ひかりとしずく(虹の伝言)

勉強会や講演会、上映会のレポートなど主に載せています。

目指すは品格ある女性

2008-09-01 | 季刊誌なな色メールより
私の住んでいる町には海の近くの地区にだけ盆小屋(ぼんごや)という行事があります。
お盆の入り日12日に迎え火、15日に送り火といい、両日とも夕刻浜に火を燃やし(藁で作った小屋を燃やす)そして「この火の明かりに来とうれ(行とうれ)。」と歌います。
先祖の霊を文字通りお迎えして、また送るのです。
中学男子児童が小屋を作り、中学女子と小学児童で寄付金を集めお供え物やお飾りを買い、残りで花火を買い迎え火送り火の後に子供達で楽しみます。
今は親や地区の役員PTAも協力していますが昔は子供達(男の子)だけでやり、夜はその小屋に泊まったそうです。
少し年長の先輩からいろんな話を聞かされ子供達は成長したのでしょうね。
 
象潟の山手の上郷地区では冬、1月15日(丁度半年の間隔です。)に鳥海山に向かって先祖の霊を迎えて送る行事があるそうです。
それぞれ、死んだ魂は空に行くのだと考え、まずは一番近い空、山手では鳥海山の頂上、海の地区では海と空の狭間に行くのだと考えられてきたとのことです。
先祖に感謝して今の生を存分に楽しむというお祭りだったとのこと。
象潟には山や海など自然を崇め、先祖に感謝し生きてきた人々の暮らしがまだ息づいています。
古くから続いているこの行事は昨年、記録無形文化財と指定され保存会が設立されました。
大事にしたいです。
 

とはいえ夏は要注意。
一年で一番忙しい時期を乗り越え私は少々疲れ気味。
というのは、夏は私の勤務する皮膚科では、虫刺され、日焼け、とび火など処置の多い患者さんが増え忙しいこと、それから、夫のお店もお盆休みの帰省のお客さんがいて忙しくなり、おまけに子供達の夏休み!!海に川にいい夏の思い出作ってあげられたかな・・・?とオーバーヒートしそうでした。

三年前は眼圧の上昇で目が霞んでくる疾患ボスマンシュロースナー症候群に罹ったし、今年は突発性難聴になってしまいました。
ほとんど完治?と思いきや今日は朝から聞えにくい。
三日前、騒がしい子供にヒステリックに怒ってしまい、挙句の果ての夫婦喧嘩。本末転倒の結果に。今回の病気は聞きたくない事があるからなったのだと思っていました。
例えば変な事件のニュース、子供の担任の大人気ない怒り方のうわさ。
でもそれよりきっと、自分のヒステリーな声。品格ある女性とは程遠いです。

 
先日、『女性の品格』を読む機会を得ました。
とても耳が痛かったですが、読んでよかったです。
私は短気ですぐ怒りの感情を露にしてしまうので、もっか反省中です。
これからは品格を備えた女性を目指したいと思います。
それは坂東女史曰く“強く優しく美しくそして賢い女性”だそうです。
かくありたいですね。
参考にしたい品格ある女性についての女史の文章を以下に抜粋しました。
「私は社会や経済の変化のなかで女性たちが職場へ出ていくのを当然と思っています。
そうした女性たちが女性だからということで差別を受けてはならないし、日本の女性も企業も女性の力を活用することでもっと活力が出てくると思っています。
しかし職を持つ女性には試練はつきものです。
そして単にスキルを磨き、専門知識をもつ有能な職業人になることだけを目指すのではなく、品格をもって生きていくには・・・。
男性に媚を売り昇進するのではなく、しっかりとした識見をもち、一目置かれる社会人として生きるには・・・。
(中略)
正しい生活習慣や人間としての基礎力、自分の行動や生き方の芯になる信念を持つこと。
それは損をしても正しいことをする強さ、弱い立場のものに手を差し伸べることができる、自然の美しさや健気さに心を動かす優しさを持っているなど。
女性としての品格はそうした強さと優しさから生まれます。
また、等身大の自信、何が重要で何が些細なことかを見分ける賢さ、自分は今どういう役割を期待されているのかを把握して黙るときは黙り、話すべきときは話す聡明さも不可欠です。」
出しゃばりなんですね。私。聡明になりたいです。


実は“品格”という言葉が気になったのにはとある韓国ドラマがきっかけでした。
そのドラマに出演していた若手俳優さんが雑誌のインタビュー記事で『モリー先生との火曜日』という本を勧めていました。
「悲しむべきときには悲しむべき。」という考えが自分と同じだったからとありました。
彼は若いのに冷静で自分の立場をわきまえていると記事を読み進めるうちに感じ、是非この本を読みたいと思ったのでした。

内容は、著者のミッチ・アルボムというスポーツジャーナリストが、ALS(筋萎縮性側策硬化症)という難病になり死を目前とした恩師に再会し最後の授業を受けた記録。
二人の人生と哲学とユーモアが散りばめられたものでした。
人生を楽しむ達人モリー先生の魅力と仕事中毒で、家庭を顧みず何かに焦っていた元教え子が人生に本当に大切なものに気づいて変化していく。
笑って泣きました。
私もこの本を皆さんにお勧めしたいと思います。
映画化にもなったものなので、ご存知の方も多いでしょうね。

 モリー先生の名言集。
「死ぬことは悲しいことのひとつにすぎないんだよ。
不幸な生き方をするのはまた別のことだ。ここへ来る人の中には不幸な人がずいぶんいる。
われわれのこの文化は人びとに満ち足りた気持ちを与えない。
文化がろくに役にたたないんなら、そんなものいらないと言えるだけの強さを持たないといけない。」

「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。
自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分寝ているようなものだ。
間違ったものを追いかけているからそうなる。
人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創り出すこと。」

「今の世に中では常に洗脳される、ものを持つのはいいことだ、かねは多い方がいい。
それをくり返し聞かされ、ほかの考えを持たなくなる。
だがこれでは満ち足りない。本当の満足は自分が人にあげられるものを提供すること。」

「互いに愛せよ。さなくば滅びあるのみ。」

 
ユーモアって、大事ですよね。
「世界がユーモアで溢れていたら戦争なんてなくなるはず。」これはキュートでコケティッシュな笑顔が魅力のハリウッド女優、メグ・ライアンが言っていた言葉。
8月6日、原爆投下時間のサイレンに「もう終わったことをなんでずっと言うの?」と言った長女に怒ってげんこつしてしまった私って・・・。


先日7月27日遊学舎での佐藤初女さんの講演会の質疑応答では、初女さんのユーモアある返答に笑わせていただきました。
初女さんは若い少女時代に胸を患い死ぬかも知れないという思いに直面していたと映画の中で言われていました。
そういう思いをしたからこそ人との出会いを大切に、ひとりひとりに神が宿っているからと、相手を大切にし、毎日を丁寧に生きていらっしゃるんでしょうね。

「丁寧に生活することは動きのある祈りです。」という言葉に感動しました。
お祈りする時間がとれないと嘆くより、毎日をスローダウンして、丁寧に送りたいと思いました。

初女さんはとても謙虚で控えめに話されていましたが、モリー先生と同じ事を言っていたと思います。
今の日本の文化についても、「戦後から新しいアメリカの文化を取り入れてきて今結果が出てきている。
大切にしなくてはいけないものをもう一度見直すときが来ています。」と話されていました。
モリー先生曰く、「こんな文化いらない!」と言えるように・・・ですね。
お二方とも愛すべき本当の品格を備えている方々です。

(因みに、『女性の品格』の坂東女史、『親の品格』という本も最近書店で見かけました。
こちらもきっとグローバル&公平な視点からの意見が満載のはず。楽しみです。)
 
それから、グローバルな観点での話ですが、アマゾンの森林が減少している原因に私たちも関係あるのだということと、無関心ではいられないということを聞いてください。
”ほんの木”の書籍には自然療法や環境問題のものも多く、私は南研子さんのアマゾンでの活動を知り、熱帯森林保護団体に入会しています。わずかばかりですが支援しています。この場に紹介させてください。

ほんの木

熱帯雨林保護団体RAINFOREST
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