みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

間違いだらけの認知症理解

2015-11-29 09:54:31 | Weblog

なんて書くと、何やらベストセラー本のタイトルのようだけど、この病気に対する世の中の理解度を知れば知るほど「え?マジ?!」と思うぐらい人々がこの病気をよく理解していないということがよくわかる。

そして、そのことは不思議なことに、現実にこの病気の患者さんを抱える家族の方たちにも言えるのだ(本当は、こういう人たちが一番理解していなければいけないと思うのだが)。

私の知る多くの認知症患者を介護しているご家族の人たちの話を聞くたびにいつもその思いに立ち至る。

先日、大学時代のゼミの友人からメールをもらった。

私たちの恩師(つまり、大学時代のゼミの指導教授)の近況についての細かい報告がその内容だった。

恩師(現在85歳)は、評論家として有名な方だった。

著書も数十冊に及ぶ(ひょっとしたら百冊を越えているのかもしれない)。

いわゆる日本を代表する知識人の一人と言っても良い方だ。

その方が、認知症に罹患したという。

もちろん、認知症はどんな人にも襲いかかる病気だ。

知識人だからならないというわけではない。

問題はそこではなく、師が罹患してからの師に対するご家族やまわりの方たちの対応に対して、これまで認知症という病気に深く関わってきた人間としていささか疑問を持ったのだ。

しばらくはご家族と一緒に暮らしていたという。

そして、数年後、師は介護施設で暮らし始める。

私は、この部分に一切関わってはいないし事情もよくわかってはいないのだが、なぜご家族が師を施設に預ける気持になったのかが一番知りたいところだ。

きっとご家族は(そうすれば)「事態が好転する」と思ったのだろう。

でなければ施設に預けたりはしないだろう(この辺の、患者家族や介護をかかえるご家族の心情はよく理解できるのだけれども、私はこの部分にこそ日本の介護の一番の問題点があると思っている)。

結果、師はその後施設から病院に検査入院してさらに問題を深刻化させて退院したという。

と、ここまでが友人の報告だった。

別に、誰を責めても始まらないのだが、私だったらこういう方法は絶対に取らなかっただろうナと思う。

 

いろいろ細かいことを言い出せばキリがない。

まずもって世の中の人の大半はこの病気にかかると「どんどん脳が壊れていく」と思っている。

というか、思いこまされている(これは、メディアの責任だ)。

医師もよくそういう説明をする。

大きく分類して4種類ある認知症の中でも(4種類あることすら知らない人が大半だし、もっと細かく分類する学者もいる)、最もよく知られているアルツハイマー型の認知症では脳の大半の部分が萎縮し始め最終的には「死に至る」という説明をされるが、じゃあ、結果的にその方が亡くなったのが老いて老衰で亡くなったのか、(病気が原因で)脳が萎縮して亡くなったのかの証明はそれほど簡単なことではない。

極論すると、亡くなった方の脳を解剖して検査してみない限り真相はわからない。

だから、フランスの有名な作曲家ラヴェルも「ひょっとしたら認知症だったのでは?」という後世の学者の疑いから(ラヴェルが生きていた時代の医学はかなりいい加減なところがあったので)、彼の墓は二度も掘り起こされている(アチャ~!有名人には死んでからもこんな災難が訪れる)。

要するに、医学の分野で行なう検証とか実験とかクスリの開発とかいう分野とメディアが毎日のように繰り返し行なっている「大変だ、大変だ、認知症になったら大変だ。だからならないようにしなければ!」という大ネガティブキャンペーンは、私たちが認知症という病気と向き合う上で「弊害」こそあれけっして「役に立っている」とは思えないのダ。

もしそれ(メディアの情報)が功を奏しているのだったら、現実に患者さんを抱える家族がもっと安心して暮らしていかれるはずなのに、現実にはそうはなっていない。

いろいろな意味で「手に負えなく」なって施設に預けたり病院で治療をしたりすることに頼ろうとするが、その頼る相手が「本当に頼れる」人たちなのか、私はそこをまず疑っている。

それが証拠に、例えば、認知症に罹患したと思われる人(まずここの線引き自体が一番あやしい)を病院なり施設なりに預けて「良くなって帰ってきた」人が一体何人いるだろうか。

私は、おそらく限りなくゼロに近いのではないかと思う。

なぜそうなるのか?

答えは明白だ。

誰もきちんと対処していない。

あるいはその方法を知らないからだ。

確かにアルツハイマー型は進行性でどんどん脳が萎縮していくのかもしれないが、先ほども言ったように、その「萎縮の速度(病気の進行速度)」とその人全体の「老化の速度」はどちらが早いのか誰にもわからない。

もちろん、本人にもわからない。

だとしたら、どうすれば良いのか。

私自身の答えは簡単だ。

認知症を恐れないで生きていこう、ということ。

ボケたり(昔は認知症なんてことばは使っていなかった)、記憶に障害が起こったり(モノ忘れをするのは若い人にだってある)、徘徊したり、妄想から妄言を吐いたりしても「それが何?」と思えばよいだけのこと。

年を取ればボケて当たり前。

記憶障害が起こって当たり前(人間は毎日いろんなことを忘れている)。

徘徊も、「こころが迷子」なんだから実際に迷子になるのも当たり前。

妄想や妄言にしたって、私たち普通のことばの概念からはズレている患者のことばを私たちが単に理解できないだけなので、患者のことばにどんな意味が隠されているのかを探す努力をしなければ「コミュニュケーション」もへったくれもない(コミュニケーションというのはまず相手を理解するところから始まるし、この部分に対してヴァリデーションケアというメソッドも開発されている))。

で、「そもそも」に立ち返る。

認知症って何?

この認識が一番肝心だ。

医師が言うように「脳が壊れていく病気」。

だとすると、「わ~こりゃ大変だ、何とかしなきゃ」になるけれども、人間の脳も細胞も(十代後半のピークを過ぎれば)日々どんどん壊れていくのであって、これも「当たり前」なんじゃないの。

今のメディアや世の中は、認知症や癌告知イコール死刑宣言、みたいに考えさせるように仕向けているけれども、なぜもっと逆の発想をしないのかナと思う。

別に、癌になるのだって、認知症になるのだって、人間なら当たり前(ガンにしたって、私自身、これまで人生小さなガンの一つや二つなっていてそのたびに自然治癒しているのでは?と思っている。だって、今げんに生きているのだから)。

だから、(認知症に)なろうがなるまいが、どうやって(それと共存して)生きていくかの<生き方>そのものをなぜ変えたり教えたりする方向に向わないのだろうかと思う(私は、メディアが情報として提供するべきはココだと思っている)。

だからこその音楽の出番、音楽家の出番!ということに気づいて欲しくてセミナーや講演会を行なっている。

そして、私は、今回の恩師の認知症の話を聞いて私のするべき仕事がもう一つあることに気がついた。

現場で(音楽を通じて)患者さんたちと接する。

講演会/セミナーでそのやり方を説く。

そこにもう一つ私の役割を追加するべきなのではないのか。

あまりにも知らなさ過ぎる(あるいは、知らされていない)人たちの「相談役」としての役割も(ひょっとしたら)あるのではないのか。

師のご家族が数年前に私に相談してくれていたら…と思わずにはいられない。


何もわからない人、じゃない

2015-11-21 17:31:08 | Weblog

先日木曽病院で行なった映画『パーソナルソング』上映会と私の講演会に来ていただいた聴衆の方からメールをいただいた。

この方のお母様が認知症だったこともあり、この方ご自身が地域の認知症介護にここ15年ほど取り組んでいらっしゃるとのこと。

この方、講演後すぐに私に話しかけてこられた。

「音楽が認知症に効果があることはよくわかっているのですが、これまで音楽療法ということばにとらわれ過ぎていたような気がします。でも、先生の話しを聞いて、別に決まったやり方があるわけではないことがよくわかりました」と言ってくださった。

その数日後のメールだ。

私自身これまで接してきた音楽療法士の方たちは、皆さんとても立派な考えと能力を持っている人が多かったのだが、「音楽療法とはこうあるべき」という考えが強い人が多かった。

きっと、この方もそうした人たちと接してきたのかもしれない(この方自身が音楽療法を勉強したことがあるとおっしゃっていたので)。

音楽は認知症に効果がある、だから、みんなで歌を歌いましょう、音楽を聞きましょう。だけでは少々乱暴だ。

また、介護施設の人たちには懐かしい音楽が効果的といって、十葉ひとからげでいつでもどこでもナツメロや童謡で括ってしまうのはもっと乱暴だ。

その人の人生にとって一番大事なものは何?

最も印象に残っている音楽は何?

ここから出発して欲しいといつも思っている。

 

「何もわからない人、じゃない」。

この方がメールに書いてきてくださったことばだ。

もちろん認知症の人たちのこと。

英語でもよくliving dead(生ける屍)という言い方がされる。

認知症の方は、世界中どこでもそう思われているのだろう。

なぜか?

それは、コミュニケーションが取れないからに他ならない。

たとえ会話ができてもそのやり取りはチンプンカンプン。

話しが通じない。

だから「この人はもう終わってる」になってしまう。

私は違うと思う。

私は、認知症の人たちは、別に「何もわからない」のではなく、単に「こころが行方不明」になっているだけなのだ。

その人の「こころ」の居場所は、おそらく患者ご自身でもなかなか見つけられない。

ましてや、他人がすぐに「発見」できるわけがない。

でも、必ずそこに「心はある」と信じることから始めないと、この認知症対策はいつも入り口で止まってしまう。

この国の認知症対策は、まさしくそこで止まっている。

認知症の人は「記憶がなくなる」「わけのわからないことを言う」「わけのわからない行動をする」「昼夜逆転する」「徘徊する」…だから、対策をたてる。

どうやって?

クスリを飲む(現在認可されている4種類の抗認知症薬のどれも認知症を完治させることはできない)。

世話が大変だから施設やデイサービスに預ける(預けるだけでは何も解決しない=もちろん、そうした場所が介護者の休息のためである一面は否定しないが)

認知症や介護に悩める人たちの相談のために地域包括支援センターを日本中至るところに設置する(それ何?それどこにあるの?…人の目に届かない対策は対策とは言えない)。

それに、そもそも現在の日本の認知症患者の数が500万とか600万とかいう数字もひどくアヤシイ(全国の自治体に統一された認知症の統計方法があるわけではないし一体誰がその統計を取るの?)。

認知症に罹患しているかどうかを判断できる権限を持っているのは医師しかいない。

私は、ここが根本的に「違う」と思っている。

人を認知症と判断するだけの十分な知識や経験を持っている医師はそれほど多くない。

何をもって「この人認知症、この人正常」と判断するのだろう。

認知症かどうかのボーダーラインにいる人は世の中にゴマンといる。

ひょっとしたら私自身も「そこ」にいるのかもしれない。

だとしたら、この国の認知症対策はお先真っ暗か…と私は思っていない。

ちょっと意識を変えれば良いだけダ。

そんな(意識変革の)やり方を、ユマニチュードとかヴァリデーションケアといった外国の介護メソッドが私たちに教えようとしている(なんで日本発のものがないのだろう)。

でも、…。

そんな外来メソッドを勉強しなくても、たった一つ、「相手目線にたつ」ということだけを全てに優先させればアッという間に解決する問題はたくさんあると私は思っている。

同じナツメロを演奏するんでも遠くで演奏するのではなく、患者のすぐ目の前で演奏する(ステージなんかいらない)。

これだけで変わる何かが確実にある。

それは何百回という私の体験で実証済みだ(エビエデンスなんか必要ない)。

「あんた、私のサイフ取ったでしょ」と家族に浴びせることばに対して、「取るわけないでしょ!」と否定してしまえば全てはそこでジエンド。

そうではなく、そうしたことばの意味を辿っていくと、案外隠れた真実に行き着くことがある。

例えば、その患者さんは、小さい頃学校の隣の机の子に消しゴムを貸して未だに返してもらっていないのかもしれない(そんなことがトラウマとして残ることはどんな人にもある)。

そんな遠い過去の小さな出来事が「私のサイフを盗った」という妄言につながっているのかもしれない。

十分あり得ることダ。

相手のことばを否定しさえしなければ、いくらでもコミュニケーションの糸口はつかめるし真実に行き当たることはいくらでもある。

そして、こんな意識変革を助けてくれるのが、他ならぬ「音楽」なのだ。

どう助けてくれるのか、今後「セミナー&コンサート」というスタイルで今後世の中に説いていこうと思っている。

音楽と介護のリンクを常に考えてきた私にしかできない「やり方」だと思っている。

せっかくプロの音楽家として長いキャリアを持ってきた人間(私を含めて私のまわりにそんな音楽家はたくさんいる)の能力をこんな形で生かせればと思って考えた企画だ。

12/6に地元の伊豆高原の介護施設で、12/13には、京橋のセミナーハウスでやろうと思っているけれども、いまいち人が集まっていない。

宣伝の方法が悪いのか、皆さんいまいちピンと来ないのか。

「認知症、認知症」と騒ぐだけじゃなくて、もっと「こうすればイイじゃん」ということを理解しておけば、自分の人生がもっと楽にもっとハッピーに過ごせるはず(だと私は思っている)。

別に認知症になろうがなるまいが、人生の目的は、「より幸福に」「より人のために」過ごすこと。

そんなヒントを、演奏と一緒にお話ししたいと思っている。

今からでもたくさんの方の参加をお待ちしています。

詳細は、下記をご覧ください。

http://www1.linkclub.or.jp/~flute/live.html

 

 


感動的な木曽谷の紅葉

2015-11-10 18:20:13 | Weblog

真っ盛りの9日、県立木曽病院での映画『パーソナルソング』の上映会と私の講演会のために木曽谷を訪れた。

木曽川にえぐられてできた木曽谷沿いに走る中央線を名古屋から長野方面へ北上するコースを辿るのは学生時代以来だ。

以前訪れたのはたしか夏だったはず。

晩秋の木曽谷は、まさに日本の原風景そのもの。

合掌造り集落で有名な富山県の五箇山辺りの風景とどこか似ている。

昨年の起こった御岳山の噴火の時に最前線基地となった病院が会場だ。

地元の自治体の方たちが人口二万人の一戸一戸にチラシを配ってくださったという努力のせいか、雨にもかかわらず病院講堂にいっぱいのお客さん。

映画の後に30分ほどの短い講演を行なった(70分の映画を見終わった直後にそんな長い講演はできない)。

目の前にいる聴衆の大半は高齢者の方たち。

そして、その間に介護士さん看護士さんとおぼしき人たちが並ぶ。

私にはなんとなく馴染みのある風景だ。

介護施設での演奏現場に近い雰囲気のせいか、講演会というよりもいつもの施設でのトークノリでしゃべる(もちろん演壇になんかいない。マイクを持ってお客さんの中に分け入る)。

「カラダヤワラカ」「アタマサワヤカ」という私の作った定番の「お口の体操」の呪文を披露すると会場から一斉に大きな笑い声が起こる。

「うン?なんでこれでこんなに受けるのかナ?」と思い、近くのご婦人に「おかあさん、ここ笑うところじゃないですけど…なにか、私オカシイこと言いましたか?」と、「きみまろ風」な切り返しをすると、さらなる笑い声を誘う。

施設で演奏する時、入居者の人たちからよく「きみまろに似てますネ」と言われる。

「うん?顔は似てないと思うけど…ナ」(似てるかナ?)。

多分、髪の後ろのシッポの感じが似てるんじゃ…と自分を納得させるが、「きみまろ風のノリ」はけっして嫌いじゃない。

思いっきり毒舌で目の前の高齢者をイジってみたい気持もあるけれど、講演者がいきなりきみまろになったんじゃあネ…(?)と思い直す(笑)。

 

それにしても、この地域の高齢者の元気なこと。

きっとこの地域の高齢者率(全人口に65歳以上の高齢者の占める割合)も50%に近いんだろうナと思いつつ(2013年現在の日本の全国平均高齢者率は26%で2050年までにこの平均の数字が50%になると予測されている)、やっぱり問題は「元気かどうかだ」と聴衆の顔を見ながら思う。

施設を訪れたり高齢者と話をしていつも思うのは、百歳越えの人たちの元気なことダ。

「この年でなんでこんな元気?」と思うのは基本的に間違い。

真実はまったく逆で「元気だから百まで生きられる」に過ぎない(考えてみれば当たり前の話か)。

寝たきり人口が200万人もいると言われる日本に対してデンマークやスウェーデンの北欧の福祉大国は寝たきり人口ゼロ。

別にこれは数字のトリックでも何でもなく、そこに住む人たちが「どう生きてどう死にたい」と考えるかどうかだけの違いから生まれた数字だ。

寝たきりだろうが胃ろうだろうが「何としてでも長く生きる」ことを望むのか、ひたすら「健康的に生きていこうと努力する」かの違いだ。

そこにあるのは思想の違いだけ。

もちろん、そんな「当たり前」のことに日本もやっと気づき始めているので、あれやこれやと対策をたててはいるけれども、何せ根本的な思想がない国なので(もともとないのだからいきなり「主張のある国」にはなれない)、対策はいつも後手後手でかつ行き当たりばったり。

みんながめいめい勝手はなことを言う(メディアを見てればよくわかるし、政治や行政だって同じこと)。

なので、私の話を熱心に聞き入ってくださっていた木曽の高齢者たちと「マジに何かできないかナ?」。

そんなことを考えながら帰路についた。