ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧六郷町六郷を往く-5(その4)

2018年09月03日 | 旧六郷町を往く

●歩いた日:2018年8月21日(火)

●歩いた所

 ・六郷:馬町、東高方町、西高方町、琴平西、琴平東、安楽寺、馬場、米町

 ・鑓田:庚塚、馬町

 ※ 「馬町」は「六郷」、「鑓田」の両地域にある。

●歩いたログ(足跡)(道のり4.7km)

(以上の地図:国土地理院)

 

 広い道を横断し、「旧羽州街道上街道」をさらに北に進む。道端に神社がある。

📷005:「琴平神社」

 

 境内に木が一本もないのは少し違和感がある。正面の鳥居脇に神社の縁起を書いた立て看板がある。それによると、「琴平」は当然ながら「金刀比羅」で、文政2年(1819年)に「讃岐」の「金毘羅様」を勧請したとある。そんなに古い時期ではない。この辺の地名は「琴平東」、「琴平西」なので、この神社とともに歴史を重ねてきたのであろう。

 右手の赤い祠の脇に庚申塚がある。こんな大きな庚申塚は初めてである。また、奥には見事な石像が立つ。

 また少し行くと道が分かれるところに大きな石がある。

(「琴平西」の道標石)

 ログ地図上でのその場所は、標高を示す52の数字が記されたY字路のところである。大きな石は道標石である。石の右側には「東」、左側には「西」と刻まれているのは読めるが、そのほかの字はわかりにくい。標柱によると「東 かくのだて 西 はたや」と彫られているようだ。まっすぐ行くと「角館」に、左へ行くと「畑屋」に通じていることを示している。「旧羽州街道上街道」から分かれて「畑屋」へ行くこの道がかなり古い道であることがわかる。ところで、この道の先の「畑屋」地域は昨年の今頃歩いて、その記事を「旧千畑町畑屋を往く」に掲げている。

 なお、ログ地図の上端に記されている「庚塚」、「馬町」、「二ツ石」などを含む「鎗田」地域は、かつては「畑屋村」に属していたが、S31年に「六郷町」に編入された。

 「羽州街道上街道」をさらに進むと、やや斜めに交差する十字路がある。そこで振り返ってカメラを取り出す。

📷006:「琴平」の交差点

 

 「旧羽州街道」を斜めに横切る道の向こう(南)側は「六郷」の「琴平西・東」で、手前は前述した「鎗田」に属するらしい。

 「神清水」と書かれた青い案内板が立つ。ログ地図でわかるように、右への道は「二ツ石」に通じており、そこに「神清水」のほか「馬洗い清水」などがある。

 ここで「羽州街道上街道」を離れ、左(東)に向かう。やがて右(南)側に果樹園が見えてくる。そこを過ぎると大豆が植えられた田んぼが開けてきて、反対(北)側の道沿いにはまだ新しい大きな建物が建つ。「鎗田コミュニセンター」とある。さらに進んで、「六郷バイパス」とも云える「県道11号」のすぐ手前で振り返る。

📷007:「鎗田馬町」の一角

 奥から手前に来たところで、緩やかにカーブしているのは昔からの道であることを示している。道奥の白い建物のすぐ向こう側が「鎗田コミュニティーセンター」である。その向かい側の赤い屋根の左奥に果樹園が見える。手前の古びた小さな小屋は、電線を引き入れていた様子もあるので、ポンプ小屋だろうか。

(その5に続く)


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