明日のドアをノックして

過ぎゆく時の中で、夢の扉をあけましょう

堀北 結構いいじゃないか

2006年02月28日 | Weblog
堀北 結構いいじゃないか

翼の折れた天使  フジのドラマ、今やってる、堀北、なんだっけ、名前?
電車男の秋山さんも出て、あのー、何ていうんですかね。いいですね。

自分的には、上野樹里も期待してます。

野口英昭氏の妻の友達ブログ

2006年02月19日 | Weblog

野口英昭氏の妻の友達ブログ

野口英昭氏の妻の友達のブログが開設されたみたいです。

mamaのつぶやき   ☆野口ママを応援するブログ☆

でも、このブログを見てみて、「なんだわからない」と言うのが今の感想です。

>「ママは悪くない!」   
 誰も野口氏の妻を「悪い!」とは言ってません。
「悪い!」ではなくて、「熟慮が足りない」と言っているのです。非難しているのではありません。警察やマスコミの対応について十分に配慮しなさいと言っているのです。

警察が空港のビデオを遺族に見せたということは、そのビデオが本物であるかどうかの確証がないのにも係わらず、「“四人の検証を終了した”ことに、遺族の最終的な同意を取りつけた」、ということを既定事実としてアピールすることになるのです。

「遺族にも確認してもらいましたので、これで、捜査は終わります」ということの大義名分を与えてしまったことになるのです。

>「真実が知りたくて、内緒で沖縄へ行ったのに」
これだけ日本の国民が注視しているのに、「内緒」で何がしたかったのでしょうか?
もちろん、遺族として悲しみに暮れているのも分かりますが、遺族自身が「本当のことを知りたい」のであれば、すべての国民を「味方」につけるのが、現在の、警察もマスコミも信用できない状態では、最善の方法であると言えます。すくなくとも、誰か法律の知識のある人間を「味方」につけるべきでしょう。いまもなお弁護士などに相談してないような状態だと思われるのが、私には「不可解」です。

弁護士に相談するだけなら、1時間で一万円ぐらいでしょう。これから、遺族としてどうすればいいのか、警察に望むこと、マスコミへの対応などを話しあって、これからの方針を決めたらいいのではないでしょうか?どうも、この「妻」が誰にも相談しないで事を進めているように思えて仕方がない。いろんな不満や不安があるのなら、冷静に対処できる人間を味方につける以外に道はない。


 


野口氏の妻の「本意」

2006年02月17日 | Weblog
きっこのブログ(orきっこの日記)で、野口英昭氏関係の記事が更新されました。野口氏の妻のメールで、沖縄に行って、警察や監察医に行ったことやインタビューの「編集」によって「真意ではない」発言だけを取り上げられた、といっている。

これは「マスコミマジック」なのであろうか。マスコミの都合のいい情報だけを「ニュースにする」という、情報操作なのであろうか?
しかし、妻の行動が、熟慮されたものではない、との指摘も、私は肯定する。

「警察」という海千山千の強力な権力構造に立ち向かうには、あまりにも「丸腰」なのである。弁護士や医者、防犯ビデオなどに詳しい人などを集めて、沖縄入りするべきであったのである。全くこれらの専門の知識がない「身内」だけで、行動したことが、警察の「言いなり」になった原因であろう。

空港のビデオを見せられたようであるが、警察が提示したビデオの真偽を、短時間で「分析」することなど、素人には出来ないのである。

「疑惑の“四人”が映っていなかった」との説明を受けたらしいのだが、野口氏本人を探し出すことも出来ないのなら、当然「四人」を判断することなど、「不可能」なのである。これって、広い銀河系で「太陽」の位置を特定しなければ「地球」を探し出せないことと似ている。

中心核になる「野口氏」の周りにしか、「四人」はいない。
だから、警察の言う「四人はいなかった」という事実は、
野口氏をビデオで確認して、初めて成り立つ「確たる結論」なのである。

その点を追求して行く「力」が野口氏の妻にはなかったとしか、言いようがない。

本当にこの事件を解明したいならば、「事件解明弁護団」を組織する必要があるのである。一般の人間が解明できる問題ではない。しかも、この弁護団を結成できるのは、野口氏の身内だけなのである。事件解明のキーマンとしての役としては、この「妻」には荷が重過ぎる。

単独でこの事件に首を突っ込んでも、逆にねじ伏せられる。このまま、事件を単独で当たるとすれば、「本当は事件を解明する“振り”をするパフォーマー」と言われても仕方がないように私には思える。

国民の「声」を一つに

2006年02月17日 | Weblog
国民の「声」を一つに

野口英昭氏の死亡に対する謎の解明は遅々として進まない。
逆に解明がなされないことを、「公式」な機関である警察から出される数々の「粉飾」された事実が「証明」している。

警察の、誰が見たって「自殺への証拠がため」的な捜査状況の提示に、私達、「真理を見出したい」人間は失望してしまう。

「一体どんな力が警察権力、国家権力を抑え込んでいるのか?」との疑念が絶えず付きまとう。

犯罪の捜査は、日本では民間の機関や人物は行うことが出来ない。捜査権限のない人間には、野口氏が映っているとされた空港での映像を検証することは出来ない。カプセルホテルの防犯カメラの映像を見ることも出来ない。検死で写された体の傷を見る事も出来ない。「血染めのサッカーシャツ」を見る事も出来ない。野口氏が最後に会った人の証言も聞けないのだ。  

すべては「警察」の手中にある。

なんとかして、これらの「証拠」を見たいと思う。確実な「足取り」の目撃者を見つけたいと思う。「証言」を聞きたいと思う。
これだけ、国民に大きな「疑問」を投げかけている事件の、正確な解明につながる「明白な事実」が欲しいのだ。捜査資料の提示を、あらゆる法律を駆使して、求めてゆく手立てはないものか?国民の一人ひとりの「声」を集結して、「正しい」警察の捜査を要望できないだろうか?と思っている。

今、国民に出来る事は、さまざまな、ブログ、掲示板、新聞の投稿、マスコミへのメールなどで、「真実を知りたい!」と声を上げる事だろう。この事件が「闇に消えて行く」ならば、すべての「真実」が「消えてゆく」ことになる。

「野口英昭氏の死亡」解明へのリンク集

2006年02月14日 | Weblog
「野口英昭氏の死亡」解明へのリンク集

「野口英昭氏の死亡」を解明するのに役立ちそうなリンクを貼っておきます。
私も全部を読んだわけでもないけど、事件の「経緯」や「疑問点」「展望」を知るうえで役に立つでしょう。これを読んでみたら、「野口氏の死」についての理解や整理が出来るかもしれません。


シリエトク!! Keyword 『野口英昭』
世に倦む日日
情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)
iFinder 雑読乱文
新「じねん」
きっこの日記
二階堂 ドットコム NHK(梨元放送協会)を聴いてください
http://www.geocities.jp/ariradne/horie_noguchi.html
毎日-MSNニュース 特集「ライブドア事件」

上のようなリンクを読んだらかなり情報通になれるかも知れません。私も読もう。

変わったな、由美子

2006年02月13日 | Weblog
釈由美子

鼻でかくなった。いいけどさ。自分の顔だからさ、なにしてもいいさ。

でもさ、やっぱり違うさ。日本にも韓流スタ並に顔を変化させてしまう、人多くなるかな?

また、思うこと

2006年02月13日 | Weblog
また、思うこと

ライブドア事件に関連して、その内情に深く係わったとされる野口英昭氏が沖縄のカプセルホテルで「謎の」死を遂げたことは、利害関係者を除く日本国民全員が「他殺あるいは強要された自殺」と考えているのにも拘わらず、警察のお偉方さんの国会答弁でも、(彼ら自身が殺される、あるいは左遷される危惧を回避するために)「自殺」として早々と「断定」している。これだけ国民の関心が集まっているのに、再捜査のやり直しすらやろうとしないのだ。

警察が一度、国会で答弁したことを「撤回」する可能性は遥かに少ないのであるが、国民の、この事件に対する「明白な」解明を望む要望を声高に上げて行けば、大きなムーブメントになるかもしれない。いや、大きなムーブメントにする必要があるのであろう。

この事件を「自殺」として処理すれば、国民の「政治」に対する不信感は最高潮に達するであろう。

国民はいままで確かに「馬鹿」であったろう。少なくとも、私は「馬鹿」であったように思う。「闇の力」で人が殺され、その事件を明るみにしないことにも何の「疑問」を挟まないで生きて来たのだから。巨大な権力の存在が、日本の一握りの存在が、自分達の思い道理に「利益」を上げ、「悪の部分」が露呈しそうになると「暗殺」という方法を駆使して人を「あの世」に送り込んでいたということを知った今では、か細いながらも、「悪」に対しての対決を決意しなければならないのだろう。

この決意は「カッコつけ」ではなく、少なくとも、自分を「守る」ために必要なことのように思える。誰しも、狭いカプセルホテルで命を絶ちたくは無いのだから。 



(追記:別にブログで「野口英昭氏の死」について書いてても、「その筋」の人が襲ってはこないようです。ブログを書いている人全部を「闇に葬る」ための努力は「その筋」の人に無いようです。そっちのほうがいいんだけど。
ただ、ブログの検索には、相変わらず「ヒット」させられない状態が続きます。gooさん、そろそろ、情報操作はやめてください。お願いします。無料でやっているブログだからといって、個人の「発言する権利」を奪わないで下さい。お・ね・が・い!)

野口英昭氏の死について、今思うこと

2006年02月13日 | Weblog
野口英昭氏の死について、今思うこと

ライブドア事件に関連して、その内情に深く係わったとされる野口英昭氏が沖縄のカプセルホテルで「謎の」死を遂げたことは、利害関係者を除く日本国民全員が「他殺あるいは強要された自殺」と考えているのにも拘わらず、警察のお偉方さんの国会答弁でも、(彼ら自身が殺される、あるいは左遷される危惧を回避するために)「自殺」として早々と「断定」している。これだけ国民の関心が集まっているのに、再捜査のやり直しすらやろうとしないのだ。

警察が一度、国会で答弁したことを「撤回」する可能性は遥かに少ないのであるが、国民の、この事件に対する「明白な」解明を望む要望を声高に上げて行けば、大きなムーブメントになるかもしれない。いや、大きなムーブメントにする必要があるのであろう。

この事件を「自殺」として処理すれば、国民の「政治」に対する不信感は最高潮に達するであろう。

国民はいままで確かに「馬鹿」であったろう。少なくとも、私は「馬鹿」であったように思う。「闇の力」で人が殺され、その事件を明るみにしないことにも何の「疑問」を挟まないで生きて来たのだから。巨大な権力の存在が、日本の一握りの存在が、自分達の思い道理に「利益」を上げ、「悪の部分」が露呈しそうになると「暗殺」という方法を駆使して人を「あの世」に送り込んでいたということを知った今では、か細いながらも、「悪」に対しての対決を決意しなければならないのだろう。

この決意は「カッコつけ」ではなく、少なくとも、自分を「守る」ために必要なことのように思える。誰しも、狭いカプセルホテルで命を絶ちたくは無いのだから。 


原田選手の「嘘」

2006年02月12日 | Weblog
200グラム差の失格 大ベテランが勘違い

そんな中、スキージャンプ競技の原田選手が体重不足で失格になりました。
自身も「60キロだと思っていた」とその訳を述べていますが、これは「嘘」だろうと思います。

オリンピックやワールドカップに幾度も出場した選手が、その「ルール」を熟知しないはずはありません。スキー板の長さと体重や身長の関連は、複雑だろうけど、板と身長の二点は不動だったのでしょうから、あとは「体重」を管理すれば良かったわけです。

100グラムの上下に一喜一憂して調整をしてきたのでしょうから、彼の体重は「61キロなければならない」と原田選手、本人、コーチは分かっていたはずです。

ではなぜ彼はこの体重にしてきたのでしょう?予選前の体重はギリギリの61キロ程度にしていたのでしょう。本当ならばプラス1キログラム程度重くして競技に臨むのが安全策でしょうけど、

原田は敢えて規定体重ギリギリのところまで、自分の体重を絞ってきた。

スキーのジャンプ競技は、体重が軽ければ軽いほど有利なのでしょう。100グラムの重さで、距離が1m、2m変わるのであれば、予選通過するために、原田選手が「勝負をかけて来た」としても、なんらの不思議ではないように思えます。

原田としては規定の体重を下回り「失格」するリスクよりも、体重ギリギリでも飛距離を延ばしたかったのでしょう。競技者として全盛の頃ならそんなことはしないでもよかったかもしれませんが。

スキージャンプはルールの改正に伴って、身長の低い選手に「不利」と言われていたのですが、その「不利」を補うために、飛距離を延ばすために、選手は並々ならぬ「努力」をしているのだろうと思います。

頑張れ!日本!


(追記:記事をよく読んでみると、競技後に水を飲んでいいようです。このルール、なんだかわからない。5キロ減量して、計量前に5キロの水を飲むのもありなんですか?ええええっーーーー!!
私は競馬のように競技後すぐに計量するのかと思ったよ。原田選手がまぬけなのか、それとも、不可解なルールが馬鹿なのか?  とりあえず私は挫折!)




ふと思うこと

2006年02月12日 | Weblog
野口英昭氏の死と国松警察庁長官狙撃事件

警察庁長官狙撃事件

ライブドア事件で死亡した「野口英昭氏の死」とオウム真理教事件からみで起こったとされる「國松警察庁長官狙撃事件」が、私には“妙に”共通点の多い事件だと感じている。

「ライブドア事件」は日本の経済のみならず、世界の経済を混乱させたが、「オウム事件」も世界に「テロリズム」の恐怖を知らしめた。
ライブドアの強制捜査直後に、事件の「鍵」を握るといわれた「野口氏」は”不可解な”死をむかえ、「地下鉄サリン事件」後の一斉強制捜査後に、当時警察庁のトップであった國松孝次は自宅マンション付近で「狙撃」されている。

この事件は、「オウム真理教の信者だった警視庁巡査長」の犯行の疑いが強かったのだが、なぜだか、警察このことをひたすら隠し、検察の立件も見送られた。いまなお、この事件の犯人は捕まっていない。

この「國松警察庁長官狙撃事件」は、内部の警察官の起こした事件の疑いがあったために、警察庁のトップが「狙撃」されたのにも係わらず、事実を公にしないまま、「もみ消された」という説が一般的である。
このことは警察庁のトップを差し置いて、事件の解明を「阻止」出来るほどの「権力」や「組織」が厳然と存在していたことを示している。

この事件とその「経緯」が今回の「野口英昭氏の死」と“ダブって”見えるのである。

野口氏の死を「かたくなに」“自殺”として処理したい、「警察」と、この「処理」になんの「疑問」を抱かない「政府」との対応が、「國松警察庁長官狙撃事件」の対応と似通っていると思うのだ。

もしかしたら、この「野口氏の死」は、「警察」や「国家」をも巻き込んだ重要な「事件」なのであろうか?この事件を「自殺」として処理したほうがはるかに大きな「利益」になると、「誰か」は思っているのであろうか?

その誰かを解明しなければ「野口氏の死」は永遠に闇に葬り去られる。



※ また、複数記事をあげました。これもgooブログ検索君の「わがまま」が原因です。まったく検索にヒットしないのが悲しくて、それでも12時間我慢して、やっぱり「ダメだ!」と思って、二度目、三度目記事をあげると、なぜだか「やっと」検索にヒットさせてもらえます。「野口英昭氏」関係の記事は全部こんな感じの検索体制です。いやんなっちゃうの。別のなんでもない記事は二分で検索に掛かるのに、です。
どうしてなの?もう一度、教えてgooooooooooooooooooooo!!!!!

野口英昭氏の死と国松警察庁長官狙撃事件

2006年02月12日 | Weblog
野口英昭氏の死と国松警察庁長官狙撃事件

警察庁長官狙撃事件

ライブドア事件で死亡した「野口英昭氏の死」とオウム真理教事件からみで起こったとされる「國松警察庁長官狙撃事件」が、私には“妙に”共通点の多い事件だと感じている。

「ライブドア事件」は日本の経済のみならず、世界の経済を混乱させたが、「オウム事件」も世界に「テロリズム」の恐怖を知らしめた。
ライブドアの強制捜査直後に、事件の「鍵」を握るといわれた「野口氏」は”不可解な”死をむかえ、「地下鉄サリン事件」後の一斉強制捜査後に、当時警察庁のトップであった國松孝次は自宅マンション付近で「狙撃」されている。

この事件は、「オウム真理教の信者だった警視庁巡査長」の犯行の疑いが強かったのだが、なぜだか、警察このことをひたすら隠し、検察の立件も見送られた。いまなお、この事件の犯人は捕まっていない。

この「國松警察庁長官狙撃事件」は、内部の警察官の起こした事件の疑いがあったために、警察庁のトップが「狙撃」されたのにも係わらず、事実を公にしないまま、「もみ消された」という説が一般的である。
このことは警察庁のトップを差し置いて、事件の解明を「阻止」出来るほどの「権力」や「組織」が厳然と存在していたことを示している。

この事件とその「経緯」が今回の「野口英昭氏の死」と“ダブって”見えるのである。

野口氏の死を「かたくなに」“自殺”として処理したい、「警察」と、この「処理」になんの「疑問」を抱かない「政府」との対応が、「國松警察庁長官狙撃事件」の対応と似通っていると思うのだ。

もしかしたら、この「野口氏の死」は、「警察」や「国家」をも巻き込んだ重要な「事件」なのであろうか?この事件を「自殺」として処理したほうがはるかに大きな「利益」になると、「誰か」は思っているのであろうか?

その誰かを解明しなければ「野口氏の死」は永遠に闇に葬り去られる。

華麗に変化 釈由美子

2006年02月11日 | Weblog

華麗に変化 釈由美子

あれ!? ちょっとイメージ変わったな。柴田淳さんみたい。

 

       

    柴田淳さん                    前の釈ちゃん


柴田淳さんのCD聴きたくなった。

 


野口英昭氏の妻の「訴え」

2006年02月11日 | Weblog
きょうの日本テレビ、夕方の『ニュースプラス1』では、野口英昭氏の妻である人が、「モザイクなし」で素顔をカメラにさらしていた。
野口氏の「死」についての警察の「自殺」との断定の発表に、自らの命の危険と引き換えにして、身内として「疑問」を投げかけているのである。

「野口氏」が「ライブドア」の重要な人物として、犯罪を構成した人物の一人として疑われるなか、妻である人が「顔」を日本全国に「さらす」ことが、どれほど危険であるかを疑う人はいないであろう。
右翼や暴力団、株で多大の損失を被った人などから危害を加えられる可能性もあり、あるいは、一般の人からも、後ろ指さされかねない状況でも、「訴えたかった」家族の「思い」があるのである。

本当に野口氏の死亡が「自殺」だったのか? 
空港で会った「四人」はだれだったのか?
ホテルの従業員の証言は正しいのか?

そんな疑問を、国会の質疑でさえ「プレイベートな問題である」として、なに一つも公開しない警察の「態度」に疑問を投げかけているのだ。

「人の“死”を簡単に片付けて欲しくない!」と訴えているのだ。

この「覚悟」に対して、十分な再捜査をしないならば、警察は存在意義すら失ってしまうのだ。
警察の本分である「国民を守る」ではなく、「権力を守る」ということを露呈してしまうのだ。



『報道ステーション』野口氏と空港の四人

2006年02月10日 | Weblog
『報道ステーション』野口氏と空港の四人

報道ステーションで、野口英昭氏が沖縄に行き、死亡した日に空港で「会った」四人、が空港関係者のインタビューで裏付けられた。

「自殺」と主張する、警察のお偉方や沖縄警察としても、この四人の人物の特定をしなければ、日本全国民に向けて「野口氏は“個人的な理由”によって“自殺”した」と主張するには論拠が甘い。
野口氏の「死」が「自殺」だと仮定するにしても、その四人を探し出し、当日の野口氏の行動、言動を洗い直さなければ、「ライブドア問題」を解決することも出来ないであろう。

「その四人は野口氏とどう関わっていたのか?」「なぜその四人はいまだに名乗りをあげないのか?」

それを捜査するのは、警察の仕事として、「基本的」な行動態度のように私には思えるのだ。もし、その四人が野口氏に「自殺をしなければ家族のものに危害が及ぶ」と言ったのなら、「自殺教唆」「脅迫」「殺人」などの罪が疑われるからだ。

自殺関与・同意殺人罪 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この四人のことを、「あらゆる人間が目撃した幽霊」であると、警察関係者が「断言」しているのでない限り、この四人を探さなければ警察の職務怠慢である。行政法上の罪に問われることになる。