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「モデル国家」スイスの終焉

2010年04月17日 | 国際
「モデル国家」スイスの終焉
The End of Switzerland

難民も秘密資金もオープンに受け入れ、冷戦終結のきっかけを提供した中立国──そんなスイスのイメージが急落している
2010年04月07日(水)14時58分
デニス・マクシェーン(イギリス労働党下院議員、元欧州担当相)

[2010年3月17日号掲載]

「500年間の民主主義と平和は何を生み出した?鳩時計さ」。映画『第三の男』で、オーソン・ウェルズはそう言ってスイスを嘲笑する。

 もちろん実際は違う。20世紀のスイスは熟練した労働力と充実した道路・鉄道網を擁し、極めて効率的な経済と社会を築いていた。

 同時にこのアルプスの小国は、もっと深遠な価値観を象徴していた。スイスではさまざまな民族と言語と宗教、農民と銀行家と技術者が独自の形で融合し、ほかの国なら分裂につながる要素を比較的うまく調和させていた。

 世界経済フォーラムの年次総会がダボスで開催されるのは偶然ではない。スイスは長い間、グローバル化の推進派にとってモデル国家の役割を果たしてきた。

 スイスという国は、経済面では規制を撤廃して税金を低く抑える一方、政治面では法の統治に基づく活力ある民主主義を実現しているように見えた。1917年のロシア革命と33年のナチス・ドイツ政権成立の後、スイスは共産主義やナチズムから逃れてくる人々を真っ先に受け入れた。この寛容さ故にジュネーブは代表的な国際都市となり、国際連盟や国際赤十字、後には国連の主要機関がこぞって本部を置いた。

 第二次大戦中のスイスは自由のとりでだった。ウィンストン・チャーチルは大戦終結後の46年にチューリヒで演説を行い、ヨーロッパの統合を訴えた。50?60年代には、スイスはいくつもの平和条約の調印場所となった。

 スイスは冷戦ともEU(欧州連合)の欠点とも無縁の中立国として自らを売り込んだ。ロナルド・レーガンとミハイル・ゴルバチョフが85年にジュネーブで行った米ソ首脳会談は冷戦終結のきっかけとなった。スイスは世界が解決策を探しに来る場所だった。

 しかし今では、スイスの都市はどこも薄汚れ、列車は遅れ、幹線道路はいつも工事中だ。政治家は偏狭な言動が目立つ。かつて自由のとりでだった国で、大衆を扇動する排外主義勢力が(飛び切りの大金持ちを除く)よそ者を締め出す運動を繰り広げている。

EUにのみ込まれる日

 スイスは、苦境にあえぐヨーロッパの単なる小国に近づいているようだ。ヨーロッパが新しい世界秩序における自らの役割を模索している今、スイスは国際的な重要性を低下させているように見える。

 スイス人はよく、自国を「意思による国家」と呼ぶ。共通の言語や文化ではなく、国民の意思によって築かれた国という意味だが、今のスイスには自己改革の意思が感じられない。

 一方、スイス国民が誇りにしてきた「神話」は急速に崩壊しつつある。例えば銀行の秘密保持だ。

 この伝統は1930年代、左派政権を嫌ったフランスの資本と、ナチスの支配を逃れたユダヤ人の資金を受け入れたときに始まった。預金者を引き付けたのは、スイスの銀行は自国の税務当局に対しても顧客情報を漏らしてはならないとする法律の存在だ。おかげでスイスの「秘密口座」は瞬く間に有名になった。

 だが、それも今では昔話だ。スイスは12年前、ナチス時代にユダヤ人から預かり、後に名義人が死亡して「休眠口座」となっていた資産の返還に同意させられた。

 米政府は脱税捜査の一環として、スイスの秘密口座に預金があるアメリカ人顧客の情報開示を要求。協力しなければ、うまみの多い米市場からスイスの金融機関を締め出すと脅しをかけた。さらに米政府は、対イラン経済制裁に違反したという理由でスイスの大手銀行に巨額の罰金を科した。

 今ではスイスもEUのルールに合わせ、国内の銀行に口座を持つEU居住者の利子収入に課税している。今年2月には、スイスの銀行の顧客データを持ち出した人物が、ドイツの税務当局に買い取りを打診する事態も起きている。

 イタリアは01年から脱税に対する恩赦を実施し、裕福な脱税容疑者がスイスの銀行に預けていた巨額の資産を自国に引き揚げさせている。スイスの銀行は今も多額の資金を引き付けているが、預金者の秘密が守られる保証はもうない。

4つの公用語が通じない

 他国の手本だった融合と寛容の精神も失われつつある。フランス系スイス人はドイツ語を学ばなくなり、ドイツ系スイス人もフランス語を学ばなくなった。現在、最もよく使われる第2言語は4つの公用語のどれでもない。英語だ。

 よそ者に対する寛容さも薄れている。90年代のスイスは、ヨーロッパで最も多くのコソボ難民を受け入れていた。

 だが昨年11月の国民投票では、モスク(イスラム礼拝所)の尖塔の建設禁止を憲法に盛り込むことを求める排外主義的な提案が可決された。スイスのイスラム教徒の多くは政教分離が進んだバルカン半島の出身で、スイス社会に非常によく溶け込んでいるが、この事実を無視するような動きだ。

 難民を受け入れておいて、後になってから邪険にするというパターンは、実は昔からスイスが抱えてきた矛盾の1つだった。

 39年に第二次大戦が勃発する前、スイスはイギリスが受け入れを拒否したユダヤ系ドイツ人を受け入れた。だが自国への入国希望者を識別しやすくするため、ナチスにユダヤ人を意味する「J」の印をパスポートの表紙に押させたのもスイスだった。

 スイス人テレビジャーナリスト、ウルス・グレディヒの著書によれば、グローバル化の代名詞になる前のダボスは今とまったく違う顔を持っていた──30年代のダボスには、ドイツ国外で最大のナチス支部があったのだ。

 スイス国内や、他国のEU懐疑論者の間で喧伝されているもう1つの神話は、EUの制約から自由だということ。スイスはEU加盟を拒否することで自国の主権を守り、ブリュッセルのEU官僚に膝を屈するしかなかった近隣諸国と一線を画していると言われてきた。

 だが現在、スイスの法律の大部分はEU側の基準に沿ったものになっている。それがEUとの貿易を行うための条件だからだ。

 スイスは1年ほど前、EU加盟国のイギリスさえ参加していないシェンゲン協定(EU域内をパスポートなしで移動できるようにする協定)に加わった。その結果、今では毎月3000人前後のドイツ人が仕事や住まいを求めて入国してくる。

外交力は低下する一方

 スイスは今や「EUの消極的加盟国」だと、若手国会議員のクリスタ・マルクバルダーは言う。一部の特典は享受できるが、EUの意思決定には参加できない国という意味だ。

 そのためマルクバルダーや、ジュネーブに本部を置く赤十字国際委員会のヤコブ・ケレンバーガー総裁などは、EUへの正式加盟を支持している。だが、モスク尖塔の建設禁止を求める国民投票を主導した右派の国民党は加盟に反対。同党は安定して30%の支持率を誇り(スイス議会のその他11政党の支持率はいずれも20%以下)、さらに影響力を増しつつある。

 国民党は現在、スイスに入国できるドイツ人の大学教授や医師の人数を制限する運動を展開している。反外国人・反移民の政治的ムードが高まるなかで、スイスドイツ語(ドイツ語のスイス方言で、他のドイツ語圏の人々には通じない)の人気が高まり、ニュース以外の大半のテレビ番組はこの方言で放送されている。

 多くの国民が国際社会との関わりを避けたいと願う一方で、スイスが昔から維持してきた中立性は急速に失われつつある。20世紀のスイスはファシズムと共産主義を拒否したが、他国と同盟を組むことも避けてきた。中立を維持すればあらゆる国と接触を保ち、利益を上げることができるというのが理由だった。

 実際には、スイスは自由市場と民主主義の西側陣営にしっかりと組み込まれていた。だがアメリカやEUの大国、ロシア、中国などが影響力を競い合う現在の無極化した世界では、スイスの永世中立は意味を持たなくなっている。

 スイスの大統領と外相はイランや北朝鮮、リビアの独裁者にへつらっているが、何の見返りも得ていない。08年7月、リビアの最高指導者ムアマル・カダフィ大佐の息子ハンニバルがジュネーブのホテルで自分の使用人を殴った容疑でスイス当局に逮捕されると、カダフィは報復としてスイス人のビジネスマン2人を逮捕し、人質にした。

 イランや北朝鮮と国際社会との間を仲介しようとしたスイスの努力は、複数の大国から冷笑された。スイスは今も複数の言語を操る優秀な外交官や専門家を擁しているが、アメリカやEUにはたびたびぞんざいに扱われ、新興国からはほとんど無視されている。

 もちろん、スイスに関するニュースは悪いものばかりではない。景気後退で打撃は受けたが、スイスは金融危機の発生前、5年連続で3%の経済成長を記録した。これはヨーロッパで最も高い数字だ。イギリスやアメリカのように巨額の財政赤字や不良債権に悩まされているわけではないし、スペインやアイルランドのような住宅バブルの崩壊にも直面していない。

 失業率は上昇したが、それでもわずか4・1%とEU平均の半分以下だ。環境ビジネスと環境技術の実用化は世界で最も進んでいる。法の秩序と健全なメディア、汚職の少なさは今もこの国の魅力だ。

昔のやり方は通用しない

 しかしスイスには、自国を泥沼から引き揚げてくれる指導者やブレーンが欠けているようだ。大部分の政治家は古い神話に安住しているらしく、排外主義の高まりに対する批判を理解できずにいる。

 構造的な問題もある。スイスは独特な直接民主制を採用しているため、議会や内閣に相当する連邦会議がイニシアチブを取っても、国民投票や個々の州の働き掛けで簡単に阻止されてしまう可能性がある(議会の上院は各州の代表で構成されている)。

 この制度のおかげで、政府に対するスイス国民の発言力はおそらくどの国よりもずっと大きい(選挙や国民投票の投票率は極めて低いが)。だが同時に、この制度のせいで指導者は厳しい決断がしにくくなっている。

 かつてはそれでも構わなかったのかもしれない。スイスはEUの枠外で中立を保ち、のんびりと金儲けを続けることができた。

 だが、昔ながらのやり方はもう通用しない。現在のスイスはEUに正式加盟しているわけでも完全に距離を置いているわけでもない、ほとんど影響力のない閉鎖的な小国にすぎない。

 世界の人々は今後も毎年「ダボス詣で」を続けるかもしれない。だが世界経済フォーラムの参加者は、開催国にはほとんど興味もなければ意識もしていないようだ。

 スイスは昔から、鳩時計とスキーだけの国ではなかった。だが、それ以外の特徴はどんどん見えにくくなっている。

http://newsweekjapan.jp/stories/world/2010/04/post-1154.php

移民対策「スイスは天国ではありません」






ベルギー連立内閣が崩壊 言語対立で政治危機に

 【ブリュッセル共同】ベルギー連立政権に参加するオランダ語圏のフラマン系自由民主党は22日、連立離脱を決定した。ルテルム首相は同日、国王アルベール2世に辞表を提出し、連立内閣は事実上崩壊した。

 ベルギーで歴史的にくすぶる北部オランダ語圏と南部フランス語圏の「言語対立」を背景に、両語圏の5政党でつくる連立政権内で対立が先鋭化。自民党の離脱で連立のバランスが崩れた。ルテルム氏は昨年11月末に首相に就任していた。同氏の首相辞任は今回で3回目。

 ベルギーは今年後半の欧州連合(EU)の議長国で、政治危機が長期化すれば、国際的信用が失墜する恐れがある。

 内閣崩壊の原因となったのは、ベルギーの「言語対立」の象徴である「ブリュッセル首都圏連邦選挙区」の分割問題。

 オランダ語系政党が、首都周辺地区でのフランス語系住民の影響力拡大を阻止するため選挙区の分割を狙い、これにフランス語系が反対、長年にわたり対立が続いてきた。連立与党は数日にわたりこの問題を協議したが合意できなかった。

http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010042201001193.html












ホロコースト否定司教に罰金刑=「人種的憎悪をあおる」-ドイツ

 【ベルリン時事】ドイツ南部レーゲンスブルクの裁判所は16日、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を否定した英国のリチャード・ウィリアムソン司教(70)に対し、罰金1万ユーロ(約125万円)の有罪判決を言い渡した。
 同司教はレーゲンスブルクで受けたテレビのインタビューで、ナチスによるガス室使用を否定するとともに、「強制収容所で死亡したユダヤ人は20万~30万人」と主張した。ホロコーストでは600万人のユダヤ人が犠牲になったとされる。(2010/04/17-00:27)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010041700008


「味方がないのに真実を訴えるのは、学者として途方もない勇気がいる」 ホロコースト産業を批判するフィンケルスタイン教授に圧力
放送日: 2007/5/9(水)

 政治学者ノーマン・フィンケルスタインは、イスラエルの政策に対する強烈な批判で米国では異彩をはなっています。2000年に出版した『ホロコースト産業』では、米国のユダヤ系支配層やイスラエルが、ホロコーストという民族の迫害の記憶を利用して、自分たちの利益を増進し、ユダヤ文化の伝統を損なってきたと論じ、痛快な批判を繰り広げました。第二次世界大戦中にスイスの銀行がユダヤ人の資産を着服したとして、ユダヤ系の団体が一斉に騒ぎ立て補償を求めた事件について、あれは何の根拠もないゆすりだったと暴き、アメリカの外では大ベストセラーになりました。デモクラシー・ナウ!にもしばしば登場し、イスラエル支持の論客と鋭い論争を見せていました。

 しかしフィンケルスタインの呵責なき批判は大きな反発を招き、学者としてのキャリアで大きな犠牲を支払わされてきました。昨年はとうとう、助教授として6年間教鞭をとってきたデポール大学を辞職する事態となりました。テニュア(終身在職権)獲得を不当に拒まれ、大学側と数ヵ月にわたって闘争を繰り広げた末のことです。この背景には外部からの露骨な圧力が働いていました。アメリカの大学でイスラエルを批判することが事実上タブーに近くなっている現状の、犠牲になったのは明白です。

 今回の番組は、フィンケルスタインがまだ騒動の最中にあったころに放送されたもので、大学側の措置がいかに不当なものであったかを示しています。ホロコーストとイスラエル政策という、フィンケルスタインの研究の2つの柱に関して、その分野では世界的に著名な2人の研究者に今回の問題について話を聞いています。オックスフォード大学国際関係論教授のアヴィ・シュライムは、アラブ=イスラエル問題の専門家です。シュライムは、フィンケルスタインを「とても印象的で、学識のある、慎重な研究者」と高く評価しています。また米国の歴史家で、ホロコースト研究の創始者として知られるラウール・ヒルバーグは、フィンケルスタインの「鋭い洞察力と分析力」を讃えています。「誰一人味方がいない中で真実を訴えることは、学者として途方もない勇気を必要とする」と言います。

 「彼の名は歴史叙述の歴史に残るでしょう。最後に正しさが証明される者が勝ち残るのです。彼はその1人になるでしょう。ただし、そのために支払う代償は大きいようです」(中野)


ゲスト
*ラウール・ヒルバーグ(Raul Hilberg) オーストリア生まれの米国の歴史家。ホロコースト研究の第一人者。『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅(上・下)』(柏書房)によってホロコースト研究を基礎づけた。 ヒルバーグはこの番組収録からそれほど日の経っていない8月4日に亡くなりました。
*アヴィ・シュライム(Avi Shlaim) オックスフォード大学の国際関係学教授。イスラエル=アラブ紛争についての世界的権威の一人。The Iron Wall: Israel and the Arab World など、著書多数

http://democracynow.jp/video/20070509-2






ネオナチ集団、ロスで反対派と衝突
2010年04月18日 16:28 

米ロサンゼルス(Los Angeles)市役所前で17日、ネオナチを名乗る集団のメンバー100人が移民流入に反対するデモを行い、それに対抗するために集まった黒人やゲイコミュニティーのメンバーらと衝突した。
ヒスパニック系、アフリカ系、ゲイコミュニティーのメンバーら500人は、全身黒ずくめのNational Socialist Movementのメンバーと真っ向から対抗。「人種差別主義者は帰れ」「ナチスを止めろ」などの怒号が飛び交った(2010年4月17日撮影)。(c)AFP/GABRIEL BOUYS
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2719137/5629148












ツイッター「つぶやき」全保存を計画、米議会図書館
2010年04月15日 17:00

【4月15日 AFP】米議会図書館(US Library of Congress)は14日、マイクロブログサービス「ツイッター(Twitter)」に投稿されたメッセージ、いわゆる「ツイート(つぶやき)」を同サービスが開始された4年前にまでさかのぼり、アーカイブとしてすべて電子保存する方針を発表した。

 世界最大の所蔵を誇るワシントンD.C.(Washington D.C.)の同図書館は自らのツイッター・アカウント「Twitter.com/librarycongress.」で次のように発表した。「当館はツイッターの『全』アーカイブ、2006年3月以降の『全』公開ツイートを入手する!」

 さらに議会図書館コミュニケーション・ディレクターのマット・レイモンド(Matt Raymond)氏は同図書館のブログに「つまり『膨大な』つぶやきが保存される。ツイッターに投稿されるつぶやきは1日5000万以上、これまでの合計では数十億に上るだろう」と書き込んだ。

 レイモンド氏によると、主なアーカイブ目的は学術・研究機関による利用で、後世のために「重要なデジタル・コンテンツ」を保存するという同図書館の活動の一環と位置づけられている。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/it/2718736/5615324

米司法省のSNSを使った個人情報収集の実態が明るみに

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