」はずだ。

朝一番、起き抜けにやる私の仕事は、彼女と私の血圧を計ること。

この時も(無意識に)「血圧はかろう、血圧はかろう〜」と歌っている(ははは、マジかよ? 朝っぱらからよく歌えるナ)。

かと思えば、玄関の呼び鈴がなると「誰か来た、誰か来た〜」と歌いながら玄関へ向う(もちろん来訪者の目の前ではビタリとやめるが)。

一日の最後に温泉で「足湯」を作ってベッド脇で恵子の足のマッサージをする。

この時だって、歌いはしないが、何かリズムを取っている。

つまり、私って「多動症かナ?」と時々思う。

私が今小学校にあがるかあがらないかぐらいの年令だったらまず間違いなく教師から親が呼び出されて「病院に行かれた方がよろしいのでは?」と言われるはずだ(つまり、 ADHDではないの?と)。

小学生の時の通知表の評価欄の脇にも担任のことばで「落ち着きがありません」と書かれていたぐらいだからきっとそうだったのだろう。

うわ〜、これってヤバイじゃん。

今だったら、完全に「問題児」の仲間入りだ。

でも、幸い私が子供だった頃はめちゃくちゃ社会がおおらかで「何でも許容していた」時代だから「こんな子もいて、あんな子もいて…」といろんな生徒を学校が認めていたのだと思う。

つまりは、今よりも日本の社会そのものに「多様性」があったのだ。

そう考えると現代の子供というのは、どれだけ生きにくいのかと思う。

社会や世界がこれだけ「広がり発展した」ように見えても、その実人々の心は逆にどんどん「狭く」なっているのかもしれないと思う。

多分、本当の「天才」はこの時代現れにくいのかもしれないとも思う。

他と「違う」ことを許さない社会は、「天才の出現を拒む」からだ(だから、ほんのちょっと違うだけで「この子は天才だ」と騒ぐ...「その程度で...!」アホらしい!)。

音楽でもアートでも、さまざまな分野で「技術」はものすごくレベルアップしたような気がするけど、みんな同じで「ツマラナイ」。

なんでみんな同じなのかナ?

私が小さい時、「演奏」や「音楽」に感じていたこと。

それは、ノーミスでの演奏ほどつまらないものはない、ということ。

「完璧に演奏する」ことを目指す人が多ければ多いほど音楽の質が下がっていくような気さえする。

だって、音楽の表現って「ミスをしない」ことが目的ではないはず(たとえクラシックのような再現芸術であっても)。

私は、音楽とはその人の「こころ」を音を通じて相手に伝えることだと思っているので、ミスをするかしないかなんてことはどうでも良いことだと思う。

よく終演後のコンサートの楽屋でステージから戻って来るなり「ああ、あそこ間違っちゃった」と叫ぶご仁がいる。

完全なバカ野郎だと思う(女性でも)。

お前さん、お客さんのこと考えてなかったの?

アナタ、一体誰に向って演奏していたの?

自分のことしか考えてないから「ミスしたかどうか」にこだわっているのだと思う(きっとこのご仁にはそこしか見えていなかったのだろう)。

なので、そういうことをおっしゃる方とは二度と一緒に音楽を分かち合いたくない。

音楽ってもっと自由でもっとハッピーなものでしょう。

同じように人生も、もっと自由でハッピーなものでしょう。

今、この瞬間がハッピーと思えなかったらいつハッピーになるの?

私はそう信じているんだけどナ…。

 

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ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったことで

2016-10-15 07:51:43 | Weblog

作曲家アイヴスのことを考えた。

今回のディランの受賞で、ディランがピューリッツァ賞やその他たくさんの賞も取っていたことを初めて知ったけれど、作曲家アイヴスだってピューリッツァ賞を取っている。

自称「アイヴス研究家」の私にとってチャールズ・アイヴス(1874~1954)というアメリカの作曲家のどこが魅力かと言えば、正直言って彼の作品自体というよりも、彼のアイデアやその生き方。

ディランとアイヴスではその音楽は「天と地」ほども違うけれども、両者に共通しているところもある。

強いて言えば、両者共完全に「我が道を行く」(ぶれない)生き方かもしれない。

私は、ボブ・ディランがノーベル文学賞を取れるのだったら、それよりも先にアイヴスにこそ「ノーベル文学賞」をあげるべきだったのではとさえ思う(でも、亡くなった人は対象ではないのでこれは詮ない願い)。

アイヴスのピアノソナタ第二番<コンコード>には、「ソナタの前にEssays before a sonata」という文章がついている。

別に研究論文ではなく単なるエッセーと(自分では)言っているけれども、これが超難解な文章(しかもけっこうな量)。

このソナタが長い間「演奏不能」と言われたのは、その技術的な難しさだけでなく、この「エッセー」の難解さも影響したのかもしれない(4楽章の終わりにフルートのオブリガートがついているのでこの曲の演奏には何度か立ち会ったが、さすがにどのピアニストもその演奏に苦労していた)。

4楽章のそれぞれにアメリカの超越主義文学者の名前のついたエッセーが用意されている。

1楽章、エマーソン(アメリカの思想家、哲学者、宗教家)、2楽章、ホーソン(小説『緋文字』で有名な19世紀米文学者)、3楽章、アルコット「自分の無知に無知なことは、無知な人間の慢性病である」ということばで有名な19世紀アメリカの教育者、4楽章、ソロー(小説『森の生活』で有名な19世紀米文学者)。

これら4人の米文学者と対峙したアイヴスのこの『ソナタの前に』という文章は、現在でもアメリカの大学文学部のテキストとしてよく使われている(アメリカの「超越主義」文学というのは、「神秘主義」とほぼ同義語のように扱われている)。

こうなると、ディラン同様、「音楽家と文学者」が一人の人間の中に同居していても何の違和感もない。

しかも、アイヴスには、音楽家、文学者という「顔」以外にも実業家とスポーツ評論家という顔もあったのだ。

彼は、エール大学で音楽を学んだ後プロの音楽家にはならずに生命保険会社を起業してそれを定年まで勤めあげた人物(この会社は今もアメリカのメジャー保険会社の一つとして残っている)。

生命保険は人々の命を守るために必要なモノという彼の信念が会社を起こさせたのだ。

彼の「人物像」をひとことで言うならば、筋金入りの「平和主義者」。

彼がルーズベルト大統領に直訴した手紙が彼の著作の中に残されている。

現在の国連とまったく同じコンセプトの組織(peoples’ world nationとアイヴスは呼んでいいた)を世界平和のために作るべきだと大統領に訴えているのだ(もちろん国連が作られるはるか前に)。

それに、彼の日常生活も、作家ソローの『森の生活』そのもの。

会社はボストンにあったが、ふだんの生活はボストン郊外の森(その場所の名前がコンコード)の中のログハウス。

都会と自然の中を行ったり来たりしながら、ウィークエンドだけ作曲を続けるという生活を続けていた(この辺り、最初はサラリーマン作曲家だった小椋佳さんに近いかナ)。

私がアイヴスにのめりこむキッカケになったのが彼の書いた『114の歌曲集』。

アメリカで音楽を勉強していた時、「楽曲分析(アナリーゼ)」の時間に初めて聞いたこの「歌曲集」の詞の深さに圧倒された。

「え?ウソ!?こんな曲をこれだけたくさん作った人が世の中にいたんダ!」という衝撃。

ジョン・ケージがやった数々の実験も山下洋輔がやったアヴァンギャルドもすべてアイヴスが先にやっていた。

そうした彼が成し遂げた数々の現代音楽の実験にも圧倒されたが、私はその詞の内容に打ちのめされ、以来今日まで彼の楽譜と著作を集めまくってきた(レナード・バーンスタインはハーバード大学でアイヴスの講義を続けていて、その一部はyoutubeでも見ることができる)。

私も、もちろんアイヴスに関する著作の出版を試みたけれど「そんなもの売れないよ」とすべての出版社から断られた(日本じゃ当たり前かもネ、ハハハ)。

もし彼が今も生きていたらピューリッツァ賞だけでなく、ボブ・ディランと同様にノーベル賞を取っていたことは間違いないだろう(彼には、平和賞の方がふさわしいかもしれないが)。

案の定、今回のボブ・ディランの文学賞にクレームをつける人たちもいたようだ。

「文学はこうでなければいけない」とか「音楽がこうでなければいけない」といった考え方そのものが時代遅れだし、多様性という人間にとって一番大切な基本に逆らうことになるのでは思う。

人は皆違うし、考え方も違う、だから面白いし、だからこそ人はみんなハッピーになれると思うのだが、そう考えない人も世の中には多い(らしい)。

違いを認めない(きっと「違うこと」が怖いんだろうネ)。

だから争う(ヒトラーの考えの根底にはきっと「恐怖心」があったのでは?)。

結果、戦争や紛争が絶えない。

別に音楽だろうと文学だろうと同じじゃないの?と思う。

だって、人が頭の中で想像すること、問題にすることって結局「人生のこと、愛情のこと、神のこと、死のこと、…」じゃない。

それをことばで表現しようが音で表現しようがだろうとそんなこと関係ないじゃない。

ことばだって音だって、そんなの所詮人が神から借りた道具を使っているだけなんだから、もっと謙虚にその道具を「使わせてもらえばよい」だけの話し。

別にノーベル賞がえらいとはちっとも思わないけれど、「文学」ということばの多様性を気づかせてくれただけでも今回の文学賞は価値があるような気がしてならない。

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便利さが認知症を作る?

2016-10-04 10:55:54 | Weblog

この時期の伊豆急の電車は観光客が多い。

昨日も昼ちょっと前の電車に乗るとたくさんのグループがいきなり駅弁を広げ始めた。

別に嫌いな光景ではない。

そんな光景がひと段落した後、向いの4人がけに座る家族連れの中の一人の少年の行動が目についた。

小学校にあがるかあがらないかぐらいのその少年の両手にはまったく異なる二つの玩具のパーツが握られていた。

右手に小さな電車の模型(Oゲージっぽい)。

左手にロボットの頭のようなもの。

彼はその2つを一生懸命くっつけようとしている(まるでそれらが合体ロボのパーツの一部であるかのように)。

どうやってもくっつかない(当たり前だ)。

でも、彼は、あきらめずに何度も試みる。

横の母親らしき女性は、そんな彼には目もくれず連れの女性との話しに夢中だ。

絶対にはまるはずのない二つのパーツは、ひょっとしたら彼の頭の中ではそれが見事に「合体」しているのかもしれない。

「どうしてくっかないんだろう?変だな?なぜかな?」

きっと彼の頭の中にはたくさんの「?」が渦巻いていたはずだ。

と同時に思ったのは、この時の彼の脳の中のシナプスの発火のスピードと回数はハンパないだろうナということ。

「なぜ?」「どうして?」という頭の回路は、本来結びつくべき神経細胞と細胞の繋ぎ(つまりシナプス)がどこにあるのかを探しまくる。

そうやって確実に子供のシナプスの回路は増え脳は成長していく。

だからこそ、高齢者を対象にしたシナプソロジーというエクササイズが開発されたのだろう。

このエクササイズでは、右手、右足なら簡単にできる作業をわざわざ左手、左足にやらせたりする。

逆もしかり(最近ではさまざまな高齢者向けセラピーがこの方法論で開発されている)。

少年の左手に握られたロボットの頭が、いとも簡単に右手のロボットと合体してしまったら彼の脳には何の変化も起こらないかもしれない。

電車とロボットが「違う」ものだということに気づくのか、あるいはそれでも「合体させる方法」を必死で見つけようとするのか(「不可能」だということに気づくのか、あるいは「不可能ではない」ということに気づくのか)。

いずれにしても、彼が行っている「理不尽な」作業が彼の脳の成長に果たす役割はけっして少なくないはずだ。

物事があまりにも簡単に成し遂げられてしまうことが果たして人間にとって良いことなのだろうか、と思う。

今、世の中は、先ほどのシナプソロジーのように認知症を予防するために人の脳細胞を活性化するさまざまな方法を躍起になって開発し紹介している。

でも、そんな努力をせせら笑うようにまったく逆のベクトルにも世の中は進んでいる。

何かわからないことがあったらスマホで検索すればすぐ答えにたどり着ける。

それって「きちんと順を追って物事の答えや真理にたどり着こう」という努力を放棄しているだけじゃなくって、自分の脳細胞をわざわざ死滅させていることにはならないのだろうか。

今日私が電車で見た少年のような試行錯誤や「何やってんだよ」という(いっけん無駄のようにも見える)努力を放棄した瞬間、人は老化し始めるのでは?

近年認知症人口が急激に増えているのは、必ずしも高齢者の人口が増えているからという理由だけではないような気がする。

なぜ人は「世の中が便利になる=人が頭を使わずに生活できるようになるのだから、結果、脳細胞はどんどん衰えていく」という風には考えないのだろうか?

本を読まなければ人は本当の知識を得られない。

本を読むという能動的な学習方法と教室の授業を聞くという受け身の学習方法ではその知識の身に付き方は天と地ほども違う。

一体どんな学習方法で人は知識を脳に定着させるのか、を図式化した「ラーニングピラミッド」で一番知識の定着率が悪いのは教室で単に授業を聞く事だ。

先生や学者の意見を聞いたところで、そこで得た知識が頭に残るはたった5%。

95%はすっかり脳から抜けてしまう(なんというムダ!)。

ネットで得た知識だって翌日には忘れてしまう。

学んだことを本当の知識にしたかったら「体験」するしかない。

体験学習による定着率は70〜80%。

教室の授業が、人生においていかに「時間の無駄」かがよくわかる。

年寄りになったら「脳が老化するから活性化させなきゃダメ」とわざわざメンドくさいことを年寄りにやらせる。

見ていてすごくアホくさい。

だって、それやるなら本当は若い人でしょう?

若い人が楽な生き方していたら人間としての成長が止まるだけでなく、確実に認知症予備軍になってしまう。

どうも、日本の政治や行政のやることってチグハグで本当に行き当たりバッタリにしか見えない。

もし本気で「認知症を予防しよう」と思うのだったら、なんで年寄りにばかり「脳の活性化」を押し付けるのだろう。

若い人は元気で働いているから生活の中に刺激もあって脳は日々活性化されているからその必要はない、と本気で言えますか?

すべての知識をネット(スマホも含めて)に頼っていたら確実に老化のスピードは早くなるんじゃないのかナ。

もっと本読みなさいよ。

もっと現場で体験しなさいよ。

まったく違うパーツを何とか合体させようとしていた昨日の電車の少年の努力は将来絶対に無駄にはならないはず。

ひょっとしたら、彼、何十年か先のノーベル賞候補になっている逸材なのかもしれない。

 

 

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