務のよしなしごと

ハンプトン・コート宮殿の人々(完成時期未定)
「オペラ座の怪人」勝手に解説
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「オペラ座の怪人」の舞台

2021-03-28 | 趣味

ミュージカル「オペラ座の怪人」に関する劇場を3つ取り上げる。パリのオペラ座、ロンドンのハー・マジェスティーズ・シアター、同じくロンドンにあるロイヤル・アルバート・ホールである。

まず、パリのオペラ座であるが、この劇場は題材としての舞台となっているだけで、ここでミュージカルが上演されているわけではない。しかし、ガストン・ルルーの原作に大きなインスピレーションを与えているので情報として知っておくべきである。この劇場はシャルル・ガルニエの設計によって1875年に完成し、ガルニエ宮とも呼ばれ、2,100余りの客席が5層に配分される大きな歌劇場である。豪華絢爛なネオ・バロック様式 の外観と内装を持ち、正面を入ると客席に向かう大階段があり、大ホールの観客席頭上には大きなシャンデリアとシャガールの天井画がある。大きな建物を支えるために深い基礎が必要で、建設中に基礎壁から水が浸入してきてポンプで排水したが、思うようにならず、結局基礎を二重構造にして外からの圧力に対応するため基礎の一部として水路と防火用の貯水池を造った。また、1896年にはシャンデリアが、それを吊り下げているワイヤーが切れて落下するという事故があり観客に死者が出た(ウィキペディア)。これらのことはガストン・ルルーに小説の題材として取り上げられ脚色された。そしてロイド・ウェバーのミュージカルのシーンにも使われている。

ハー・マジェスティーズ・シアターはロンドンのピカデリー・サーカスからトラファルガー・スクエアに向かって徒歩で数分のヘイ・マーケットという場所にある1705年に完成した劇場で、当時のアン女王(在位1702~1714)にあやかって名付けられた。女性が君主として在位中であれば、ハー・マジェスティーズ(女王陛下の)になり、男性が君主であればヒズ・マジェスティーズ(国王陛下の)と名前を変える。1830年代にはメンデルゾーンが指揮者・作曲家として活躍した劇場でもある。これまでに火災で2回全焼しているが、現在の建物は1897年に建てられ客席は4層1,216席になっている(ウィキペディア)。1986年10月の初演以来今日まで(2021年現在)35年以上もロイド・ウェバー版の「オペラ座の怪人」の上演劇場となっていて世界中のミュージカル・ファンには欠かせない訪問先である。開演前の舞台上には大きなシャンデリアが覆いをかけられて置かれており、開演後、プロローグの終了と同時に覆いが取り除かれワイヤーで観客席の上に吊り上げられる。そして第1幕の終了直前に舞台上に落ちる(といってもワイヤーが切れるわけではない)ように降りてくる。舞台と客席最前列の間にはいわゆるオーケストラ・ピットがあるが、1階席からは演奏者はほとんど見えない。

ロイヤル・アルバート・ホールはロンドンのケンジントン公園の南側に通りを挟んで隣接しており、ビクトリア女王(在位1837~1901)の夫君であるアルバート公を記念して1871年(彼の卒去約10年後)に完成した演劇場である。ここではさまざまなイベントが開催されコンサートばかりでなく、テニスやボクシングも行われる。収容人数は最大9,000人ということだが、現代の安全基準に照らして7,000人となっている(ウィキペディア)。2011年10月には「『オペラ座の怪人』25周年記念公演」が行われ、その様子がDVDやBDに収められ発売された。ハー・マジェスティーズでは地声で演じることができるプロの俳優であっても小さなマイクを頬のあたりに設置して音声を増幅させなければならないほどロイヤル・アルバート・ホールは客席が大きく広い。記念公演では、オーケストラはピットで演奏するのではなく、舞台の奥の2階に当たるほどの高さに特設した場所で演奏している。会場の都合だと思われるが、舞台上の大階段を含む大道具の位置や演者の出入り、こまごまとした台詞やそのタイミング及び演出に関してハー・マジェスティーズでの通常公演とは少々違っている。